2017年12月16日

「あいんしゅたいん」でがんばろう 33

理科とSTEM 第1回

昨年暮れ12月19日のこのコラム(「あいんしゅたいん」でがんばろう 25)に「理科とSTEMは同じか?」という文章を書いた。
日本の学校教育でのサイエンスにあたる科目名が「理科」であるが、この理念がいわゆる西洋起源のサイエンスの理念と違うのではないかという問いかけである。「この疑念は、ある会社の高校教科書の編者をやるなど指導要領や理科教員団体の書きものに十数年ほど接してきて、私のなかに芽生えてきたものである。
拙著「職業としての科学」(岩波新書)でも簡単にふれたが、その後、藤島弘純「日本人はなぜ「科学」でなく「理科」を選んだのか」(築地書館、2003)という本に出会い、「ああ、やっぱりそうか!」と合点がいった。」

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自然放射線 その3

「自然」といっても、いわゆる原子力の始った以後は様々な人工「源」が広域な環境に蓄積されている。人工源のもとになった惨禍や事故については高田純「世界の放射線被爆地調査」(ブルーバックス)を参照。ここでは「被爆地」というよりは影響が広域におよぶ低線量被曝を念頭に書いておく。

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自然放射線 その2

放射線「騒動」は相当ながく続くようである。排出をある程度覚悟してでもやらねばならぬ作業が増える可能性が高い。まさに原爆実験の時代を彷彿させるものである。

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自然放射線 その1

放射線災害でカッカしている時に自然放射線の話は迂遠の様に思われるかもしれないが、危険を予想して色々な規制をする線量はみな自然状態を参考に決められている。だから、基準にされている自然放射線の中身を理解しておくことは大事である。
なぜ「自然」を基準にするかは、人間も生態系もこの放射線環境で生活しているという壮大な実験結果があるからである。放射線に対する破たん的でない耐性を持ったものがこの環境で生存しているわけだからである。
国連科学委員会UNSCEARのHPのQ&Aには自然放射線の人体への吸収量として次の表が載っている。

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原爆実験と「チェリノブイリ」

福島原発は、震災・津波の大惨禍から国民の目を反らす程に強く気になる事態である。一部の人の認識が、「福島」の事態の受け取り方が筆者などと若干違うことに気づいた。極端に言えば、「あの時」に重大な事態が既に起こっていると思ってる人がおることだ。筆者などは、あの30kmの避難も含め、むしろこれからの「本番」に備えたものだと受け取っている。ここ数日の報道でも、事態はますます悪化していて、これからが本格的危機なのである。作業員の被ばくでなく、広域の汚染の「この数値は大丈夫」という説明は「今までのところ」であって、まだ「本番」があるかもしれないのである。ないことを祈るのみである。

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不確実さと行政

震災後、「巨大地震その1」を前回書いたが、その後、福島原発が深刻化し、「その2」は吹っ飛んでしまった。26日現在、「福島」は予断を許さない状況であり、ここ数日はむしろ「深刻化」を示唆している。汚染報道で一喜一憂の毎日だが、公衆への被爆という観点では、むしろ、水や作物を含めてマニュアルどうりにキチンと検査していることの点検結果が報告されている様なものであり、現在までの数値での影響は、行政やマスメデイアで解説する識者のいっているとうりだと思う。一般の人はそれを疑うよりはこれから起こり得る「本番」に備えて心を鍛えておくべきと思う。

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