2024年02月21日

悩みの多い新年でした!(ブログ その187)

新年のあいさつは、友人から頂いた寄付金の話のお礼を含めて年始の挨拶をと思っていたところ、突然入ってきた能登半島の大規模地震のニュースに驚愕した。

この地方でかなり起こっていたとはいえ、この寒さの中で、しかも孤立している村も多いとのこと。
2日目は日航事故、この両方の記事に世界の世論は日本の対応に不幸中の幸いといった記事も見受けられ、「少しは神戸。東北の震災で教訓が生かされていたのか」と思っていました。

しかし、新年のあいさつをするのが気後れして、遅れに遅れてしまいました。こんな時、あいんしゅたいんのおしゃべり会〈1月7日)では、ちょうど実家に帰られてこの地震にあった方や、防災に心を砕いておられる方から、対応の遅さ、まだまだ不十分な全国ネットワークの弱さなどが語られて、皆さんの心配が伝わってきました。

どうなるんだろう。ほんとに教訓は生かされていなかったのだろうか。少なくとも原子力発電所の多い地方だから、そちらは大丈夫だったのか、しっかり対応はできていたのか、そんな心配をしていたところ、原子力規制委員会の山中委員長からのメッセージが届いて、何とか無事だったことも確認できたところでした。

おしゃべり会の中で出た対応の悪さは、どうなのか、少なくとも海外の評価は、2日目の日航事故で全員安全に避難できたことを知り、冷静に行動された関係の方々には敬服に値するなあと感銘を受けたところでした。
みなさん、それぞれに努力されたものがあるはずだという気持ちも働いで、あまり十パ一からげに非難するのはどうかなと気にはしつつも、地震の多い日本の中で生きているのだと実感しました。

そんな折、以下のようなお知らせメールがきました。

1月の1野菜お届けお休みのお知らせ!1月お任せ野菜

能登半島地震の些細な支援で炊き出し用の野菜をお届けする事にしました。炊き出し材料は、福島のボランティア団体で使って頂きます。皆様にはご不便をおかけしますが、ご理解の程宜しくお願い申し上げます。

京丹波ファーム旭 Iさん

Iさんは福島事故後、お母様、娘さんとともに京都に避難されてきた方です。
その後、お母様のこともあり、ずっとこちらに住む決心をなさり、今は丹波に住み着いて農業を営み、月に1回、私や宇野さんをはじめ知り合った仲間たちに野菜箱を届けてくださるお仕事をなさっています。

季節ごとの新鮮な野菜や果物を届けてくださり、来年はイチゴの栽培も始めたとか、たくましく生きておられます。いつの間には、丹波に住み着いて、ご近所と仲良くなりそこでの農産物や福島の名産物も一緒に届けてくださる湯になりました。

彼女のネットワークの広がりはすごく、子供たちとも仲良しになり、近くの保育園の仕事も手伝ったり、お母さんの悩み事を聞いたり、大活躍でいきのボスお母さんになっているなあと感心するばかりです。私の知らなかった野菜(例えばヤーコンなど)もだんだんおなじみになりました。

Iさんは、当時の大変な様子を知っているだけに、対応が早い、しかも福島の方々と連携して早速炊き出しに出かけられる、その素早さに感心するばかりです。
「やっぱり災害にあった神戸や福島の方の動きは違いますね。頭が下がります」と言ったら以下のようなお返事がきました。

私もテレビやネット情報で、どれだけ災害に強くなったかを観てきました。

私がびっくりしたのは、一般のボランティア受け入れNGの報道でした。ボランティア受け入れ方法として、被災地の寄り添いマニュアルが出来ているはずですが、各自治体判断でしか行ってなく、国の指導がされてないのが、残念です。

復興庁はお飾りですか?と問いたいです。何処で起きるか分からない災害に動じない、そんな日本であって欲しいです。もう、あちこちで何度も何度も災害、避難を繰り返しているのに、近隣の県でかばい合い、即座に支援体制に入れる方針を作って欲しいものです。

能登半島地震15日も過ぎているのに、やっと仮設住宅や民間借上げ住宅、ホテル貸し出しなどの支援が始まったばかりです。対応が何故遅いのか、疑問点ばかりです。

原発の危機は無いのかも全く報道されていません。不安です。金沢市に住んでいる知り合いに、連絡した所、食べ物が不足してます。
自衛隊の方は危険をかえりみず、崩れた建物に入って行き、大変な作業しているので、食べ物下さいとお願いするのが心苦しくて言えない。と言っていました。

役所の人は、平等にと言って、パンの配り渋りしているそうです。(ありえない、私が福島県庁に母親つれて避難していた時と同じです)配布数が少ない場合の優先順位を決めていたら、納得いく我慢が出来るはずです。

災害に強くなって欲しいと願うばかりです。些細なお手伝いではありますが、震災経験者であり支援に救われた一人として、何が出来るかを考えて生きたいと思っています。

さすがです!今までもやもやしていたのですが、伊藤さんのご意見を聞けて勉強になりました。

支援体制で、「今ボランティアの人は勝手に来ないで下さい。かえって邪魔になります。また道が混んでいるんで、渋滞を起こします」と言っていたので、そうだな、何をしていいかわからない人がいってかえって邪魔になることもあるなあとは思いましたが、さりとて、人手が足りないのだから、てきぱきと仕事を指導する動きもあるのではと思いました。

そんなことで、少しは今までの教訓が生きているのかなという思いもあります。それにしても日本人はこういう時、結構助け合うのがすごいです。伊藤さんのご意見、それに福島との連携、さすがと思いました。

原発については、規制委員会も情報を発信していましたが、電気事業連合会が正確な情報発信を目的とした特設サイトも開設しましたね。福島事故の時は、情報が錯綜したことを思い出しましたが、素早く届けられ多様です。
しかし、改めて、地震の多い日本での原発の在り方をあくまで真摯に受け止めるべきことを痛感しました。

すこしずつ、さまざまなところで、みなさん、持ち場で頑張っている様子も見られます。

福島の時も一番親身になったのは、兵庫県、神戸だったですね。身に染みて苦労がわかる方々が、こうして素早くネットワークを組まれていることに感銘を受けました。助っ人のIさん、今頃頑張っているだろうな・・・・。