2022年08月19日

子どもの好奇心とお利根の反応(ブログ その176)

あいんしゅたいんの会員の中の有志で、月に1回おしゃべりの会というのをはじめたのは昨年の2月だから、ほぼ1年半になる。
この会は気楽に会員の間で自由に話し合うということで毎月1回のペースで続いている。その経緯は今回はスキップして、とても興味深い話をピックアップして紹介する。

その日は、隅田幸生さんから脳の話が出た。
子供の脳と大人の脳はどう違うか。大人はいろいろなことを経験してだんだん言動を制御していくが、子供は未熟な脳に常識を身に着ける段階である。そこが大人と子供が違うところだという。
だから、子供は当たり前のような話も疑問を持つ事や質問をする事になる。人工知能も、このように多くの事象をインプットしながら文章が書けるようになったり、判断をするようになるのである。
でも、このことはちょっと引っ掛かることがある。果たしてそれが「成長して賢くなった」ということなのだろうか?
科学者は常識として確立している事にも疑問を持つ。果たしてそこに書いてある常識は本当か?こうした疑問が次の発展を促すことを繰り返してより確かな法則を見つけていくのである。
この「子供の心」をすっかり失ってしまうのが大人だとすると、ほんとかなとも思う。

そんな中で、次のような意見を寄せられた。

先日の続湯川先生の贈り物の橋本先生の会での事ですが、中学生の子の質問を見ていて私の感受性の無さを感じました。「今の説明で分からなかったのですが、そもそもなぜこうなんですか?」という定型的な部分への質問をいくつもされていたのです。

会社で働いていると上司からの指示ならば従うのが当たり前でして、質問したところで”君の力の届かない所で決定されてるんだよ”の様な回答で一蹴されてしまいます(これが昨今の企業ぐるみでの不正の原因なのでしょうけど)。
そうしているうちに指示に対して疑問を持つ事が無くなって、会社以外でも定型的なことに対してはそういうものだと受け入れていました。

橋本先生の会での質問責めを見ていて何かスッキリしたと言いますか、非常に感じるものがありました。あいんしゅたいんに居なかったら一生気づかなかっただろうなとも感じました。忘れていたものを思い出した様な感じがして嬉しかったです。

林英樹

振り返ってみると、実は子供と大人が入り混じって一緒に勉強する機会はあまりない。
大人は子供相手の講演会や解説などは、時間の余裕もないので子供向けはスルーする人が多い。逆に、大人向けは子供にはわからないので子供はあまり聞きに来ない。
実際、昨年京都市協働教育の事業を申請して始めたオンラインカフェ『湯川博士の贈り物』を始めたが、子供向けに元講師にはお願いしたのだが、どうしても経験の少ない講師にとっては大人への話が中心になり、子供たちも興味を持って意慾的に効いてくれることもあるが、かなり好奇心の高い頼もしい子供たちでも、後で感想を聞いてみると、「よくわからなかったです」「ついていけませんでした」といった感想が出て、うまくはいかない。
そもそも講師の先生方も、子供向けの話とは自覚していても(中にはそんなことに無頓着な講師もいるが)、気を付けてくださっても、難しい専門用語などがつい出てくる。
湯川博士の科学の心を知ってほしいと思ったが、子供の数が少なくなってしまった。これはもったいないと思い、ちょっと工夫をしてみようと思った。

それは、実はヒッポクラブというファミリィでいつもワイワイ勉強したり楽しんだりしている団体が行っている、「トラカレ」という番組を経験したことがきっかけである。
そこで子供の鋭い質問が続出してびっくりしたと同時に、とても新鮮なすがすがしい気持ちになった。このやり方を私もまねしてみたいなあと思った。そして、親子理科実験教室や湯川博士のオンラインカフェに参加しているなかで、熱心に参加している頼もしい子供たちに呼びかけて、新しい試みを実行してみようと思った。
ライターの艸場よしみさんが大賛成してくれて子供たち数人に呼びかけた。小学生・中学生、そして高校生をそれぞれ1・2人ずつの小さなグループができた。そして、「湯川博士の贈り物」のテーマを、前もって話し合い、ちょっと考えてもらうという試みを実行してみた。
偉い先生方にすぐこんなお願いもできないので、まずは、この中の「サイエンス編(SC編)」の話題提供をお願いしている萩野浩一さんと橋本幸士さん、どちらも原子核理論、素粒子理論のトップ研究者であるが、子供にもわかるように話してもらうという目標をたてた。
そして、このZoomの会議に彼らに出てもらい、子供たちの時価の声を聴いてもらいながら、子供の様子を見てもらうようにお願いした。お二人とも、快く引き受けて下さり(優しいおじさんたちでよかった!)、Zoomの会巌は弾んだし、ちょっとだけ講師と子供たちの距離が短くなった気がした。
講師の先生も、いろいろと様子をみてもらっているので、本番のカフェではぐっと距離が近くなったように思う。そのせいもあって、子供たちが、どんどん質問をしてくれる。
そればかりではない、面白いのはそれにつられて今まで黙っていた大人も一緒になってワイワイ議論を始めたのである。実は子供に分からない話は大人もわかっていなかったのである。でも、大人の分別でつまらない質問をするのは遠慮していただけだったのである。そして、それを経験した林英樹さんの感想をいただいたのである。

湯川先生は、「私は物理学の専門だが、そのほかのことについては皆さんの方が豊富な知識と経験を持っておられるので、いつも先生ではない、先生になったり生徒になったりしてお互いに教えあ会うのがいいのだ」と言われていた。物理の専門の世界でさえ、少し専門を外れるとわからないことが続出である。
そんなとき、一番に質問されるのが湯川さんや朝永さんであった。湯川さんは「混沌会」朝永さんは「愚問の会」というのを主宰されていて、いつもわからんことを聞くのを奨励されていた。
そういえば、「続湯川の博士の贈り物」の最後受け持って頂いた永田和宏先生の講演では「文系と仮系とか言ったわけ方はいらない。もっと分野を超えて交流することがいいのだ」といわれ、「なんで」を3回聞かれると、専門家でもわからない問題に突き当たる」といわれた。本質的な疑問を時々は深く考えること、それこそ湯川精神なのだと思う。

林さんがとても素敵な感想をくださったので、私も勢いづいて、これから「キッズクラブ」でもっと子供と楽しんでみよう、それはとても楽しい、そしてワクワクする時間なのだ、
そして大人も時々は本質に迫る何故を考える機会にもなるのだ。大人の脳もそのような機会を得ることで、老いることなく働き続けるのではないか、そして世の中をより良い方向へ持っていくエネルギーを貰うのではないか、そんな思いが私を元気にしてくれている。
隅田さんや林さんのご意見、素晴らしいひと時の議論はいろいろなことを考えさせてくれた。

なお、隅田さんによると「私が話した元ネタはヒューマニエンスQというNHKの番組で2022/6/1「思春期」のものです。」ということでした。また、この話に対して小林 秀章さん (セーラー服おじさん)はつぎのようなコメントをくださった。
「ネオテニー論」というのがありまして。ヒトはチンパンジーのネオテニーなのではなかろうか、と。つまり、大人になっちゃあかん、と。多様な環境や変化の激しい環境に適応して生き延びるためには、大人になって頭がかたくなって柔軟性を失ってはいかんのであって、子供のままで生涯を過ごすのが、たいへんよい作戦だったかと。」

うーん、この議論、ヒトの生き方と子供から大人が学ぶ意味など、いろいろ考えさせられます。