2024年11月02日

第46回:「大学におけるeラーニング教育」by 鈴木

大学におけるインターネットなどのICT(Information Communication Technology)を活用した教育、つまりeラーニングは、一部の大学を除いて遅々として進んでいない。

政府は、平成13年1月、内閣に「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT戦略本部)」を設置し、e-Japan計画から始まって昨年7月のi-japan2015、さらには民主党政府になって新IT戦略の策定の検討を進めている。これらの中では一貫して教育におけるICTの活用が重点政策として位置付けられていることからも、教育におけるICT活用はハードウェアの整備での進展はあるが、進んでいないということを示している。
放送大学に吸収された旧メディア教育開発センターの調査によると、米国の4年制大学の86%(2004)がオンラインコースを提供し,韓国では公立大学の90%,私立大学の76%がeラーニングを導入(2004)していると報告されている。一方国内では、インターネットを用いたオンライン学習を実施している大学・学部は2006年度は16.5%,2007年度でも18.2%と大変低いままである。

進展していない理由は何であろうか?
一つは、一般の大学教員の教育に対する認識がまだまだ低いということが指摘できる。研究面では、よい研究成果を出せば、学会でも評価され、科研費などの獲得にもつながり、教員の大学内での評価も高まる。
しかし、よい教育をしても、大学内で正しく評価するシステムや制度ができていない。国立大学も法人化され、教育、研究以外に必要な仕事が極めて増え、教員の多忙化は限界に近い。少ない時間内で正しく評価されるシステムのない教育に教員の意識が向かないことは当たり前といえる。しかも大学教員は、採用時でも教育面での評価はほとんどされていないし、教育者としての訓練も受けていない。多くの教員は、自分が学生時代に受けてきた黒板を使っての対面講義を思い出して、自分なりに工夫をして講義をしているのが大半であろう。

教員個人としての教育への意識が低いため、組織としてFD(Faculty Development)が義務化され、さまざまな講演会などが企画され参加が義務付けられてはいても、講演会だけで終わって、系統だった教育改善には結びついてない大学が大半である。FDの内容も、初歩的な対面講義の改善にとどまり、ICTの活用などの高度な教育法の改善などに進んでいないところがほとんどである。
教員の負担を改善し、教育活動への正しい評価の導入をしないと、この面での進展は難しい。

もう一つは、eラーニングを進めることの難しさが指摘できる。
eラーニングは、インターネット環境に学習管理システムLMS(Learning Management System)を導入し、そこに教材を載せれば実施できる。ブロードバンド環境やハードウェアの整備は、非常に進んできている。LMSは、MoodleとかSAKAIとかオープンソースの無料の優秀なものが利用可能となっており、維持管理に技術者が出せない大学でも年間100万円ほどで外注すればどの大学でも特別な技術者を雇わなくても利用できる。有料のものでも安いものは維持費込みで年間150万円ほどで導入できる。サーバーもASP(Application Service Provider)を利用すれば、独自に持つ必要もない。
したがって、優秀なLMSは大変高額であった10年前と違い現在ではLMSの導入は全然障害ではなくなっている。

もっとも大きい障害は、教材である。
市販のもので、安価ですぐれた大学向けの教材が大変少ない。ワード、エクセルなどの情報演習関連や語学関連を除いて、いまだによい教材が少ない。自前で開発しようと考えると、これがまた大変である。
まず大学用教材を開発するためには、教員の協力が必要である。eラーニングを活用したいので自ら開発に参加しようと考える教員を探すことがまず大切である。大人数クラスをいくつも担当し、同じような講義を何回もして、試験でも採点に何日もかかって負担の多さに音をあげている私立大学などの教員は多い。なんとかeラーニングを導入して講義を合理化したいと願っている教員も多い。しかし経験がないため、どうすればよいのかという手がかりがなく困っている教員が多い。また、個々の教員は、時間、予算、ICT技術力、労働力どれをとっても不足しているという深刻な実態がある。この面では、大学が教材作成の組織的な支援体制を作ることが最も大切である。
アメリカの大学では図書館などにDCを持った職員を配置して教員が講義用の素材を持ち込むと、どのようなeラーニング教材として開発をすればよいか助言をし、教材化の支援をするという体制ができているところが多いと聞いている。
日本では、大学として組織的な教材開発の支援体制を取っているところは、金沢大学、佐賀大学、帝塚山大学、千歳科学技術大学、関西大学、信州大学などいわゆるeラーニング先進校を除いてまだ少ない。

私は、2004年に理学部物理学科教授から、金沢大学総合メディア基盤センター教授に移動し、金沢大学のeラーニング教育の推進を進めてきた。幸い翌年現代GPが採択され大学独自予算も加えて年間4000万円くらいのIT教育推進プログラムが始まった。当初から補助金が切れた後、大学からの独自予算での継続のことを考えて、大学執行部が取り組む全学的な組織とすることにし、副学長・理事を本部長とした組織で進めた。
鈴木は、取り組み担当者として実質的な責任者を務めた。最初は、各学部からの委員も選定したが、eラーニングに関してほとんど経験がなく、理念としてのeラーニングに関する学部間の温度差も大きかったので、実行部隊は総合メディア基盤センターと大学教育開発支援センターの教員を中心に、関心のある教員はだれでも参加できるとして進めてきた。この組織は、補助金が終了後、専任の職員1名や教務補佐員2名を有するFD・ICT教育推進室(室長は学長補佐)として恒常的な組織として継続して教材作成やFD支援を行っている。年間人件費以外に1200万円くらいの事業費が出ている。

現代GPのプログラムが始まったときから、補助金を切れたときに金沢大学から独自予算で継続してもらうには、どうすればよいかを一番検討した。
まずは、すでに述べたが、大学執行部の方針としてしっかりと位置付けてもらう。そのために、副学長を担当責任者とする。次に、なんとか大学予算以外に少しでも外部資金を取れるようにするという点である。
eラーニング教育に向いている分野は、なるだけ多くの先生が使う分野、なるだけたくさんの学生が受講する分野、学生の受講意欲の高い分野である。入学前の補習教育、教養教育、資格試験分野、キャリア教育分野などで有効だといわれている。大学院教育や少人数の専門教育などで導入することはあまり有効でない。このような有効分野の教材の場合、作成された教材は、多くの大学や教員が利用できる。著作権処理で教育目的に限り改編可能として安価で販売すれば、一から作成するのは大変予算や時間もかかることを考慮すると、ほしい大学や教員はいるであろう。そういう視点で、金沢大学のプログラムで作成された教材を、他大学向けに編集し直して安価に販売するベンチャー企業、金沢電子出版社を大学役員会の承認を得て立ち上げた。
金沢大学で開発されたICT教材の著作権はまず教員から大学へ譲渡され、さらに金沢電子出版社に再譲渡される。それが、外部に販売された時は、売り上げの20%程度を大学および元著作者の教員に印税として支払われる。すでに、3年目からこの会社は黒字化しており、印税の支払いは始っている。さらに、効果的なeラーニング講義法や教材の研究のために共同研究費を金沢大学の研究者にこれまで総額800万円近く提供している。他大学や他大学の教員とも同様の契約(著作権の譲渡だけでなく利用許諾の場合もある)を結んで、いくつかの教材開発も進んでいる。昨年度は、eラーニングを用いた教員免許更新事業(金沢大学、東京学芸大学、愛知教育大学、千歳科学技術大学+愛知大学、NPOあいんしゅたいん、NPO国際社会貢献センター)も受託して配信し、延2000名近くの小中高教員が5000講習くらいの講習を受講した。

最後は、会社の宣伝をしてしまったが、NPOあいんしゅたいんも運営経費をどこから得ていくかという点で参考になると思い書いた。現在走り始めている京都府の補助金事業も、このような経験をベースに将来のNPOあいんしゅたいんの事業とできないかという気持ちで取り組んでいる。ちなみに、金沢電子出版社の目的はICT教育の推進ではあるが、PDの社会進出を図りたいということも大きな目的である。金沢電子出版社のPDF資料は以下のページから見てもらうことにして、今回のブログを終える。

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