2017年03月30日

「We love ふくしま プロジェクト」2013 レポート3

まえがき

坂東昌子

関西にホールボディカウンター(WBC)車がやって来る!
思えば長い道のりでした。2012年秋に、京大原子炉と関電美浜発電所に行ってから今日まで、結果をいただいて生じる疑問をめぐって幾度議論を重ねたことか!メーリングリストを通じて、また顔を付き合わせて激論を交わしたこともしばしばでした。
なにしろ、ごく微量の放射線量を測定するには、それ相当の精密な測定器が必要なことはもちろんですが、たくさんの放射線が周りにあるとき、「いかにして体内から出てきた放射線だけを見分けるのか」が大変重要になります。ちょうど、雑音の多い中で特定の人の声を聞き分けるのと似ています。相手の声が雑音に比べて大きければ問題はありませんが、ひそひそ声を取り出すのは至難の業です。その場所場所によって異なる雑音(バックグランド)を、きちんと差っ引くには、まずできるだけ雑音を取り除いて周りを静かにすること、そこから雑音の性格をえぐり出し本物だけを取り出す技術(これを校正といいます。英語ではキャリブレーションと言って、このほうが馴染み深い人もいるでしょう。)、この腕が必要になります。
腕は磨くものです。でも、「おかしいな」と思ったとき、誰かに「おかしいのでは?」と言われたとき、しっかり受け止め、誤りを正していくための努力をすることによって、徐々に磨かれていくものです。経験を積んだ福島でのWBCの測定から、腕を磨いた方々との連携があれば、それだけ早く目の前にあるWBCでは、どのようにして校正すれば最も正確な値を出せるかという技術が向上します。この技術の向上は、世界的な発見といった華やかさはありませんが、こういう一見地味な仕事を日ごろから積み重ねておくことが、私たちが生活していくうえで、いざという場合に正確な測定ができるということになるのです。
残念ながら、こうした地道な研究に対して、予算が少なく、十分な設備が整っていないのが現状ということです。今回の3・11原発事故は、まさにこの大切な地味な仕事にきちんと予算の手当てをすることの大切さをいみじくも教えてくれました。

原子炉での測定では制度をできるだけ上げるために1人10分の測定時間でした。今回の福島から派遣されたWBCはたったの2分で、もっと精度のいい測定結果が得られるのです。低線量放射線の影響についても同じですが、いざというときに、データでものが言えるだけの研究を日ごろ積み重ねていることが大切です。

高原子炉実験所で、1日中お世話いただいた高橋千太郎先生が、「電力の三分の一が原子力で賄われていたにもかかわらず、事故時に必要となることが明白なWBCが十分に整備され、それに関連する研究に研究費が配分されてこなかったのか、別の言い方をすれば、ノーベル賞をとるような研究はもてはやされ、安全研究は常に日蔭の研究分野であるのか」と嘆かれるのも、もっともです。ご苦労を掛けたのだなと、今更に1年間を振りかえると感慨深いものがあります。

そんな中で、一瀬さんは福島での測定についてしっかり把握しようと真摯に検討を続けられました。
私は、実験から正確な値をどうして求めるかについては、かなり甘い考えをしていたように思います。第1、雑音で見えなくなる程度の放射線量なら、そもそも生体に影響がないはずだから、「実際に私たちが日常周りから受けている放射線量に比べて同じ程度なのだから、心配しなくていいよ」といえばいいのではないか、それをわざわざより分けて正確な値を出すのは、意味がないじゃないか、そう思っていたように思います。なんで、そんなところにいつまでもこだわるのか、そんな無駄なエネルギーを使うのは意味がない、というようなことを一瀬さんに言って、さんざん議論したと思います。もちろん、微量な放射線をきちんと測る技術自体は、とても意味があります。
例えば、素粒子の世界での実験は、1兆個ものイベントの中にたった1つぐらいの割合で発生するヒッグス粒子を見分けて「確かにヒッグスだ」と同定しなければならないのですから、ゴミの中から宝物を探すようなものです。これが、今年のノーベル賞につながったのです。こういう時には、こだわることは意味があるのです。

福島でWBC検査が始まって以後、福島で献身的に働いている方々は、経験を積み、腕を上げてきました。一瀬さんは、その校正の状況を、宮崎先生に教えを請い、早野先生のレポートを読み、見識を高めておられたのです。この皆さんの努力で、改善に改善を重ねている取り組みは、人間の持つ素晴らしさの証でもあります。こうして、福島の技術は全国のレベルをはるかに凌駕していたのです。私たちが、京都でWBC検査に取り組んだあと、侃々諤々で議論してきたことは、実は「もう1年も前の議論だよ」といわれても仕方なかったのです。こうして、私たちが、「ホールボディカウンター検査とは」というパンフレットを作ったときには、いろいろと議論を重ねました。そして、「どのように改善されていったのか」を知ると、それはいろいろな教訓を教えてくれるのです。

今回、WBC車を迎えて、取り組む中で、福島のこうした改善工夫が随所に生かされ、実践されているのです。例えば、簡単なことですが、上着を脱いで付着したほこりからでる放射線源を取り除いて、検査することも実行されています。一瀬さんは、福島から派遣されたWBC車を見学して、「すごい改善されているのですね」とすぐに言われました。人間の素晴らしいところは、「はじめは失敗しても、着々と改善し向上する力を持っているのだ」ということですね。それを目の当たりにしました。その思いは、これからの危機に面した時の、当初の失敗、初期トラブルを改善し克服したとき、素晴らしい取り組みに見る見るうちに変わっていくのだ、という確信を与えてくれました。確かに、当初の行政の取り組みも、お医者さんの対応も、配慮にかけていた部分、間違いや失敗があったかもしれませんが、それが、ここ1、2年でこれだけ改善され、心のこもったやり方ができるようになったことを、しっかり見ておきたい、そう思います。

ただ、そのためには、探究心があり、向上していこうという謙虚さが必要です。決して傲慢になったりしてはいけないのです。そして、また逆に、今までのやり方が間違っていることに気がついたときにも、隠そうとしたり目を背けたりしないで、しっかり前を向いていなければならない、これがなければ、科学的な真実を明らかにできないことを、痛感しました。

そんな思いから、私の反省も込めて、ぜひ、一瀬さんの思いを記録に留めて欲しい、とお願いした次第です。一瀬さんのお話は、時には専門的になるところもありますが、以上のような経緯を頭に入れて、是非とも読んでいただきたいと思っています。「記録は短くてもいいので書いてください」とお願いしたのですが、「やはり短文では書ききれないので、できるだけ事実関係を正確に記述するように努めました。スペクトルも、今や見せてもいいのではとおっしゃってくださったので、それを前提に文章を組んでいます。」と、大作を書いていただきました。

この取り組みを通して、あいんしゅたいんとして一貫して貫いてきたのは、「科学に基づいた真実を明らかにし、皆さんに伝える」ということでした。時には、自分の価値観とは異なる真実に向き合わねばならないこともあります。「あなたは原発に賛成ですか、反対ですか」と詰め寄られたこともあります。私は原発に批判的な立場をとってきましたし、大学の講義でも、一貫して「原発の技術はまだまだ未完成、廃棄物問題を解決しないまま原発設置に踏み切ったのは、時期尚早だった」と話していました。ただ、レントゲンやキュリー夫妻からはじまった原子力エネルギーの発見をともなう人類の自然の法則の発見まで含めて、それをまるで悪魔の存在のようにいうのは、間違っていると思います。放射線の影響が、たとえいかに少なくても危険だという立場から、原発に反対する側に有利だからと、間違ったことでも伝えるのは間違っています。プロでない人なら、その人と話し合って正しい認識に至ってもらおうと思いますが、科学者と自称する人が、「正しくない情報でも有利だから」という理由で素を突くのは許せません。それなら、科学者などと言わないでほしい、そう思っています。私たちは、法則を知ることによってよりよく生きられるのです。間違った知識でこれからの方針を決めると、当面はうまくいったように見えてもいつか破たんします。自然の掟は厳格で、謝ったらしっぺ返しを受けるのです。私たちにできることは、正しい情報を発信することです。価値観は人によって違います。あいんしゅたいんができることはここまでなのだと思います。

あいんしゅたいんとして取り組んできた、関西でのWBC検査事業の総括の意味は大きいです。ちょっと難しいこともあるかもしれませんが、いろいろなことに配慮をしながら、丁寧に書かれた大作です。心ある方々にぜひ読んでいただきたいと思います。

関西でのホールボディカウンター検査の経緯

2014年1月20日 神戸高専 一瀬昌嗣

2012年8月頃から2013年12月に至るまでの、関西における福島県外避難者のホールボディカウンター(WBC)検査の経緯を、坂東先生・宇野先生達の後方でお手伝いしてきた。その経緯を、坂東先生の依頼に従いまとめた。

関西での先行実施の経緯

関西で、避難者にWBC検査を受けてもらおうという取り組みの始まりは、2012年7月の坂東先生と、南相馬からの避難者の伊藤さんの出会いに始まる。このあたりの経緯は、坂東先生のブログその90(2012年7月25日)に紹介されている。

それ以来、伊藤さんを含め、避難者の方々が、京都のあいんしゅたいんの事務所に出入りするようになった。そして、避難者の方々は内部被曝を心配しているけれども、検査を受けられない事情が伝わって来た。

伊藤さんは、8月に福島県に帰られたときに、ある医療機関が移動式のワゴンで実施するWBC検査を受けてきた。そこの責任者の方に、避難先の京都までWBC検診をしに来てくれるように頼み、了承してもらったとのことであった。宇野先生は、あいんしゅたいんでそれを支援することも視野に入れて、動こうとされていた。

しかし、その実機と検査票の写真を見せてもらい、さらにいろいろと調べるうちに、これはまずいことがわかった。まず、検出限界(MDA)がいくらかも書かれていない上に、Cs-134が238.9 ± 238.9Bq、Cs-137が262.3 ± 262.3 Bqなどの意味をなさない内容が印字された紙が、そのまま被験者に渡されており、説明も十分でなかったため、それだけの数値が検出されたと被験者に理解されていた。そしてなにより、そのWBCの実機が、「遮蔽なしの椅子型ホールボディカウンターの出る幕はもうない」と既に言われていた、ベラルーシ製の椅子型WBCのAT 1316であった。ワゴン車に積まれたそのWBCは、BGの高い福島県内で、遮蔽もおそらく適切な校正もろくにされずに、測定にまわっていた。さらにその医療機関のホームページで、被験者に追加プランとして勧めていた内容は、なんだかよくわからないキレート注射や、○○療法で、それが2万数千円の額であり、疑問を持たざるを得ないものであった。

さまざまな方面から情報を収集し、京都のあいんしゅたいんの事務所で、伊藤さんはじめ、坂東先生、宇野先生と様々な側面から話し合った結果、この医療機関のWBC車を呼んで来るという方向性はとりやめることとなった。

しかし、避難者のWBCへのニーズが高いままの状態で、放置するわけにはいかなかったため、さらに宇野先生が中心となって骨を折られ、WBC検査を受けられる機関を探すこととなった。関西に複数存在する緊急被ばく医療の二次被曝医療機関にいくつか打診されたものの、WBCがあっても、お蔵入りしていて、避難者の測定には使えないという回答であったとのことであった。後に、滋賀県避難者の会の高野さんからも、震災直後にWBCをもっている医療機関に何件も電話で問い合わせたけれども、無理だということで断られて結局受けられなかった、という事情もお聞きした。

そんな中で、坂東先生と宇野先生が、大阪府熊取町の京大原子炉実験所でWBCを持っており、震災直後に福島県に派遣された人がそこで測定を受けたという情報を得られた。なお、この初期派遣者の測定結果は、国際会議のプロシーディングにまとめられて公開されている

京大原子炉実験所へは、坂東先生・宇野先生から京大総長を経由して、要望書(2012年10月8日)が出された結果、「管理用の機器であり、共同利用・共用は原則行っておりませんが、当方の業務にさし障りの無い範囲で、ご協力いただくことは可能」という返答が得られ、11月30日に先行実施として、9名の避難者と2名の協力者の、合計11名の検査が実施できた。

京大原子炉実験所のWBC。純鉄で周囲が遮蔽されている。NaI検出器が上からぶら下がっている。

検査に際しては、原子炉実験所教職員の皆様に丁寧なご対応(校正の仕方の実演しながらの説明や、MONDAL3での線量評価の説明など)をして頂き、被験者の方々は非常に満足され、有意義なものとなった。ただ、この検査において、1名のみ有限のCs-137が計測されたと判断された方がおり、この測定値の分析を通じて、後述する問題が判明した。

さらに、2012年の先行実施として、12月23日に福井県にある関西電力美浜発電所を訪問し、避難者17名と1名の協力者の検査を実施した。美浜発電所では、まずはPR館に通され、案内の係員の方々から、大人にお茶、子供にジュースが振る舞われ、測定待ちの時間に発電所内の案内まで実施して頂くなど、非常に気を遣って頂いた。測定結果としては18人全員が、Cs-137, Cs-134は検出されなかった。

 

美浜発電所の富士電機製WBC。手前側のみ、NaI検出器を積んでいる。

 二つの施設での先行実施の後、避難者の方々自身がさまざまな事情を総合して検討した結果、関西で原子力施設に設置されているWBCを間借りして、避難者の測定を続けていくことはせず、福島県内で実施しているプロトコルに基づいて、県のWBC車を呼んで来るのが良いと判断され、坂東先生・宇野先生が、2月7日に要望書を出されて、直接福島県庁と交渉に当たられることになった。避難者の要望があれば可能との県庁の感触を得て、関西県外避難者の会(現・一般社団法人東日本大震災復興サポート協会)から要望書が出され、さらに8月29日に坂東先生・宇野先生からの追加の要望書が出され、交渉が続けられた結果、この度の京都府庁と兵庫県庁WBC車派遣の運びとなった。

 

京都府と兵庫県に派遣されたWBC車での測定の様子(京都にて)。検査着に更衣の上、Canberra社のFastscanで2分間測定。

 関西で先行実施した結果判明した問題点

原子炉実験所のWBCは、鉄室に入った独自の型式のもので、フォトマルとNaI検出器は富士電機製、マルチチャンネルアナライザーはセイコーEG&G製とのことであった。しかし、管理目的に沿った独自の分析方法として、「134Csに関しては、エネルギーが137と近いこと、放射性セシウムとして一括してスクリーニングすることで管理上問題ないことから、弁別していません」との指針が採用されていた。当日、被験者のうち男性1名に若干の有限値のセシウムが検出されたと言い渡されたため、後にスペクトルの数値データを提供して頂いて分析した結果、この指針が問題となることが判明した。この分析の際に、京都女子大の水野義之先生からチャンネルの元のビンの取り方が細かすぎるので、合算して分析するようにアドバイスを頂き、8ch分のカウントをひとつのビンに取り直して分析を行った。その結果は、以下のようにまとめられる。(以下の考察の責任は、一瀬にあり、アドバイスを頂いた先生方にはない)

  • プロトコルに基づいた分析方法では、150-2000keV を10個のROI(スペクトルの色分けの通り)に分け、管理上の測定として目的とする核種であるK-40, Co-60, Cs-137, I-131のROIが、それぞれの光電ピークのエネルギーの入る領域に設定され、各ROIにてBGを引いたカウント数が統計的に3σを超えたときに、下のエネルギーのROIから、それに比例したスピルオーバーのカウントをさらに引く手順になっていた。今回の測定では、チャンネルとエネルギーの対応が、K-40の領域で30keV程度ずれていたために、体重が大きい人ほどK-40の光電ピークが、K-40のROI (1390-1540 keV)からはみ出す面積が増え、K-40を過小評価することになってしまっていた。そのため、Cs-137のROI (590-740 keV)から差し引く、K-40のスピルオーバーのカウント数が少なくなり、下のエネルギーの高くなったベースラインも余分にカウントされ、Cs-137のROIでも、上がったカウントの分までが”Cs-137”とみなされていた(ベースライン・ドリフト)。このことは、1260keVより下の7つすべてのROIで起こっており、体重が大きい人(=K-40が多い=”K-40”のROIからはみ出す光電ピークの面積が大きい)ほどカウント数が大きく、体重が小さい人ほどカウント数が小さい傾向になっていた。
  • 更衣をしないまま検査されたため、被験者の衣服に付着したBi-214の609keVのピークが、そのまま、予め定められた”Cs-137”のROI (590-740keV)にカウントされていたとみなせる。また、検査当日は少雨であったので、衣服にBi-214が付着した可能性が高い。特に、”Cs-137”の有限値を言い渡された方のスペクトルには、Cs-134の794keVのピークが確認できないことから、主にBi-214がカウントされてしまったものと考えられる。
  • Cs-137については、500Bqが検出限界との説明であったが、”Cs-137”のROIでの、統計的な3σから来た値がそれに対応してはいたが、上記のような機器や環境に依存する系統誤差、また、スピルオーバー引きに由来する統計誤差を含んでいなかった。

これらの問題点を指摘して系統誤差を詰めるための話し合いを持ちたい旨の希望を坂東先生から送ってもらったが、WBCの設置目的があくまで施設使用者の数万Bq単位の汚染の管理目的の測定であること(内部被ばくの記録レベルが、2mSv/3ヶ月、セシウムでは摂取後3日で14万Bqの体内存在量であるとのこと)、事故時にはバイオアッセイのデータも利用することから、本来の管理目的では問題となるものではない旨の返答があり、この話はここで終わった。

 

美浜発電所のWBCは、富士電機製で、分析はセイコーEG&Gのマルチチャンネルアナライザーが使用されていた。2台あるWBCうちの1台にのみにNaI検出器が積んであるが、通常はプラスチック検出器のみの作動で、1分間のスクリーニングで引っかかった場合にのみ、NaIが使用されるものとのことであった。全員NaIで計測して頂いた結果としては、Cs-137, Cs-134は誰にも検出されなかったが、被験者18人中7人に、Bi-214の609keVまたはPb-214の352keVが見えていた。これについても、被験者には不安要因となっており、自然放射線であることの説明を要した。K-40の値については分析プログラムではすぐに出ないため、効率校正曲線を用いて計算した値として、口頭で伝達されていたが、5000~8000Bq程度の高い目の値であったため、定量性については検証の必要性を感じた。

美浜発電所での継続的な実施については、関西電力の担当者は前向きな意向を示してくださっていたが、関西から福井県まで行くことの移動時間や移動費用の面の問題もあった。

 

美浜発電所のWBCでの被験者のスペクトルの例。自然放射線源のBi-214とPb-214が検出されたことが示されている。

京大原子炉実験所と関電美浜発電所での先行実施を、福島県での広い範囲の実施で確立されてきた方法と比較して、判明した問題点として次のようなことが言える。

  • 2013年12月に関西に派遣された福島県のWBC車での測定では、更衣の上、自然放射線源であるBi-214が付着しないよう静電気防止や、事前の表面汚染検査、WBCでセシウムが有限値で検出された場合には再更衣の上、再測定という対策がなされていた。しかし、2012年11月の原子炉実験所での測定、および12月の美浜発電所での測定では、更衣をはじめとした自然放射線への対策がされなかった。
  • 分析ソフトについては、特にCs-137の662keVとCs-134の605keVの複合ピークがあった場合に、Canberra社のGenie2000以外は、ピーク分離とその定量に問題があることが判明しているため、微量なセシウムの分析を行うためにはこの種の検証が必要である。また、ファントム校正も念入りに行う必要がある。しかし、これらの検証作業は、間借りする方式では、思うように行えない。
  • どちらの施設のWBCも、標準的な測定のために1人10分間かかったため、1日あたりに検査できる人数が少ない。一方、福島県の多くで採用されているCanberra社のFastscanでは、大きいNaI検出器が2個ついているため、2分間で済む。従って、より多くの人数の測定を迅速に行うことができる。

なお、今回の原子炉実験所のデータの分析のために、早野先生の公開されたレポート類を幾度となく参照させて頂いた。見よう見まねで取り組んで、身に沁みてわかったのは、早野先生達の福島県内各所でのWBCの校正作業は驚異的であるということである。その努力なくして、こんにちの福島県内での正確なWBC検査体制はありえなかったであろうことは、既に多くの方が言及されていることであるが、改めて指摘しておきたい。

考えたこと・・・常識の違い

私と坂東先生には、このセシウム有限値の問題が出てきたとき、認識の違いがあった。検出限界ぎりぎりでセシウムとして値が出た場合、それが微量であっても本当にセシウムであるかどうか、慎重に見極める必要があると私は考えたが、それは関係者の共通の見解ではなかった。坂東先生は当初、「そもそもこんな微量な量を測らなければならないというような基準値を設定して、どうするのか、そのためどれだけ無駄なエネルギーを使っているのか」とおっしゃり、検出限界ぎりぎりの有限値が、誤検出であるか否かを検証すべきことに、懐疑的であられた。誤検出を防ぐためには、(福島県のWBC車での測定でされていたように)更衣などの配慮や、スペクトル分析もピークをきちんと分析した丁寧な方法が採られるべきと私は考えたが、頼み込んで施設を利用させてもらっている立場としては、先方にそこまでの労力を求めることは困難であった。更衣については、原子炉実験所では、通常のWBC測定では行って測定しているものの、更衣が省略されたのは『出来るだけ多数の方の測定を行ってほしいとのご要望があったこと、また、当方がお聞きしていた測定目的が「放射線影響が発現するレベルでの摂取量でないことを証明すること(避難の方の安心の実証)」であり、微量の体内セシウムの精密測定であるとはお聞きしていなかった』からであるとのことであった。

しかし、(科学的な真偽はどうであれ)たとえ微量なセシウムであっても、内部被曝をすれば、健康被害をもたらし得ると考える人が少なからず存在することには、一定の配慮が必要であったと思う。その上、(私は疑わしいと思っているが)今回の事故で撒き散らされた放射性物質による内部被曝よって、実際にその健康被害が起こっているとまで認識されている方も多くいる。特に現状の放射能汚染を危険であると判断して避難してきた方々に、その傾向は強いとみるべきだと思う。また、京都の送り火の騒動や、瓦礫の分散処理への反対運動などをみれば、そういった判断をする人も少なくないことは容易に想像できる。一方で、(一般に)放射線に携わっている科学者の間には、数万Bqの摂取ではじめて1mSvに届くくらいであるから、たかが数百Bqの有限値は、大して問題になるものではない、という認識が共通して根底にあるように思う。こういった、いわば「常識の違い」が引き起こす問題は無視できない。実際に、福島県内で数百Bqのセシウムの有限値の検査結果が郵便で送られてきたのを契機にして、避難を決断したというような話もあると聞いている。被験者との齟齬をできるだけ小さくするためには、測定値を出すとき、特にセシウムが有限値であることを言うときには、できる限りそれが正しいものであることに努めるべきであったと私は思っている。その配慮を行うことを、共通の理解として事前に関係者で共有できていなかったことが、大きな反省事項である。しかし今回は、測定直後に、丁寧に説明をして頂けたために、被験者との間では問題はほとんどなかったのが救いであった。

勉強会とパンフレットについて

これらのWBC検査の先行実施に先立ち、2012年10月31日と、11月16日に、私がアドバイザーになり、先行実施を受ける避難者のうち数名を招き、勉強会を実施した。放射線の種類、代表的な核種の崩壊様式、スペクトルの見方、事故で放出された核種の構成、生物学的半減期、慢性・急性の摂取シナリオと被曝線量の関係などの基礎的な知識を、インターネット上に公開されている資料(文部科学省の副読本、早野先生と宮崎先生のスライド等)から引用してまとめた資料を、あいんしゅたいんに出入りしている土田さんと私が中心になって用意し、説明を行った。避難者の伊藤さんと菅野さんも、ご自身で勉強したことを、資料を用意して他の避難者に説明された。この会で、避難者の方々から、初期被曝とその影響を非常に心配していることを教えられた。初期被曝と、震災後1年半後に行われるWBC検査との関係の説明の難しさを感じた。

12月17日には、宮崎先生をお招きしてのセミナーが行われ、午前中には福島県内でのWBC検査やガラスバッジ調査の状況などを、私を含めたあいんしゅたいんのサポートメンバーに、午後には避難者の方を交えてその説明を詳細に行って頂いた。

京大原子炉実験所での実施の反省に立って、検出限界についての統計の説明や、初期被曝についての説明を追加した資料を用意し、12月23日の関電美浜発電所に向かうバスの中で、被験者に配布し、私から口頭で説明を行った。

その後、私の本業が忙しくなったことと、原子炉実験所のスペクトルの分析と考察に時間を取られるようになったため加わらなかったが、ホールボディカウンターについてのパンフレット作成するプロジェクトが進んだ。この経緯と内容については、坂東先生のブログ110中の紹介スライドのp.13-29あたりをご参照頂きたい。

まとめ(反省と謝辞)

避難者の要請が強く、実現したWBC検査であったが、関西の原子力施設での測定では自然放射線の排除や、丁寧なスペクトルの分析などに、必ずしも配慮が行き届いたものではなかった。原子力施設の管理目的のWBCと、微量な体内放射能を観察するWBCでは、求められる精度や、測定・分析において気を付けるべきことが少し異なることを、セシウムの健康被害を懸念する避難者に配慮し、極力正確な測定値を得ることについて、実施する私達の側が気を配り、先方に十分に確認して、共通の理解をもっておくべきところであったが、事前に十分に準備はできていなかった。従って、この点は検査に協力して頂いた施設の責任に帰すべきではないことを、強調しておきたい。

これらの反省に立って、福島県からWBC車と、県内で測定に携わっている技術者の方々も派遣して頂き、2013年12月13~19日に京都府庁で、12月21~26日に兵庫県庁で、福島県内と同じプロトコルで測定が行われた。それぞれで100人以上、合計300人近くが検査を受けたと聞いている。

この実施に至るまで、多くの方々にご支援を頂いた。京大原子炉実験所の教職員の皆様、関電力美浜発電所の皆様には、測定の実施と被験者に説明を頂いた。また、高橋千太郎・京大原子炉実験所副所長には、測定後にも大変お手を煩わせ、丁寧なご対応を頂いた。福島県立医科大学の宮崎真先生には、福島県内の対応でご多忙の中を、私達のために京都までおいで頂き、測定値の問題や測定後のケアなどについての助言など、手厚くサポートして頂いた。東京大学の早野龍五先生には、測定結果について大いにご心配をおかけした。京都女子大学の水野義之先生には、さまざまなアドバイスを頂き、坂東先生と私の間の侃々諤々の議論の仲裁に立って頂いた。松本紘・京大総長には、原子炉実験所との仲介を担って頂いた。福島県庁の方々には、先行実施について陰から支えて頂き、後のWBC車派遣に至るまで大変お世話を頂いた。測定避難者のとりまとめをしてくださった、伊藤早苗さん・遠藤雅彦さん・高野正巳さんにもご尽力頂いた。(株)ペスコの篠原邦彦先生のグループには、2013年12月に京都府庁と兵庫県庁に派遣されたWBC車での測定において、大変丁寧なご対応を頂き、相談会を行っていた私どもへも懇切にご協力を頂戴した。記して謝意を表したい。

反省が多くなってしまったが、良かったことも最後に触れておきたい。福島県の実施するWBC検査では、その場では結果を言わず、後日に数値の結果を郵送する形式である。今回派遣して頂いたWBC車でも、その形式が踏襲された。しかし、2回行った先行実施においては、数値だけでなくスペクトルをその場で手渡すとともに、説明が入ったため、被験者の納得感は大きいものがあったようである。初期被曝の心配と、1年以上経った後のWBC検査とを関係させて理解している方、NDという結果や測定値そのものへの疑念を抱いている方もおられた。それは、懇談を行うことで、多少の議論があったとしも、時間が経ってから理解につながることがあるようであった。説明体制をきちんととることと、測定がセットになることが理想的であると考えられる。この点がはっきり理解されたことが、1年前の実施にて判明したポジティブな結果のひとつであった。また、その結果として、WBC検査に付随した相談体制を整えるという、今回の「We love ふくしまプロジェクト」に繋がったことを最後に明記しておきたい。