ミニシンポジウム放射線研究・・今後の展望と異分野交流 (3月8日)・討論会「市民と科学者の共同作業を進めるために」(3月9日)を終えて
3月8日9日と、京都大学東京オフィスにおいて開催した上記会合に至るには長い道のりでした。
● きっかけ
福島第一原発事故からまもなく8年が経ちます。 しかしながら、放射線の生物への影響については、いまだに社会には極端な意見の蔓延や深刻な対立があり、市民や若者が本当に知りたいことになかなか到達できない状態が続いています。
そもそもの始まりを振り返ると、この問題がずっと私には頭にこびりついていました。科学者も科学もその信頼を失いました。信頼していた科学者真っ向から割れて、その背景に政治的な思惑があるように感じた市民も多かったと思います。科学者本人はそれほど偏見を持っているとは思わないでも、世の中の動きや政治的背景に左右されかねない現状がたくさん見られました。 そして、こうした偏見や誤解が重なると、科学者を疑う人が出てきて、市民の中にも、科学者自身の中にも、「陰謀説」がはびこります。科学者でさえ、こんな状態ですから、市民はなおさらです。
~ 市民や若者は迷子になっているのです ~
私たちはこの3年間、市民と科学者のネットワークを強め、「ほんとのことを知ろう」という1点だけで、共通した熱にもって支えられてここまで来たと思います。 まだまだその厚い壁がとれていません。そして震災直後から手探りで、分野の異なる科学者と市民、そして若者たちと「低線量放射線影響勉強会(LDM)」を立ち上げて、みんな同じ目線で、知らないことはお互いに説明し合い、元に戻って読まなければならない時は論文を探して元論文を手に入れ、みんなで勉強しました。 その蓄積が「データ32」という本になって世に出たのです。この中心は市民の2人の女性でした。ほんとによく勉強されて鋭い質問を投げかけて、時には専門家を困らせるぐらいでした。そしてその続きとして、今回この3年間、JSTの支援によって、この動きを全国展開できました。
この3年間、私たちは、市民と科学者のネットワークを強めるための研究活動を続けてきました。福島第一原発事故からまもなく8年が経ちます。 しかしながら、放射線の生物への影響については、いまだに、社会には極端な意見の蔓延や深刻な対立があり、市民や若者が本当に知りたいことになかなか到達できない状態が続いています。
科学者は本来そこに手を差し伸べるべきですが、それもなかなかうまく行っていませんでした。しかし私たちはそこをなんとかしたいと思い、この問題に関心のある市民と科学者が立場や予見を排して協力してきました。
私たちの目標は、あくまで、今対象にするべき疑問について、どこまでわかっているか、どこがまだこれから検討の必要があるか、そういうことをみんなで率直に話し合い共有することです。 いかに現在意見が分かれていても評価が違っていても、この目標で、異なった意見の方々が集まって、そこから、どこまでわかっている事か、どこはまだ明確でないかといった見方さえしっかりしておけば、そのあと、社会に公表するときは、「ここまでは共通だがここからは私の価値観が入っている」としっかり断って発言されればいいのです。専門家も、専門家同士でも分野の異なる科学者が専門分野の枠を超えて一緒になって検討し、そこに市民からの率直な疑問に真正面から答えることを目標にすれば、他分野の専門家にも通じるのです。 しかし、科学者の中にも、偏見や固定概念をもっていろいろな形で主張される方もあります。そういう主観を排して、市民と科学者が率直にギャップを埋めて、できるだけ正直に真実に近づく努力をしていこう、これが私たちの目標でした。その最初の成果が『放射線 必須データ32:被ばく影響の根拠』という本でした。 実は、この本は市民の皆さん向けということで始まったのですが、だんだん市民のお二人のレベルが上がってきて、実際には出来上がったときは、市民が読むにはちょっと難しい本になりました。ですので、専門家が「これは役に立つ」というような評価が多いです。 会議に持っていったら、「こんないろいろな分野を全部見渡して元論文に戻って解説した本はないので、とても役に立ちます。英語に直してください。」とも言われたりしますが、まだ実現していません。でも世界でも珍しい本です。こうして仲間がどんどん増えていきました。こうしてこのJSTの企画が実現したのです。
● 若者たちと女性の介入
この、いわばすでに古典として出されている論文をみんなで読んで解説するという作業を一つの段階として、次のステップは、今議論が巻き起こっている様々な問題を取り上げることを視野に入れておりました。 しかし、これは古典論文とは違って格段に難しい作業です。これは決して簡単なことではありません。まず身近な仲間の科学者たちに声をかけました。 ところが、「何か発言するとすぐたたかれる」「自分は専門家ではないので遠慮する」「そんなたいそうなことはできない」としり込みをする人が多くいました。確かに何か言うと反対側からいろいろと誤解されたり、非難されたりと、思わぬ攻撃を受けてしぼんでしまうことがあります。
しかし、そういう中で少しずつ市民と科学者の間で情報共有ができるようになってきました。そして、心が打ち解けるにつれて対話ができるようになりました。 みんながどういうところで引っかかっているのか、どのようにすれば正しいことにたどり着けるのか。科学者と市民とが、身分も専門分野も乗り越えて話し合える場が徐々にできてきたのです。 そんな中で、みんな真剣なのに、どうしてお互いにいがみ合わなければならないのか、それを乗り越えて一緒に本当のことを探していくにはどのようにすればいいのか、こんな試行錯誤を繰り返してきました。一生懸命主張しておられる方々は、みんないい方々です。人のため世のためと思って主張しているのですから。 でも、けっこう頑固で、なかなか感情と理性を分離できず、時には感情的になり、時には人を馬鹿にする、時には自分がわからないことをごまかして避けて通る、そういうことが起こりがちです。誰でもその場で否定されるとかんかんになりますからね。 議論の時には、仲が良くても言い合いをよくするので横から見ていると喧嘩しているように見えることもありますが、あくまで議論をしているのですから、仲が悪いわけではないのですが、過ちを指摘されると、人格まで否定されたと思う場合もあり、科学的訓練が足りないなと思うことも結構ありました。
そのような中で中学生や高校生の皆さんも一緒に参加するようになり、なんと言いますか〝希望の光〟あるいは〝新たなエッセンス〟が見えてきました。 中高生も大人である専門家や市民に向けて、素朴な疑問を心おきなく出し合える場が形成されるようになってきたのです。特に、2016年夏の高校生・中学生の集まり『おこしやす 京の夏』がひとつのエポックでした。こういうところで議論すると、大人が感情的になったり「わかってないなあ」と相手を馬鹿にしたりできないからです。 もちろん、ごまかしたりもできません。
そんな中で、もう一つ発見がありました。それは、女性たちの参加がさらに場を和やかなものにし始めたのです。 その象徴的な役割を果たしたのが河本さんや鈴木さんです。女性たちが積極的に関わることによって、この科学者グループには、たくさんの異なった意見を持つ方々と話すことを厭わないムードが芽生えてきました。 どうもその原因の1つはその場にお菓子が出ることのようです。おいしいものを共有することで心が和らげられる、そんな効果は私には思いもかけませんでしたが、みんなで食べて「おいしいなあ」と喜ぶのと同時に、仲間意識が芽生えます。最近、心理学専門の仲間が入ってきてくれて、このことを心理学の立場から提案してくださったのです。 このようして徐々に意見の異なる方々が同じ場所で語り合えるだけでなく、共通の目標を持てるようになりました。私もよくお菓子を持っていきますが、こういう心理学的効果というより、みんなで食べたいなと思うからだけでしたが、面白いものです。 そういえば、私は「昌子の部屋」というインタビューをしたことがありました。昌子の部屋 YouTubeで引くとたくさん出てきますが、いろいろな科学者にいろいろなご意見を聞きました。今だったらもっとたくさんの方々にインタビューしたいなと思うでしょうね。こういうのって学ぶことがたくさんありますね。 動画ではありませんが、いろいろな意味でインタビュー異分野交流では先進的な先生方のインタビューを科研費の仕事として行いました。なかなか面白いですよ。
●エビデンスってなに?
このような経緯のなかで、私たちはエビデンス(根拠・証拠)に基づいた医療(Evidence-based Medicine: EBM)について関心を持つようになりました。 そこでは、単に論文が出たからといって、それがどれだけ正しい情報であるかについては一歩引いて慎重になります。現場の医療にとっては〝エビデンスによる裏付けがしっかりしているかどうか〟はとても深刻な問題です。だからこそ、こういう方法論が生まれたのだろうと思います。 なるほど、論文が出ただけでは信用できない時代に突入している・・・というか論文は、間違いもありレフリーの検閲を受けとはいえ、まだまだ間違いもあるわけで、そういうのをしっかり見ておきたいというのは、特に医療分野では切実でしょうね。素粒子の場合は、例えば「ニュートリノが光速を超えた」という論文が出たことがありましたが、この時でも、すぐに社会に影響を与えるということはない(ほんとはあるんですけどね。 だって因果関係が言えなくなると、いろいろなところで困りますね)ので、大騒ぎに放っても、社会の実際の場面で影響を与えません。しかもこの論文には、「どう見ても測定の間違いがないみたいなんですが、皆さんのご意見ご指摘をお願いします」と書いてある論文なのに、マスコミでは「因果律が成り立たない」とか大騒ぎの記事が出て物理学者は辟易しました。もっとも、半年もたたないうちに、いろいろと点検しなおし、測定の誤りであったことがわかり、一件落着しましたが。こんな風に論文は絶対まちがいないとは言えないので、多くの科学者が検証し点検を繰り返してやっと本物の法則になるのです。 論文に誤りがあった、と攻撃しかされないと、科学の進歩は遅れるでしょう。みんなで確かめ合って本物を探すことが大切なのです。最近も「間違っていた」と非難されている話がありますが、間違いは正せばいいのではないか、と思います。 しかし、医療の場合は人に命にかかわることもあり、大変深刻ですんで、こういう取り組みが発展したのでしょう。とても大切なことですね。そうすると、放射線の影響に関わる論文も、社会的な影響が大きいわけですから、これに見習う必要がありますね。 そこで、私たちも同様の方法論を用いて、今、意見が割れている問題をみんなで検討する中で、本当のことを追及するやり方を学んでいきたいと考えています。 つまり初めから安全だとか危険だとかいう先入観にとらわれないで、真正面から向き合っていこう、という決心につながりました。
● 今回の4つのテーマ
とはいえ、私たちは、まだまだ小さな組織でもあり、権威のある方ばかりが参加しているわけでもありません。このような取り組みは始まったばかりです。それに、実際には学会や原子力規制委員会、政府機関の規制庁や環境庁などが莫大なお金を費やして、こういう仕事をしています。 3月8日のトップでお話しいただいた神田玲子先生のお話「放射線防護アンブレラの活動:学会の活動を中心に」は、そういう組織で、今どういうことに取り組んでいるかをお話願いました。これはいわば、トップダウン的取り組みです。そこには予算もあり、たくさんのプロの先生方がそれなりの見識をもって議論を進めてくださっています。そしてそれは大変貴重な情報を私たちに提供してくださいます。 私たちの取り組みは、これと市民を繋ぎ、いわばボトムアップで、皆さんの疑問や理解しにくい点、あるいは時には、「ちょっと違うんじゃない」といったコメントを出して、全体として正しい情報が共有できるように、下支えしていく取り組みだと思います。ですから、すべての問題に取り組むだけの力量もないし、そうする必要もないと思います。 少しずつですが、何とか、着実に皆さんと共有する情報を整理していきたいと思っています。(すでに、3月9日にご参加いただいた方から、いろいろな問題が提起されています。さて、これをどのように整理し、情報発信していくか、試行錯誤を繰り返しながら、道を探り当てていきたいです。)
今回のミニシンポでは、2日目に、こうした糸で話題を2つほど取り上げて議論しました。今回は4つのテーマを取り上げ、そのうち2つについて時間をかけて議論するというやり方を取りました。
● 話題提供&議論②線量評価の実態(田口さん提案、一瀬さんの解説) ● 話題提供のみ③健康調査(和田さんの問題提起を基礎に) ● 話題提供&議論④福島の野生動物への影響調査(福本先生の議論を基礎に)
あるべき科学の結論の捉え方、まだわからない問題についての情報発信の仕方など、これからどのようにしてこのようなネットワークを広げていけるか、これから試行錯誤が繰り返されると思います。 このような話し合いが成功するかどうか、いささか不安もあったのですが、参加いただいた皆様の熱意で乗り切れたのではないかと思っています。
今回、とても参考になったのは、UNSCEARの議論でした。米倉先生がほぼ全容を把握されていて、事あるごとに問題を整理し、現状の到達点をご説明くださったことで、問題が整理でき、納得のいく議論ができたと思います。そのことが、例えば白血病の疫学の議論で、しっかり学べることを知りました。 こうした経験をお持ちの先生が、このJSTの企画の評価委員をしてくださったことは、本当にありがたいことでした。こうして、さらに、未解決の問題へと移って、今後の方向性をお互いに建設的な方向で探りたいと思います。 2日間、建設的な議論をしていただき、とても感謝しています。皆様のご協力に感謝いたします。本当に正しいことを伝えるために、また科学的に十分わかっていないことと分かっていることをしっかり分けて理解することの大切さを市民と共有できることを心から願っています。
なお、3月9日の初めに、「放射線防護アンブレラの活動:学会の活動を中心に」のお話をいただいた神田玲子さま(国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構)、「基礎科学と社会への実装の理念 ・・・アセスメント科学にむけて」という新しい科学と社会の科学の在り方をお話下さった長我部信行さま(日立製作所ヘルスケア社)、そしてさらに「SDGsと科学技術 :STI for SDGs vs SDGs for STI」という国際的視野に立った世界像をお示しいただいた 有本建夫さま(政策研究大学院大学)の御三方には大変お忙しい中ぎりぎりまでお付き合いくださり、内容の濃い議論ができました。 そして実は陰になり日向になり、いつも全体を見渡してご援助いただいた米倉義晴さま(元UNSCEAR 議長)には、本JST企画の評価委員として評価いただきました。 いつも変わらぬ誠実な対応に心から感謝申し上げます。
世話役代表 坂東昌子
|