2024年10月14日

チョコレートと工藤先生(ブログ その74)

京都府の「母と娘のための親子理科実験教室」第3回目が、ウイングス・京都で開かれました。母と娘の教室、面白いことを始めたものです。きらきらした目の女の子たちが集まっていました。講師は工藤先生、当NPOの親子理科実験教室でも講師を務めてくださった先生です。

今回はチョコレートがテーマです。チョコレートの油脂の性質をしっかり押さえながら、他の種類の油脂、てんぷら油、ミルクバター、ラード(豚脂)等を使って、ココナツバターと対比しながら、その素晴らしさを説明していきます。油脂の結晶温度が、少しずつ微妙に違っているのも初めて知りました。「マグロのトロがおいしいのはマグロの脂がちょうど、体温で溶けるからなのだそうです。人間のおいしさの感じ方にはこういう感触も大切な役割を果たしているのですね。

教室の進め方には、優しさがにじみ出ていて、素晴らしいものでした。心が和むチョコレート教室は、女の子らしい優しさと好奇心がいっぱいでした。終了後、工藤先生とこの教室のお手伝いに来ていたアシスタントたちはご一緒に、感想を早速読んで話し合っておられました。アシスタントをしていた彼女たちは、私どもの親子理科実験教室を担当いただいている立命館大学の山下先生の学生さんたちです。終わったら、反省まできちんとしているのをみていると、こうして社会とかかわり合っていくことで、彼女たちは成長しているのだな、と頼もしいです。成長するいい機会をもらっているなと思います。

チョコレートといえば、思い出すことがあります。チョコレートを溶かして固めるのは、いとも簡単なようにもみえるのですが、実は、よく失敗するのだそうです。チョコレート結晶になるのは、実は、近代物理が解きあかしたもっとも顕著な成果の1つである、「相転移」と深く関わっているのです。このことを知ったのは、1997年の秋、広島で行われた物理教育研究会でした。ちょうど、私立大学で科学教育について様々な経験を積んでいたころで、物理教育について私が勤めていた愛知大学での経験を話してほしいと頼まれた時でした。その日の午後に、チョコレートの美味しい作り方の実験がありました。チョコレートと物理がどう関係しているのかな?と興味にかられました。そして、広島大学の佐藤清隆(広大理)先生から、チョコレートの結晶の面白さを教えてもらったのでした。私たちが一番美味しいと思うのは、口に含むと、とろりととけるあのチョコレート色の結晶ですが、実は、これはココアバターの結晶なのです。この体温直下で融解する油脂結晶は、大変不安定で、微妙な温度の調整が必要なのだと、佐藤清隆先生は説明してくださいました。ココアバターは油の中でも、体温直下で融解する油脂結晶は、大変不安定で、温度の調整が重要です。つまり、チョコレートの結晶には、いろいろな種類があって、微妙な温度の状態ですぐこわれて、別の結晶状態になるのだそうです。その様子は、例えば以下の参考資料の4)の図3によく表されています。この図はちょうど山のてっぺんから降りる(温度が低くなる)とき、普通なら徐々に滑り落ち窪みから抜け出せないのです。そうすると、この窪みにいる状態が続きます。チョコレートの結晶はこの状態にいるのと似ているのです。そうすると、少し温度が上がると違う状態になり、ブルーム化といって白っぽいぱさぱさした結晶状態に変わってしまうのです。逆に、適当な温度までうまく温度を調整してもっていかないと、窪みに落ち込みませんから、微妙な調整が必要になるということです。猛暑の年の夏には、ブルーム現象を起こしたチョコレートがたくさんできて大変なのだそうです。でも心配無用。また再結晶させるとおいしいチョコレートになるのだということでした。

佐藤先生は、このチョコレートの結晶を作る方法を開発したことで、チョコレート会社にとても感謝されているらしく、この日のイベントにもチョコレートを沢山ご寄付いただいたようで、私もそのお相伴させて頂きました。「で、特許を取らないのですか?」ときいたら、「僕はキュリー夫妻のファンですので、彼らに倣って特許は取らないのです」ときっぱり言われたのが、今でも記憶に残っています。はるかな昔の思い出です!

佐藤清隆先生は、2002年には、「機能性を有する油脂結晶多形の分子構造に関する研究成果」発表し、その内容が高く評価され、油脂科学技術の研究に多大な貢献があったと認められ、油脂技術優秀論文賞を授与されたこと、そして、2010年に定年を迎えられたことを知りました。懐かしいです。

工藤先生のお菓子を使った科学実験教室は、私たちが日常の中で見出す、いろいろな素材の持つ面白い性質に私たちの目を向けてくれるのですね。その内容は、子供にも大人にも、いろいろなレベルでとてもゆたから物質の持つ面白さを体験させてくれるのですね。

ところで、この実験教室のあと、工藤先生から、とても興味深いお話をききました。それはまた別に書こうと思います。


佐藤清隆氏のチョコレートに関する解説

1)「チョコレートの味覚を決める結晶成長」(『金属』1995-10月号93ページ)
2)「バイオクリスタリゼーションと生体模倣系の結晶成長」固体物理 52(1997) 61
3)「バイオクリスタリゼーションと生体模倣系の結晶成長(続)」固体物理 52(1997)84
4)J. Grad. Sch. Biosp. Sci., “脂質の構造と物性-食品物理学の立場から” 佐藤清隆Hiroshima Univ. (2009), 48 : 77-94 (広島大学生物生産学部)