2017年05月30日

第28回:「愛の兜」by 家富

先日,私が指導をした元学生の結婚式に出席しました,巣立った卒業生が社会で元気に活躍している姿を見ることは,教員冥利に尽きます.さて祝詞を述べる機会をもった私は「今年の新潟は至る所,愛に溢れて,二人の新しい門出を祝っています!」と話を始めました.ご推察のとおり,今年のNHKの大河ドラマ「天地人」の主人公,直江兼続の愛の兜を念頭に置いて冒頭の言葉を選びました.新潟ではそのブームにあやかるため,あちらこちらに天地人とともに愛の字が氾濫しているわけです.もちろん新郎新婦が新潟に深く関わっていることは言うまでもありません.

兜の前立てに使われた愛の字は,ドラマ内では兼続の「越後の民を愛する思い」を表すものと扱われていました.残念ながらこれは多分に脚色され,兜の愛は愛染明王あるいは愛宕権現を表しているようです(ドラマの終了直後にもそのようにコメントされていました).しかし兜の愛の史実は別として,私利私欲に走らず,義の心を一生貫いた兼続の生き様を現代感覚で一字で表すならば,愛がもっともふさわしいのではないでしょうか.

愛など自分に似つかわしくない話題を取り上げ,話に詰まってしまった私ですが,ゲーム理論の話でつなげましょう.ゲーム理論は,前世紀の中頃に確立され,複数のプレーヤーが与えられた戦略を選びながらそれぞれの目的の達成に向けて行動する状況を取り扱う数学です.様々な状況例が考えられますが,その中に囚人のジレンマというものがあります.二人の共犯者が逮捕され,別々に取り調べを受け,警察官から次のように聞かされます:1)もし両人とも黙秘を続けたならば,それぞれ懲役3年の刑,2)もし相手が黙秘を続けた場合,自白すれば懲役1年の刑に減刑,相手は10年の刑,3)もし両人とも自白したならば,それぞれ懲役5年の刑.さて二人はどのような選択をするでしょうか? もし相手が黙秘している場合,裏切って自白してしまえば,自分はわずか1年の刑です.逆に相手が自白している場合,黙秘を続けている理由はありません.ということで二人とも自白してしまい,5年の刑に処せられることになります.本当は二人とも相手を裏切らず,黙秘を続けていれば3年の刑で済むのですが.つまり自己の利益の追求が,全体にとっての最適解にならない典型例になっています.

ゲーム理論は確立後すぐにフォン・ノイマンとモルゲンシュタインによって経済学へ応用されました.囚人のジレンマが,軍拡競争,貿易摩擦,環境問題への取り組みなど世界が抱える様々な経済・社会問題の根底にあります.聖書の一節「隣人を愛せ」や仏教の慈悲の心を引くまでもなく,人はずっと昔からこの囚人のジレンマに気がついていたに違いありません.そして愛が囚人のジレンマを解くカギであると.また,最近の米国におけるサブプライムローンの破綻に端を発した世界的な金融危機は,自己の利益追求が最善と考える金融資本至上主義の限界を突きつけています.

愛の兜をかぶった兼続が注目された今年,友愛の精神を掲げる首相が登場したのはなんとも象徴的です.関ヶ原の合戦の後,上杉家が会津120万石から米沢30万石へ移封され,大規模なリストラの必要性に直面した兼続は,様々な施策を打ち出し,大家臣団を維持したまま見事にその難局を乗り切りました.未曾有の経済危機に瀕している我が国の舵取り役を担う新首相と兼続の置かれた立場が重なります.

写真:愛の兜をかぶっているトッキッキ(トキめき新潟国体のマスコットキャラクター)