2017年10月23日

事前討論

沢田昭二氏の回答(事前討論 No. 5)

沢田氏から回答がとどきました。質問の意図を正確に受け止めておられない回答ですがそのままご紹介します。
なお、長文の付属資料が寄せられましたが、これはこちらで見ることができます。

沢田論文[1]への質問への回答

沢田昭二

8月に入って核兵器のない世界を実現させるために広島に来て、連日忙しい日々を送っています。明日からは長崎に行き13日頃までさまざまな行事で埋まっています。そのため丁寧にお答えする時間が取れないので、大まかなお答えになることをお許しください。

1)脱毛や下痢の原因は、必ずしも内部被曝だけに特定出来ないのではないかと考えられますが、論文で内部被曝と断定されている根拠は何でしょうか?論理がつながっていないようにも思われますが。

A1) 英文では読み飛ばされてしまうかも知れませんので、和訳した論文(一部省略)を添付します。なお、英文論文は節の番号が抜けていますのでご注意ください。論文の最初から放射性降下物による被曝がすべて内部被曝であるとして出発してはいません。初期放射線による被曝は瞬間的な外部被曝です。放射性降下物からの被曝が主に内部被曝であることを明らかにする議論は、§5 3種の異なる急性症状発症率から推定した放射性降下物による被曝の比較において、急性症状の脱毛と紫斑の発症率の爆心地からの距離依存性と下痢の発症率の爆心地からの距離依存性を比較して明らかにしています。§5では於保源作さんの屋内被爆で3ヶ月間爆心地に出入りしなかった被爆者の調査結果を用いました。これは屋外被爆では熱線による火傷の影響があり、これとの混同を避けるためです。また中心地に出入りした場合には中性子による誘導放射化物質の放射線による被曝影響が加わるのでこれも避けました。その3種の発症率を示したのが図6(Fig. 6)です。
図6に示されているように、脱毛と紫斑は爆心地からの距離とともにほぼ同じように変化しています。ところが下痢は爆心地から1 km以内では発症率が小さかったのに、1.5 kmを越えると逆転して、下痢の発症率が脱毛や紫斑の発症率の数倍になっています。この論文では扱っていませんが長崎原爆の場合も同様、脱毛と紫斑の発症率は爆心地からの距離とともに同じように変化していますが、遠距離で下痢の発症率が脱毛や紫斑の発症率の数倍になっています。爆心地から1 km以内の初期放射線被曝が主要な被曝を与えた近距離では瞬間的な外部被曝です。爆心地から1.5 kmを越える放射性降下物が主要な影響を与える遠距離で下痢の発症率が脱毛と紫斑の発症率より大きくなることを説明するためには以下のように、放射性降下物による被曝が内部被曝であることを求めています。
放射線被曝による下痢の発症は腸壁細胞が傷害を受けて剥離することによるとされていますが、外部被曝において腸壁まで到達できる放射線は、透過力が強いガンマ線と中性子線です。中性子の透過力が強いのは、中性子が電荷を持たないために生体内物質の原子核に衝突するまで電離作用をしないためです。ガンマ線の透過力が強いのは、生体内を通過中にガンマ線の量子である光子が密度の疎らな電離作用をおこなうので、光子のエネルギーの損失が少ないためです。そのため、薄い腸壁の細胞に到達できても、腸壁細胞にあまりダメージを与えないて通過するため、かなり高線量でなければ下痢は発症しません。このことが論文の図6の爆心地から0.75 km以内の下痢の平均発症率を示す0.5 kmのデータに現れています。脱毛は100%の発症率、紫斑は66.5%に対して、下痢は3.3%です。当時近距離被爆者で下痢を発症したら、もう死ぬと言われたのは、下痢がかなりの高線量を被曝したことを意味していたからでした。
爆心地から1 km以内の初期放射線被曝に対し、1.5 km以遠では放射性降下物による被曝が主要な被曝影響を与えていることが脱毛の発症率の解析から示されており、放射性降下物による外部被曝では到底下痢を発症するとは考えられません。脱毛や紫斑より数倍の下痢の発症率を説明するためには、腸壁の細胞に放射性降下物の微粒子が付着するか、呼吸などを通じて血液中に入って腸壁の毛細管から細胞に密度の高い電離作用するベータ線あるいはアルファ線を放出して被曝させたと考えられます。
こうした考察を背景に、初期放射線被曝に対する下痢の発症率は脱毛の場合よりも高線量被曝を要する正規分布の関係を用い、放射性降下物による場合は低線量で発症する正規分布を用いました。こうして結果が図6のフィットした破線(脱毛)、実線(紫斑)および鎖線(下痢)の曲線です。こうしてフィットしたときの被曝線量が図7(Fig.7)です。図7に見られるように脱毛、紫斑および下痢の3種の急性症状の発症率をほとんど重なった初期放射線被曝線量と放射性降下物による被曝線量を得ました。放射性降下物による下痢の発症は内部被曝以外では説明できません。その下痢に対する放射性降下物による被曝線量と脱毛と紫斑が共通の被曝線量であることは脱毛も下痢も内部被曝であることを示しています。

2)黒い雨を頭に浴びた場合に、ベータ線熱傷により、脱毛症に至るものと思われます。つまり、脱毛は全身被曝ではなく局所的な被曝の可能性が大きいのに、それから換算した線量を、DS02で計算した実効線量と重ねるのはおかしくはないでしょうか。

A2)脱毛の発症が頭髪だけという誤解があります。放射線被曝による脱毛は頭髪だけでなく体中の毛の基部が細くなって脱毛となります。とくに初期放射線がほとんど到達しない距離の屋内で被曝した人も脱毛を発症していることを理解するためには放射性降下物の微粒子を呼吸や飲食を通じて体内に摂取したことによる内部被曝でなければ説明できません。ビキニ事件の第五福竜丸の乗組員が鉢巻きやベルトのところに放射性カルシウムの灰が貯まってベータ線火傷をしましたが、脱毛はそれ以外の全身の部位に発症しているので、灰のように目に見えるものの他に大量の放射性微粒子が充満していて、それを呼吸などを通じて体内に摂取して毛根細胞に接する毛細血管で運ばれた放射性微粒子からの放射線によって脱毛を発症したと考えられます。質問の「それから換算した線量を」の意味が不明です。脱毛が頭皮の局所的被曝によるというのは誤解です。頭皮に照射しないがんの放射線治療でも脱毛が起こります。

3)京泉氏らのマウスに植皮した頭皮の脱毛のデータを、そのままヒトにあてはめて、線量に換算されていますが、これは正当化できるのでしょうか。また、マウスを免疫不全にしての実験ですが、生きているヒトは、免疫不全ではありません。免疫不全のマウスと、免疫機能のあるヒトとの違いについての考察はありますか。

A3)放影研の京泉らは死亡した胎児の頭皮をそのまま移植して頭髪が人間のように日時的に成長するかどうかも調べています。移植した頭皮を免疫不全にするようなことはしていません。

4)1.5km以上のところでの線量が1Gy以上も高いはずだという結論だとすると、この線量を過小評価していたDS86やDS02の放射線リスクの評価は、実は「もっと高い線量のリスクだったはずで、低線量では大して症状は出なかったということになります。なのに、この論文から、内部被曝のことや低線量の放射線のリスクの危険性を強調するのは、ご自分の論文とは異なる主張になるのではないでしょうか。

A4)原爆の放射線被曝による影響を知るための相対リスクを求めるためにはその放射線に被曝していない集団の死亡率や発症率を用いなければなりません。放影研のように初期放射線被曝線量によって寿命調査集団(LSS)を区分すれば、広島では2.75 km以遠の遠距離被爆者は初期放射線被曝線量が0から0.005 Svの1つの区分にまとまって入ります。相対リスクを得るために回帰直線の被曝線量ゼロの死亡率や発症率として放影研では初期放射線ゼロのところの死亡率と発症率を用いますが、その値は実質上、初期放射線ゼロのところに接している初期放射線被曝線量が0から0.005 Svの区分の値になります。この区分の被爆者はLSSの広島集団の脱毛発症率から求めたように0.8 Svから1.15 Svの放射性降下物による被曝をしています。広島大学の原爆放射線医科学研究所の広島県内居住被爆者と非被爆者の死亡率の比較研究において、2km以遠の直爆被爆者の方の男女合計の悪性新生物による年間死亡率は0.290に対し、1.5 kmから2kmの直爆被爆者の場合は0.272で悪性新生物による死亡率がやや大きくなっています。非被爆者の場合は0.164です。地域的影響があるとしても、相対リスクを求めるとき、0.290を分母にするか0.164を分母にするかで大きな違いが生まれます。放射性降下物による被曝影響を受けている遠距離被爆者を比較対照群(コントロール)にするときわめて大きな過小評価をすることになります。こうした問題を詳しく論じた報告を参照して下さい。

5)内部被曝について、β線がγ線と比較して危ないといわれるのはどういう根拠でしょうか?データはあるのでしょうか?(これはrefSには書いていないが、別のところで「ICRPが,内部被曝に対してベータ線のRBEを1とすることには疑問がある」と表明されています[2]

A5)下痢を発症させるのにγ線はかなり高線量を要するのに対し、放射性降下物による下痢の発症が比較的容易に発症させる、その違いは透過力、あるいは線形エネルギー遷移LETの違いによる以外に説明できないと思います。内部被曝におけるγ線とβ線のRBEを共通に1とすることは、下痢については適用できないことを示しています。内部被曝では取り込んだ放射性物質の元素、微粒子の大きさ、水溶性か非水溶性かなどによって、また考える傷害によってかなり違いがあり、一律には定義できないと思います。ホールボディカウンターでγ線を測ってたいない被曝の影響を加味してシーベルトにする場合にも注意を要することです。

6)遠距離の被爆者に脱毛などの症状の報告には、聞き取り調査時の記憶違いや、結婚差別を恐れて遠距離の方に申告した等のヒューマン・ファクターがあることが指摘されています。これを十分に考慮した上で、原因が内部被曝であると結論されているのでしょうか。

A6)脱毛調査結果について私の論文にはさまざまな調査結果を比較して、ほぼ共通の結論を得ることを示しています。原爆症認定集団訴訟において、国側の主張や国側の証言をした科学者は、被曝実態を示すさまざまな調査資料に基づくことを回避する手段として、あるいは自分たちがこうした被曝実態を示す貴重な調査結果に基づいて真面目に研究してこなかったことの言い訳の代りに、調査結果は信用できないという根拠にヒューマンファクターを持出してきました。思い違いやヒューマンファクターが全くないとは言えませんが、調査時期や調査方法が異なるさまざまな調査結果がほぼ共通した結果を引出していることは、調査資料全体として信頼できると思います。被爆者が急性症状を発症すると、今度は自分が死ぬ番になったのかと深刻に捉えました。こうしたことを忘れるようなことはありませんし、むしろ言いたくないという影響も遇ったと思います。


[1] S. Sawada, “Estimation of Residual Nuclear Radiation Effects on Survivors of Hiroshima Atomic Bombing, from Incidence of Acute Radiation Disease”, Bulletin of Social Medicine, 29(1), (2011). (refSとよぶ) http://jssm.umin.jp/report/no29-1/29-1-06.pdf

[2]「日本の科学者」2011年6月号 http://peacephilosophy.blogspot.jp/2011/04/blog-post_20.html
また、岡本良治氏のHPに「2011年3月19日沢田昭二氏よりご教示あり」として、次の記述がある。「放影研の疫学研究に大きく依拠してきた国際放射線防護委員会ICRPは内部被ばくを軽視してきて、現在の原発事故も含めて大気中に漂うミクロンサイズ以下の放射性微粒子を呼吸で摂取することは全く考慮しないで、CT検査で浴びる放射線と比較して影響は小さいとしています。測定されているのはガンマ線で、内部被ばくは摂取した放射性微粒子からは主にベータ線でベータ線は密度の高い電離作用をするので透過力の強いガンマ線よりはるかに大きな影響を与えることは全く配慮していません。」