2022年05月26日

素晴らしき授業ー樟脳のふしぎにせまる親子理科実験教室へのお誘い(ブログ その67)

1 もったいない!

当NPO松田副理事長が、「もったいないなあ、ほんとに」と何度も私に言われたのは、この夏の、8月13・14日の、「科学普及員養成研修会」のときでした。
プレゼン王といわれ、その話しぶりは迫力があります。今年度の京都大学1回生の集まったゼミでは、およそ10人ばかりの入学ほやほやの1回生に、「プレゼンの王道」を伝授してくださいました。
それ以後、学生たちは、講演などを聞くたびに、偉い先生のプレゼンについて、「あれはまずいな」、「あのグラフは横軸を説明しないとわからないな」とか、「結論がはっきりしないな」とか、けっこう的確な批判をします。大学の偉い先生は、ご自分のプレゼンについて、めったに批判を受けないので余計進歩がないというべきかもしれませんね。

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なぜ、たった1年で世論が変わったのか・・・原子力発電導入の謎(ブログ その66)

1953年に米国大統領アイゼンハワーによる国連での演説、「アトムズ・フォー・ピース」で、原子力の平和利用の幕が落とされました。
日本でも、鉄腕アトムが空を飛び、家々に明かりをつけてまわる広告がでてきて、原子力は未来への希望の象徴となったのです。このなかで、日本は、日米原子力協定を結び、米国産の軽水炉を輸入して原子力発電を開始しました。自主・民主・公開という原子力3原則を打ち立て、日本の未来を誓いあったはずです。
当時東海の原子力研究所で新しく仕事を始めた原子科学者たちは、希望に燃えて新エネルギーの開発に携わったのですが、政府の「原子炉は米国(GEとWH)から輸入する、日本での開発はしなくてよい」と言われがっかりしたということです。
もっとも、当初(1966年)、日本の商用原子炉第1号として導入されたのは、英国製のコールダーホール(黒鉛減速ガス冷却炉)でしたから、米国一辺倒になったのはそののちのようです。コールダーホール型は、天然ウランを使えるのですが、軽水炉に比較して、取り出せるエネルギーは少ないので、結局、軽水炉が商用として普及したということです。

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放射線Q&A ー 放射線被ばくの影響・・・グレイ・シーベルト 受ける方

放射線Q&A ー 放射能の強さ・・・ベクレル 投げる方」からの続き

放射線を浴びたときにどのような量で測るのか

「内部被ばくの計算が色々なところで出ているのですが、公的機関で発表されているものも含めてマチマチですね。いったいどれを信用すればいいのかみんな困っています。」
「私は、次の原則で判断することにしています。その基準は
  1.国際機関が発行しているものを信用する
  2.信用出来る科学者が書いている専門書を信用する
です。
ブログ等に書かれているものは、例え書いている人が自称放射線被ばく医療のプロであっても信用しないことにしました。ブルーバックス等の本も裏を取らずに信用するのは危険と判断しました。」

 

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目に見えない放射線?(ブログ その64)

「放射線は目に見えないのでこわい」という声を耳にします。
目に見えないものは怖いのでしょうか?バスが今どこまで来ているか教えてくれる掲示板、ラジオやテレビを伝わってくる電波、みんな目に見えません。
でも、携帯電話やテレビラジオが聞こえることで、電波がそこに存在したことがわかるのですね。また、遠すぎて見えない時は望遠鏡を使って、小さくて肉眼でみえないときは顕微鏡を使ってみています。
目には見えないけど何かそこにあるということは、いろいろの道具を使って測ることができるのです。その道具が、うまく対称物が出す光と反応してくれれば、そこにある物がみえるように工夫できるわけです。
「気配」といったものも実態があるので、それを見える手段を見つけて人間はいろいろなものを測ってきたことは、「生物は季節の気配を感じるか?」で触れました。

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日本の技術力ー技術者根性(ブログ その63)

1.朝日新聞の「内部資料」記事

2011年5月13日、「『注水が最優先』、『ベントせよ』東部電力の内部資料」という見出しで、朝日新聞に地震直後の現場の膨大な内部資料の一部が掲載された。地震直後にすでに、ひび割れが生じ、津波前に、放射線量が上がっていた事がはっきりしてしまった。その後、各新聞報道は、福島第1原発の事故は地震直後の状況を報道し始め、「東京電力が原子炉のデータを解析して報告書を原子力安全・保安院に提出した」として、2号機に続いて3号機も初期の段階でメルトダウンを起こした可能性を認めた。「今更」というような報告である。

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放射線は怖い?・・・物理と生物と医学の間にある違和感(ブログ その62)

1.違和感

それは、かなり初期の頃、放射線漏れで、その影響が問題になり始めた頃でした。たまたまテレビを見ていると、そこに、出演していた解説者が、「しかし、長期的な影響・・・」といった瞬間、そのコメンテータの目が宙に浮き、一点を見つめて、しどろもどろになりました。明らかにイヤホーンから「その話はするな」と言われたらしいことが丸見えだったのです。この話はご法度だったのだろうと思います。この強烈な印象は、その後、マスコミに対する不信感につながりました。

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