2017年07月24日

ヒッグス粒子と巨大科学(ブログ その91)

ヒッグス粒子みつかったか?

ヒッグス粒子が見つかって、新聞では大騒ぎでしたが、実は素粒子研究者の間では、見つかるのは時の問題、確率がどの程度上がるかが勝負、という感触を持っていました。すでに1年前に、図のように、いろいろなグループがヒッグス粒子の質量について、「除外される領域」を明確にしていました。(なかなか全体像を表すような図が見つからなかったのですが、様子がわかるページがないかといろいろ見たのですで、これは大栗さんのブログから引用しています。)

横軸は、ヒッグス粒子の質量を表しています。この図の色や白を塗った領域はすでに、「排除された」ところですから、残っていたのは、矢印で縦線を入れたところだけでした。問題は、質量がどこにあったかなのですが、ニュースではその情報はありませんでした。

7月12日に、ATLASで実験している石野雅也さんによるセミナーがあったので、物理教室に出かけました。ここでは、発表に至った経過がよくわかりました。ヒッグス粒子はいろいろな崩壊の状態があるのですが、大部分の状態は、たくさんの粒子に壊れてどこから出てきたのかわからないので、非常に明瞭に壊れたところを見つけられる簡単な2つのパターンの崩壊に絞って探し出すのです。何しろ1億分の1の確率でしか出てこないのですから、探し出す(イベントセレクション)ことがどんなに大変かわかります。注意深く、コンピュータシミュレーションも駆使して、正確に精密に検討しています。こうしてよりわけられたイベントがいくつあるか勘定します。そしてヒッグス粒子から来ているとしたらいくつぐらい見つかる筈かも確かめて。比べるのです。こうして99.976%(5σ)の確率で新しい粒子が見つかり、しかも、2つのチーム(もう片方は欧米チーム:CMS)で、連絡を取らずに最後の答えを出し合ったのでした。矢印の範囲に、今回2つのグループがほぼ同じところに見つけたというものです。とはいえ、まだ、最終に確認するには、ヒッグス粒子の特徴的な性質が予想通りかどうかをチェックしなければなりませんが、ほぼ間違いないでしょう。

もっとも理論通りヒッグス粒子が見つかったということは、ある意味、予想外のことが起こらなかったという意味でもあり、「わあ。思ってたどおりにはいかないのでワクワクするなあ」といったエクサイティングなことにはならなかったってことです。やっぱりあったのか、なのですね。

ヒッグス粒子の発見は、CERNの加速器LHC計画に期待されており、「見つかる可能性が高い」と思われていました。LHCが稼働したのは、2008年9月10日で、1~2年のうちに、ヒッグス粒子が見つかるのでは、とみんなが待っていました。ところが、電気系統の欠陥、その他のトラブルがあり、結局、本格稼働したのは、2009年11月ですから、ほぼ1年遅れたということになります。しかし、順調なスケジュールでデータが出始めたといっていいでしょう。

ヒッグス粒子が見つかったということで、いろいろな声が聞こえてきます。ヒッグス粒子がどんなものかとか、どう言う意味があるのか、などいろいろ解説は出ていますが、私はちょっと別の観点から3つのことを考えてみたいと思います。

CERN

この実験の舞台になったのは、スイスのジュネーブ郊外にあるCERN=ヨーロッパ合同原子核研究機関です。ここは、世界の科学者が協力して、真理の追究という目的のために協力しています。欧州諸国が出資して運営されている研究所なのです。CERNの敷地は、一方はスイスと、他方フランスにつながっています。つまり敷地内に国境があるのです。

物理学では巨大観測装置や巨大加速器などを用いた国際的レベルのプロジェクトを組み、時には千人を超えるチームの共同研究が行われています。日本のチームはAYLASに加わっています。このような研究活動では、国際的な規模で各国の科学者がそれぞれ分担しながら1つの目的に向かって協力して仕事をします。今回のアトラスとCMSのチームには、各々、およそ3,000人、総勢6,000人にもなるそうです。トップクォークの発見の時は、440人で、論文の1ページでは全員の名前が書ききれなくて2ページにわたっていて目を回しましたが、今度は3000人ですね。どうするのかなあ、と思います。いろいろな国の研究者が協力する、まさに国際協力の見本ですね。

国際チームの中では、データを共有し、情報を交換することが必要です。ですので、CERNでは、もう随分昔から、情報を交換し、知識を共有するためのネットワークシステムが必発達してきました。そのため、腕のある物理学者たちは、委託事業に出すことなく、自らの手で実際にシステム開発し、ネットワーク構築を成し遂げ、研究活動の国際化・効率化をさらに発展させてきました。みんなが今では日常的に使っている馴染みのWWWという仕組みも、実は、こうした中で生まれたCERNの発明なのです。さらに、グリッドなども、生まれています。今ではスマートグリッドなどといって慣れ親しむ時代になりましたが、データをネットワーク上で自由に共有し必要な時に仕事を分担するグリッドなどもずいぶん昔から開発してきたわけです。日本で、ネットワークの要になるIPアドレス管理サービスを、高エネルギー研究所(KEK)が受け持ったのですが、みんな知らないうちにお世話になっているのですね。実は、このサービスのためKEKのIPアドレスはacがついていないのですよ。

CERNでは更に、素粒子・原子核実験における粒子検出器のシミュレーションを行うために開発されたGEANT、格子ゲージ理論など大掛かりなシミュレータの開発技術では抜群の腕を持った物理学者が活躍しています。これらは、今では、国際協力の下、共同開発で広がりを見せており、物理分野のみならず、その技術は医療・宇宙開発等にも応用されているのです。「原理から出発して技術を構築する能力」は、さまざまなところに応用されているとも言えます。しかも、どれも、特許もとらず万人に共有されている優れものなのです。そして、ここには、面白いのは、EUという連合ができる前から、CERNは存在していたということです。

巨大科学の真の価値はどこにあるか

長谷川先生から、「Higgs 粒子で大騒ぎですね。このように物理の最先端のニューズがマスコミに騒がれるのは大変喜ばしいことです。私の巨大科学の批判はこうした研究は全く対象としないものです。しかし一般の方々はこうした研究者がinitiativeを持って進めているものと官僚機構がinitiativeを取ってやっている研究プロジェクトと、ヒッグス粒子発見の巨大プロジェクトとの違い、これをなんとかしなければと思ってます。」とメールを頂きました。

「科学研究費の大半を使っている、あるいは使われようとしている巨大科学の真の価値はどこにあるのか。科学という名の下に、莫大な税金の無駄使いがなされていないか、またなされようとしてはいないか」と疑問を投げかけた長谷川晃氏の論考を最近見せていただきました。

テクノネット2012.4

私はこれを読んで、原子力研究を始めるにあたって科学者が自らの姿勢を正し。自主・民主・公開、という原則の意味を、今一度しっかり思い起こすべきであると痛感します。

「唯一国際協力でも、ほとんど経済的利害や戦争等と無関係に、純粋に学問的な動機だけで、国際協力できる典型例がここにあると思っています。その意味で新しい真の意味の巨大科学、国際協力はどうあるべきか、じっくり考える機会にしたいですね。」

ヒッグス粒子発見をきっかけにして、日本も世界も一緒になって作り上げてきた純粋な形での巨大科学と国際協力の偉大な取り組みの成果ではなかったかと、つくづく私は思っています。

また、最近の原子力コミュニティの「安全神話」を生み出したものがなんだったのでしょうか。

今度のヒッグス粒子のニュースは、CERNの科学者自らが理想とする組織のあり方を教えてくれ、軍産複合体とも、官僚誘導型の巨大プロジェクトとも、企業利益だけしか見ていない研究開発とも、全く違った別のモデルがここにあることを示してくれたのではないでしょうか。CERNの設立精神と組織のあり方は、物理屋自身にも当たり前すぎてあまり自覚されていませんが、実に、ここにこそ未来の科学と社会のあり方が示唆されているのではないでしょうか。

そう言う意味でも、今度のヒッグス粒子の発見を契機にして、巨大科学のあり方を、今一度しっかり考えてみたいですね。

来る8月8日から10日は、この領域の間に横たわる深い溝を埋め、交流を深めて、お互いの知恵を出し合う研究会が行われます。これが、領域を横断するネットワークを作るきっかけになればいいな、と思うことしきりです。

どうしてこのCERNが生まれたのか、そのいきさつは、第2次世界大戦の起こる前まで遡ってみるとよくわかります。つづきはまた、次のブログにします。