2024年04月19日

 

2016年度第2回定期勉強会報告

1.概 要
 
日  時:2016年8月12日(金) 14:00~17:00
話題提供:宇野賀津子(ルイパスツール医学研究センター主任研究員・NPO法人あいんしゅたいん常務理事)
     宮川文(京都大学大学院医学研究科・病理)
話  題:免疫とがんについての質問受け
テキスト:放射線と免疫・ストレス・がん(医療科学社)第6章
当日資料:
参考資料:本格調査の結果報告書
     放影研報告所「小児期に被曝しうた原爆被ばく者における甲状腺結節と放射線量の関連(2007-2011)」

2.質問集

  回答は、当日資料をご覧ください。
  1) IL-6及びCRPの血中濃度と年齢および被ばく量のグラフについて
    サイトカインの中でIL-6が選ばれている事情が、分からずにおります。(他のサイトカインも調べられているが、傾向が顕著だからですか?別の理由があるのですか?)IL-6は、動脈硬化のような持続的な変化のときに、継続的に放出されていて、あまり変動がないと考えてよいのでしょうか?
    CRPは、「炎症」の指標として取り上げているという理解でよろしいでしょうか。IL-6とCRPは並列の関係なのですか。それともCRPは、IL-6の濃度が高いことの結果として取り上げているのでしょうか。(CRP及びIL-6の日々の変動は小さいのか?や、0.01~0.1の違いにどのような意味があるのか?という基礎知識がなくて、この値の見方がよく分かりませんでした。)
    採血の対象は、成人健康調査の対象者で、採血の時期は、被爆の数十年後というように想定しておりましたが、よいでしょうか。
    グラフは、生データではなく、それぞれ、年齢調整、被ばく量調整されたものなのですか。LSSの調査全体に共通する疑問で、ご教示いただければ大変ありがたいのですが、医療被曝をどう考慮しているのですか。
    MI経験者のIL-6およびCRPが高めであること、IL-6の濃度が年齢と共に上昇傾向にあることは、認識できます。
    被ばく線量とIL-6およびCRPのグラフを見ると、2Gy位まではあまり変化がないように見えます。むしろ、非被ばくでの個人差の大きさに目が引かれます。
    まとめとして、4つのグラフから、年齢と共に炎症が上昇傾向にあり、その炎症がMIと関係がありそうだということは、認識できます。しかし、その炎症に対する被ばくの影響はグラフでは2Gy程度にならないと見えてこないように感じます。「被ばくが老化を促進する」というのは、閾値がないという前提にたって、少しの被ばくでも少しは影響があると仮定しての推論なのでしょうか。
    持続的な低線量被ばくの場合、被ばくによる炎症が血管系の疾患やがんに与える影響をどう考えればよいでしょうか。持続的な低線量被ばくの場合は、T細胞のホメオスシタシスに影響しない(?)ので、原爆被爆者のメカニズムは当てはまらないと考えて、持続的な低線量被ばくの影響は、全く別に考えるべきでしょうか。 例えば、『データ32』のデータ6では、21mGy/日の被ばく群で腫瘍による死亡で、寿命が短縮しています。この場合その腫瘍の発生には放射線による炎症が影響していると考えられるのですか。この実験では調べられているかどうかわからないのですが、血管系の疾患が増えていることが予想されるのですか。一方、持続的に被ばくしていても、チェルノブイリの被災地程度の被ばく量では、被ばくによる血管系の疾患の増加は、考えられないのですか。
     
  2) 330ページの5~7行目について、宇野先生のお考えをお伺いしたく存じます。
    「原爆被爆者にみられる炎症性サイトカインの増加および老年性疾患の発生に、さまざまな臓器に蓄積しているそのような老化細胞が関係している可能性を考える必要があるように思われる。」原爆被爆者の老化細胞からのサイトカインの量は、どの程度の被曝線量から、疾患の発生に影響する量となると考えられるのでしょうか。
     
  3) がんの発生過程は、(腫瘍or結節)のうち他に転移せずやどぬしを殺すに至らないものを良性、至らないものを悪性と呼んでいる。この区別はミクロには遺伝子の変異の差として理解できるのか?
     
  4) 定義では、腫瘍が質的に異なった段階へ進展することをprogressionというらしいですが、それは古い病変の一部にrevolutionaryにおこる(Fouldの定義)とありますが・・・。質的な定義なのでさっぱり量が書いてないのですが、異なった段階 とは何で定義するのですか?また、revolutionaryに起こるという場合、量的な表現はあるのですか?例えば、腫瘍の大きさとか腫瘍の大きくなる割合はどういうスケールですか?あるいは時間的変化の程度はどのスケールで考えていますか?
     
  5) がんは原発巣よりは転移先のほうが 肉腫は上皮性のがん(癌腫)より成長が早いそうですね。この理由はどれだけわかっていますか?単なる現象論ですか?例えばがんが生長するためには栄養源として摂取するための血管が周りに必要ですが、がん細胞が増えて血液が不足することもあると思われます。このとき上皮より内臓部のほうが血管が伸びやすいとかありませんか?
     
  6) がん遺伝子はある種のウイルスから見つかったということですが、定義は「細胞をがん化すさせる遺伝子」という定義だそそうです。一方がん抑制遺伝子は、そもそも細胞のゲノム安定性を維持する遺伝子で、その働きはアポトーシスエラーチェックなど、つまり細胞増殖に際してのブレーキ役を果たす遺伝子群ということだそうです。結局のところ、がん遺伝子は細胞増殖に関してのアクセル役をする遺伝子群で、がん抑制遺伝子は、増殖に際してブレーキ役をする遺伝子群である、としかよめないのです。普通突然変異によって特定の酵素、あるいは特定の機能を持つ器官を作る遺伝子の奇形などによって細胞が「奇形の細胞になる」ことによりある病気が発生したり体の一部の奇形が発生したりすることがありますが、それとは異質で、すなわち細部の増殖に伴う遺伝子群の呼称を生じることのように思われます。以上の2つは「効きすぎても弱すぎても」困る遺伝子は抗原と関係しており、いわば増殖をつかさどる遺伝子群の異常がおこしたものががんなのではと思われます。この理解で間違いないですか?
     
  7) ついでながら甲状腺がんについて緊急に知りたい事項が出てきたのでお伺いです。現在ふくしまでABC判定と言われるものと甲状腺がんというものは結局のと ころ、どういうところを見分けているのでしょうか。しこりやのう胞の大きさで決まっているのでしょうが、いわゆる甲状腺がんは上記の質問に関係してどういう段階でがんと判定するのでしょうか?甲状腺がんには、いくつか種類があって、乳頭がん(予後が良い)、濾胞がん、低分化がん(未分化がん、予後が悪い)だということですが、これらはどう見分けられるのでしょうか。
     
  8) 『データ32』のデータ20では、0~19歳でCT受診した場合の発がん影響を調べていて、がんの潜伏期間を考慮するためのラグタイムを1年間としています。子どもの場合は、曝露からのラグタイムをこのように短くするのが一般的ですか。

3.議事録

病理学からみたがんとは?

● がんの分類の目的は予後を把握し治療の方針を立てるため
● 触診やエコーの検査後、疑いがあれば、組織学的に検査し分類する。ガンになった部分から細胞の塊を採取し、薄くスライスして染色し、観察する。正常な細胞とがん細胞では細胞の形態が違っている
● 組織学的ながんの分類とそれらの細胞でどのような遺伝子異常が起きているのかが関連づけられはじめたのは最近のこと。原因となる遺伝子の解明を受けて、がんの分類は変わりつつある。
● 病理の基本を知る上でのおススメ本:「基礎病理学(ロビンス)」「がんの分子生物学(ペコリーノ)」(総論)、「がんの分子生物学(デヴィータ)」(腫瘍各論)など

組織学的にみたがんの種類とその特徴

● 例えば、甲状腺がんと一口に言っても組織学的に見て分類できる。乳頭がん、濾胞がん、未分化がん。ほとんどが乳頭がん。
● 甲状腺がんで例に挙がった、乳頭がん、および濾胞がんは予後が良い。がんではあるが、進行が遅く、正常組織に近い形態を持っている。このようながん組織を、次に述べる未分化がんに対して、高分化がんとよぶ。
● 甲状腺未分化がんは進行が非常にはやく、頸部にすぐに浸潤し、育った癌によって気管がつまる呼吸器不全などで発見から1年ほどで死に至る。
● 一般的に分化の度合いが高いがんは進行が遅く、予後がよい。一方、未分化のがんは予後が悪い。進行が早く、悪液質(癌に限らず慢性炎症などでも起こる。食欲がなくなったり、蓄えた脂肪が癌細胞などにエネルギーとして使用されてしまうことで、やせ衰えて消耗状態になること)を経て死亡に至るまでが速い。
● 高文化のものより、未分化がんの方が、後に述べる組織学的な悪性腫瘍の特徴が大きい。形もばらばら、核の肥大サイズもばらばら、細胞の並びも無秩序(臓器として機能するためには、ある程度秩序だった並びが必要)。核重積も多数見られる。
● がんの予後については、がんの組織学的な種類とも関係するが、甲状腺未分化がんの例のように、がんがどこにできるかにもよる。他の例としては、胆管がんのようなものの場合、細い胆管ががんによってすぐに詰まってしまうため、黄疸が出やすい。また、周辺臓器と密接しているため、発見時にはすでに転移した進行がんであることがほとんどで、予後が悪い。逆に肝癌では、肝臓のがんではない部分の能力(予備能)が十分にあるため、がんを抱えたままでも肝機能が低下しにくく、切除や腫瘍内の血管を塞栓することでがんを兵糧攻めにするような治療を繰り返し行なうことができるため、死に至るまでの時間は長くなる。

組織学的に見た悪性腫瘍の特徴。予後の悪いがんは以下の特徴が大きい傾向にある。

● 細胞の大きさや形態が不規則になる(多形性)
● 核クロマチンの増加
● 核が細胞質に対して増加する(N/C比。Nuclear/Citoplasmaの増加)
● 巨大核を持つ
● 1つの細胞に核がいくつも存在する
● 隣りの細胞と重なり合って見える(重積)
● 細胞が密に存在するようになる
● 被膜が周りにある場合、皮膜をやぶり、浸潤する など

甲状腺乳頭がんの細胞によく見られる組織学的特徴

● 核が透けて見える(スリガラス化)
● 核に溝ができる(核溝)

予後によるがんの状態の分類

● よくきく「ステージ」はこれまでの知見から見た予後を表す
● ステージは3つの基準から決まる。腫瘍のサイズ(T)、リンパ節への転移の度合い(N)、リンパ以外の臓器への転移の度合い(M)
● 但し、乳頭がんの場合、ステージに腫瘍のサイズが関係するのは45歳以上。それ以下については、腫瘍のサイズはあまり予後に影響しないとされる。また、45歳以下の乳頭がんは予後が良いため、ステージも1と2のみ。

子どものがん

● 子供のがんは大人のがんとは基本的には種類が違う。上皮がんは少なく、白血病や脳腫瘍が多い。ただし、脳腫瘍も大人のものとは発生元が違う。
● 成人では甲状腺がんと診察されたことのない人であっても、剖検時に甲状腺潜在がんが見つかることは珍しくない。一般に上皮性腫瘍(いわゆる固形ガン)は小児では稀ではあるものの、甲状腺乳頭癌は小児にも発生することがある。

福島の健康調査(子供の甲状腺がん)について(あくまで勉強会で出た情報、意見)

● 調査方法(意図):先行調査(3.11の半年後から2年後に実施)でまだ放射線の影響が出る前の福島の状況を調べた。このときは、青森、長崎、山梨でも比較のため調査を行なっている。次に、本格調査(3.11の2年後以降)により、福島での状況を調べ、先行調査との比較より、福島原発事故による曝露分を割り出す。
● 先行調査では30万人を調査(悪性ないし悪性疑いが115名)、本格調査では27万人を調査(悪性ないし悪性疑いが57名。14歳以下は14名。2016年3月31日現在)。
● 現在の公式見解:多発は認めているが放射線由来であるかについてはまだ調査中としている。
● 先行調査では年齢に応じて発症数が高くなっており、通常のがんの傾向と同じ。また、先行調査では福島と他県において差は無かった。
● 本格調査では発症数と年齢の間に明らさまな関係は見られない。発症数は先行調査時より少ないが、先行調査でのがん発症数が調査対象者の年齢分のがん発生要因の蓄積によるものだと考え、本格調査では先行調査以降分での蓄積だと考えれば、少ない事自体は大雑把には妥当。本当に蓄積年数に応じているのか、そもそも蓄積年数だと思って処理をすべきなのか、といったことは検証し調べる必要がある。
● 本格調査の結果において、対象者の曝露状況などを鑑みて結果を解析する必要がある。
● 健康調査が良いことなのかに対する疑問の声が存在する。甲状腺における乳頭がんはそもそも非常に進行が遅く、命の危険が少ないことから、調査によって今までは発見されないような早期の段階で見つけ、切除することがよいかどうかには、考える余地がある。なぜなら、甲状腺は成長等に欠かせない甲状腺ホルモンを分泌する器官であるため、幼少期に取ってしまうことで弊害があり得る。甲状腺ホルモンを補う錠剤を飲むことでカバーできるが、実質、ティーンエイジャーに錠剤を毎日飲むことを徹底して指導するのは難しいという現場の声がある。

参加者の疑問

● 診断の精度は?1ミリ単位でサイズを分けるのは妥当かどうか。結節と膿胞で形が違うがどのようにサイズを決定するか?
● 先行調査と本格調査において診断技術の進歩からくる影響は?
● 健康調査の是非について、がんの専門家の意見はどのぐらい反映されているのか?
● チェルノブイリの子供の甲状腺がんではRETという遺伝子の異常が多かった。福島ではどうなのか?
● 調査対象者の3.11後の移動などのデータはあるのかどうか。

研究会の様子・(文責者の個人的な(感想

● 女性の参加者の多い研究会で、自己紹介時には「女性の生き方ガイド」の話などでも盛り上がりました。 ● 病理診断で実際にどのようなことからがんを判定しているのかをわかりやすく提示していただきました。

(文責:廣田)

 

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