マッドサイエンティストの夢・・・透明人間
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- 2011年1月19日(水曜)22:45に公開
- 作者: 松田卓也
私はマッドサイエンティストになりたいと、ずっと思っていた。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』に出てくるドクのような人物が理想である。私の研究所はすでに“京都秘密研究所”と名付けている。場所は京都の北山の山中の地下にある。ただし宝くじが3億円以上当たらないと実現性はない。マッドサイエンスと言えば、やはりタイムマシンとか透明人間が重要な研究対象になるであろう。実は、それらを実現するアイデアは、すでにあるのだ。
『透明人間』というウエールズ(Herbert George Wells)の推理小説があったし、70年代にはピンクレディーの同名の歌もあった。最近では『インビジブル』という映画にもなっている。映画では主人公が不法侵入やのぞきなどから始まり、ついには殺人者になる。これはいただけないが、透明人間になっていたずらをしたいという誘惑は、だれにでもあるのではなかろうか。英国のテレビ喜劇番組『ミスター・ビーン』では、透明人間になって地下鉄の乗客にいたずらするシーンが出てくる。シュワちゃん主演の『プレデター』では、宇宙人が透明スーツを着て米国の特殊部隊を襲撃する。それをシュワちゃんが頭を使って、倒すという話だ。
物理学的に考えると、人間が透明になるということは屈折率が1になるということで、眼球が光を屈折できなくなり、透明人間は目が見えない。そのことから、透明人間の眼球だけが、空中に浮いている、という解決策も採られている。
人間が透明になるということは、まずありそうにない。しかし、相手からは見えなくて、こちらからは見えるという状況は、『プレデター』にみられるように、戦いにおいては非常に有利なので、米軍あたりは真剣に研究しているらしい。ステルス技術というものがあり、レーダーでの探知を難しくする技術である。これも一種の、実用的な透明化技術といえる。アメリカはF117ステルス攻撃機とかB2ステルス爆撃機を開発した。その歴史を見ると、とても興味深いのは、ステルスの基本技術は旧ソ連の科学者が1957年に発表した論文に端を発しているということだ。その重要性を認識したのはソ連当局ではなくて、米国の航空機製造会社、ロッキード社のスカンク・ワークス秘密研究所の技術者だったというのは、歴史の皮肉である。
ステルス技術はレーダー波を、元来た方向とは違う方向に反射させるとか、電波を吸収する技術である。つまりレーダーアンテナの方向に反射波が行かないようにしているだけで、透明になったわけではない。ちなみにF117の表面が通常の飛行機とは異なって平面で構成されているのは、開発当時のコンピュータの能力が低く、平面形状以外ではレーダー-反射断面積を計算できなかったからである。より進んだB2の表面は曲面で形成されている。
ところが、電磁波を透過させてしまうということが最近可能になった。これも元は1968年にソ連の科学者ベセラゴ(Victor Veselago)によって提案された、負の屈折率を持つ物質に端を発している。負の屈折率を持つ物質は自然には存在しないが、英国の科学者が最近それを作り出す技術を提案した。要点は誘電率と透磁率を虚数にすることである。そのために、針金とコイルを組み合わせたメタマテリアルとよばれる人工物質を作る。それをうまく使うと、透明な物体が制作可能である。ただし現状では、制作技術の制限から、マイクロ波程度の波長の電磁波にたいして負の屈折率を持つメタマテリアルしか作れない。その意味では、まだ肉眼で見て透明な物体の制作には成功していない。しかし、その解決も時間の問題であろう。マッドサイエンティストの夢がまたひとつ実現可能に近づいた。