2024年07月15日

放射線防護への取り組みと国際会議(ブログ その189)

昨年は、ICRP2023Tokyoの国際会議にC195産学連携委員会の代表という形で、初めてこの種の会議に出席した。

放射線の生体影響についての国際会議といえば、故Weiss博士に紹介されたEuropean Radiation Protection Week に、科研費を貰っていた間は参加し、ミュンヘン・オクスフォード・パリと連続して出席し、最初はポスターセッションのみだったがその後はオーラルトークをする機会に恵まれた。

この会議では様々な議論ができ、この会自体もどんどんいろいろな分野を取り込んで当初100名を超す程度から400人規模になって医療関係も含めて若い人もたくさん出席して活発な会議で知り合った方も多く、日本での国際会議を開いた時もそうした知己の方々が沢山参加いただいた。

尤もワイズさんのお力添えがあったからこそ、これだけのネットワークを広げることができのだと思う。

その後、年齢も80を超えたことも原因か(確かその申請文書には、「申請者は80歳を超えているが、今も若い人に負けない体力と好奇心で頑張っている。アメリカでは年齢は性別も含めて問わないで研究内容と研究成果のみで判断するのが常識である」などとわざわざ書いたが駄目だった!)、医学関係の申請に切り替えたのが原因か、ここ3・4年は採択されず、論文の発表も無償のところを探して投稿している状態が続いていた。

そんな中、日本で開かれる放射線防護の世論をリードしているICRP会議に対する期待は大きかった、
ICRPの次の韓国の準備が始まっている今だからこそ、日本でコツコツと進めてきた放射線の影響に対するリスク評価の取り組みが、権藤氏をはじめとするマウスの超低線量照射実験の最初の結果が出てきた。
私たちは活気づいていたときでもあり、これまでの得られた科学的知見を世界に発信する絶好の機会だと思い、実験の報告がオーラルトーク(権藤)で行われるのと連動して、ポスターセッションで理論的考察を発表した。
幸いなことに、この発表の報告集が計画されていたのでレポートも提出したが、その仕事にかなりの時間を費やし、ようやく12月末の締め切りに一応の形になった。こうして新年を迎えたのだった。

こうして、昨年秋は、ほぼマウスの実験結果を中心に、様々な分析を土岐さんの勢いもあって、次々新しい方向付けに没頭していた。
そのため、BPOの活動も新しい計画も構想していたが、それを発展できないままいろいろなことが延び延びになっていた。
考えてみると、ブログも8月以後書いていないことに気が付いた次第である。

そして、今年のご挨拶をと思っていたところに、初日から悲惨な事故が起こり、どう切り出すべきか、お悔やみを言うだけでは、などと思っていた。
能登半島地震についても、つい先日世界情勢の先行きも含めて、2024年の先行きがみえず、ずっと延び延びになっていた。そろそろ、今年の抱負や計画を着実に始動しなければと思っている今日この頃である。

ブログ186で少しでも明るき兆しがないかと悩んで書いたのだが、日がたつにつれてまだまだ不備な対応に多くの被災者が大変な目に遭っていることを知った。

また、「珠洲原発があったら…もっと悲惨だった 能登半島地震で孤立した集落」(東京新聞)という記事も目に留まった。
「被災地では道路が寸断され、多くの集落が孤立した。かつて「珠洲原発」の予定地だった石川県珠洲市高屋町も孤立」という記事で、「計画は住民の反対を受けて2003年に凍結されたが、「珠洲原発があったら、避難どころじゃなかった」と住民の声も載せている。自信の多い日本での原発の在り方は、福島事故でさんざん経験したが、この自己検証はどれだけなされ、どう評価を明確にしたぁ、それを思い出すと、まだまだしっかりした科学的根拠に立つ評価ができていない可能性もあるとつくづく思って。それで思い出すのは、4つもあった「事故調査報告」が、どれも福島原発と女川原発の比較検討をしなかった。

「何をしているのか、ヒアリングをして書いた記事の集まりではなく、検証をしてほしい、科学的に津波対策に取り組んだ女川から学ぶべきだ」と憤りを感じたことを思い出した。

同じ津波を受けた女川は、津波対策で、なんと引き潮の時の対策まで立ててプールで水をためていたのである。実際、女川原発はあの東北地震の時、市民の避難場所になったと聞いている。

どうしてそんな差が生まれたのか、それは科学技術者の意見がしっかり届く体制であったかどうかにかかっていたと私はみている。東北電力と東電との体質の違いを痛感したのだった。
むろん、東電の科学技術者にも、また指導者にもよく頑張った方々がおられたことは疑いようもないが、科学者の意見をしっかり聞いてそれを実行する体制、科学的判断をどこまで真摯に受け止めたか、その体制ができていたのかという問題なのだ、そう今も私は思っている。

今回の話は住民が原発設置に反対して世論を作ったことが、今回の地震事故を免れたという記事である。
私は今までに原発の中でも、反対側の意見にしっかり耳を傾け、安全性を高めてきたおかげで、つまり反対派のおかげで安全が高められていたのだと、そういう関係でより高い安全性を確保してきたのが、日本だと思っている。

推進する側も、その意見をどれだけきちんと聞いて、対策を立てるか、その心がけ姿勢が大切だと思ってきた。反対の意見に耳を傾ける謙虚さからよりよい在り方が見えてくるはず、そういうのが本当の話し合いだと思っている、
勝ち負けを決めるディべートではない、お互いに助け合ってより優れた目標を打ち立てた例を私もいくつか知っている。そういう感激的な話をもっと知りたいもの。