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世界征服計画 その20

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20. 活性酸素の害

僕とアテナの果てしない言い合いにビーナスが割って入った。

「まあまあ、御用学者論争は本質から外れています。本論に戻しましょう。低線量放射線は危険でないという、アテナの科学文献の調査・検索による結論についての話を聞きましょう」

アテナは話し始めた。

「放射線の生物への影響は高線量の場合と低線量の場合を分けなければなりません。高線量の場合は確定的影響、低線量の場合は確率的影響と言います。今問題になっているのは低線量放射線の生物への影響です。高線量と低線量の境目は年間200ミリシーベルト程度としていいでしょう。確率的影響は、基本的にはガン細胞を生成することです。確率的影響ですから、放射線が当たったら、誰でも確実にガンになるというわけではありません。ガン細胞ができたとして、大きなガンに成長するのは20-25年かかるのです」

ビーナスが尋ねた。

「なぜ放射線が当たると、ガン細胞ができるのですか」

「DNA鎖を切ることにより生じます。その道筋には二つあります。一つは放射線が直接にDNA鎖を切ること、もう一つは放射線が細胞内の水分子を電離して、それが活性酸素などのラジカルを形成することによるものです。その比率は前者が3割程度、後者が7割程度です。つまり放射線の生物への影響というのは、基本的には活性酸素を作り出すことによります」

「活性酸素と言う言葉はよく聞きますね」

「活性酸素の生成の原因としては、放射線のほかに、たばこ、紫外線、ストレス、化粧品、排ガス、大気汚染、激しい運動、水道水、暴飲暴食などいろいろあります。要するに生きている限り、活性酸素から逃れることはできません。細菌やウイルスなどの感染症は別として、人間の病気の多くに活性酸素が関わっています。人間が老化するのは、基本的には活性酸素のせいなのです。いわば体が活性酸素でさびるのです。」

「人間がさびるのですか?」

「活性酸素でDNAが損傷したり、塩基が不都合な結合を起こしたり欠失したり、脂質が酸化したりします。それをさびると言ったのです。放射線といえども、活性酸素の原因としてみれば、ワンノブゼムに過ぎないのです。たばこの害の方が、低線量放射線の影響よりも圧倒的に大きいのですよ」

僕は憤慨して言った。

「そんなあ、放射線の害をたばこと同列視するのは納得できません」

「たばこの害を活性酸素の生成量で比較すると、1日20本吸っている人は、1時間あたり空間線量が28マイクロシーベルトの放射線を浴びる場所に住んでいることと同等です。福島県のかなり汚染された地域と同じか、それ以上よね」

「その議論はおかしい、たばこはその害を知って吸っているわけですが、放射線は好きこのんで浴びるわけではありません」

「じゃあ、愛煙家の家族はどうなるの?たばこを一日20本吸う人の配偶者の浴びる副流煙は、1時間あたり7マイクロシーベルトに相当します。レストランで隣の人がたばこを吸っても同じことね。副流煙はとても危険なのですよ」

「愛煙家の旦那とは離婚すればいいのです」

「極端な!あなたアホと違う?」

「ちゃうわ、アホ言うものがアホやと、お母さんが言うてはりました」

「ちゃうわ、アホいうものがアホや、というものがアホやと、ゼウス様はおっしゃいました」

「ちゃうわ、アホ言うものがアホや、というものがアホや、というものがアホやと、おばあちゃんが言うてはりました」

まだまだ続きそうなので、ビーナスが割って入った。

「まあまあ、あなたたち、子供の口げんかのまねは、止めましょう。それにしても、森君は乗せられやすいわね。大丈夫かしら。アテナ、本論に戻って下さい」

「放射線はX線撮影やCTなどで浴びるでしょう。ガン治療などでは、それこそ数10シーベルトの放射線を浴びるのですよ。世間で騒いでいるマイクロシーベルトとかミリシーベルトとは桁が違います。マイクロシーベルトは100万分の1シーベルトですからね。だからお医者さんや、放射線生物学者はマイクロシーベルトやミリシーベルト程度では問題にならないと思っているのです」

「医療用の放射線は意図して浴びているのです。病気を診断したり、ガンを治したりと、利益があります。それにいやなら止めることができますから。福島の放射線は、浴びたくて浴びているわけではありません」

「私が言うのは、ガン治療には数10シーベルトも放射線を浴びると言うことです。福島レベルとは桁が違うと言うことです」

「とんでもない話です。そんな放射線を浴びるくらいなら死んだ方がましです」

「じゃあ、死になさいよ」

ビーナスが割って入った。

「まあまあ、あなたたち、またまた、子供みたいな言い合いは止めて、もっと本質的な議論をしましょう。アテナ、活性酸素がそんなに危険なら、生物はどうして生きているのですか?」

「それはよい質問です。活性酸素は生物にとって悪いことだけではありません。白血球は活性酸素を使って細菌やウイルスを攻撃します。肝臓で毒物を分解しますが、そのときにも活性酸素が活躍します。殺菌するためのオキシドールも活性酸素で細菌を殺します。このように活性酸素は生物にとって有用なものです。問題は健康な組織まで傷つけてしまうことです」

「活性酸素が必要以上にできると害になるのですね」

「そうです。そこで生物の体内には活性酸素を無力化する抗酸化物質があるのです。ラジカルスカベンジャー(活性酸素掃除人)ともいいます。抗酸化物質のなかで重要なのが抗酸化酵素(SOD)とよばれる酵素です。そのほかビタミンC、ビタミンE、お茶に含まれるカテキンなども抗酸化物質です」

お茶が放射線の害を無力化できると聞いて僕は質問した。

「お茶を飲むと、活性酸素が除去できるのですか?どんなお茶でもいいのですか?」

「私は、抽出したお茶より、葉ごと飲む粉末緑茶やカテキン茶を推薦します」

「ふーん、僕は放射線が怖いから、これからは粉末緑茶を飲もう。老化も防げるのなら一石二鳥だ。あれは粉だからお茶を入れる手間も省けるし」

ビーナスが割って入った。

「またまた話が枝葉末節に入りましたね。本筋に戻りましょう。活性酸素がそんなに害悪があるのですか」

「そうです。生物にとって放射線と酸素は二大毒物なのです」

「そうでしょう。放射線は毒でしょう」

僕は勝ち誇っていった。ビーナスは不審そうに聞いた。

「酸素が生物にとって毒ですって?だって生物は酸素を吸って生きているのでしょう」

アテナが答えた。

「酸素が毒という意味は、活性酸素が体に毒と言うことです。地球が誕生してしばらくの頃は、大気には酸素はありませんでした。金星や火星は今でも、二酸化炭素が大気の主成分です。昔の生物は酸素を吸って生きていません。その子孫が現在の嫌気性細菌です。ところが光合成細菌のように光合成する生物が現れて、地球の大気が酸素に満たされました。それからです、人間を含む好気性生物が現れたのは」

「酸素がそんな毒なら、どうして生物は酸素を呼吸しているのです」

「それは酸素を利用する方が、利用しない場合より20倍近く、エネルギー効率がよいからなのです」

「なるほど、好気性生物は酸素呼吸というエネルギー効率の良い手法を手に入れた。だから嫌気性生物に勝ったのですね」

「ええ、その通りです。さらに酸素のおかげで、生物はそれまで住んでいた水中から陸に上陸することができたのですよ」

「へえっ、どうして?」

「酸素は上空で太陽の紫外線を浴びてオゾンになります。オゾンは活性酸素の一種です。オゾンは紫外線を遮ります。この紫外線が、私の言う生物にとっての、もう一つの毒としての放射線です。地上に紫外線が届かなくなって、生物は海から上陸して、現在のような高等生物ができました」

「なるほど。でも紫外線は弱まったとしても、酸素は相変わらずありますよね。毒ですよね」

「そうです。進化論的に言うなら、活性酸素という毒を制することができた生物のみが、現在まで生き残っているのです。生物の体内に活性酸素に対する防御機構が備わっているのはそう言うわけです」

「なるほど、放射線は生物の細胞に当たると活性酸素を生み出す。また運動などの別の原因でも活性酸素は発生する。その活性酸素は生物にとって有害である。この活性酸素を制する生物のみが生き延びた。自然の摂理ですね。ダーウィン流に言えば、放射線と酸素という二大毒物に打ち勝った生物のみが生き延びたと言うことですね」

「そうです。その生物の中でも特に人間は強いのです」

僕は驚いて聞いた。

「ええっ!人間が強いですって?!人間は生物の中で最もひ弱なものだと思っていました。どうして人間が強いといえるのです?」

「それは寿命です。人間は100年くらい生きることができます。植物を除いてこんなに長命なのは人間だけです。長命なのは、活性酸素に対する防御機構が最も発達しているからです。放射線の害は活性酸素の生成ですから、結局人間は放射線に対して、本質的に強いのです」

「へえっー、それは知りませんでした。でも信じませんけどね」

「あなたの頭もコンチキチンね!」

生物に備わる修復機構

また僕とアテナの言い合いを制して、ビーナスは聞いた。

「生物体内に生じた活性酸素は、抗酸化物質で中和されるのでしょう?」

「理想的にはそうですが、中和されない活性酸素も残ります。それがDNA鎖を傷つけます。DNA鎖は二本が対になっていますが、活性酸素はDNA鎖の1本を傷つける場合と、2本を傷つける場合があります。1本が傷ついた場合は、ほとんど完全に修復されます。問題ありません。2本鎖が傷ついた場合は、修復作用は完全ではありません。修復されない場合、それが間違った情報を細胞に伝えて、傷ついた細胞が生じます」

「そうでしょう。放射線は細胞を傷つけるでしょう」

僕は勝ち誇って言った。

「傷ついた細胞の大部分は、自殺に追い込まれます。アポトーシスといいます」

「細胞が死ぬと言うことは、生物にとってダメージですよね。だから放射線は体に悪い」

僕はますます勝ち誇っていった。

「いえいえ、傷ついた細胞が生き残ると、ガン細胞になるのですよ。だから傷ついた細胞が自殺することは、生物にとってよいことなのです。その意味でアポトーシスは積極的死と言うことができます。こうして死んだ細胞は、また回収されて、その材料が後の役に立ちます。その意味でも細胞の自殺であるアポトーシスは生物にとって必要なのです」

僕は失地回復のために言った。

「でもアポトーシスを逃れた細胞はガン細胞になる。従って、放射線を浴びるとガンになる。そうですね?」

「よくよくあなたはシンプルトンね。あたまはコンチキチンだし、物理学者はダメだわ」

僕はむっとしていった。

「僕のどこがシンプルトンなんです。それは『不思議の国のアリス』に出てくる造語でしょう!」

僕は知識をひけらかして、鼻をぴくぴくさせた。しかしアテナは相手にしてくれなかった。そこで僕は言った。

「シンプルトンで、コンチキチンで悪かったですね」

「じゃあ、やる?」

アテナはギリシャ風の剣を持ち出し、鎧を着てヘルメットをかぶった。アテナは戦いの神なのだ。こんな神と斬り合って、勝てるわけはない。僕は逃げ腰になった。ビーナスが愛と美の女神の本領を出して、助け船を出した。

「まあまあ、あなたたち、そんな子供みたいな喧嘩はよしましょう。『やる』なら斬り合いではなくて、愛し合いですよ。でも私はあなた方が愛し合うのは許しませんけれどね」

ビーナスは理性と嫉妬の混じった変な発言をした。

続く

   
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