2017年09月23日

「巨大地震」その1

まさに想像を絶する広範囲な地震・津波の被害に接し言葉を失うというのが、正直な気持ちである。さまざま惨禍への対応に腹ただしさを感じることも一杯あるが、「じゃ、あんたやって」と言われれば何も出来ない身なのだから、いまは対応の当事者の任に組み込まれた人たちの最善の努力を応援して祈るのみである。
自然災害の後の社会的災害についても、日々、経験のない事態に襲われているのだから、「正解があるのにそれをやっていない」ということではなく「正解はないのである」。自然現象と社会生活の間に巨大なインフラが介在した日本のような高度な社会では、この「インフラ」は一方では効率性を追求しているから無限責任にはなっていないわけである。異常な自然現象に対応できる「インフラ」ではないのだから、一瞬、人間がむき出しにわが身も含む自然に対応させられるが、当面は生命から始めってさまざまな「インフラ」が現場の人々の努力で回復されることを願うのみである。

こういう心境なので、日ごろ書いている「上から目線」的な論評の筆が進まないのであるが、このブログの掲載が長くさぼっていた事情もあり、これを書いている。
「巨大地震」という文字をふくむ文章を書いていたなという思った。振り返ると、2007年度の京都賞(稲盛財団)の地球科学・宇宙科学の基礎科学部門の受賞者がカリフォルニア工科大学の金森博雄氏であったことに関係している。贈賞理由は「地震の物理過程の解明と災害軽減への応用」であった。私はこの選考過程の審査委員会の委員長をしており、役目上、当時いろいろ勉強もして業績を書いたり、また贈呈式に関連してあった専門家のワークショップにも出席し、金森氏と会話する機会を得た。まさに今回のような巨大地震の特性を明らかにしたのである。さらに、贈賞理由の後半「災害軽減への応用」は、学問的研究だけでなくそれが社会に貢献せねばならないという観点で、「緊急地震速報」のようなシステムをカリフォルニアの自治体と協力して実験的にはじめたものを指している。

余談だが、金森氏は、戦後の新憲法制定で名の出てくる、金森徳次郎のご子息のようである。

1)モーメント・マグニチュード

「巨大地震」の「巨大」とは今回のように500kmにもわたる震源の巨大なサイズの意味である。物理学で知られた簡単な原理だが、サイズの大きな振動源からは波長の長い波が放出される。音速はほぼ一定だから長波長は長周期のことである。解放されたエネルギーのスペクトルは、「巨大」なほど、ゆっくりした振動にのびているのである。

ところが、従来の地震計はスペクトルの短周期域に限られた窓で観測するタイプであった。このため、スペクトルの全貌を無視した地震のマグニチュードの値をだしていた。
これだと「巨大」化しても、短周期の強さは飽和していて、地震計が測っていないから長周期のエネルギーは見えていない。1970年代に、金森氏は、過去の事例を分析してこういうことを明らかにし、モーメント・マグニチュードを提案した。

後から聞けば、物理学的には当然のことに思えるが、現実の学界の歴史ではそうではなかったようだ。むしろ一時的には「地球での地震の大きさには上限がある」として、それを基礎づける地球の特性を探る雰囲気もあったのである。確かに、中と小の地震の特性は、それこそ地域地域の地質的特殊性に支配される。地球には同じ場所が二つとない程に特殊性がある。だから、物理学者が扱う単純化した演習問題的な考察は余り役に立たないのである。そういう地震学者の独自性論にこだわると「上限値がある」というのも地球というものの特殊性に由来すると考える習慣もあるわけである。確かに「地震など物理学の応用問題に過ぎない」と「物理帝国主義」的な物理学者もいたから(私もその部類ですが)、独自性を唱えるのもうなずける。しかし、金森氏の業績は「巨大」ではシンプルな物理原理が支配していることを示したのである。「巨大」だと地域地域の特殊性をオーバールールする原理が姿を現すのである。物理学でも、よく極限をとると物事がシンプルになるということは始終ある。

この発見は、上述のような学問論の興味でなく、次の二点で重要であった。一つは、長周期の変動こそが巨大な津波の原因であるから津波の対策にも及ぶということであり、もう一つは高層建築や建築基準の耐震考察に使うスペクトルの改訂につながったことである。

2)緊急地震速報

今度の事態の報道中にも幾度も余震の「緊急地震速報」のスーパー画面が登場したが、ああいう自動システムの提案は金森氏に始るのである。これは、最近は高校物理の試験問題にもでる程になったが、縦波と横波の速度差をつかって、「緊急」に事前通報しようとするものである。例え、数十秒という短時間でも、一瞬で出来る危機の回避をしようとするものだ。いわゆる行政政策の時間スケールと地質的時間スケールの差の狭間で悩みの多い「地震予知」にだけ頼るのではない発想である。「直前にいわれて、どうしようもない」という不満も、「何時のことか分からない地震防災訓練は行政のアリバイ作りだ」といった批判も、みなもっともだが、では「あなたならどうする」が問題なのである。

ここまで追い詰められると、たしかに人類の歴史の中で、宗教もふくめ、いろんな奇をてらった対処法を嘲笑し、無為、泰然と受け入れる、・・・・・など、ウロチョロするなという話が語り継がれてきた理由もうなづける。

私の近著「職業としての科学」(岩波新書)では、科学はしばらく(百年とか)こういう課題に役割を果たすべきだし、責任があるという立場にたって、日本国民の力で築いた科学技術のこの公共財としてのインフラを活用と訴えた。こういう立場で必要な意識改革に役立つだろう歴史的な考察した。この本のあとがきにも書いたが、この立場は自明ではないであろう。特に、今度のようなことがあると、確かに自然が見えないほどの巨大なインフラを間に挟んだ構図の無理がきたのかと思ってしまう。科学技術不信論が横溢するであろう。「自然で、シンプルな生活に戻ろう」と。

しかし、そこで私が述べたことは、物事の勢い(惰性)は急には変更できないということだ。日本は贅沢を経験したから「土地を耕して生きよう」ともなるが、「おれたちも贅沢をやる権利がある」というアフリカなどの滔々たる流れが通り過ぎる山は越えなければならないのだ。巨大インフラのテクノロジーに責任を持つ科学は急に「土に戻ろう」ではすまない。200年先にはそうなるにしても、そこにソフトランデイングさせるためには、まず「生長の山」を超え、人口を減らすとかをしていかないといけないのである。