新年を迎えて(ブログ その77)
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2012年1月08日(日曜)09:16に公開
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作者: 坂東昌子
ごあいさつ
今年の幕開けは、私たちにとっては特別の意味があります。シビアな天災と人災に見舞われた2011年から、新しい年に向けて、私たちは何をすべきか、考え考え生きてきた10ヶ月でした。この歴史的な経験を教訓として受け止め、次の新しい年につないでいかなければなりません。
そのさなか、この年末年始の時間のほとんどを使ってあることを調べていました。
やり残した仕事を抱えて、バタバタしていた12月28日のことです。偶然みたNHKの「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」!真実を知りたいと願っている多くの市民が、これを見てどう思ったのだろうか。それにしても、この報道は巧妙に組み立てられています。今一度その内容をしっかり確かめようと、あちこち調べてみました。動画は見つかりませんでしたが、内容を文字化したものはすぐにウェブ上でみつかりました。こうして、沢山のネットワークを通じて、徐々に調べたいことが分かってきました。でも、おかげで、お正月はこれに明け暮れました。
その内容を新年のあいさつに盛り込もうと、内容を検討して書き直しているうちに、すっかり新年次のブログに書くこととし、まずは、今年のご挨拶をすることにしました。
「親子理科実験教室」と「東日本震災の科学シリーズ」
この1年は、「東日本震災の科学シリーズ」を計6回、「親子理科実験教室」を8回、そしてそれと連動して、科学普及員研修会を合計15回、日本物理学会京都支部などと協力して、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の資金を得て実施しました。
実をいうと、今年度、私どもがJSTに申請した企画は、「科学のウソ突破!研修講演会」でした。そもそもは、巷に流布している科学の解説に、科学的に見て間違っているものがけっこうある。単に、市民の勘違だけでなく、科学を普及する立場の解説本や、インターネット上の記事、さらには、大学の教科書にさえ間違いがある。科学者といえども、常に正しい説明をしているとは限らないのです。こうした誤謬を正すことが、科学普及活動を推進する上で重要と考え、普及活動をかねた講演会を開催し、その中で、科学者や科学者の卵、関心の高い市民や、ときには子供たちが正しい認識を持つため協働作業を試みてみようと目標を定めていた。しかし、2011年3月11日に発生した東日本大震災を目の前にして、歴史的な時点に立って、テーマを急きょ変更して、震災にまつわる科学、具体的には、巨大地震に関する神話や、放射線の理解とその生体への影響、エネルギー問題などを中心とすることにしました。詳しくはこちらをご覧ください。
科学普及員の研修会
また、JST支援を得て、今年度初めて行った科学普及員研修会は、沢山の科学を愛する仲間との出会いの場でもありました。
研修生は小学生、中学生、高校生、更に大学生、そしてなんと学校の先生や大学の先生、それに会社の技術者、それに親子理科実験教室などで参加されたお母さんなど、実に多種多様でした。実に様々な方が参加する研修会で、皆さんを満足させられるのだろうか、と思いました。しかし、講師の先生のご努力もあり、研修生の熱心な態度と相まって、実に興味深い研修ができたと自負しています。指導に当たった私たちも、沢山のことを学びました。特に、夏の2日間の集中講座は、研修生同士のネットワークも広がりみんな仲良しになって、助け合いながらの研修となりました。いろいろなレベルの違う人たちが一緒に楽しみ学ぶということができることを実感できた次第です。
ただ、研修生の中には、「レポート」の課題と「発表」の課題をどうこなしていいか、経験がないのでわからないという方もおられ、急きょ、レポートのまとめ方や発表に伴うプレゼンの仕方の指導を、日本物理学会京都支部の援助を得て、若手中心のメンター制度をたちあげることができました。廣田誠子さん、安田淳一郎さん、前直弘さん、山田吉英さん、轟木義一さん、中野美紀さんなどが、メンターとして、直接、指導に当たってくださいました。おかげで、研修員はみんなパワーポイントを使えるようになりました。すごい進歩です。特に、人目を引いたのは、最年少の小学5年生の素晴らしい発表、そして、また、京都大学学生の発表、会社技術者の一流の発表でした。これらは皆さんから驚きと感激を与えました。
研修生は、当初、中学生以上としておりましたが、親子理科実験教室のお母さんが申し込みをされ、それにくっついて小学生5年生が熱心に授業を聞いて、ずっと参加されたのです。そして、自分でパワーポイントの作り方もみごとに習得し訓練され、素晴らしい発表をされました。もちろん、メンターの指導もありますが、それにしても、何日も集中して発表を作り上げたということで、お母さんも「こんなに集中力があったとは思いませんでした!」と驚いておられました。認定委員もこれにはびっくり、高い評価を得ました。というわけで、研修員ジュニア制度を設けることとなったというのがいきさつです。
こうして、2011年12月25日をもって、すべての研修会を終了し、後はレポート提出の実が残されています。「レポートを書いた事がない」という高校生もいたりして、メンターが指導していますが、きっと素晴らしいレポートが集まってくると思います。すでに集まったレポート、みなさん見事な出来栄えです。
レポート提出をもってすべての研修は終了します。そして、現在、普及員認定委員会(日本物理学会支部と当NPOで構成された委員が担当しています)が、のべ約30名近くの研修生のランク認定作業をすすめています。
この認定を受けた優れた方々にも、これからのイベントや企画に加わっていただきたい、そうすることによって、実地研修の認定もできると思います。こうして、科学普及員が新しく科学を普及する理論実習を身につけ、ネットワークがさらに広がっていくと期待しています。
「低線量放射線検討会」で広がったネットワーク
3月11日以後、私どもは、科学者としての役割はなにか、また当NPOとして何ができるのか、ずっと考えてきました。そして、震災の当初から意見が分かれ紛糾していた「低線量放射線の人体への影響」の問題を、じっくり腰を据えて検討しようと、「低線量放射線検討会」への参加を呼びかけました。これに応えて、当NPOのみなさんをはじめ、遠くからも興味を示していただいた方々は、新潟・東京・名古屋などの全国に広がりました。そして、スカイプでつなぎながら議論を進めてきました。大学1年生から、定年退官した名誉教授まで、どれだけ沢山の方がお見えになり、どれだけ沢山の議論をしたことでしょう。まさに、知的人材のたまり場での、異分野交流が一気に広がったという感じですこの様子は、宇野・坂東のブログにも書いていますが、内容が豊富になり蓄積された情報になってきたので、震災シリーズのなかに、「LDM通信」という形で、頻繁に発信する予定です。
毎週1回、夕方から夜遅くまで議論を重ねてきましたが、異分野の方々との議論をこれほど真剣に行ったことはありませんでした。この活動の中で、生物学、免疫学のプロである宇野理事は、福島に出かけて、学習会で話をなさることが多くなりました。「白河市における放射線から健康を守る学習会」奮闘記にも、その一端を見ることができるでしょう。これは、「バスツール通信新春号」にもでております。
また、京大1年生の奮闘ぶりは素晴らしいもので、その一端は、そのうちの1人、水野君の「全学共通教育国際学生シンポジウム」での健闘ぶりにも表れています。
また、杉野さん、伊藤君、間浦君は、2011年12月17日の第6回公開講演討論会で、発表しみんなを驚かせました。(近いうちに動画を何らかの形でアップするつもりです)。
若い学生たちが低線量放射線検討会に加わり、震災以後の科学の在り方を含めて真剣に考えている姿、その行動力とリサーチの素晴らしさに、感心するばかりです。「基礎科学研究所」が、この芽を創造的な仕事にまで発展させられるのではないかと期待しています。
中西基金
今年は、科学と社会、物理学と生物学という異分野にまたがる討論が重要度を増してきます。ずっと構想を練ってきた中西基金(三重大学の教員として貴重な存在感のある活動をなさっていた故中西健一さんのご両親と妻の真由子さんから、「健一の思い」をと、ご寄付いただいた基金)、今年こそこれを使っての企画を実現させたいと考えております。中西さんは、まさに、生物と物理をつなぐ貴重な存在でした。今彼が生きていたら、きっと、私たちの「低線量放射線検討会」に真っ先に参加してリーダーシップをとってくれただろう、とまたしても悔しい思いです。中西さんとともに、と呼びかけたいところです。
これらのこと
年賀状はお正月になって書きました。メールで挨拶できるというご時世に、こんな紙媒体であまり詳しくも書けないはがき1枚、どうなのかな?などと思いました。でも、昨年の年賀状を1つ1つ見ながら、仲間たちがどんな様子だったか思い起こし確認しつつ書くのもいいものだな、などと、遅まきの年賀状に心をこめた次第です。
今年もお互いにネットワークを広げ、前向きで頑張りたいものです。皆様との連帯の心をこめて、年始の挨拶です。
2009年2月5日に、当NPOが法人として認可され、ほぼ3年が経過しました。2010年の京都府の委託事業が終了し、2011年度は、JSTの援助を受けた活動と連動して活動を続けてきました。
2011年4月から入居している京都大学のベンチャー・ビジネス・ラボラトリーを通じての、連携も深まってきました。
教材づくりと親子理科実験教室は、その後も、形を変えて実行しております。当時、ITマネージャとして勤務した方、科学普及に取り組んだ若手は、それぞれ、大学の教員となり、活躍しています。その後も、ポスドク支援の仕事は、しかし、すべてうまくいったわけではなく、時には、ポスドクの思いと企業や雇い主の思いがマッチせず不幸なうまくいかなかった1事例では今も心に引っかかっています。この経験を生かして、大阪大学CLICや京都府JOBパークと連携し、お世話になっております。そして、より開かれたキャリアパスを目指して、若者たちはそれぞれ企業やいろいろなポストについていかれました。まだまだ未熟な生まれたてのNPOですが、どうか、今年もご支援くださり、当活動にご参加いただければ、心強いです。