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世界征服計画 その21

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21. ガンと免疫の戦い

アテナは鎧甲を脱いだ。僕をからかう冗談だったのだろう。ふたたび輝くほど美しい女神が現れた。でも言うことは辛辣だ。

「それだから物理学者はシンプルトン、単純人間というのですよ。生物はあなたのような物理学者が理解できるほどシンプルなものではありません。生き残ったガン細胞は、免疫細胞によって処理されます」

「がん細胞は免疫のため全部死ぬのですか?」

と僕は聞いた。

「免疫細胞によって処理されなかったガン細胞は、生き残ります。それらは20-25年という長年月たってから、数センチの臨床的な固形ガンとして見えるようになります」

「いずれにせよ、放射線を浴びるとガンになるわけだ」

僕はまた勢いを盛り返して言った。

「それは免疫力が低下した場合です。免疫力が強いとガン細胞は成長できません。つまり人によってガンになったり、ならなかったりします。低線量放射線の影響が確率的というのはそう言う意味です」

ビーナスが割って入った。

「どんな場合が、免疫力が強くなり、またどんな場合が弱くなるのですか?」

「いろんな要因がありますが、幸福感とか笑いは免疫力を増加させます。たとえば、吉本の喜劇を見ると免疫力は増加したという報告もあります」

「笑う門には福来たるというのは本当なのね」

「そうです。お年寄りの女性が、化粧すると免疫力が上がります。ガンの生き甲斐療法というのがあります。1988年にモンブラン登山したガン患者がいます。その7名のうち5名がまだ現在も元気です。ガンと告げられたときに、絶望した人は早く死にやすいです。あきらめた人は次に死にやすいです。ガンと敢然と戦う人は、一番長生きします」

「ほおーっ、私たちは神ですからガンにはならないけれど、人間の森君は、ガンにならないように、よく聞いておいてね。まあ私は世界一美しいから、化粧の必要はないけどね」

ビーナスはここでさりげなく、自分の美しさを自慢した。それは否定できないことではある。ビーナスは聞いた。

「ほかにガンに打ち勝つ方法はないの?」

「女性は結婚すると、ガンリスクが低下します」

「そうでしょう、そうでしょう。愛は世界を救うのよ。みなさん愛し合いましょう。でも森君はアテナと愛し合ってはだめよ。私とならいいけど」

「そんなのずるい」

とアテナは反論した。そこで僕は一矢を報いた。

「まあまあ、子供のような喧嘩はよしましょう」

気を取り直してビーナスは聞いた。

「それでは免疫力低下の原因は?」

「一つはっきり言えることは、恐怖やパニック、ストレス、痛みなどは確実に免疫力を低下させます。実験事実はいろいろあります。蛇と目があって、恐怖のために免疫力が低下したという報告があります」

「僕なら、幽霊を見ると免疫力が低下する」

と僕はちゃちゃを入れた。

「結局、放射線を浴びた場合、過度にパニックになって、恐れる人は確実に免疫力が低下します。お母さんが、過度に心配して、子供を守ろうとすると、意図とは逆に免疫力を低下させて、放射線の悪影響を増加させます。マスメディアや正義感ぶった自称専門家が放射線の恐怖をあおるたびに、ガンが増えます。ガンにならないようにという注意が、逆にガンを助長するのです」

「福島原発の周辺から人々が強制疎開をさせられました。アテナの話だと、低線量放射線はたいした影響はないようですから、疎開する必要はなかったのですか?」

「それは難しい問題です。というのは、低線量の放射線の害というのは、実際の害より人々の心理の問題が大きいのですから。不安になりストレスを感じると、ガンになりやすくなります。原発の近くに住んでいることでストレスを感じるなら、疎開した方がよいでしょう。しかし避難所に疎開して不便な生活を強いられたり、家族が離散したりすることでストレスを感じるなら、元の家に戻った方がよいでしょう」

「なんか証拠はあるのですか?」

「チェルノブイリで疎開した人々にガンやそのほかの病気が増えています」

「それは放射能の影響でしょう」

僕は得意げに言った。

「違います。ストレスの影響です。放射線に汚染された居住禁止区域に舞い戻った800人ほどのお年寄りの人々がいます。当局は黙認しています。その人たちの方が長生きだという、皮肉な事実があります。さらに居住禁止区域は自然が復活して、野生動物の楽園になっているという、さらに皮肉な事実もあります。昔はいなかったオオカミまで復活しているそうです。人間がいない方が、より自然的なのです」

「そんなっ!オオカミがでたら、赤ずきんちゃんが食われてしまう」

僕は冗談を言ったが、誰も笑わなかった。受けない冗談ほど惨めなものはない。アテナは続けた。

「疎開した人々は、生まれ育った村を捨てて、都会に住んだ。そこでの生活はストレスに満ちたものであった。そのためにガンやその他諸々の病気や不幸に見舞われたと書いてあります」

「誰が言っているのです、そんないい加減なことを」

「ニューヨークタイムズやサイエンティフィック・アメリカンに書いてあります」

アメリカの権威に弱い僕は、信じるしかない。

「アメリカ人が言うなら、信じるしかありませんね」

「あなたは、よくよくのシンプルトンね!」

「侮辱するのですか?やりますか?ただし武器はだめですよ。素手でやりましょう」

「いいじゃあない、かかってきなさい」

ビーナスがまた割って入った。

「またまた、あなたたち、子供の喧嘩はよして。するのはベッドの中でして!いやいや、あなた方はそんなことをしてはいけません。私は許しません。するのなら私としましょう」

「またあ・・・」

そこへアーキテクトことゼウスが入ってきた。

「えらく騒がしいようだが、アテナと森君はなにをもめているのかね?」

アテナが得たりと言った。

「低線量放射線の人体への影響に関して、私が最近の放射線生物学者の知見によれば、それほど大きな問題ではないということを、森君に論理的に説明しているのです。しかし森君は放射線は危険だ、原子力発電は悪だと頑なに主張して、私の言うことを絶対に認めようとしないのです。森君は理性のある科学者とはとうてい思えません。ゼウス様は森君を選んで、我々のグループに参加させた責任があるはずです。森君を説得していただけませんか?」

「私は森君の言い分を支持するね」

とゼウスはさらりと言った。僕は得意満面にさけんだ。

「そうでしょう、そうでしょう、やはり僕が正しかったのだ!」

アテナは困惑して尋ねた。

「これは理性的なゼウス様とも思えません。私の言うことは、人間の科学者の最近の研究をサーチして得られた結果なのですよ。それを知らない、あまり勉強していない学者やオピニオンリーダー達が、マスメデイアや国会などで間違ったことを言って、国民をミスリードしているのです。理性のある我々から見たら、彼らの間違いは明らかではないですか」

「アテナ、君もよくよくのシンプルトンだな。君こそ理性はあるのかね?」

「ははは、言われた、あんたこそ、シンプルトンや」

僕はゼウスの言葉を聞いて、やったと思って叫んだ。僕は正しいし、シンプルトンではない。アテナこそシンプルトンだ。アテナはさらに困惑して言った。

「どうしてです。どうして私がシンプルトンなのです?」

「そもそも我々がこの人類補完計画を始めた理由を思い出したまえ。人類の科学が急速に進んで、宇宙進出を試みて、我々の基地である小惑星帯のコンピュータを発見したり、我々の存在を察知したりして、我々の脅威になるかもしれない、これを阻止するのがこの作戦の究極の目的だ」

「それは存じています。しかし、それと放射線、原発の問題がどう関係するのです」

「福島の原発事故は我々にとって、実に幸いなことなのだ。見ての通り、日本人、いや人類の多くが、放射線、原発に恐れをなして、いまや反科学主義に傾こうとしている。文系のオピニオンリーダーの中には、原子力などの高度な科学技術は、人類の手に余るものだから、捨て去るべきだとまで主張しているものもいる。科学者のなかでも、多くの部分は、非合理なその主張に心の底で同意している。森君などその意味で人類の代表だ」

「だからその間違いを正そうと、私は言っているのです」

「間違いを正す必要など無い」

ゼウスはきっぱりと宣言した。

「どうしてです?」

「人類は福島の事故を契機に、反科学主義に傾こうとしている。それはつまり、人類のこれ以上の進歩を止めようと言うことだ。それこそが、我々が狙っていることではないかね?先進国はこれ以上の科学の進歩を止めて、さらにエネルギー不足からじり貧になっていく。最後は資源を使い尽くして石器時代に戻るかもしれない。そこまで行かなくとも、ローマが滅んで中世ヨーロッパの暗黒時代が訪れたように、人類の暗黒時代が来るかも知れない。うまくいって江戸時代だ。京都大学の縮小社会研究会が予言している。これは我々の目的にかなうことだ。我々は放射線の危険性をあおり、原発の危険性をあおる学者達を陰から支援することにより、我々が手を汚さずに、我々の目的を達成することができるのだ」

「なーるほど、さすがにゼウス様、たいした深謀遠慮ですこと。『越後屋、お前も悪よのう』ですね!」

アテナは心底感心していった。

「ははは、『アテナはよくよくのアホよのう』」

「ちゃうわ、アホ言うもんがアホやと、お母さんが言うてはったわ」

とアテナは抵抗した。

僕はぞっとした。知の女神であるアテナがアホなら、僕はいったい何なのだ。アホ以下ということになるのだろうか。ゼウスにこれほどの悪知恵があったとは思いもしなかった。僕はこの狡猾なゼウスに、良いように操られているだけではないだろうか。ゼウスに操られることは、人類に敵対することではないのだろうか。

「ゼウス様のおっしゃることは分かります。現在の反科学的風潮はバルカンの言うように、日本を含む先進国が衰退していく道です。しかし発展途上国はこれから原発をバンバンと作って科学的にもGDP的にも発展して、先進国の仲間入りをするでしょう。そうすると同じ問題が生じませんか?」

「だから、我々は発展途上国に対しても放射線と原発の危険性をあおるのがよい。それに彼らだっていずれ事故を起こす。いずれにせよ、彼らの進歩も止まる。人類は発展するか衰退するかのどちらかしかない。持続可能性社会など単なる夢だ。定常世界があり得ないのは、宇宙論と同じだ。だから人類はいずれ、石器時代に戻るか、良くても江戸時代だ。そこが狙い目だ」

「原子力が無くても、自然エネルギーで持続可能社会は可能なのではありませんか?」

僕はおそるおそる聞いた。

「君は日本人だから仏教の無常観を知っているだろう。無常とは常でない、一定でないということだ。この世は常ではないのだよ。発展するか衰退するかしかない。源実朝も歌を詠んでいる。『世の中は 常にもがもな 渚こぐ 天の小舟の 綱で悲しも』だ」

「どういう意味です?」

僕は無知をさらけ出した。アテナが説明した。

「世の中が いつまでも変わらないでいて欲しいなあ 漁師の小舟の舳先につけた縄を引いている、この情景が切ない、というような意味よ。つまり、世界がこのままであって欲しいという、実朝というか人間の悲痛な叫びよ。そんなことくらい覚えておきなさい。アホ」

アテナは僕をからかった。しかし僕は『アホ言うもんがアホや』とは切り返せなかった。

僕はゼウスの人類に対する底意地の悪さに心底おののいた。しかし放射線は危険、原子力は廃止という僕の主張は、多くの日本人の心情でもあり、ゼウスはそれに賛成しているわけだから、その意味では僕とゼウスの間に矛盾はない。つまり僕がゼウスとともに活動しても、日本人、人類に敵対しているわけではない。そう自分に言い聞かせた。そう思うと心が軽くなった。なんせ、現在の特権的地位を捨てるのはあまりに惜しい。そこで僕はこのまま進むことにした。

続く

   
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