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世界征服計画 その13

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13. アテナの話

ビーナスは僕の手を取って、ビーナス神殿に行こうと言った。急にまわりの景色が変わって、我々はビーナス神殿にいた。キューピットもついてきていた。ビーナス神殿は大きな石造りの神殿で、そこには巨大なビーナスの座像があった。そしてその前にはベッドがしつらえられていた。ビーナスは言った。

「私は愛と美の女神として、私に手をだすことを許します」

そういって、ビーナスはするすると衣服を脱いで全裸になり、その美しい姿態を僕にさらして誘惑した。アテナの警告の通りであった。ところがその時、扉が開いて、ビーナスの旦那のバルカンが入ってきた。きっとアテナが告げ口したのであろう。

「おまえは何をしとる。また男を誘惑しようとしとるのか。マーズの時のことを忘れたのか」

ビーナスがマーズと密会してベッドインしているところを、バルカンに暴かれて、ゼウスを始めとする神々の目にさらされた事件である。西欧の絵画の好んで用いるモチーフである。

「いえ、ちょっと暑かったから、涼んでいるだけよ」

やれやれ、夫婦げんかに巻き込まれてはたまりません。愛と美の女神とのこれからが思いやられる。

次の日の朝9時に、12人の神々は神殿に集まった。ビーナスの案内で、ある扉をくぐると、とあるロビーに出た。ガラス越しに池が見えて、噴水があり、日本式の庭園がある。部屋には暖炉がしつらえてあり、その前に安楽椅子が輪になって配置されていた。我々は三々五々に座った。みんなの手元には昨日の我々の会議の要約が配られていた。官房長官のビーナスは愛と美だけでなく、実務にもけっこう長けているようだ。ビーナスが説明した。

「えー、ここは京阪奈にある国際高等研究所のロビーです。これからアテナに説明してもらいます。アテナは研究所の一部をこの京阪奈に置きたいそうです。そこで視察の意味もかねて、ここで会議の前半を行います。後半はポセイドンに説明をお願いします」

アテナは話し始めた。

「私たちの最終目標は人類補完計画です。それは人類を収容するコンピュータを作り、そこに人類の精神、魂、ゴーストを移送することです。その具体的な技術に関しては、後ほどゼウスから話していただきます。そのコンピュータもソフトも基本的には我々の技術ですが、それが如何にも人類が開発したように見せかけること、これが私たちの作戦のポイントです。マーズの言葉を借りれば、Great Deception Plan通称GDP、大詐欺作戦です。ダイサギというと鳥のサギの一種です。ほほほ」

アテナもおもしろくもない冗談を言った。

「私は国内外から職のないポスドクを集めて雇います。そして研究所を作ります。そのほかにもいろいろ事業を考えています。その資金はマーキューリーに儲けてもらいます。予算総額は1年目は1千億円、その後は倍々ゲームで行くそうですから、2年目で2千億、3年で4千億、4年目8千億、5年目1.6兆円、6年目3.2兆円、7年目6.4兆円、8年目12.8兆円、9年目25.6兆円、ここらが限度でしょう」

マーキュリーが口を挟んだ。

「そんなにうまくいくかどうかは、保証の限りではありません。なんと言っても核融合炉を早く完成させること、それで石油を作って売ること、その他の儲け仕事を作ることです」

アテナが応じた。

「技術はみんなすでにあるのです。我々の祖先が開発したものです。問題はそれを如何に、外部に分からないように、人間の発明に見せかけるかなのです。そのためには世界中から優秀な若者を多数雇って、研究させます。我々がアイデアを研究員の夢の中に注ぎ込みます。この技術をインセプションといいます。小出しにアイデアを注ぎ込んで、如何にも自分たちが考えたように錯覚させます。」

<インセプション>

アテナは僕の方を見ていった。

「あなたは特に目立ってはいけないので、その点はあまり当てにできません。核融合の発明一つくらいなら良いですがね」

「核融合の発明をそば屋のじじいがするのは如何なものでしょうか。僕は黒子で良いです。でもそれしかないなら、仕方ありませんが。でも核融合はノーベル賞級です。ノーベル賞など当たると大変です」

「英語ができない振りをしたらどうですか」

「うーん、それはちょっと無理ですね。僕は英語ができるし。それに今後1月で30年分、英語を特訓するつもりですし。もうBBC英語がぺらぺらになります」

「研究所では今後10-20年でノーベル賞クラスの研究を10-20やります。ですからノーベル賞もそのくらい来るでしょう。そうしたらあなたもその陰に隠れて、影が薄くなり都合が良いでしょう」

「いったいどんな研究ですか?」

「それはいろいろです。たとえば人間の寿命を1000年に伸ばすとか。意味ありませんけどね。なぜなら生身の人間はあと40年で終わるのですから。永久歯をもう一度生えさせる、ガンの特効薬を作る、マイクロマシンを使って手術する、タイタンで生命を発見する、試験管で生命を発生させる、暗黒物質と暗黒エネルギーの正体を明らかにする、ヒッグス粒子を発見する、量子コンピューターを作る、いろいろあります」

「すごいですね。ヒッグスの発見になると、巨大加速器を作らねばなりませんね。北海道にでも作りますか?」

「でも特に重要なのは、ノーベル賞とは関係ない技術開発です。コンピュータのハードとソフトです。今後5-10年でスパコンのTop500の上位のほとんどをいただきます。ここが重要です。世界が絶対にまねができない、ハイパーコンピュータを作ります。これがあれば、なんでもできてしまうなあと、世界に思わせるようなコンピュータです。それを秘密めかした地下データーセンターに置きます。たとえば日本では神岡鉱山の地下とか、紀州山地とか」

「なんで紀州山地なんです」

「熊野古道の不可思議な力を予感させます、ほほほ。それからワハン回廊とかケルゲレン諸島、赤道直下の絶海の孤島とかです。海洋国家大和の一隻を全部データーセンターにします。もうほとんどお遊びですけどね。これらのハイパーコンピューターを我々のスカイネットで結びます。いかにももっともらしいじゃありませんか」

「なるほど」

「我々の研究員に知恵を注入して、ムーアの法則を少しだけ加速します。ほんの少しですよ。ムーアの法則とは、ICチップの集積度が1年半で倍になるという経験則です。それだと5年で10倍、20年で1万倍になります。これを1年に加速すると、後には恐ろしい差になります。注意深くグラフを見れば分かりますが。しかしそれもありなんという研究環境を我々が提供するのです」

「具体的な案は?」

「まず初年度には300億円使って、一人諸費用込みで1000万円として3000人雇います。300億円で研究基盤を整備します。研究所はここ京阪奈に作ります」

「一人1000万円という見積もりは甘いのではありませんか?だいたい事務員などの給料も考えると、一人に支払う費用の3倍は見ておかねば」

「それはその通りです。ただし当面はポスドクの給料は抑えて、人数を雇います。いやならこなければいいのです。外国からも雇います。中国や韓国、インド、バングラデッシュからなら、いくらでもくるでしょう。でも後年に給料を上げて償います。ともかく早く大量の研究者を雇うことが大切なのです」

「300億円で3000人の研究所ができますか?無理に見えますが」

「それもそうでしょう。最初は大阪や京都、神戸の貸しビルを借りるという手もあります。全て、マーキュリーのいう倍々ゲームに期待しているのです」

「なるほど」

「最終的には、京阪奈の空き地に全部研究所を作ります。生活基盤も近くに作ります。どのくらい収容できるかは、どの場所まで進出するかによります。交通や生活インフラが整備されていないところまで含めると、かなり収容できます。そのほか大阪北部の彩都、西播磨、さらには高いですが大阪駅北地区など、あらゆるところに進出します。大阪湾の埋め立て島も使えます」

「すごいですね」

「当面の目標は10万人の研究者を雇うことです。一人1千万なら1兆円ですが、3千万というなら3兆円です。7年目でマーキュリーが6.4兆円も使わせてくれるなら、十分に可能です。問題は倍々ゲームがいつまで続くかです。ともかく日本のポスドク問題は数年で解消です」

「ポスドクを全員雇うというのは無駄ではありませんか?それだけの、優秀で、融通の利く人間が居るとも思えませんが。たとえば上位2割程度雇えば十分ではありませんか?どんな社会でもできる人間は上位の2割です。その人達が8割の仕事をすると言われています。これをパレートの法則と言います」

「でも上位だけを雇えばいいかというと、そうでもないようです。働き蟻の中にも必ず怠け蟻がいるそうではありませんか。しかも重要なことは、我々は彼らの能力に期待していると言うよりは、数に期待しているのです。つまり外部の幻想に期待しているのです。ただし上位の優秀な人間には、働いてもらわねばなりません。残りは怠け蟻でも、枯れ木でも、dead boneでも、その存在自体が役に立つのです。でも彼らには高給は払いません。生活費を支払うから、遊んでもらって良いのです」

「すごく、冷たいなあ」

「現実的なのです」

 ここでビーナスが口を挟んだ。

「どんな研究所をどこに作るとか、給料はいくらにするとか、そういった細かい問題は、この全体会議で議論するには適しません。担当者同士で話し合ってください。アテナは研究所以外の構想もあるといいました。それらを手短に話してください」

「はい、考えているのは全寮制で授業料ただの大学を作ること、国際、国内の研究集会で関西で開かれるものに、全面的援助を与えること、関西の大学生、大学院生に十分な奨学金を支給すること、関西の小中高の先生方を1年間研修させること、関西の文化芸術活動に十分な援助を与えることなどです。お金はいくらあっても足りません」

「なんで関西なんです。どうして全国展開しないのです」

「確かにおっしゃるとおりですが二つ理由があります。一つは資金が十分ではないので、集中投資をしないと効果が上がらないことです。後年に十分な資金が得られるなら、地域を拡大します。それでも首都圏は最後です」

「どうしてですか?」

「現在の日本の構造は非常にいびつです。首都圏に人口の1/3、GDPの1/2が集中しています。その構造を変えるために、首都圏以外に集中投資をします」

「なるほど。それでその大学とはどんなものですか?」

「徹底的なエリート養成です。ハリーポッターの魔法学校のように、あるいはケンブリッジやオックスフォードのように全寮制にします。授業料は300万円として、その全部を支給します。1学年1000人として、10学年まであります。ですから学生数は全部で1万人です。先生は研究所の研究員を使うと1万人は十分確保できます。定年退職教員も活用します。外部の非常勤も他大学の倍の給料で雇います。300万円で1万人なら300億円です。先生の給料は研究員や年金生活者を使うので、押さえられます。全部で500億円もあればよいでしょう。この大学では研究はやりません、教育に特化します。研究は研究所で行います」

「なるほど。それではほかの事業は?」

「関西で行われる研究集会への補助です。国際会議の登録料が高い場合では5万円程度にもなります。それを全部補助します。ですから国内会議で一人5万円、国際会議で10万円ほど援助します。主催者の先生方に金集めの苦労や、事務の苦労はさせません。みんな我々の財団が面倒を見ます。そこまで出すと、会場費のほかにホテル代も出せますね。会議は参加者が一つのホテルに泊まるのが効果的です。会場への行き来に時間を費やするのは無駄です」

「そのほかの事業も意義がありますが、どれも金がかかりますねえ」

「ええ、教育への投資を最優先します。ここまで地域の教育レベルが高いと、あれだけの成果も当然かなと思わせます」

「ええ、でも研究所への投資よりは非効率ですね」

「それはそうでしょう。有り余る資金を投入して、関西をケンブリッジ、オックスフォードなみに持ち上げます」

ビーナスが最後にまとめた。

「そう、うまくいけばいいのですが。でも我々の最終目標は、人類補完計画であることを忘れないでください。あまり欺瞞作戦に集中するのも、本末転倒の気もします。さてそれでは、ポセイドンの海上研究所構想について話してもらいましょう」

続く

   
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