2017年06月26日

山田明彦さんの感想・・・エネルギー問題と巨大科学(ブログ その96)

11月18日、公開講演会「エネルギー・巨大科学・・福島事故を振り返って」が開かれました。2011年3月に起こった東日本大震災と福島第1原発事故からはや1年半が経過しました。今、原発の再稼働、2030年時点での総発電量に占める原発依存度など、多くの課題を突きつけられています。エネルギーの未来像を描くということは、そう簡単にできることではありません。

それを考えるにあたっては、これからのエネルギー需要の見通しや、現在のエネルギー源の評価など、さまざまな側面から、詰めていく必要があります。単に、科学技術的な側面だけでなく、経済的な側面、社会的な側面から、また、原発に対する評価についても、考慮に入れた考察が必要になります。ですから、これらを踏まえた結論は、科学技術的な評価だけからはいえません。

当あいんしゅたいんにも色々な価値観、考え方で、原発の評価に対しては、さまざまです。ただ、必要なことは、それを考えるための素材は、十分に持ち合わせておくことが必要だということだと思います。

この講演会と討論会の様子をわかってもらうために、名古屋から参加された山田明彦さんの感想を紹介します。そこにある

「情緒的に戦争の悲惨さを教えるだけで、本当に戦争の抑止力になるか」
「好奇心に満ちた個人が意欲的に研究を進めるために,いかなる社会が必要か」

ということばが印象に残ります。これこそ、実は湯川秀樹先生の思いだったような気がします。湯川先生はこの思いを持ち続けられたような気がします。

山田さんは、小学校の先生で、仮説実験グループの皆さんと、放射線教育について、素晴らしい報告をこの8月行われた基礎物理学研究所でも報告いただきました。

山田明彦さんの感想

昨日は、良い会をありがとうございました。勉強になりました。

歴史に学べば、国家や社会は経済的要因で動くことを否定できません。平和教育も情緒的に戦争の悲惨さを教えるだけでは、本当に戦争の抑止力になるかというと疑問です。学校では子どもたちと,『ちいちゃんのかげおくり』あまんきみこ著,という戦争の犠牲になる少女の童話を読んだところです。しかし,戦争の抑止には,戦争の要因となる経済社会現象に対する理解こそが大切だと考えます。
人は食べていけないとなれば、戦争動員につながるナショナリズムに容易に扇動されるのではないかと思います。昨今のスピリチュアルブームや風水などの占いが流行る社会ですから,人々が社会に流布するイメージに確かな根拠なく駆り立てられることが怖いです。
同様に流行の脱原発依存も、昨日の澤さんの電力の経済やコストについての議論を踏まえた展望の構築がなければ、絵空事になるのではないかと思いました。澤さんが示したデータとグラフをどう読みとるかは,数量が示されていることから,逃げ隠れのできない議論と検討の対象になることでしょう。
私たちの月刊『たのしい授業』仮説社,の裏表紙は,<グラフで見る世界>として社会の様々な事柄についての個性的なグラフが毎月載っています。物事を数量的に捉え,シャープな視点とイメージを持つことの大切さを読者に訴えているのです。澤さんのプレゼンに示された数々のグラフから,聴衆を説得しようとする熱意を感受しました。

的確な具体例を交えた分かり易い長谷川さんのお話からは、科学者が属する学会や研究組織の組織論として問題を捉え返す必要を感じました。京都大学や名古屋大学の素粒子論グループに脈打つコペンハーゲン精神が,様々なレベルの科学研究組織に具現化するような組織論を提起するという問題意識を持つ科学者はいないのでしょうか。

私たち仮説実験授業研究会は,<科学の授業>と<授業の科学>の研究が豊かに発展するために,研究組織についての様々な実験を積み重ねてきています。好奇心に満ちた個人が意欲的に研究を進めるために,いかなる社会(組織)が必要かという問題意識に基づいています。研究テーマや研究資料作成のノルマがないこと。いろいろなレベルの研究誌の発刊,テーマ別の小規模の研究会や研修会の持ち方(言い出しっぺ,やりたい人が責任を持って組織する),教材の開発と販売の仕方(研究会では教材や研究誌などの楽市・楽座が出現します),研究会として政治的な決議をあげないこと,組織は創ることより壊すことの方が難しいという問題意識(組織を解消する発展段階を予め設定しておくこと)…など。これらの組織論がじつに面白いのです。

改めて17世紀,18世紀のアマチュアリズムに満ちた科学者たちの<楽しい科学の伝統>に立ち返って,現代科学と科学研究組織のあり方を見直す必要があると思いました。

なお、当日のプログラムは以下のようなものでした。

はじめの挨拶  日本物理学会京都支部長 石田憲二(京都大学理学研究科教授)

講演(各50分)「今後のエネルギー問題」澤昭裕 司会:松田卓也(NPO法人あいんしゅたいん副理事長)
       「巨大科学と科学技術」長谷川晃  司会:今井憲一(JAEAハドロン物理グループ)

パネルディスカッション(1時間)
        パネラー 澤昭裕・長谷川晃・石田憲二・松田卓也・今井憲一・早川尚雄
        以上の諸氏に艸場よしみさん(市民代表)が加わります(司会:坂東昌子)

おわりの挨拶 討論のまとめにかえて 早川尚男(京都大学基礎物理学研究所教授)

澤昭裕氏は、経済分野と科学技術の領域横断的な幅広い視点から、エネルギー問題に対して分析をされています。このあたりは、物理を専門にする私どもの側からは、なかなか基礎的な問題の整理ができないことが多く、苦慮しているところです。例えば湯川研究室同窓生のアッピールなども、湯川先生の原子力委員辞退の様子などは大変よく分かるのですが、信条だけが先に立って、どこまで経済的社会的な問題まで踏み込めているのかな、と不安になります
そこで、今回は、澤昭裕氏には、自然科学だけに目を向けがちな私たちが見落としがちな経済的な視野も入れたエネルギー問題を解説いただきます。参考文献として2つをあげておきます。

精神論ぬきの電力入門(新潮新書)

1)電力不足の打撃と損失
2)原発依存にかたむいた事情と思惑
3)エネルギー政策の基礎とルール
4)再生可能エネルギーの不都合な真実
5)原子力をめぐる不毛な論争
6)賠償を抱えた東電の行く末
7)電力自由化の空論と誤解
8)「東日本卸電力」という発想の転換

[図解]知らないではすまされない、エネルギーの話―澤昭裕のエネルギー教室も参考にしてください。

長谷川晃氏は、米国物理學会でプラズマ部会長として、ブッシュ大統領の国家エネルギー戦略をまとめたご経験をお持ちで、その際、実際に、リバモア、オークリッジ、プリンストンなどの核融合炉を自ら調査し現在の核融合炉は自信を持って大統領に推薦できないという結論に達せられたそうです。この間の事情をまとめられた長谷川氏の論説「真実を見つめて批判の目を養おう」は参考になります。

巨大科学の進め方がひずみをもたらす現状に辛辣なご意見を述べられましたが、そのために、ちょっと煙たがられている存在だということで、その気骨がみなさんを感動させました。

司会は、物理学者として、日本での実験の巨大プロジェクトにリーダーとして関わってこられた今井憲一氏、ならびに、エネルギー問題で鋭い発言をされている松田卓也氏にお願いしました。

パネルディスカッションには、講演者の澤昭裕・長谷川晃両氏に加えて、物理学会京都支部の石田憲二・早川尚男両氏が現役のリーダーとして意見を述べられ、また、松田卓也・今井憲一両氏が、ご自分の経験をふまえたコメントを、そして、市民の立場から、艸場よしみさんが加わりました。艸場よしみさんは、「科学者組織としての利益にとらわれず、どうしてアメリカ物理学会を代表して率直なご意見を出すことができたのか」という疑問に、長谷川氏が「真実を語ることこそ科学者の使命」といわれ、その気骨が伝わってきました。また、いろいろなところで、お忙しい澤氏ですが、論理的でエッセンスを捉えた論調に、「テレビで聞くよりずっとよくわかった。でもホントは、2時間ぐらい聞きたかった。」という声も寄せられました。澤氏からは、「なかなか全体のつながりというか、体系だった理解が難しいエネルギー・温暖化問題ですが、こうしたまとまった時間を与えていただけるところには積極的に顔いる関係上、京都や大阪でまた機会を見つけて継続したいと存じます。」と言っていただきました。人数は少なかったのが、とても残念でもったいないなと思いますが、内容は充実していました。

なお、当初、北澤紘一民間事故調委員長にも置いでいただくことになっていましたが、ご都合がつかなくなりました。秋の企画はお忙しい方々の時間をぬって会場も設定していたので、バランスから言っても、大変残念でしたが、お二人の講演とパネルディスカッションという形で行うことになりました。

北澤紘一先生のお考えを伺えるまとまったご意見をここで、少し紹介しておきます。それは、さる、2012年11月9日(金)に文教のそば処で行われた「第100回サイエンスEネット例会報告」にでていました。サイエンスEネットのそば処での例会は、サイエンスEネットの皆さんがとても楽しみにしておられる年中行事でもあります。そこでお話されたものがよくまとまっているので、それを紹介しておきたいと思います。

原発に関する民間事故調の反省から:北澤報告

1)隣接する原子炉は過密な配置を避けねばならない。使用済み燃料を同一原子炉 建屋内に大量に保管することは絶対に避けねばならない。我が国ではそのような認 識に欠けていたために、事故は連鎖的に拡大した。一時は東日本一帯に高いレベル の放射能汚染が及ぶ可能性もあった。使用済み燃料プールの水が無くならなかった のは偶然の幸運に恵まれたものであった。一国の命運がこのような連鎖的巨大事故 の危険に晒されるようなずさんな管理状況は避けねばならない。

2)高レベル放射性廃棄物は既に存在する量に加えて、これからどれだけ増えるのか を見通し、貯蔵場所を決める方法がまず確立される必要がある。

3)規制委員会と規制庁が「推進側の虜」とならない対等の地位を確立する必要がある。 規制側のこのパワー増強なしには日本の原子力の安全維持は覚束ない。

4)人による間違いやテロまでを考えると原発のリスクはゼロとはいえない。したがって 代替エネルギーが容易に入手できるのであればそれに切り替えるべきことは当然である

5)代替エネルギー導入については、すでにベストミックス・レベルの20-30%再生可能 エネルギー導入を達成した西欧諸国の実例に学ぶ必要がある。日本の原発もこれまで 30%程度であったので、すくなくとも、原発代替程度はすでに他の諸国が行った努力 程度の大変さである。

6)さらにその先を見越した技術開発が行われ、また、国家百年の計が立てられるべき。