新型コロナと森林浴
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- 2020年7月20日(月曜)16:05に公開
- 作者: 松田卓也
私はYouTubeで米国のお医者さんのシュワルト博士の新型コロナウイルスに関するYouTube動画の話を毎日見ている。シュワルト博士は現役の呼吸器科のお医者さんで、毎日、新型コロナに感染した患者の治療に当たっている。その忙しい日程の合間に、論文を読み、いろんなアイデアを発信している。どの話も興味深く役に立つ。
シュワルト博士は人々が新型コロナ感染症にかからないか、かかっても軽くて済むためには、人が持つ基本的な免疫力が大切だと述べている。免疫には本来その人が持つ免疫、これを自然免疫というが、それと特定の病気、今回は新型コロナ感染症COVID-19に対する免疫、つまり獲得免疫がある。獲得免疫を得るには病気にかからなければならない。しかし我々は病気にはなりたくはない。そのためにはワクチンを打てばよいが、新型コロナのワクチンはまだない。そこで我々が新型コロナ感染症にかからないためには、自然免疫を強化することが大切である。
そのためには十分な睡眠をとる、適度な運動をする、適切な食事をする、適切なサプリメントをとる、などがある。別稿で温冷浴あるいは温冷交代浴が自然免疫を強化するのに役に立つという話をした。今回は森林浴について話す。
森林浴とフィトンチッド
森林浴とは英語ではフォレスト・ベイジング(Forest Bathing)というが、もともと日本で提唱されたアイデアで、米国でもシンリンヨクで通じる。森林浴とは森の中で風呂に入ることではなく、森林に入って、樹木が放出するフィトンチッドという気体の成分を吸うことである。
フィトンチッドとはなにか。樹木が発散する化学物質で、微生物の活動を抑制する作用を持っている。植物は傷つけられると殺菌力を持つ揮発性物質をだすが、これをフィトンチッドとよぶ。フィトンチッドには殺菌効果や防腐効果がある。
1930年ころにソ連のレニングラード大学のボリス・トーキンが、植物を傷つけると周囲にいる細菌が死ぬ現象を発見した。トーキンは、植物がなんらかの揮発性物質を放出したためと考えて、それをフィトンチッドと命名した。フィトは「植物」を意味して、チッドは「殺す」を意味する。松やヒノキといった針葉樹から発せられるフィトンチッドが、森林の中で人をリラックスさせる成分であることをトーキンは明らかにした。フィトンチッドの正体は植物の精油にふくまれるテルペノイドなどである。
フィトンチッドには木によってさまざまな種類がある。一番よく知られているのはクスノキであろう。クスノキからとった樟脳(しょうのう)は、ナフタリンなどの化学薬品ができる前は、虫よけとしてタンスの中に入れたものだ。ヒバで建てた家は蚊が寄らないとか、カビが生えないといわれるが、それはヒノキチオールというフィトンチッドのせいだ。
森林浴という言葉は1982年に当時の林野庁の長官が温泉浴、海水浴、日光浴などになぞらえて考案した言葉である。科学的なエビデンスを持った森林浴は「森林セラピー」といい、アロマセラピーにヒントを得て2003年に命名された言葉だ。近年、欧米で森林浴がブームになっているという。
森林浴をすると自然免疫が強化されるなどと聞くと、なんか怪しげな疑似科学とかインチキ科学のように思われるかもしれない。そこで森林浴が本当に人の免疫力を強化するかどうかは、科学的な検証が必要になる。シュワルト博士は日本人の書いた論文を発見してその解説をしている。ここではその論文の内容について簡単に話す。
森林浴による免疫力の増強の効果を確かめるために、東京都内の大手企業に勤める健康な男性社員12名と、大手病院に勤める女性看護師13名を対象にそれぞれ2泊3日の森林浴実験を行った。対象者を長野県飯山市、上松町、信濃町に連れていき2泊3日の合宿をして、その間に午前、午後2時間の森林内でのハイキングを行った。
実験前後で採血して、自然免疫の指標となるナチュラルキラー細胞数と、ナチュラルキラー細胞活性を測定した。その結果、ハイキング後にナチュラルキラー細胞とナチュラルキラー細胞活性が増加したことが分かった。面白いことは、この効果は1週間後にも持続していたし、さらには1か月後にも少し残っていた。
次に同じ人たちを緑の少ない都市部のホテルに宿泊させて、都市部の道路を同じ距離だけ歩かせた。この場合はナチュラルキラー細胞数の増加も活性の増加も認められなかった。
また尿中のストレスホルモンの量も測定したが、森林浴ではそれらが有意に減少したが、都市部の旅行ではこの効果は認められなかった。つまり森林浴はストレスを軽減するのである。
実験で分かったことは、森林浴は男女に関係なくナチュラルキラー細胞数を増加させ、その細胞活性も増強することである。
森林浴をするとなぜ免疫力が上がるのか? それを調べるために、被験者を都市のホテルに宿泊させて、ヒノキチオールという精油を部屋に立ち込めて就寝させた。その場合でもナチュラルキラー細胞数は増加して、細胞活性も増加したのだ。つまり森林浴の効果はこの場合はヒノキチオールというフィトンチッドの効果なのだ。
私の場合(下鴨神社)
この話を聞いて私はがぜん森林浴に興味を持つようになった。私は京都に住んでいる。私の家から10分も歩くと下賀茂神社がある。下賀茂神社は世界遺産にも登録された由緒ある神社だ。下賀茂神社の中には河合神社という摂社がある。「行く川の流れは絶えずして・・・」で有名な「方丈記」を書いた鴨長明は河合神社の禰宜(ねぎ)の家系だ。下賀茂神社は鴨一族の神社なのだ。そこには鴨長明が住んだ方丈という小屋のレプリカも置かれている。
下賀茂神社には糺の森(ただすのもり)という森がある。ここは昔、京に都がおかれる前の山城の原生林の名残である。糺の森はうっそうとした森林である。森の中には泉川と瀬見の小川という川が流れている。春の季節に糺の森を歩くと、鶯の鳴き声が聞こえる。森の中には泉が湧き出ている場所がある。京都市は人口120万とかなりな大きさの都市だが、そのなかにこんな森があるのは奇跡的だ。
私は朝の6時とか7時に下賀茂神社に行くことにしている。行ってみると、朝早いのに結構人はいるものだ。ラジオ体操をしているグループ、太極拳をしているグループがいる。私は石のベンチに寝そべって、目の前に広がる木々の梢とその間から見える青空を見るのが好きだ。大きく深呼吸すると、フィトンチッドの香りをかぐことができる。皆さんも家の近くに木の茂った神社やお寺、あるいは公園があったら森林浴をしてみられるとよいだろう。
まとめ
森林浴とは森の中で木々が放出するフィトンチッドという化学物質を吸い込んで、ストレスを軽減したり免疫力を強化したりすることである。森林浴は実際に免疫力を強化するという実験的研究がある。森林浴が新型コロナ予防の効果があるかどうかは分からないが、肉体と精神の健康によいのだからやって損はない。
付録
Coronavirus Pandemic Update 56: What is “Forest Bathing” & Can It Boost Immunity Against Viruses?
(コロナウイルスパンデミック更新56: 「森林浴」とはなにか、それはウイルスに対する免疫力を強化できるか?)