2021年09月17日

映画「太陽の子」と原爆 その1(ブログ その158)

映画「太陽の子」が8月6日に公開されるということを知りました。

8月6日は広島に原爆が投下された日です。例年、この日を中心に広島・長崎で原水爆禁止世界大会が開かれていますが、同じ日に「太陽の子」が公開という意味を改めてかみしめています。
今年は、核兵器の使用や開発、保有などを禁じる核兵器禁止条約が発効してから初めての大会なのです。こうした大切な大会ですが、コロナ騒ぎとオリンピックの陰に隠れて、ほとんどのマスコミにも登場せず、日本人の意識から遠のいているように見えるのです。

原水爆禁止の運動は、1954年3月1日のビキニ環礁での水爆実験の威力を世界中が知った時から始まりました。
水爆は広島潟原爆の1000倍程度と言われ、世界中が初めて原水爆の威力を目の当たりにした事件でもありました。特に被害を受けた日本の漁船「第5福竜丸」の船員の1人、久保山愛吉さんが半年後に亡くなられたことで、多くの日本人にとって第3の被爆経験としてショックを受けたのです(この点については、その後の放射線の影響についての検討があるのですが、当時の放射線の影響として捉えられ、日本中に大きな影響を与えたことは事実です。これについてまた別の機会にお話しすることとします。)

ともかく、「原水爆禁止運動」が世界中に広がりました。どうして、広島長崎の原爆投下そのものの被害ではなくて、ビキニ水爆実験の後に世界中が原水爆の恐ろしさを認識したか不思議に思われるかもしれません。
実は広島でのきのこ雲の写真は、結構多く、世界中のニュースで知られていたのですが、その下での惨事は、みんな知らされなかったのです。何故でしょう?この事情もいろいろ分かっています。このあたりもじっくりご説明したいと思います。

勿論、日本の科学者たちは自発的に調査に入ったのです。真っ先に取り組んだのが、京都大学原子爆弾災害綜合研究調査班です。これは、物理学部物理学教室の荒勝文策教授と医学部病理学教室の杉山繁輝教授のチームです。
原爆投下直後の広島に最初に入ったこの学術調査団の一員だった原子核物理学者で京都大名誉教授の故清水榮博士の記録から、この度、映画「太陽の子」の取材を受けたことを、ご一緒に親子理科実験教室に取り組んでいただいている角山さんから知りました。
京都大学にもじっくり取材されたレポートが「原子の力を開放せよ」(NHK取材班 浜野孝弘・新田義貫・海南友子)には、京都大学理学部物理教室への取材によるお話もたくさん出ています。

我があいんしゅたいんにも多くの関係者がいて、アイソトープセンターの角山雄一さんの関係でアインソトープセンターの創始者である清水榮博士のお話はいろいろ聞きました。アイソトープセンターには、博士が訪問されたジョリオキュリー夫妻から頂いた放射線測定器具なども展示してあります。

この太陽の子については、あいんしゅたいんの松田卓也副理事長「高速気体遠心分離機とウラン濃縮1・・・闇の科学者カーン博士の思い出」の話もあり、また、これに関連して、政池明さんが「荒勝文策と原子核物理学の黎明」の重厚な原子核研究の近代史の中での通史を書かれています。
政池さんは、最近あいんしゅたいんの会員になってくださいましたが、角山雄一さんの清水榮博士が立ち上げられた京都大学アイソトープセンターの歴史とともに、じっくりこの機会にぜひお話をしていただきたいと思っております。
8月6日から8月15日の終戦までは、科学と戦争とのかかわりあいの中で、科学者がどのように考えたか、原爆記念日の今日、今一度しっかり直視し、これからの在り方をしっかり考えていきたいと思っています。

また、これは素粒子論グループのメーリングリストで知ったのですが、TV特集「日本の原爆開発 ~未公開書簡が明かす仁科芳雄の軌跡~」も放映されます。

8月  7日(土)午後11:00~11:59 <Eテレ・全国放送>
8月12日(木)午前0:00~0:59(=11日深夜)<Eテレ・全国放送>
8月16日(月)午前0:40~1:39(=15日深夜)<総合・中国ブロック(除く山口)

佐藤文隆さんの5回のオンラインカフェ「湯川博士の贈り物」を終えた今、これに参加していただいたみなさまからの要望もあり、これから中身をさらに詰めたオンラインカフェを企画していきたいと今痛切に思っています。