スウェーデンのロックダウンなしの特異なコロナ戦略
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- 作成日 2020年4月30日(木曜)00:07
- 作者: 松田卓也
ロックダウン戦略: いま死ぬか将来死ぬかの究極的選択
新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)による感染症COVID-19が欧米を中心として猖獗を極めている。本稿を書いている現在(2020/4/28)、世界で300万人以上が感染して21万人以上が亡くなっている。特に米国は感染者が100万人を突破して累積死者数は5万6千人強である。そのほかスペイン、イタリア、フランス、ドイツ、英国と西欧の大国は大きな被害を被っている。累積死者数はドイツを除き軒並み2万人を突破している。
これらの国のコロナ対策は基本的にロックダウンを中心とした、きびしい封じ込め戦略である。つまり医療関係や薬品関係で働く人、交通、電気・水道・ガス、警察、消防、軍などのインフラ関係者、食料品店の従業員、これらの社会維持のために必須の人たちを除いては、基本的に「家にいろ:Stay at Home」戦略である。当然、学校も閉鎖されている。
この厳しいロックダウン戦略は短期的には可能でも、長期的に行えば経済を破綻させる。例えばレストランなどの飲食業、美容・理容室などのサービス産業、観光、スポーツ、芸術関係などは全て中止されるので、それらに従事している人たちは職を失い、生活を維持できない。実際、米国では大量の失業者が出て、不満が高まり、トランプ大統領が煽っていることもあり反ロックダウン・デモも起きている。人々は病気でいま死ぬか、失業などで将来に社会的に死ぬかの究極的選択を迫られている。
コロナ禍が短期に、つまり数ヶ月で収束するめどが立つなら、人々がロックダウン戦略を耐え抜くという戦略もあるだろう。しかしスペイン風邪の経験から、コロナ禍は現在の波を抑えても今年の秋冬の第二波、来年の第三波とありうる。ワクチンができれば問題は解決するだろうが、それは最短でも1年半くらいかかると言われている。そもそもワクチンができない可能性もある。その間、失業するとなればおおごとである。社会は崩壊するかもしれない。
しかし中国では厳しいロックダウン戦略で、すくなくとも現在はコロナ禍を抑えきったかに見える。しかしそれが可能なのは国家権力の強大な独裁国家だからだ。韓国、台湾、シンガポールも抑えきったかに見える。これも韓国、台湾は準戦時下体制であり、シンガポールも独裁国家であり、つまり国家権力の強い国だからできたことだ。
西欧や日本などの、国家権力の比較的緩い民主主義国家ではそれを真似ることは難しい。特に日本は、一部の常識に反して、西欧に比べても国家権力の弱い国である。国家が警察力や軍を使ってロックダウンを命ずることはできず、お願いすることしかできないのだから。それは国民がそのような国を望んだからだ。
英国のロックダウン戦略
スウェーデンの反ロックダウン戦略を理解するには、その対極にあるロックダウン戦略を理解しなければならない。そのための理論的基盤として重要な、英国のインペリアル・カレッジ・ロンドンのファーガソン教授たちの論文は別項で紹介した。
新型コロナはまず中国の武漢ではじまった。それが日本(ダイアモンド・プリンセス)に波及して、次に韓国を襲った。この間、欧米諸国は高みの見物を決め込んでいた。欧米の報道では中国や日本に対して批判的なコメントを繰り返していた。これはアジア人の病気であり、欧米とは関係ないと思っていたのだ。実際イタリアの財務大臣は日本の大臣にそう公言したと言われている。
ところがまずイタリア、ついでイラン、さらにスペイン、フランスと新型コロナが襲った。いわば奇襲攻撃にあったのだ。でも本当は奇襲ではなく、十分な予告があったのだが、それを無視したのだ。それは米国において特に甚だしかった。米国のトランプ大統領をはじめとする政権幹部は、この病気はたいしたことはないとずっと公言していた。
英国では様子は少し異なった。イタリアの惨状を見るにつけ、英国はイタリアに2週間遅れているだけで、新型コロナは必ずやってくると見ていた。どう対処するか? 最初に考えられた戦略は集団免疫戦略である。集団免疫とはこの種の伝染病において、社会の構成員のかなりの部分が病気に感染して(あるいはワクチンで)免疫を持てば、感染はおさまるという理論だ。
社会のどのくらいの割合が感染すれば、集団免疫が達成されるか? それは感染疫学理論によれば基本再生産数R0(アール・ノート)により決まる。これは要するに一人の感染者が、平均何人に病気をうつすかという数字だ。新型コロナでは2-5ではないかと言われている。そこで集団免疫獲得のために必要な、感染する社会構成員の割合をHとすると
H=1-1/R0
である。R0が5ならH=0.8、2なら0.5である。つまり社会の構成員の5割ないしは8割が感染する必要がある。
英国の場合、人口は6600万人である。R0として悲観的な数値5を取れば、人口の8割、つまりほぼ5000万人が感染する必要がある。そこでもし致死率が1%と仮定すれば、死者の数は50万人になる。
英国のボリス・ジョンソン首相は一部の感染疫学の専門家のアドバイスを受けて、集団免疫戦略をとることにした。しかしこれは他の専門家やメディアの激しい批判を浴びた。そこに先に述べたファーガソン教授のグループの論文が現れた。その論文では感染理論の詳しい計算をして、何も対策を取らなければ英国の死者数は51万人、ロックダウンを含まない緩い対策(緩和策とよばれる)をとった場合の死者数は25万人、ロックダウンを含む厳しい抑圧策をとった場合は、死者数は1-5万人程度に抑えることができるとした。
これで風潮は一気に変わり、ジョンソン首相は緩和策から抑圧策つまりロックダウン戦略をとることに180度転換したのだ。そしてその結果は、現在(2020/4/28)の英国の死者数は21092人と、計算の想定内に収まっている。第一波が収まるであろう8月までの累計死者数はワシントン大学のモデルでは31,929人(2020/4/28現在の予想)である。これも想定内である。
スウェーデンの反ロックダウン戦略
世界の常識となっているロックダウン戦略に反旗を翻したのがスウェーデンである。スウェーデンは先の分類で言えば緩和策を選択した。スウェーデンでは小学校は閉校していない。というのも夫婦共働きがほとんどなので、学校閉鎖をすると小さい子供の面倒を見ることができないからだ。またレストランなども閉じていない。ただし制限はある。立って飲み食いしないこと、テーブルの間隔は開けることなどだ。50人以上の集会は禁止する(逆に言えば49人までの集会は良いということだ)。スキーリゾートも開いたままだし、国境も閉じていない。もっともそれでも国内旅行は大幅に減ってはいる。つまりスウェーデンは緩い社会的距離(Social distancing)を含む緩和策をとっている。
なぜスウェーデンは反ロックダウン戦略をとったのか? それは感染疫学専門家の意見を政府が受け入れたからだ。もっとも例えば英国でもファーガソン教授たちの感染疫学専門家の意見を受け入れてロックダウン戦略をとっているのだ。つまり感染疫学専門家の間でも意見が一致していないのだ。
そのポイントは何か? それは集団免疫(Herd Immunity)を巡る見解の差だ。スウェーデンの考えはこうだ。もしこの問題の解決が集団免疫しかないとすれば、それを早く達成した方が良いのではないか。つまりロックダウンをして感染を遅らせるよりは、人々を積極的に感染させた方が良いのではないか。
この病気にはある特徴がある。それは致死率が老人と基礎疾患(糖尿病、高血圧、呼吸器疾患、心臓疾患、肥満、ガン)などを抱えた人に非常に高く、若い人はほとんど死なないということだ。これは中国の経験からよくわかっている。とくに子供はほとんど感染しないか、感染しても症状は穏やかである。これは普通のインフルエンザとは異なる特徴だ。だから老人と基礎疾患を抱えた人は十分に守るとして、その他の若い人や健康な人は積極的に感染させた方が良い。ただしそれでも感染して重篤になる人はいるだろうから、感染爆発による医療崩壊は避けなければならない。そのための緩和策は講じる。しかし抑圧策は講じない。これがスウェーデンの戦略である。
以下の動画にあるようにスウェーデンでは人々は普通に生活している。緩い緩和策をとっているので強制ではなくお願いである。その点、日本と似ている。
以下の動画ではスウェーデンの集団免疫戦略を指導している首席感染疫病学者がインタビューに応じている。しかしスウェーデンの学者たちも一枚板ではなく、この戦略に反対する人たちもいる。批判者のポイントは、スウェーデン以外の北欧諸国の人口百万人あたりの死者数、つまりデンマーク(74)、ノルウエー(38)、フィンランド(35)に比べてスウェーデンの数(225)が多いことだ。しかしそれを言うなら、厳しいロックダウン戦略を敷いている英国(311)、イタリア(446)、スペイン(503)、フランス(357)と比較すべきであろう。
Sweden Thinks Herd Immunity Is the Answer to Coronavirus(スウエーデンは集団免疫がコロナウイルス に対する答えだと考える)
スウェーデンと英国の感染疫学研究者の対決
きわめて興味深い動画を見つけた。スウェーデンの指導的な感染疫学の専門家のヨハン・ギーゼッケ博士に対するインタビューだ。その論点を整理すると以下のようになる。
l 英国と他のヨーロッパ諸国のロックダウン戦略は科学的証拠に基づいていない。
l 正しい政策は老人と弱い人たちを救うことだ。
l 「その結果として」集団免疫が達成される。集団免疫は目的ではない。
l 英国の政策の180度転換以前の政策が正しい。
l インペリアル・カレッジの論文は良くない。そもそも査読を受けていない内部報告論文が公共政策に対してこれほどのインパクトを持つのはおかしい。
l その論文の内容は悲観的すぎる。
l そのようなモデルが公共政策の基礎となるのはおかしい。
l 英国は死者数のカーブが平坦化したと主張するが、それは死にやすい人が先に死んだからに過ぎない。
l 結果的には、どうしようが、どの国も同じような結果になるだろう。
l Covid-19はインフルエンザに似た軽い病気である。人々が恐れるのは、この病気が新しいからだ。
l Covid-19の実際の致死率は0.1%程度であろう。
l 抗体検査の結果が明らかになれば、英国もスウェーデンもすでに少なくとも50%の人々はすでに感染していることが分かるであろう。
Why lockdowns are the wrong policy - Swedish expert Prof. Johan Giesecke
(なぜロックダウンは間違った政策か-スウェーデンの専門家ヨハン・ギーゼッケ教授)
ここまで言われてはファーガソン教授も黙ってはいられない。次の動画で反論している。彼の主張の要点を記す。
l 大部分の感染疫病学の研究者は私の立場を支持している。
l スウェーデンでは死者数と感染者数は日日増大しているが、英国では減少している。
l 英国における感染者の致死率は0.8-0.9%である。
l 論文のモデルではCovid-19に専念したために生ずる、他の病気の治療の欠如による死者数は考慮しなかったのは確かだ。
l ロックダウン戦略は効果的である。しかし長期間は行えない。
l ロックダウンは精神衛生上大きな悪影響はある。人々を孤立化させるだけでなく、適切な治療を施せないことによる死亡率の上昇もある。
l 私はロックダウンがこれほど守られるとは思わなかった。モデルで仮定した以上である。
l 英国は韓国のやり方を採用すべきだ。
l 老人を守ったあとロックダウンを解除するのは理想だが、どこでも成功していない。
l このロックダウン戦略を取っても、英国では今後10万人の死者はでるだろう。
l ロックダウンを解除する基準として病院の余裕度が鍵だ。実際、余裕はある。
l ワクチンができるまでは社会的距離を取るべきだ。
l このロックダウン政策は政治家が決定したのであり、我々ではない。
l ドミニック・カミングスは我々の研究を見ていたが、我々の決定には参加していない。
l 新しいモデルはもうすぐに出す。
Prof. Neil Ferguson defends UK Coronavirus lockdown strategy
(ニール・ファーガソン教授は英国のコロナウイルス ・ロックダウン戦略を擁護する)
私の印象・意見
まずギーゼッケ教授へのインタビューだが、インタビューアーの質問は的確である。また教授の回答も実に明快である。イエスとノーがはっきりしている。聞いていて爽快である。日本では質問への答えは、初めにイエス、ノーの結論を言わず、言い訳やはぐらかしが多く、さらには結論すらなく、あっても玉虫色のことが多い。欧米でもこれほど明快な答えは少ない。ファーガソン教授の方は少し言い訳がましい。ファーガソン教授は韓国を目標とすべきだと言うが、韓国はそもそもロックダウンをしていない。
だから私には、集団免疫かそうでないかの二者択一ではないように思える。日本の政策では集団免疫などそもそも話として出ない。あくまでも感染爆発を抑えて死者数を最小限にすることが目標だ。それで良いのではないか。
その結果として集団免疫は達成されない。しかし時間が経てばワクチンが開発されるであろう。また効果的な治療法が発見されて、それほど恐るべき病気ではなくなる可能性がある。ワクチンは開発されない可能性もあるが、治療法さえあれば普通の風邪やインフルエンザと同じ種類の病気になるのではないか。
そもそもどんな病気でも死ぬ可能性はある。ギーゼッケ教授が言うには、自動車だって人を殺す。もし制限速度を時速5キロメートルにすれば、交通事故で人が死ぬことはなくなるが、誰もそれを提案しない。ようするにコストと便益の兼ね合わせなのである。つまりロックダウンでの経済的被害による死者数と、ロックダウンしないことによる死者数のバランスなのだ。
ギーゼッケ教授も言うように、この病気が恐ろしいのは、我々には未知の病気だからだ。人間は知らないものを本能的に恐れるのである。しかしここ数ヶ月で、実にいろいろのことがわかってきた。感染爆発と同時に研究爆発も起きている。あと半年後の秋冬にくる第二波の時には、治療法もマスク、防護具などの準備も整うであろう。つまり、それほど恐ろしい病気ではなくなっている可能性が高い。
もう一つ、ギーゼッケ教授とファーガソン教授の論戦で考慮されていないことは、アジア人の人口百万人あたりの死亡者数の異常な低さである。欧米とアジアでは実に100対1の差があるのだ。これは彼らには認めたくない事実なので、意識的、無意識的に無視されている。この事実に気づけば、その原因を探るべきであろう。その結果が人種的、遺伝的なものであればどうしようもないが、文化的なものであれば、欧米もそれを:謙虚に採用することは可能だ。
例えば挨拶で握手やハグをしない(欧米人もだんだんその方向に向かっている)、手洗いを実行する(これはWHOもうるさく言っている)、うがいをする(欧米にはうがいの習慣はない)、マスクをする(WHOも欧米人もマスク嫌い)、家には土足で入らない(一部の欧米人は始めている)、ウオッシュレットを使う(米国では売れない)、もっと風呂に入る、要するにもっと清潔にする、BCG接種をする(ワクチン反対論者を黙らせる必要がある)、緑茶を飲むなどなど。
今は緊急時でそんなことを研究している暇はないが、コロナ禍がひと段落したら、徹底的に究明すべきであろう。でもそれをしないとしたら、それは欧米の傲慢である。自分たちの文化の方がアジアのものより上だと思っているからだ。
ともかく私の個人的印象なのだが、日本での新型コロナはこのまま死者数の増大をなんとか抑えて梅雨までもちこたえれば、第一波は乗り切れるであろう。死者数はなんとか3000人以下に抑えてほしい(現状で385人)。日本で年間のインフルエンザの死者は3000人程度、阪神淡路大震災は6000人、東日本大震災の死者・行方不明者は18000人程度であるから、これ以下に抑えられれば、日本としては経験済みで許容可能である。
ちなみに米国の現在の死者数は56,797人である。これは9.11の3000人、イラク戦争での米軍死者数4400人、朝鮮戦争の死者・行方不明者42000人を超えている。ベトナム戦争の死者数に迫っているが、もうすぐ追い越すであろう。米国にとっては第二次大戦以来の大惨事なのである。
私の印象では、新型コロナ自体の病気としての脅威度は、ギーゼッケ教授同様に悪性の風邪かインフルエンザ程度のものだと今でも思っている。しかし予想しなかったことは、この疫病が世界に及ぼした、あるいは今後及ぼすであろう、巨大な歴史的影響である。それは病気自体というよりは、現代の社会、経済、政治、外交的な構造的な問題に起因すると思う。つまり天災よりはむしろ人災の側面が強いという考えは今も持っている。今後の世界、社会がどのように変わるかは、別に考察したい。