2024年12月06日

低線量放射線検討会発足の経緯

2012年新年度を迎えてこのかた、私たちは、LDM通信を始めることを決めていました。LDMとは、"Low Dose radiation risk research Meeting" の略記号です。このLDMがどのようにして始まったのか、最初にご説明します。

以下のメールが私に届いたのは2011年のある夏の日のことであった。親子理科実験に参加しておられるお子さんのお父さん(Tさん)だった。

「厚生労働省が妊婦さん向けに作成されたパンフレットがテレビで放送されておりました。そこの最後のページには、規制値を超えた食材をたとえ口にしても健康への影響が出る事はありませんとうたっております。いったい何の為の規制値なのかわからなくなってきています。
市販薬にでも、お医者さんと相談してなどと書かれているのに、影響のあると思われる放射能に対して国がこのような表現で納得させるのは何かおかしい気がしてなりません。やっぱりここは、政治的な影響のない研究者が、裏付けのある説明をするべきだと思います。多分、国はパニックになる事を心配していると思いますが、今の日本人そんなにパニックになる事はそうそうあるとは思いません。」

事故当初から正確なデータを出さず、むしろ海外の情報に頼っていた。そして、このころになっていくつかのデータが公表されたころであった。真実を伝えればパニックになる、などと、まるで日本人の大人を子ども扱いにしたようないいわけが出始めていた頃であった。Tさんの率直なご意見は、私たちの情報発信が少しでも役に立っていることを教えてくれ、とても勇気づけられた。

私と宇野理事が、やむにやまれぬ気持ちで、当NPOに「東日本大震災情報発信グループ」を立ち上げたのは、事故直後であった。できることを少しずつでも、みんなに呼びかけてやっていこうという思いに駆られたのであった。あふれる情報の嵐の中で、正確な情報を届けることこそ、この危機を乗り越えるために絶対に必要であると思ったからである。NPOの中でこの情報立ち上げに関しては、否定的な意見がなかったわけではない。皆思いは同じであるのだが、科学者は、「プロでないから」といって発言を控えていたのでは、極端な意見だけが大手を振ってまかり通り、その間で市民がさらに混乱するのではないか。

科学者として生きてきた私たちは、地震・津波だけでなく、福島の原子力発電所で起こった出来事は、科学技術と社会の関係、科学者が社会と具体的にどうかかわるのか、という問題を鋭く突きつけられた。科学者からの発信が少ない、というか、実態が次々と明らかになるにつれ、いったいどこで真実が語られているのか。テレビや新聞というマスコミを通じて大声で発言する人は、安全を誇張する側か極端に危機を訴えるかで、真面目な現場の科学者は、ほとんど口を閉じた。個人的には良心的なのだが、情報発信すると、自らもまた自分の属している組織もリスクを負うことにもりかねない。

この時、女性であるということもあり、失うものがない私たちは、すぐ気持ちが通じ合って、情報発信チームを立ち上げた。宇野さんがエイズ患者支援に身を挺して飛び込んだ経験から、危機を煽ることが起こしたマイナス面を痛感されていた。その思いが、今回の震災で背中を押したのである。今まで、子育てと研究だけでも大変だった私たちである。しかし、それでも、研究と社会との狭間で、リスクを無視して研究時間を割き、いろいろな問題に真正面から取り組んできた。その経験が、今回の情報発信チームの立ち上げの原動力となった

そこには、次のようなアピールのメモがある。

みなさま

今、いろいろなネットワークを通じて、情報が入ってきます。この情報には、時には間違っているもの、配慮が足りなくて傷つけるものなどもあるかも知れません。しかし、マスコミの報道や解説が、一方的だと感じられる特に今のような状況下では、あえて、情報を共有し、皆さんに投げかけて、誤っていればそれを訂正し、より正しく物事をとらえることが必要です。ものが言いにくいために、ネットワークが活用されないままでは、後に悔いを残すことになるように思います。私たち1人1人の力は、有限です。今私たちに何ができるのか、みなさん、ハラハラしておられるかたもおられるでしょう。特に、科学者がなにもしないことに、またマスコミに出てくる専門家が、必要な情報をきちんと伝えないことにいら立ちを覚えている人もたくさんあるのですが、それ正していくのに、今こそ私たちのネットワークを活用する必要があると思います。

もうたくさんだ、と思われる方には、申し訳ありませんが、少しの間我慢いただき、できるだけ人を批判するのではなくて、率直なご意見と質問を投げかけ、みんなで考えていきたいと考えます。みなさま、どうかよろしくお願いします。

そこで、当NPOの坂東と宇野で、以下のようなことを考えてみました。ご協力いただける方は、ぜひお集まりください。会員の皆様からいただいた情報も、既に当NPOホームページに全文が出ています。

今、科学者としてわれわれにできることは何か?

想定外と言われる、東北関東大震災に直面し、またその二次災害とも言うべき原子力発電所からの放射性物質の漏出について、科学者の立場から何が出来るかを考えています。既に、メーリングリストでは、信頼度の高い情報の共有という観点から、色々と役立つ情報の提供も受けていますし、私たち自身も、自身の判断で、信頼して良いと思い、また、少なくとも一部の方には役立つであろうと思う情報については、出典を明らかにしながら、また、できるだけ、関係先へのリンクをしっかり貼りながら紹介してきました。

関西にあって今回の地震被害から直接の影響を免れた者の出来ることは、何でしょうか。

たとえば、新聞紙上でも、少しわかりやすく、放射線について説明するという試みはなされていますが、十分ではありません。また、放射線の影響を避けるために関東では外出を控えろ、換気扇はつけるな、といったような説明もなされていますが、1日2日ならともかく、今後まだしばらくは危険な状況が続きそうな可能性もあり、単に屋内避難指示だけでは対応出来ないと考えられます。

そこで、

1,事実を知ろう
2,放射線の影響(放射線そのものへの理解、身体に与える影響)
3,現実的対応あれこれ
4,その他 Q & A

についてわかりやすい資料を作ることなら、私たちの専門性も生かして出来るのではないかと思いました。

単に起こってしまったことに対し、「予測が甘い」とか、「そんなこと初めから解っている!」と非難すだけでなく、将来を見据えた前向きな議論が必要です。原子力発電についての議論は、もう少し落ち着いたところで議論するとして、「今起こっている問題を、わかりやすく伝える!」作業部会への協力を求めます。

皆様へのお願い

この日はこれない!でも趣旨には賛同、というかたで、わかりやすいスライドを持っている、この本のこの図はわかりやすい、というものがありましたら、Masako Bando(このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。)Kazuko Uno(このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。)へ直接お送りいただきたいと思います。
作業チームを立ち上げ、早急に資料を作成、配布できるよう活動を開始したいと思います。

「今起こっていることを、わかりやすく伝える!」作業部会提案者
坂東昌子(女性研究者の会・京都、あいんしゅたいん)
宇野賀津子(女性研究者の会・京都、あいんしゅたいん、ルイ・パストゥール医学研究センター)

この時、大阪から駆けつけてくださったKさんをはじめ女性会員も含めて、真剣に話し合った。女性研究者がどなたか来てくださるかと思ったが、どなたも来られなかった。これは、私たちにとっては1つの検証、「女性だからといって、リスクを覚悟で取り組むというわけでは必ずしもない」ことの証拠にもなった。しかし、このことは、同時に、研究者でない女性たちが、周りに集まりだし、いざというときに、様々な協力をしてくださったことで、やはり女性の力が、如何に素晴らしいか、という確信を私たちに与えてくれた。それだけではない。女性だけでなく、いろいろな面で協力を惜しまない男性の方々も、また、若い人たちもたくさん集まり、周りにネットワークができていった。

このネットワークをもとにして、私たちはもっと正確に把握するための研究会、低線量放射線影響検討会を立ち上げた。それ以来、遠くは新潟や筑波(KEK)からもスカイプで参加するなか、京都大学のベンチャービジネスラボラトリーのセミナー室や、小山田研究室の「可視化実験室」で、毎週欠かさず、夕方から夜遅くまで勉強し議論をしてきた。ここには、京都大学学部1回生の4人の活発な若者も交じり、他大学の教授も、そして名誉教授もたくさん加わって、熱心に議論を重ねてきた。これらの成果は、学生たちの発表も含めて、順次、このHPで紹介していくつもりである。実際、若い人の発表に一部は、第6回東日本シリーズで、1回生が発表したのに対して、沢山の感想が寄せられたことからもわかる。いくつかを例示すると

「内容的に(その理解度に)不安に思わせる点もなく、難しい部分を多く含むにも関わらず誤解もなく(私自身は、一応、専門家の端くれくらいには位置していると思いますが、その目で見ても)、非常に安心して、聞けましたね。話し方においても、内容を完全に把握していることがよく伝わってくるし、まぁ、文句の付けようがないな、と多くの人に思わせたことは事実だったでしょう。」「本日の1回生の発表、丹羽先生がしきりに感心されていました。I君のICRPの説明も非常にクリアで、しきりに関心されていました。Mくんの発表もスマートでしたし、Sさんの発表も、的確でした。」「そのあたりの大学の教授が話すよりずっとよく分かり明快でした」

そのうちに何らかの形で、発表の内容を動画で見せることができるだろう。

LDMは今もずっと継続して続けられている。そして、多くの人たちを巻き込んで、ネットワークの輪を大きく広げている。これから、この情報を皆さんと共有するためにお届けすることとなった。