2017年03月27日

パリ不戦条約から80年目の誓い(ブログ その24)

9月24日、この日をかたずをのんで待っていた人は多かったのではないでしょうか。それは、核軍縮・不拡散をテーマにした初めての国連安全保障理事会首脳会合が開かれる日だったからです。「核兵器のない世界」実現への取り組みを盛り込んだ安保理決議が全会一致で採択されたのです。オバマ米大統領自らが議長を務める会議のニュースに、感銘を受けながら見守ったたくさんの方々がおられたに違いありません。

ほんとに、この4月に行われたプラハ演説で提唱されたときから、全世界の人々が待ち望んでいた日なのでした。

私は、ブログ その3で、新しい政権のもとで、パグウォッシュ会議でも活躍している科学者のジョン・ホルドレンさんが、サイエンス・アドバイザーとしてオバマ大統領に起用されたときに、期待を込めて、このお話を書きました。  あれから1年もたたないうちに、核廃絶の機運が盛り上がり、核軍縮・不拡散をテーマにとりあげた安保理が開かれる日が来たのですね。

思えば、たくさんの国がひしめき合うヨーロッパで常に繰り返されてきた戦争を繰り返す愚かさをかみしめて、1929年、いわゆるパリ不戦条約が結ばれてから80年。長い月日でした。その願いは、ヨーロッパからアメリカ、日本にも波及効果をもたらし、1つの流れとなって歴史の底辺で根付いていたとはいえ、ヒットラー率いるファシズムの嵐に翻弄されてしまいました。 科学者もやむなくとはいえ、近代科学の最大の成果である原子エネルギーの発見を、原子爆弾という形で、利用してしまいました。これが、戦争と科学の不幸な関係の実例になってしまいました。

ものの見事に打ち破られたように見えたパリ平和条約の精神は、しかし、たくさんの人々の心で生き続けてきました。それが湯川朝永の精神につながっていたのです。

パリ不戦条約には、明確に、「締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えない」ことを謳っています。実際、その第一条は「締約国ハ国際紛争解決ノ為戦争ニ訴フルコトヲ非トシ且其ノ相互関係ニ於テ国家ノ政策ノ手段トシテノ戦争ヲ抛棄スルコトヲ其ノ各自ノ人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言スル」というものです。わかりにくいので、これを現代の言葉に訳したものが ここ にあります。それによると

第一条
 締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。

となっています。

この考え方は、実は、カントの平和思想にその源泉があるということですが、それはまた、アインシュタイン・ニコライ宣言にも通じるものでした。そして、それはラッセル・アインシュタイン宣言に、さらに、科学者が自ら集い、核兵器廃絶への道を探るというパグウォッシュ運動に引き継がれていったのです。それはまた、湯川・朝永をはじめとする核兵器廃絶への歩みにも通じているのですね。湯川秀樹は、1975年第25回パグウォッシュ会議に病をなか、車椅子で出席されたのでした。この時の様子は、田中正著「湯川秀樹とアインシュタイン」にくわしく書かれています。

湯川・朝永が希求してやまなかった核兵器廃絶が、今、これほど声高らかに国の最高責任者であるオバマ米大統領自らの言葉で語られたのは、歴史にのこる瞬間でした。そして、今度は日本も、この会議で、首相自ら被爆国としての責任を語ったのです。

今年の、広島・長崎の、「原爆の日」に語られた秋葉・田上市長の呼びかけも、オバマ大統領のプラハ演説を高く評価し、支持するものでした。「核を持たねばやられる」という抑止論もまだまだ克服されているとは限りません。少なくとも世論が戦争を止めた例が歴史にあるかといえば、今までは見当たりませんでした。尤も、人々の願い、が、国際的な核兵器廃絶の世論となって、市民も科学者も、そして地方自治体も、し単位で、町単位で、「非核」の輪を広げていたのは事実です。その世論が、地球を全滅させる以上の核兵器を持ちながら、今まで、少なくとも、広島長崎以後、核兵器が大っぴらに戦争に使われてこなかったということ自体が、世論の勝利とも言えるかもしれません。しかし、今、ひょっとしたら、核兵器廃絶がこの勢いで実現するかもしれないというところまできたのです。

そんな希望を持たせてくれた日でした。

湯川先生が生きておられたら、アインシュタインがこのニュースを聞いたらどんな思いであっただろうと思いをはせながら、歴史的なニュースに、しばし時間を忘れててしまいました。

ただ、やはりまだ解明されていないことがあります。1929年のパリ不戦条約がなぜこうも無残に破られてしまったのでしょうか。ヒットラーが出現したから仕方がなかった、ということでは、科学的な答えではありません。それなら、何故ヒットラーがこれだけの支持を受けたのか、どうしてそれにたくさんの人々がなびいたのでしょうか。ヒットラーだけを悪者にしても、仕方のないことです。これは社会科学の問題として解明されなければなりません。私たちは歴史の教訓に学ぶことが必要だとつくづく思いました。これからの世界の動きが大切ですね。

(9月24日24時 ニュースを聞いて)