2017年10月19日

変容する科学社会と科学者の品格(ブログ その30)

ブログを長らくご無沙汰してしまいました。
2010年1月から始まった京都府の委託事業で、たった1年しか採用できないのですが、ITマネージャ―や事務担当の雇用ができることになり、教材作成の仕事や科学普及の仕事をポスドクや若い人たちと始めています。
仕事を始めて、目の回るような忙しさで、沢山の書きかけのブログを、そのまま放置していました。あまりにもめまぐるしい生活の激変でしたが、この5月からは、京都大学理学部との共催で親子理科実験教室も始まり、明日はその第2回目を迎えます。NPOとして持続的な活動を続けられる組織づくりも必要です。こうした思いがいっぱいありますので、これから少しずつ、ご紹介していきたいと思っています。

とりあえず、今回は、最近の思いを少し書いておこうと思います。今日は、気候ゲート事件とポスドク問題をつなげて日頃考えていることをお伝えします。最近、話題になった気候ゲート事件のことについては、松田理事がこのブログで取り上げました。気候温暖化問題は、

 1)本当に地球の温度が上がっているのか
 2)その主な原因は2酸化炭素か
 3)温暖化して不都合か

という3つの問題に分かれるでしょう。

3)についていえば、環境問題の中でも、オゾン層破壊の問題などは、地球を取り巻く気圏のなかでも比較的高層の問題なので、地域による差異はあまりないのですが、地表近くの気温の問題は国によって利益が違います。カナダやシベリアのような地域では、気温が上がればもっと農作物がとれるようになるかもしれません。ですから、いろいろな国が異なった反応をするのは当然で、1990年ごろでも、こうした国による思惑の違いもあって、簡単に評価ができないことはサイエンスなどでも論じられていました。

2)については、現存するデータから分析することが必要で、原因・結果の同定はどのように評価すべきか、理論的には温度が上昇すれば海に溶けていた2酸化炭素が空気中に排出される(ヘンリーの法則)事も考えると、原因はそちらかもしれないとう議論まであります。
実際、そのような論文が日本物理学会誌に掲載されました。かといって日本物理学会が、この説に賛成しているというのではなく、1つの説として掲載に至ったのです。しかし、さすが、日本物理学会です。この時は、それに反論する論文も同時に掲載されて、判断は読者にゆだねられたのです。他の学会では、こうした論文は時として排除され、多数派や世論に迎合する、あるいは政府の方針に合致する説でないと、なかなか認めないという傾向が今までもなかったとは思いません。
今回の事件では、この傾向が無視できないまでに、科学の世界にはびこっていることをまざまざと見せつけられたという気がします。私を含めて、今までは、1)に関しては、プロが出すデータに頼るしかないと思っていました。しかし、いつも不思議だったのは、地球の気温の年変化のグラフにもいろいろあり、わからないことが多かったことは事実です。
そもそも「どうやって気温を測っているのか」「どうやって平均を出しているのか」など気になることが多かったのです。同じ地域で測るにしても百葉箱などで測る場合、その地域の樹木の高さによっては空気の循環が変わり、それが気温の測定に影響するので、10年もたつと基準が変わることはありうるらしいのです。2009年4月29日に開かれた「地球温暖化を科学として考えるシンポジウム」(中部大学鶴舞校舎)での近藤純正氏の話では、この測定自身も今ではケアする職員が削減されて、ほとんどきちんとしたケアができていないところが多いということも聞いてショックを受けたものです。

環境問題では痛烈な批判を展開され「リサイクル幻想」をかかれた武田邦彦氏に、何年か前、「先生は地球温暖化についてはどう思っておられますか?」ときいたら、「まあ、IPCCというプロの科学者が客観的に出しているレポートを信用するしかないですから、そこから出発するしかないですね」と言っておられました。こうした「温暖化危機」の大合唱がいつから始まったのでしょうか。
私の子供たちが小学生の頃、1970年前後でしょうか、文科省の「夏休み課題選定」の本の中に、「地球はふるえる」本が入っていました。その同じ著者が、1980年代には「地球は熱くなる」問う本を書き、次には「異常気象」という本を出す、これはどういうことか、説がそんなに10年規模でくるくる変わるのか、と思います。変わり方が学問的な転換があったのなら、そういうこともあるかと思いますが、今、100年先の補足をしているのです・どういうことでしょうか。
今回の気候ゲート事件は、その肝心のデータまで、あやしくなってきたことを意味しています。ジェラシックパークの著者、マイケル・クライトンの小説「恐怖の存在」を読んだ方はいらっしゃると思います。この本は環境派から轟々たる非難を受けたそうです。映画化されるという話を聞いていましたが、どうなったのでしょう。もっとも、原本を読むほうが迫力がありますね。で、その中に、「温暖化」を危機的状況だと捉える傾向が急に強まった事情をある博士の言葉としていわせています。
「小説では、いいたいことを人に言わせることができて、いいなあ」なんて思わないでもありませんが、その中の滔々と語る説には妙に信憑性がありました。「危機だとか破滅だとかいう恐ろしい言葉が地球環境問題で使われるようになったのは、1989年、ベルリンの壁が崩壊しそれまでの冷戦の恐怖が終結した頃からじゃ。恐怖をあおりたてているのは、PLM(政府・法曹・マスコミ)なんじゃ。裏には、それで金儲けにつながる組織があるかなじゃな」(言葉づかいは正確ではありませんが)。ここで、科学研究助成のあり方についての原則が述べられているのが面白いです。

•  科学者達に資金提供者の素性を教えない。
•  研究の評価も、完全にヒモなしでやらせる。
•  政治にかかわる大問題については、複数の研究グループに同じテーマで研究させる。
•  論文掲載時、同号に別の見解も掲載する
•  専門誌から偏向を排除し、公然と特定の問題の肩を持つようなことはさせない

さて、気候ゲート事件で、気候研究のリーダーたちの文章、コンピュータプログラム、eメールがハッカーによって公開されました。どうやら、データにトリックを行って、「温度の降下を隠すことに成功した」というのです。この全メールの内容が本になっているのですが、その本を松田理事にお借りしました。国立環境研究所地球環境研究センター温暖化リスク評価研究室室長である江守正多氏でさえ、「僕は大量のメールなどを全部調べたわけではありませんので(他人のメールを調べる趣味もありませんので)、現時点で確定的なことは言えません。この問題については大学に独立評価委員会が設置されて調査が進められているようですので、その結論を待つべきでしょう。」と言われているのですが、ちょっと意外間が私にはあります。
少なくとも、IPCCに関わり、プロなはずの方々まで、「時間がないので」全部調べていないのでしょうか?少なくとも、プロですから、このメールで、どうしてこういう加工ができるのか、は確かめてほしいものです。統計処理としては、大変ずさんなやり方だという批判も出ているのですから。
私が一番問題だと思うのは、地球温暖化に関する評価は別として、そこに至る科学的プロセスがどうも納得いかないところです。この調査のリーダー格のメンバーが、「下降傾向にあるデータは好ましくない」と思っていたとしても、データをごまかすのはとんでもないことですから。また、「我々はClimate researchを正統なピアーレビュー雑誌と考えることは止めるべきだと思う。気候研究コミュニティーの同僚達に言って、あの雑誌に投稿したり引用したりするのは止めよう」(2003年3月11日)などでみられるように、反対派を学会から追い出したり、さらに学会への圧力をかけられているという様子がうかがわれます。国際規模で組織されているIPCCグループのリーダーの様子を見ると不審の念にかられます。
もちろん、赤祖父俊一氏(アラスカアラスカ大学国際北極圏研究センター長)がいわれるように、「IPCCは学会ではない」というのなら、任意団体が出したレポートが「科学的、客観的な」内容だと考える必要もないでしょう。そうなら、それを持ち上げるマスコミや政府関係者は、その結果を報道しなければなりませんし、それを根拠にして政策を立てるのですから、しっかり責任をとって考えてほしいものです。これまで、IPCCレポートは、「レフリーのある学会の水準を満たす学会誌」に掲載された論文を集大成したものだといっていたのはどうなったのでしょう。

科学活動で最も大切なのは、真実を追求するために、気に入らない結果が出てきたも、自分の好き嫌いではなく、真実を語ることが必要です。主観や好みを排して、現実を直視する、この態度がないと科学にならないのですね。
学会誌に、自らの仲間によるレフリー制度(ピアビュー)があるのもこの姿勢があるからこそ、なのです。だからこそ、みんなが信頼し、その結論は尊重され、これからの方針を決める基礎的資料となるのです。私はこの際に、「背信の科学者たち」(ブルーバックス)を読み直してみました。「ガリレオ・ニュートン、メンデルもごまかしを行っていた」というショッキングな見出しに始まって現代のおびただしい科学者の不正行為をレポートした科学記者のかいたものです。大学で科学史を専攻したジャーナリストも結構いるのですね。でも、統計学が未発達の当時の名だたる科学者がデータの処理が不十分といっても、それはちょっと今起こっていることと同じにしてはいけないでしょう。当時は、「自分の仮説を確かめる素晴らしいデータだけ」を紹介」することはそれほど稀ではなかったかもしれません。しかし統計学が発展してきた現在の科学者が故意にデータを捏造したり加工したりするのとは意味が違うと思います。
20世紀、科学の発展の速度が急速になり、その成果が大きく社会に影響を与えるようになりました。原爆と優生思想は科学者の社会的責任という意味では、大きな教訓を与えました。なかでも、原爆製造に参加した若いポスドクたちの状況を考えてみると、当時も、1929年の金融ショックの後に、多くの若い研究者が博士をとっても職がなく、厳しい就職条件であったことを思い知らされます。「ポスドク問題は科学者の社会的責任を鈍らせ」たのではないでしょうか。こうした、歴史の教訓の中ら、科学と社会のあり方を、自ら問い直した歴史を思い起こしたいと思います。
今、科学と社会の次の変革の波が押し寄せていることを感じています。それは1つは、現在の競争的資金配分の仕組みです。華々しい成果を挙げ、次の研究資金を得て、たくさんの若手を働かせて大量のデータと成果を練り上げるという仕組みを余儀なくされることです。何故なら、それを元に次の資金を獲得しなければ、研究を持続できないので、必死で若手を叱咤激励し、時には搾取とも言うべき手段で、成果を出させる状況に陥ってしまうのです。

物理学会で行ったポスドクのアンケート調査の結果は、すでに、「オーバードクター問題」として世界思想社から出ています。今回、調査グループでは、そこにぎっしり書かれた自由記述に焦点を当てて分析を再度試み、物理学会誌に4回のシリーズで発表することになりました。
まもなく、その1がお目見すると思いますが、ここに見られる「搾取」「論文生産のための労働力」などのキーワードで書かれた実態は、物理学会といえども、このような風潮に無関係ではないことを改めて実感しました。そこにみる若い人材が駆り立てられている様子がうかがわれます。そもそも、PhDをとった後の若い時代、自由で幅広い視野に立った研究期間を確保するという本来のポスドクの目的をその実現しているところも沢山あります。わたしはこれを、「自由意志型ポスドク」と名付けました。
しかし、雇用期間が1-3年というなかで、上司に気に入らなければすぐにやめさせられる若手にとって、本来の自由な研究環境がなく、雇用者個々人の自由裁量に任された奴隷工場の様相を呈しているところも結構あるのです。特に悲惨なのは、雇用者がお金をとるだけの能力しかなく、真の学問に関心が薄い場合です。毎日「成果が出たか」と詰め寄られると、データ捏造したくもなるわけで、「配信の科学者」には米国でのこうした実態があからさまに描かれています。競争が激しければ激しいだけ、雇用する方の研究者は、資金獲得のための申請書作成や報告書に追われ、若手を育てる時間的余裕がなくなってきます。その上、現在の大学や研究所での研究職ポストは、次々削減され、それが殆ど若手のポスト削減につながっています。ですので、大学の教育研究職の年齢構成がどんどん上がっています。極端に言えば、ポスドクが増えたおかげで、安上がりで優秀な若手をこき使っている雇用者(研究プロジェクトのリーダー)だけが任期制がないのですが、あとは任期制に追われる若い研究者だという始末です。
「やりがい」搾取、という言葉がありますが、科学者は、そもそも、好きで研究する(働く)ので、喜んで遅くまで働いていることは事実ですが、この喜びが極端にストレスに変わっているのです。
資金がなければ研究者としてやっていけない。競争的資金も、国の政策にのっとったものでないと、採択されないという傾向も、出てきています。資金獲得のためには、ちょっと怪しいなと思いつつ、ついつい、温暖化防止とか、環境問題とかグリーンイノベーションとか、世論に慮るテーマと結果を出す傾向になってしまいます。地球温暖化といわれればその傾向に寄り添うデータを出すことで、自分の出世の道も開けてきたというのが、IPCCの上層部だとしたら、ちょっと、哀しい現実です。
こうなると、学問の内的発展に沿った段階的な検討や地道な研究の蓄積はできなくなり、ますます作られた世論に傾斜していくのではないでしょうか。
良心的な科学者は、「自分たちには時間がない。ポスドクがいなければ研究がすすまない」と率直な声を上げています。そして「このままでは、学問が枯渇してしまう」と将来を嘆いています。
データねつ造が、こうした逼迫した研究環境で、ますますはびこっていくのではないでしょうか。ポスドク問題と科学者の倫理の低下とが深くかかわっていることを、再認識しました。
こうした議論も、新しく研究の場としてお借りしている「可視化実験室」での、皆さんとの議論が、きっかけになっています。可視化実験室の様子については、松田理事が、ブログ(あいんしゅたいんブログ第51回)で書いておられますので、そちらを参考にしてください

これ以後、松田理事が、毎日のように、可視化実験室にやってきて投げかけるいろいろな議論で啓発されることが多いこの頃です。議論の場を持つことの大切さを感じながら、次のブログから、可視化実験室の様子を皆さんにお伝えしようと思います。