2017年05月28日

原爆実験と「チェリノブイリ」

福島原発は、震災・津波の大惨禍から国民の目を反らす程に強く気になる事態である。一部の人の認識が、「福島」の事態の受け取り方が筆者などと若干違うことに気づいた。極端に言えば、「あの時」に重大な事態が既に起こっていると思ってる人がおることだ。筆者などは、あの30kmの避難も含め、むしろこれからの「本番」に備えたものだと受け取っている。ここ数日の報道でも、事態はますます悪化していて、これからが本格的危機なのである。作業員の被ばくでなく、広域の汚染の「この数値は大丈夫」という説明は「今までのところ」であって、まだ「本番」があるかもしれないのである。ないことを祈るのみである。

こういう時、すぐに「チェルノブイリ並み」かどうかが言及され、「臨界が止まった」からそこまではいかない、というような説明で安心してしまう。チェルブイリは一気の水素爆発で炉内の分裂生成物のヨウ素やセシュームが大量に出た。逆に言うと、そこで出るべきものが出た。また、甲状腺への集中で危険視されているヨウ素131の内部被ばく防止で牛乳出荷規制が行われたが、「チェルノブイリ」では牛乳の出荷規制は一切行われなかった。ともかく、あの経験で対処法が向上しているから、以上でも以下でもなく、一概に「チェルノブイリ並」み云々の比較はそれほど意味がない。

「福島」でも、燃料棒の破壊度によるが、相当の分裂生成物が炉外に定常的に漏れ出していることが明らかになった。燃料棒の破壊は数十パーセントいう予想も語られている。すると炉内の存在量自体は「チェルノブイリ並み」だ。しかも、この漏れの修復作業は、高放射能下のために、極めて困難の様だ。

この克服が例え短期に出来ても、あの現場の修復に伴う作業は相当長い時間がかかるだろう。何れの場合も、長い間、ダラダラと制御不能な形での間欠的放出は続くと予想される。臨界してないからヨウ素131は8日の半減期で減っていくにしても、例えば千分に減るには80日、一万分の一には106日、百万分の一に減るには159日もかかる。他の核種からの放射線はほぼ一定である。ともかく、間欠的な放出はまだまだ長く続くと思われる。放出量の合計はこれまでのものより、これからのものの方が大きいであろう。チェルノブイリと違うだらだらタイプの放出になる可能性があり、安易な比較はすべきでない。

現実の予想は、特別な情報がないので、これ以上踏み込めない。以下では、70歳以上のの世代が経験した放射線騒動について記しておく。これが「だらだら」型の典型である。1950-1970年頃の原水爆実験による大域的な被曝である。実験場近くにいて被爆した第五福竜丸の船員は死ぬほどの重度の被爆もあったが、ここでは北半球の日本を含む緯度の範囲(30-50度)での広域で長期にわたる「死の灰」による被曝である(fallout)。1960年前後の10年程の間に米ソの核爆発実験は集中した。大気圏爆発は米ソだけで434回もある、他の国も含めると541回である。(50年代は米、60年代初めはソ連が主)核爆発の度にある期間遅れて、雨の度の水の汚染や空中の放射線量上昇がそれこそ何百回もあったのである。間欠的に上昇するがすぐに戻るのでみんな麻痺してしまった。それでも時間で平均した線量は平時の150倍はあったようである。(β線で1964-1981年の平均は1985年以降の平常時の150倍)スパイク的な上昇は数万倍の時あった。水は降雨のたびにいろんな地域で上昇した。被曝は日本全土あまねく及んだ。下図は気象庁のデータの例。

平均百倍にせよ、こう長く続くと、土壌への蓄積がはじまる。雨で流れたら、水質汚染や生物による濃縮に慄く。また汚染マグロ騒動も衝撃的だった。これは爆発実験場周辺での海洋汚染地でのマグロを捕獲して日本に上陸したもので、あれほどの魚介類の汚染が日本近海であった訳ではない。ともかく、こういう放射線騒動が相当続いた。初めのうちは、子供でもストロンチュームという元素名を覚えたほどだ。データ的には十数年続いているが、世間的には数年で多くの人の話題から消えていった。日本では次は米の原潜入港騒動だった。なにしろ、ドギツイ騒動が次から次にあった時代であった。

<長期変動データの例>