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母乳とオリゴ糖

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なぜこのテーマを選んだか? 私の知り合いの若い大学の先生に子供が生まれて、彼は育児休暇をとって、子育てに専念しているという。そこで母乳と人工栄養について悩んでいるという。病院では絶対に母乳が良いというが、その根拠は何か? 病院に聞いてもはっきりとした根拠は教えられなかった。彼は科学者だから、根拠のない曖昧なことは嫌いなようだ。そこで母乳が良いという科学的根拠が知りたいわけだ。

私は腸内細菌の勉強を通じて、子供は生まれ方と育て方により、その後の健康に大きな影響があると学んだ。まずは生まれ方、つぎに母乳か人工栄養かが問題になる。

まずは生まれ方であるが、ここでは自然分娩と帝王切開に分ける。分かっていることは帝王切開の場合、子供がのちにアレルギーになる可能性が高い。その理由は赤ん坊が生まれるときに、自然分娩では母親の産道に住む細菌を子供が飲み込むことで、こどもの腸内細菌の発達のスタートが切られる。産道には主としてビフィズス菌などの善玉菌が住んでいるので、子供の腸内には健全なビフィズス菌が多くなる。

帝王切開の場合は、医師、看護師、母親の手の細菌などを受け継ぐ。だから自然分娩の赤ん坊と帝王切開の赤ん坊では、腸内細菌のスタート地点が異なる。自然分娩の方が良いのは腸内細菌に善玉菌であるビフィズス菌が多いからだろう。ちなみに私の子供の場合は帝王切開であった。へその緒が首に巻きついて、自然分娩が難しかったからだ。それでも健康に育ったと思っている。

次のポイントが母乳か人工栄養かという点だ。私がこれまで学んだことは、母乳には赤ん坊には消化できない栄養素が含まれていて、それは赤ん坊の腸内細菌の餌だという。この餌の正体がなにかというのが、今回のテーマだが、それはオリゴ糖である。私はオリゴ糖についてはすでに取り上げた。オリゴ糖は小腸では消化できずに大腸に届く。そしてそこに住む腸内細菌、とくにビフィズス菌の餌になる。だからオリゴ糖をとることは健康に良いのである。

一番初めの疑問、つまり母乳と人工栄養、あるいは混合栄養で、母乳が良いと病院で勧められたが、その根拠は何かという点だ。調べると母乳栄養では腸内細菌の正常な育成が可能で、そのため子供の下痢を防ぎ、免疫機能を高める。だから乳児の死亡率を母乳、混合栄養、人工栄養で比較すると成熟児では1対2対3である。未熟児では1対2対4である。つまり母乳は乳幼児の死亡率を下げるのだ。

ちなみに日本は世界で一番、新生児死亡率(生後4週間以内)が低い。1000人あたり0.9人である。次に低いのはアイスランド、フィンランドでその次はシンガポールである。新生児死亡率が一番高いのはパキスタンで45.6人である。次は中央アフリカ共和国、アフガニスタンである。日本の平均寿命も世界で一二を争うので、日本はその意味で健康的で良い国なのだ。

ところで腸内細菌でビフィズス菌のいる割合についても、日本人は世界一多いのだという。これが日本人の長生きする原因なのかもしれない。

母乳が人工栄養より良いのは母乳に含まれるオリゴ糖もひとつの理由だ。もちろんそのほかにもいろいろあるが、ここではオリゴ糖に話を絞る。以前、私はオリゴ糖の話をした。オリゴ糖にはいろんな種類があり、イソマルトオリゴ糖、フラクトオリゴ糖、ガラクトオリゴ糖を私は買って比較したが、その効果の差は正直言ってよく分からない。

母乳に含まれるオリゴ糖はミルクオリゴ糖といってまた別物である。ミルクオリゴ糖といっても、哺乳類はみんな母乳で子供を育てるわけだが、動物ごとにミルクオリゴ糖の化学構造は異なる。もし同じなら母乳でなく牛乳でも良いわけだ。だからヒトミルクオリゴ糖と言わなければならない。

さきに母乳の方が人工栄養より良い理由の一つにオリゴ糖があるといったが、それなら粉ミルクにオリゴ糖を混ぜれば良いはずだ。ところが調べてみると、ヒトミルクオリゴ糖は一種類ではなく、非常にたくさん種類があるのだ。粉ミルクに入れるオリゴ糖はせいぜい一種類かニ種類だろう。つまり粉ミルクを母乳に匹敵するものにすることはまだ技術的にできないのだ。

ヒトミルクオリゴ糖が人間の赤ちゃんの生育に重要な理由は、それが赤ちゃんの腸内のビフィズス菌の餌になるからだ。ビフィズス菌は赤ん坊が飲んだお乳のなかにある乳糖を発酵させて酢酸を作る。この酢酸は腸内を弱酸性に保つ。例えば病原性大腸炎O-157などの病原菌は酸性の環境には弱いので、母乳を飲んでいる赤ちゃんは病気にかかりにくい。乳幼児の死亡の一番大きな原因は下痢である。たとえばロタウイルスによる感染などが原因だ。母乳はそれに対する免疫も与えるのである。だから母乳栄養の赤ちゃんは人工栄養に比べて死亡率が低い。

ヒトミルクオリゴ糖に関する学会講演などを聞いていると、その成分は動物種だけでなく、同じ人間でも民族によっても大きく違うそうだ。何が原因かしらないが、多分食事内容の違いによるのだろう。実際、米国人のヒトミルクオリゴ糖は他の国に比べても特異である。米国でさまざまな成人病が多いこととも関連しているのかもしれない。

猿は原則的に一度に一匹の子供を産む。人間と同じだ。猿の母乳の成分を調べると、それは子供がオスかメスかによっても異なるという。子供がメスの場合は母乳が薄い、つまり栄養が少ない。つまり母ザルにとって、メスの子供の価値はオスより低いことになる。しかしこれは第一子の場合で、第二子以後ではまた異なるという。

なぜこんなことになるのだろうか。多分、それは進化論的な優位性から来るのだろう。猿の母親にとって重要なことは、自分の子供が健康に育つこと、そしてその子供がまた健康な子供を作ることである。そうして母ザルの子孫ができるだけたくさんできること、これが進化論的に見た母ザルの目的だろう。そのためには母乳の成分をどう調整すれば良いのか、それを自然が決めているのだろう。もちろん母ザルはそれを知って行なっているわけではない。自然の摂理だ。ともかく母乳というのは神秘だ。

まとめると、子供を育てる場合、母乳が良いのか、人工栄養でも良いのか、知り合いの大学の先生が疑問を発したことが私の好奇心をそそったので調べてみた。病院では母乳が良いと言われたがその根拠は何か。その根拠の一つとして母乳にはヒトミルクオリゴ糖が含まれていること、それは赤ん坊の腸内にいるビフィズス菌の餌になること、ビフィズス菌は酢酸を作り出し、腸内を弱酸性に保つこと、病原菌は酸性に弱いので病気にかかりにくい。つまり母乳を飲む赤ちゃんは人工栄養児より死亡率が低くなるのである。 

   
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