2017年09月24日

理事長挨拶

共に考え、提言ができるNPOを目指して

当NPOも、創立2周年を迎えました。そして、3月6日の総会で、新理事の方々を承認いただきました。これまでこの活動を支えてくださった理事の方々で、大学の要職に就かれた方々には、顧問として継続してご支援願うこととし、理事長として、坂東が続投させていただき、副理事長として松田卓也さん、新理事として、舞原俊憲さん、前直弘さんが加わりました(当NPOでは、すべて「さん」づけで名前を呼ぶことになっています)。また、基礎科学研究所の主管として、舞原さんに加えて竹本修三さんにお願いいたしました。いずれ、皆様からご挨拶があると思います。
さっそく、常務理事会と、基礎科学研究所の運営委員会を開き、基礎科学研究所の設立、科学普及活動の継続等、いろいろ実質的な活動を支えていくことを目標に、会員とのネットワークを広げていきたいと思います。

まず、ご報告いたしたいのは、当NPOは、この4月から、京都大学VBL(ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー)に入居することとなりました。私宅から公的な住所への変更は、当NPOが公的な性格の組織として活動するための重要な布石となります。
この入居を機に、基礎科学研究所の開所記念セミナーを開き、さまざまな分野の学問交流をできるところから活動を開始することになります。基礎科学研究所が、身分の不安定なポスドク等をふくめて、定年退官後のシニアな研究者が、インターディシプリンな学問領域で威力を発揮できる場になれるよう願っています。また、現在科学研究費補助金などを取得できる機関として資格を取得できるようにと、その準備も進めています。
もう一つの基礎科学研究所の存在意義は、若い方々の交流の場、訓練の場を充実させることです。その1つは、ここでもまれたポスドクが、いろいろな分野で力をつけることです。別途、副理事長の構想が基礎科学研究所の「セミナー構想」などとして、具体的な内容が紹介されると思いますが、副理事長のこの1年の若手学生・院生に与えた影響は大きいものがあります。これを進めて、学生たちとのセミナー計画も進められています。こうした活動が、若手とシニアを結ぶ学問的な突破口になると期待しています。
私たちの願いは、個別科学の進展の上に、より多くの知的人材が、私たちのネットワークを通じて交流し、領域横断的な話題を語り合える「サロン」になりたいということです。興味をもたれた方々、どうぞご遠慮なく、私たちのいる「交流の場」を訪問してください。

次に科学普及活動を、京都大学内にある様々な組織、なかんずく理学部や基礎物理学研究所、高等教育研究センターなどと連携し、サイエンスネットワークやサイエンスクラブ、科学カフェ京都をはじめとするNPOと協働して、普及活動、科学教育の将来を見据えた活動を持続的に行いたいと考えています。
昨年は、「親子理科実験教室」を、総計11回にわたって行いました。今年も、すでに活動を開始しています。さらに、小学校の理数教育に資するため、先生方が活用できるような教材づくりも進めています。すでに、モジュール型教材を30近く完成し、当HPで紹介しております。ご覧になって、ぜひとも要望コメントをお寄せくださるようお願いいたします。

ポスドクを中心としたキャリア支援については、これからも、京都大学内にあるキャリア支援センターや、京都府が立ち上げているJOBパークなどと協力して、さらに広い領域での知的人材の活用についての協力関係を進めるとともに、国際的な連携も図る方向を目指しています。
ポスドクキャリア拡大の一環として取り組んできた物理学会の科学教育方面への人材活用の取り組みでは「知ることの喜びを知っているからこそ教えられるものがある」というスローガンで、シンポジウムや研究会に取り組んできました。さらに私たちは、現役の教員が、科学を自ら楽しみ、さらに深く追求できる仕組みがあれば、もっとゆたかな科学教育ができると考えています。また、基礎科学と応用科学が豊かに結びつき、いわゆる「ダーウィンの海」を乗り越える為には、科学史と共に日本の技術史も、もっと語られないといけないと思っています。
ものづくりのわくわく感をもっとじかに伝えられる普及活動の必要性を感じています。

当NPOの活動に中に、女性のネットワークを広げる活動もあります。
女性研究者のネットワークは、今おおきく広がりつつあり、全国的にも、女性研究者支援の施策が動いているのはご存じのとおりです。さらに、私は、これからの社会で、女性の知恵がもっと生かされ、女性の愛と情熱が社会を動かすことができると確信しています。
当NPOでも、女性グループの集まりがありました。まだ、始動の段階ですが、当NPOには、定年後に再び大学院で勉強を始め、NPO論のレポートを書かれた会員もおられます。子供を守る会で活躍している女性、保育所運動で頑張っている人、いろいろな人材がいます。「母性文化」のもつ特性を知的人材活用と結びつけることによって、さらに豊かな社会を築くエネルギーになるでしょう。これからネットワークが広がっていくのでは、と期待しています。

まだまだ、いろいろと思いはありますが、副理事長の松田さんに言わせると「理事長は、いろいろとアイデアを沢山持っているが、それを実行するのは大変だ。現実的な方針を地道にやっていくには、あまり大風呂敷を広げない方がいい」と言われています。思いや熱意だけでなく、それを支える力をお貸しいただくようにお願いいたします。

NPO法人あいんしゅたいん理事長 坂東昌子


【 略 歴 】

● 1937年 大阪に生まれる
● 1956年 大阪府立大手前高校卒業・京都大学理学部入学
● 1960年 京都大学理学部卒業・京都大学理学研究科大学院入学
● 1965年 京都大学理学研究科大学院博士課程卒業・京都大学理学研究科助手
● 1987年 愛知大学教養部教授
● 2002年 日本物理学会理事男女共同参画推進委員会委員長(初代)
● 2006年 日本物理学会会長
● 2007年 日本物理学会キャリア支援センター長
● 2008年 愛知大学定年退職
● 2009年 NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん理事長
   
専門は物理学(素粒子論・非線形物理等)・応用数理・科学教育・放射線リスク研究。交通流理論・経済物理学・環境問題・放射線生物なども手がける。
1962年博士課程入学と同時に結婚。翌年に長女が誕生し、自宅を提供しての共同保育所を運営。大学と地域に保育所設置にこぎつけた。
1965年、京都大学理学部助手、全国的な女性研究者の実態調査の実施(「女性研究者のライフサイクル調査」として公表)。
2004年、日本物理学会の初代男女共同参画推進委員会委員長に就任し、学会の横のネットワークである男女共同参画学協会連絡会の設立に携わり、2代目の委員長を務めた。
2006年、同学会副会長を経て、2007年、同学会会長としてポスドク問題に着目し、日本物理学会にキャリア支援センターを設立し、初代センター長を務めた。
2008年、愛知大学を定年退職(愛知大学名誉教授)、知的人材ネットワークあいんしゅたいん設立(理事長)。異分野研究者の横の連携強化にも取り組む。
2010年素粒子メダル、2013年日本女性科学者の会功労賞。日本物理学会会員。

【 著 書 】

「物理と対称性」丸善出版・「性差の科学」ドメス出版・「性と学問と生活」勁草書房・「理系の女の生き方ガイド」ブルーバックス・「生命のフィロソフィ」世界思想社・「4次元を越える物理と素粒子」 共立出版(現代物理学最前線)・「ポストドクター問題」世界思想社 など

副理事長挨拶

今回の総会において副理事長を拝命いたしました松田です。今までの2年間は理事として親子理科実験教室、基礎科学研究所の発足などの仕事をして参りました。

あいんしゅたいんは元々、理事長のポスドク支援活動の延長として設立されたという経緯があります。設立1年目は理事長宅を事務所として細々と活動を続けて参りました。私はポスドク支援と同時に、自分を含めて、まだやる気のある定年退職研究者のための組織であるバーチャル研究所を作りたいと考えていましたが、場所的、資金的な問題から実現には至りませんでした。

しかし2010年度にはあいんしゅたいんに大きな進展がありました。そのひとつは、理事長と鈴木理事のご努力で2010年1月から1年間、京都府の助成金を得ることができたことです。もうひとつは高等教育研究開発推進センターの小山田教授と共同研究をすることとなり、情報メディアセンター北館地下の可視化実験室をお借りすることができたことです。活動の場所を確保できたことは、あいんしゅたいんの活動にとって非常に大きいと思います。

当NPO法人は正式名称を知的人材ネットワークといいます。実際、地下の可視化実験室には、外国人を含む多くの知的人材が訪れてくださいました。そして様々な問題について議論しました。西欧にはサロン文化というものがあります。サロンは知的・文化的な人材が集まり、様々な問題を議論する場所です。実際、アインシュタインもチューリッヒのサロンで音楽を奏でながら、さまざまな人材と知的交流をしました。私はこのサロン文化を、ここ京都に根付かせたいと思っています。

京都府の助成金を利用して行った活動が、親子理科実験教室です。理学部とサイエンスEネットのご協力により、11回の教室を開催することができました。幸いなことに、この教室は参加者の皆さまから高い評価をいただきました。またその教室の様子をビデオ撮影して、電子教材を作成し、YouTubeにアップすることにしました。こうして我々の活動を社会に還元していきたいと思います。2011年度からは助成金がなくなりますが、何とか親子理科実験教室を継続していきたいと思います。

あいんしゅたいんは4月から正式な住所をベンチャービジネス・ラボに置くことになり、これを契機に、基礎科学研究所も正式に発足します。そこでは様々な活動を計画しています。たとえば小山田先生とタイアップして、京都大学の新1年生をリクルートして、コンピューターシミュレーションの塾のようなものを開きたいと計画しています。

NPO法人「あいんしゅたいん」も3年目を迎えたわけですが、多くのNPO法人は3年で消滅するといわれています。われわれもそうならないように、がんばりたいと思います。

NPO法人あいんしゅたいん副理事長 松田卓也

名誉会長挨拶

NPO法人「あいんしゅたいん」が設立されてからもう6年になります。それにしても、科学や教育をめぐる日本の様子は当初描いた事とは一転しました。しかし、私自身はこれからも科学や教育の中で生きてきた長い経験とそこから見える感想を語っていきたいと思っています。このNPOの場がそういう多様な世代の交歓の場になることを願っています。

私自身は冷戦の崩壊が政治や安保の根幹を揺るがせ、それが科学や教育の世界をも塗り替えていくという構造改革的思考の持ち主です。だから、「過去の経験」や「過去からの感想」を述べるのは一見矛盾しているように見えるかもしれません。我々の世代もそうであった様に、世につれて科学や教育の現場も変動するのは当たり前です。問われるのはそこに居合わす人間の想像力です。その想像力の肥やしは人間の経験です。大は文化や学問に総括された経験から、小は私の人生での経験まで、人類の遺産なのです。

敗戦で価値観が激変した時代に育った我々の世代は伝統的価値よりは抽象的理想や理論に惹きつけられて成人になりました。父親や老人の言うことなど唾棄すべきものでした。そういう時代の反動もあってか最近は復古ブームです。「まだないもの」よりは世界遺産ブームのように「あったもの」「あったこと」に人々が惹きつけられています。長年京都の街を定点観察しているとこの変貌ぶりは随所に見ることができます。

自分が若い時には老人の話など聞かないと言い、自分が老人になると老人の話も人類の遺産だと言うのは、いかにも御都合主義のようだが、その釈明を理屈でするよりは、時代のせいにする方が説得性があると思います。

残り少ない人生を「もの書き」三昧でいきたいと思っています。「世のため、人のため」もその中で考えたい。Excelが手軽に使えるようになった二十年近く前から書きもののデータを打ち込んでいます。身辺整理や検索で見つかった過去のものも打ち込んでおり、京大退官時に2000年までの分を公開した。今回、2014年11月分まで追加したのを公開するので添付のpdf「あいんkaku」をご覧ください。載っける方針が時々変わるので首尾一貫していませんが、なんと1382件にのぼります。

NPO法人あいんしゅたいん名誉会長 佐藤文隆


【 略 歴 】

● 1938年生 山形県西置賜郡白鷹町出身
● 1956年 山形県立長井高等学校卒業・京都大学理学部入学
● 1960年 京都大学理学部大学院入学
● 1964年 京都大学理学部助手
● 1966年 京都大学理学部理学博士
● 1970年 京都大学理学部講師
● 1971年 京都大学理学部助教授
● 1974年 京都大学理学部教授
● 1976~80年 京都大学基礎物理学研究所所長
● 1993~95年 京都大学理学部長
● 2001年 京都大学を定年退官 甲南大学教授就任
● 2014年 甲南大学教授退職

 【 歴 任 】

●  湯川記念財団 理事・評議員(1978年~2014年) 同財団理事長(2000年~2009年) 同財団顧問(2009年~2010年)
国立天文台評議委員(1995年~2003年) 副会長(2001年~2003年)
●  宇宙科学研究所評議委員(1997年~2003年)
●  高エネルギー加速器研究機構 素粒子原子核研究所 評議員(1997年~2003年)
●  日本学術会議物理学研究連絡委員会委員(1990年~2000年) 同委員会委員長(2000年~2003年)
●  日本学術会議会員(2000年~2003年)
●  日本物理学会副会長(1998年~1999年) 同学会会長(1999年-2000年)
●  京都大学後援会理事(1996年~1998年)
●  理論物理刊行会 理事(1994年~2001年)
●  京都大学学術出版会 理事(1996年~2002年) 同出版会理事長(1999年~2002年)
●  国際高等研究所学術顧問(1990年~2004年)
●  宇宙開発事業団招聘研究員(2001年~2003年)
●  山形県県政アドバイザー(1987年~2005年)
●  朝日賞選考委員(2001年~2007年)
●  東京大学宇宙線研究所運営協議委員(1990年~2005年)
●  核融合フォーラム(2007年 核融合エネルギーフォーラム改称)運営会議議長(2002年~2009年)
●  JAXA 宇宙科学研究本部評議員会委員 副会長(2004年~2007年)
●  科学技術社会論学会評議員(2001年~)
●  和歌山大学経営協議会委員(2004年~2010年)
●  大学評価・学位授与機構国立大学教育研究委員会専門委員(2000年~2002年)
●  理化学研究所相談役(2001年~2011年)
●  日本学術会議連携会員(2006年~2011年)
●  きっづ光科学館ふぉとん名誉館長(2001年~2012年)

【 受 賞 】

● 1973年 仁科記念賞
● 1975年 仁科記念賞
● 1983年 朝日学術奨励金
● 1985年 First Award for Essay on Gravitation, Gravity Research Foundation
● 1999年 紫綬褒章
● 2001年 西宮市教育功労者表彰(西宮湯川記念事業) 科学技術振興財団感謝状(日本未来科学館)
● 2007年 京都新聞大賞 文化学術部門
● 2013年 瑞宝中綬章 坂田・早川記念賞 第12回レクチャー(名古屋大学理学研究科)