はじめに
ここに纏めた方法は感染症の実務的な利用に適しており政策決定に関わりのある人の近くで使われることを目指したものである。
最初にこのレポートで使われている感染症基本産数EXCELモデル(略してEXCELモデル)について簡単に説明する。2020年新型コロナ感染症が始まった時に如何にしてこの感染症が終息するかを予測するために作られた。その基本は可能な限り明確な観測値に基づくこと、また予測する量もわかりやすいものであり、使われる諸量も意味のある指標であることである。
予測のために使われるのは1人の感染者が感染期間(τ日間)の間にm人に感染させることを基本としている。このmは感染の強さを表し、再生産数と呼ぶ。そして日々の感染者発生数を入力して、予測するのも感染者発生数である(注1)。
誰もが感染するわけではなく免疫を持った人は感染しない。感染して回復した人、ワクチンを接種した人は免疫を持って感染しないので、国や都市など集団の感染を調べるにはどれくらいの割合の人が感染の対象となるか、集団全体(A)の中から免疫を持った人(C)を差し引いて感染のターゲットとなる免疫を持たない人(B)の割合B/Aを知る必要がある(注2)。
感染が始まる段階では誰もが免疫を持っていないので、全員が感染の対象であるが、免疫を持った人が増えてくると感染対象となる人数はB/Aの割合だけ減ってくる。このため再生産数mの感染力はB/Aに比例して弱くなりm×B/Aとなる。これを実行再生産数と呼ぶ。したがって予測をするにはこのような集団の免疫状態を知る必要がある。
ところでコロナウイルスに感染して抗体を持つ人はPCR検査で陽性となる人だけではない。いわゆる無症状感染者などの潜在的感染者も結局は抗体を持つに至る。EXCELモデルの特徴の一つは集団の中にPCR感染者以外にそのα倍の無症状感染者の集団の存在を認め、この感染者もPCR感染者と同様に感染者を作り出し、回復すれば抗体を持つとしている(注3)。この無症状感染者の存在により感染によって免疫を持つ人が全てわかり、先に述べたBがB=A-Cから求められるので実効再生産数が決り、明日以降の感染者発生数が決るのである。
感染力を表す再生産数mは集団とのかかわりの中で決まるものであり、その集団の生活習慣、年齢構成、自然免疫の強弱などによって異なる。まだ誰も感染していないとき、即ち感染の第1波の立ち上がり時の再生産数mを特に基本再生産数と呼ぶことにするが、これは対象とする集団(国、県、都市など)毎に決まるものであり、そのウイルスがその集団に対して持つ特徴的な感染力である(注4)。
感染が進むと行政によるロックダウンや緊急事態宣言などの規制とそれに伴う住民の危機感の表れとしての行動変容によって感染のしやすさに変化が出てくるがこれを再生産数mの変化と捉える(注5)。
EXCELモデルが予測できるのは次のいずれかの場合である。
1)規制や行動変容が変わらない場合
2)過去の感染者発生の経験(第1波、第2波・・)から得られた状態が未来において予想される場合
このうち、1)は現状が変わらないのでこれまでの感染力であるmを一定にすることで近未来(経験的には1か月ぐらい)の予測をすることが出来る。2)については何時から規制がかかるかとか人々の行動変容など人的要素が大きな影響があるため、どれくらい感染者数が予測曲線に正確に沿うかではなく、大局的に見て終息までにどれくらいの大きさの波を越えないといけないか、その時間スケールはどれくらいか、などを知るために役に立つ(経験的には数か月、日本では終息が予見される年末くらいまで)。
例えば米国の予測を例にとれば、当初7月に入って終息することを予測していたが感染が急拡大したので7月18日までのデータでmを求め、その後の予測を計算した(図01)。
|
図01 |
米国のデルタ株感染拡大の初期の様子と予測曲線。青は観測値(PCR感染者発生数)、オレンジは予測曲線。ワクチン接種はこの時点ではデルタ株に対する効率低下までは考慮していない。 |
その後8月28日まで(7日平均では8月25日まで)の観測値をプロットしたのが図2である。図中の数字は再生産数mである。最後の波は再生産数が大きなデルタ株に対する波であり、そのピーク値を越えればあとは終息に向かうことになる。
|
図02 |
図01に約40日間の観測値を追加記入したもの。図中の数値は各波の立ち上がり時の区間再生産数である。このまま推移すれば9月中にデルタ株に対しても感染は終息すると見込まれる。α値は図01、図02ともに2.5を仮定し、ワクチンは実績を踏まえた一定速度での接種を仮定しているがデルタ株に対する効率低下は含んでいないので、感染の縮小は予測曲線よりも緩やかとなろう。 |
注記
注1)τ日後に生まれたm人の感染者は次の感染期間内にはそれぞれがm人の感染者を生むので、2τ日間にm m人の感染者が生まれることになり、経過日数と共に感染者発生数は指数関数的に増えていくことになる。
注2) 正確には感染して回復する人は新型コロナウイルスに対する抗体を持つ。抗体を持った人が100%免疫を持つわけではないとの指摘がウイルス学者の一部からある。しかし、疫学に使えそうな観測値のデータは何処にもみあたらない。したがって予測計算では矛盾が出てくるまでは抗体を持った人は全て免疫を持つとして扱う。さらに付け加えれば、自然免疫が強くて感染しない人もいるに違いないが測定する手段が無い。感染が完全に終了してその結果からはじめてわかることである。したがってこれもゼロとして検討をすすめる。
注3)このαの仮定を観測値から決める方法が抗体検査と累積感染者の比較である。市中の一般人からランダムに選ばれた数千人~数万人を対象として新型コロナウイルスに対する抗体検査をし、抗体検査陽性率から集団の抗体保有者数を求める。これと抗体検査実施日までの累積の前感染者(=PCR感染者×(1+α))を等しいと置いてαの値を求める。最初の測定結果が公表されたのは米国NY州で求められたαは2020年4月~6月にかけてであり、αの値としては7~13であった。日本ではソフトバンク(2020年5-6月)や厚労省(第1回2020年6月、第2回12月)が行っており、この報告では厚労省の第2回の測定の見直し版(2021年3月30日発表)に基づいている。
注4)SIR法では主たる変数は現に感染している感染者数(人)であり、これを知ることによって医療関係をどれくらい整備すれば良いかなどを判断する根拠となる。これに対してEXCELモデルでは主たる変数は日々の感染者の発生数(人/日)であり、今後どのように感染者が発生し、終息までにどのような変遷となるかに焦点を合わせているので、緊急事態宣言などの判断や人々の心構えに資するものである。
注5)殆ど例外なく、どの国、どの都市においても同じ程度の感染力であれば第1波の感染力(再生産数)よりその後に現れる第2波、第3波の立ち上がり時の感染力は低くなる。これは住民のウイルスに対する防御意識が高まることの反映である。唯一の例外はインドのデルタ変異株が現れた時である。このときは第2波の方が再生産数は第1波よりもはるかに大きかった。
次章から東京都と日本全体について検討する。 2020年3月以来これまでに国内では日本全体、東京都、大阪府、国外では中国武漢、英国、スウェーデン、米国NY州、米国全体、フランス、イタリア、ポルトガル、イスラエル、インド、タイ、マレーシアなどを調べてきており、予測計算の適応性は検証済みである。
**********************************************
1.東京都
いつ感染者は減少に向かうのか?
東京都は一番デルタ株による感染(注7)が進んでおり、緊急事態宣言も一番早く出された都道府県なので、東京都の動向が先行きを示すと考えられる。東京都では7月12日に緊急事態宣言が出されたので時間遅れを考慮してもその効果は8月に入ってからは十分出ているはずなので、もし、緊急事態宣言継続中に感染者発生が指数関数からズレていくとすればそれは市民の意識変化による行動変容の表れとみられる。このところの東京都の感染者の動向は不思議な変化を示しており、逡巡しながら少しずつ変化している様子がみられる(図1)。なお、以下のデータは全て7日間移動平均の中央値であり、原因は1週間程度前(注6)にあるとして考える必要がある。
|
図1 |
東京都の感染図 大雑把にみると、この2週間程度感染者の発生は区間再生産数(注:再生産数の説明はまとめのあとを参照) m=3.0 → 2.0の予測曲線に沿っていたが、そこからずれの兆しがみられた
|
図1を子細にみるため、以前に求めた予測曲線上に感染者データをプロットしたものが図2である。図2から7/22日くらいまでと、7/23日~7/28日まで、7/29~8/6日まで及び8/7日以降で特徴が異なっていることが読み取れる。
|
図2 |
感染者の発生数(青)と予測曲線(緑)およびその内訳としてデルタ株(オレンジ)と従来株など(グレー) |
この感染拡大の観測値の詳細から区間生産数を詳しく求めたものが図3である。東京都の緊急事態宣言は7月12日である。時間遅れを考慮すると、第1の区間(7月22日くらいまで)は緊急事態が宣言される以前のまん延等防止特別措置の影響を表していてm=2.15である。第2の区間(7/23~7/28)は緊急事態宣言の効果が出ていても不思議でない時期であるが感染が急拡大している。これは7月16日ごろにデルタ株が主役交代(図2のオレンジとグレーの線が交差)して感染拡大に威力を発揮し始め、緊急事態宣言下であるにもかかわらず、区間再生産数m=4.9という大きな感染力で拡大したためである。
第3の区間はデルタ株に対する緊急事態宣言の効果がようやく見え始めた期間でm=2.1であるが、都民の行動は緊急事態宣言慣れしている。 これは8月初頭までは従来株でさえ減少に転じていないことからもわかっている。このとき(m=2.1を維持したとき)の予測では感染者は10000人を超えたが、幸いにして8月6日を過ぎてから同じく緊急事態宣言継続中であるにもかかわらず、明らかに特性が変化してきた。これは過去最高だった第3波のピーク値1800人を遥かに超えた3000人超となった7月末に至って、政府や都によるキャンペーンもあって都民にようやく危機意識が芽生えてきたことの現れではないかと推定される。その後今日に至るまで感染拡大は緩和されつつあるが、まだ減少に向かうかは予測計算をしない限り定かでない。8月6日以降の感染者発生数は何とも規則性が無い変化であり、これをどのようにみるかによって今後の予測が異なってくるが、データ平均的な予測として8月4日から22日までのデータで区間再生産数を求めると、m=1.68となる。これが図3の最後の赤線部分である。
|
図3 |
東京都の感染者発生曲線とfitting で求めた区間再生産数。青が観測値、赤がfitting 曲線。また数値は各区間の再生産数。8月4日以降の区間再生産数は(m=1.68)、赤の三角点からが予測曲線でこれに従ったらどうなるかが次からの図4以下である。 |
これからどうなるの?
そこで、もし規制がこのまま継続し、都民意識も変わらずに行動変容も無い場合、即ちm=1.68がこのまま変化しないとした場合はどうなるかを調べた。すなわち図3の延長が図4である。
|
図4 |
区間再生産数m=1.68を維持できる場合の感染者発生予測曲線。緊急事態宣言継続で感染者が1000人以下となるのは10月8日以降である。緊急事態宣言を解除すれば再度感染拡大が起きる。 |
図4によれば8月21日ごろ7日平均の感染者が4560人くらいでピークを迎え、その後減少に転じている。区間再生産数mが1.68という大きな値であるにもかかわらず、EXCEL計算では実効再生産数が1.0となってピークを迎えている。ピークとなる時点での免疫を持たない人は836万人である。即ち、(免疫を持たない人)/全人口=(836万人)/1400万人=0.597となり、実効再生産数=0.597x(区間再生産数=1.68)=1.00 となっている。免疫保有者の増加の効果が実効再生産数の低下に寄与している。免疫保有者の内訳はワクチン接種によるものが実効的に443万人、感染による免疫保有者が111万人(PCR陽性感染者1:それ以外の感染者3.6)であり、大部分がワクチン接種によるものである。ワクチン接種者の人数は東京都の接種実績データから求め、従来株に対してはファイザー及びモデルナを対象として、1回目75%、2回目接種で20%追加の有効性とから求めた。また、デルタ株に対しては有効性が最近の報告では85~88%とあるので従来株に対する有効性の90%とし、デルタ株が従来株より優勢になる7月15日以降に10%劣化した有効性を使った。接種後の抗体効果を発揮するのは2週間後からという仮定で計算した。
|
図5 東京都のワクチン接種状況 1週間ごとに纏められている。 |
ワクチン接種の実効速度の72580人/日は東京都の7月1日から8月22日までのワクチン接種速度(図5)から1回接種、2回接種の比がこのまま変わらないとして求めたものである。
図4で注意しなければならないのはピークを迎えたのちに減少に転じるのは緊急事態宣言が継続しているからであり、規制なし、行動変容なしで集団全体の免疫を達成したわけではないことである。
新規感染者数が570人以下にまで下がった時に規制を外すとどうなるの?
すなわち、図4はとりあえず感染拡大を抑え、収束(終息とは異なり、一時的な平衡状態)に向かうときの曲線であり、このまま終息を迎えるわけではない。緊急事態宣言は現在のところ、9月12日までとなっているが、その時点での感染者発生数の予測は3500人強もあり、宣言の解除は考え難い。そこでもうしばらく宣言を維持することとし、感染者発生数が6月30日時点と同じレベル(~570人)に低下したときに規制を外したらどうなるかを図6に示す。
ところで規制を完全撤廃し、市民の行動変容もコロナ以前の環境に戻ったときの予測には基本再生産数を求めなければならない。もしコロナの始まりから現在まで継続して存在するコロナ株があればその株を参照基準としてデルタ株の基本再生産数を求めることができる。しかし複数のコロナ株が共存するときの構成割合に関するデータが取得されているのは日本では比較的データが整っている東京でも2021年2月以降に限られる。そこで次善の推定として2021年6月中旬からのデルタ株と共存していた従来株(正確には従来株を含むその他)の構成比データにおいて、従来株はコロナの始まりから存在していたと仮定して(同じ株でなくても基本再生産数が同じような株であればよい)デルタ株の基本再生産数を求めると、m=11.3となることが別の解析でわかっている。これを用い、6月30日と感染者が同じレベル(570人程度)に低下した10月16日から m を1.68から m=11.3に変更して得たものが図6である。この数値はデルタ株が従来株に対して約2倍の感染力があるとする海外筋の情報とも矛盾しない。
|
図6 |
6月30日と同じレベル(~570人)まで感染者が減衰した時点で規制を完全撤廃、都民の行動もコロナ以前に戻したと仮定した時に予想される感染再拡大。11月18日に感染者発生が第5波を超える高さに達し、基本再生産数に対する集団免疫条件を満たして急速に低下し、終息する。 |
図6はワクチン効果を最大限に生かした早期緊急事態宣言解除の感染終息のシナリオである。感染の終結も早い。第6波では無症状感染者を除いてワクチン接種により全員が感染を免れる。この場合は規制なし、行動変容無しの場合の集団全体の免疫が効くので終結した後に再度感染は起きない(というよりもはや感染の対象となる免疫を持たない人がいない状態なので、感染の広がりようがない)。
終息に向けては感染期間が長引くことを許容すれば別のシナリオも考えられる。第6波のピークはデルタ株の基本再生産数に対するものなので、これを過ぎれば感染はワクチン接種が無くても低下していくはずである。例えば図7は11月12日からワクチン接種を停止した場合の変化である。
|
図7 ワクチン接種を11月12日から停止した場合の感染者発生曲線。緊急事態宣言解除は10月16日を仮定。 |
ワクチン接種の効果が表れるのは接種の2週間後としているので11月12日からワクチン接種を止めても11月18日のピークを迎える時点ではワクチンによる免疫保有者の数は変わらず、接種停止の影響が現れるのは11月26日からである。因みに図7のシナリオでは感染終息は12月末、無症状感染者のほかに感染を免れる人は約21万人(1.5%)となる。
感染を抑える立場からはワクチンの接種速度の違いがどれくらいの影響を与えるかが関心事である。そこで図6を標準として接種速度を変化させてみる。もし、ワクチンの供給不足などによって7月当初からの接種速度を8月22日以降に維持できなくなればどのような影響があるかを調べてみた。仮に図6の接種速度を9月15日から10%減の65300人/日であったとすると、図8のように緊急事態の規制解除した途端に感染は急拡大し、ピークでは8000人/日に達する。
|
図8 |
ワクチン接種速度がこれまでの接種速度を維持できず、9月15日からそれまでの90%に低下した時の再感染予測。感染のピークは8000人に達する。 |
これとは逆にワクチン接種を加速した場合はどうなるか、例えば接種速度を2割upしたとすると、図9のように規制なしで感染は再拡大するがピークは3000人以下に下がり、11月20日過ぎに終息を迎える。ワクチン接種加速の効果は顕著である。
|
図9 9月15日からワクチン接種速度を1.2倍の87100人/日としたときの規制解除後の感染拡大。 |
加えて緊急事態宣言規制解除の基準を第2波終わりに近い200人/日以下となるまで約10日間、10月28日まで延期すれば感染は図10となり、殆ど第6波のピークは見えなくなる。緊急事態宣言解除にあたっては感染者発生数を十分低く抑えることが肝要である。
11月14日にはm=11.3に対しても実効再生産数が1.0を下回るので、これ以降ワクチン接種を止めても感染は下降するが、大きな再生産数のために極めてゆっくりとしか下降せず、感染者が100人/日を切るのは2022年1月末となる。このとき約100万人は免疫をもたなくて感染を免れているが、感染が終息している訳ではないのでワクチン接種ができなければ再度緊急事態宣言を1か月ほど設けて抑えるしか方法が無いだろう。これらの感染者発生数が極めて低くなった終息直前の検討はα値や免疫獲得率、自然免疫保有率(幼児など感染しにくい年代の人もこの部類に入れられる)、ワクチンを接種できない人の割合などを見直した総合的検討が必要であろう。
|
図10 |
ワクチン接種速度を9月15日から現行より20% upして87100人/日とし、かつ緊急事態宣言解除を10月16日から10月28日に延期したときの感染者発生予測。 |
因みに図10の感染でワクチン接種がどのように効いているかを図11に示す。ワクチンは接種の2週間後から効果を発揮し、ファイザー、モデルナの効率、および7月15日からのデルタ株に対する効率低下を考慮している。
|
図11 |
図10に対応する免疫関係図。赤が全免疫保有者でその内訳として、青が感染による免疫保有者(無症状感染者も含む)、黄色がワクチンによる免疫保有者、緑が免疫を持たない人である。 |
注記
(注6)これまでの観測値データでは緊急事態宣言が発せられてから感染が減少にむかうまでに5日間から10日間の遅れがあることが分かっている。
(注7)東京都健康安全研究センターのスクリーニング検査の結果によればデルタ株(L452R)が8%以上になったのは6月17日ごろである。それが50%を超えるのは約30日後の7月17日ごろ、さらに8月初めには80%に達し、8月9日ころには90%を超え、16日の週では94%、23日の週では97%に達している。
東京都のまとめ
これらのことから感染を抑えるためにはワクチン以外に手段が無く、しかも従来想定されていたよりもデルタ株の感染力が大きい分だけ
1)集団全体の免疫を達成して終息するために必要なワクチン数は従来株に対するものより大きくなること。これは終息に必要な免疫保有者の人数が大きく変わることによる。
2)感染者の発生はワクチン接種速度に敏感である。
3)感染者の発生とワクチン接種は時間的競争である。ワクチンの量は確保できてもその接種速度が小さくなってしまうと規制解除後の感染者再拡大のピークは容易に第5波を越えてしまう。
4)第6波を低く抑えるには、ワクチン接種の加速を目指すこと、緊急事態宣言解除を急がず、感染者発生数が十分低くなること及び免疫を持たない人の割合(B/A)が十分小さくなることを待つことが最重要である。
最優先すべきはワクチンの早期大量入手と迅速な接種、そして宣言解除を急がないことである。
2.日本全体
日本全体の今後はどうなるの?
日本全体では都道府県別で違いがあるが関東では既に東京都と首都圏では感染は均一化している。一方関西圏では大阪が先行し、少し遅れて関西圏の兵庫、京都などで感染が拡大し、また地方中核都市を中心としながら多くの都道府県で感染者数の過去最大値の更新が続いている。日本全体としてのデルタ株像が見えるのは東京都より遅れることになると予想されるが、現時点でわかっているデータを纏めてみる。
そこでまず、どれくらいの区間再生産数で推移しているかを調べたのが図12である。m=2.7の予測曲線は8月8日ごろまでの感染者データに基づいて求めたものであるが、その後の感染者観測値はこの予測線に沿って上昇している(8月26日現在)。
|
図12 |
日本全国の感染者発生数。横軸原点は2020年3月1日、縦軸は日別感染者発生数である。青がPCR感染者の7日間平均の中央値、赤はfitting で求めた曲線、数値は対応する区間再生産数である。 区間再生産数は、デルタ株立ち上がりの最初からm=1.8 (7/2~7/9) m=3.2 (7/10~8/1) 及びm=2.7 (8/2~) である。 |
少し遡って7月30日付の検討では感染の初期に図13の予測をしている。ここで求められた区間再生産数はm=3.5程度で数値だけ見れば第1波と数値的には大きな差は無いが、東京の場合に推定したように、第1波と第5波では同じ区間再生産数でもウイルスを取り巻く環境が異なっている。第1波の立ち上がり時点では殆ど規制なし、市民の警戒心も薄い段階なのでウイルスの特性がそのままに出てくる。東京ではデルタ株を第1波の環境に合わせて基本再生産数を求めると約2倍の大きさとなる。したがって、第5波の時点でデルタ株の区間再生産数が3以上というのはとてつもなく大きな感染力である。
|
図13 7月末に纏めた感染者発生数(青)からfitting で求めた区間再生産数と予測曲線(赤)。 |
図13の後に図11が求められたが、この間に再生産数は少し緩和され、区間再生産数は3.2を経て2.7となっている。そしてもしこのまま規制が継続し、国民の行動変容も変わらなければ再生産数は維持されて図14となる。感染者は9月下旬に35000人を超えて減少に転じる。しかし、東京都と同様にこの場合の感染者縮小は終息に向かうものではない。異なる点は再生産数が東京都の場合のm~2に比べて最後の区間再生産数が少し大きいことであるが、これは東京都とフェーズの違いであることが考えられるので現段階で余り気にしなくても良いと考える(図3と対比)。
|
図14 本全体のPCR感染者の発生予測。ただし、現下の状態が継続した場合の図12の予測延長である。 |
図14ではワクチン接種の効果は取り入れているが、デルタ株がどの段階で何割を占めたかのデータがないので、ここでは従来株に対する有効性を仮定している。したがってデルタ株に対する効率低下を考慮に入れてないのでやや楽観的な予測と言える(ピークが分かれば計算できるのでその段階になれば先の予測は可能)。
日本全体のまとめ
東京都以外の道府県では緊急事態宣言の発令が遅れて出され、しかも道府県で規制が一定の条件ではなくバラバラで、また時間遅れの効果も考慮する必要があるため、「現下の状況が継続」するかどうか、感染結果から読み解くには9月初旬までデータの蓄積を待つ必要があろう。
ただし、全体的には遅れてスタートしているものの、デルタ株が変わるわけではないのと、ワクチンの接種率は東京都とあまり変わらないので、注意すべき点は同じように考えられる。即ち、ワクチン接種の大量確保と迅速な接種が必須である。
****************************************
用語の説明
この感染モデルは、一人の感染者が一定の感染期間(τ日)内にm人に感染させ、m人の感染者はまたそれぞれm人の感染者をつくるという基本原理に基づいて作られているので、mはウイルスの感染力を表しており、これを再生産数と定義する。環境の変化が無ければmは一定で感染者の発生はmを底とする指数関数で変化する。τとmはセットで決まるが、一連のレポートでは感染期間を10日に選んでいる。
基本再生産数
感染が始まる前の環境(行政的規制が無く、人々もウイルスに対して無防備のとき)におけるその集団(国とか、都市とか)に対するウイルスの感染力を表す用語であるが、そのようなあり得ない状態で疫学的データを得ることは不可能なので、これを近似するものとして第1波の立ち上がり時の環境における感染者数のデータから求めた再生産数を基本再生産数と定義する。基本再生産数は対象とする集団の生活習慣、年齢構成、自然免疫力の強弱などを反映するのでウイルスが同じでも集団ごとに異なった数値となる。
区間再生産数
もし、環境(行政的規制や人々の行動変容)がある一定期間変わらないときは、その期間ウイルスの感染力mは変わらないので、これを区間再生産数と定義する。感染を経験するとウイルスを囲む環境は第1波の時とは変わっているので区間再生産数はその影響を反映させた感染力である。次の集団免疫効果を考えなければmが1より大きいときには感染は拡大し、1より小さいときには感染は縮小する。緊急事態宣言などの行政的アクションやそれに伴う人々の行動変容の影響は直接この区間再生産数の変化として現れる。感染の波の中で一定期間変わらない再生産数、区間再生産数を見出すことが予測計算に欠かせないが、EXCELモデル法では感染者曲線から指数関数のfitting によってこれを求める。
集団免疫効果
感染して免疫を持つ人が増え、あるいはワクチン接種により免疫を持つ人が増えるにしたがって免疫を持たない人の(全人口に対する)割合が低下してくる。免疫を持たない人が感染の標的となるが、その割合が低下した分だけウイルスからみれば感染力が低下することになる。例えばコロナが始まる前は全員が感染の対象であったが、感染が進んで免疫を持つ人が20%になったとすると、免疫を持たない人は人口の80%となる。仮にm=3 即ち、濃厚接触によって3人に感染させる強さのウイルスであっても、全体の20%の人は既に免疫を持っていて感染しないので、20%減の 3x0.8=2.4 の感染力しか発揮できないことになる。このときの低減効果 (免疫を持たない人数)/(全人口) を集団免疫効果と呼んでいる。
実効再生産数
実効再生産数と区間再生産数は次の関係で結び付けられる。
実効再生産数 = m (免疫を持たない人数)/(全人口)
感染が始まったばかりの頃は区間再生産数と実効再生産数の間に差はないが、感染が進行して免疫を持つ人が増えてくると両者の間の差はおおきくなる。感染者曲線は実効再生産数を反映させたものであり、=1.0は感染曲線のピークを示すので、ピークを求めるだけであれば実効再生産数を調べるだけでよい。
ところが同じ環境(同じ規制、同じ行動変容)であっても感染の進行程度によって集団免疫効果が変化するので実効再生産数で書かれた感染図は違ったものとなる。このため行政的にどのようなアクションを行えばよいか、これまでの波と比べてどうかといった判断をするためには波に拠らない共通の指標が必要であり、それが区間再生産数である。