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ドーパミンとパーキンソン病

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今回はパーキンソン病の原因が腸にあるのではないかという、最近の学説の紹介である。

その話に入る前に、パーキンソン病とは何かについて解説しよう。パーキンソン病とは脳の病気で、手の震え、動作や歩行の困難などの運動障害をともなう進行性の神経変性疾患である。進行すると自力歩行が困難になり車椅子や寝たきりになる。パーキンソン病の患者の一見した特徴は手などの震えとヨチヨチ歩き、前傾姿勢、筋肉のこわばり、小さい字を描く小字症などである。高齢になるほど発症しやすくなる。日本での患者数は10万人あたり100-150人といわれている。

私がこのテーマについて話そうと思ったきっかけは、家内の友人から電話があり、手が震えて字が書けないので年賀状が書けないと聞いたからだ。多分、パーキンソン病だろうと私は思った。また街でヨチヨチ歩きをしているご老人を見かけたからだ。最近、パーキンソン病の後輩が急死したというショックなニュースを聞いた。また知り合いの二人の大学教授もパーキンソン病にかかっている。

パーキンソン病にかかった有名人としては、アドルフ・ヒトラー、ボクシングチャンピオンのモハメド・アリ、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公を演じたマイケル・J・フォックスなどがいる。調べてみると有名人でパーキンソン病になった人はたくさんいる。日本では永六輔、江戸川乱歩。岡本太郎、小森和子、薄田泣菫、はしだのりひこ、三浦綾子、山田風太郎、横井庄一さんなどだ。外国でもキャサリン・ヘプバーン、デポラ・カー、鄧小平、フィデル・カストロ、ヨハネ・パウロ二世とたくさんいる。人ごとではない病気だ。

日本では原因不明の病気のあるものは特定疾患に指定されていて、治療費の公費補助がある。私が長年罹患していた潰瘍性大腸炎も特定疾患の一つである。特定疾患は病気の重さで決まるというよりは、原因不明の病気を特定疾患に指定して公費補助をする代わりに、データを政府に提供することになっている。それで研究の助けにするのである。たくさんの特定疾患があるが、そのなかでも潰瘍性大腸炎の患者数が一番多く、現在は18万人くらいあり、それについでパーキンソン病が多い。ちなみに私は潰瘍性大腸炎に関してはほぼ治ったと思っているので、公費補助は辞退している。

私が潰瘍性大腸炎に罹患した1990年代初頭には患者数は2万人くらいであったのだが、時とともに患者数が急速に増大している。潰瘍性大腸炎、パーキンソン病に限らず、この種の慢性疾患は時とともに急速に増大している。それは外国も同じことだ。多分、加工食品と添加物の増加、農薬使用の増加などの環境要因なのであろうがよく分からない。

私がパーキンソン病に関心を寄せるのは、単に知人がそれにかかったということだけではなく、調べると潰瘍性大腸炎の患者はパーキンソン病になりやすいというデータがあるからだ。つまり腸の炎症がパーキンソン病の原因の一つであろうと推測されるのである。

パーキンソン病を初めて報告したのは1817年、英国のジェームズ・パーキンソンである。パーキンソン病の患者の脳を調べると中脳にある黒質という部分に問題がある事がわかった。

ここで少し脳の解剖学の話をすると、脳は大脳、小脳のほかに、間脳、脳幹などがある。大脳はものを見たり聞いたり考えたりする器官である。小脳は滑らかな運動をするための器官である。脳幹は心臓を動かすとか息をするとか、生物が生きていく上で極めて重大な器官である。大脳や小脳がなくても人は死なないが、脳幹がやられると死ぬ。

脳幹には大脳に近い方から見て中脳、橋、延髄と分かれている。延髄の先は脊髄につながる。パーキンソン病はその脳幹の一部である中脳のさらにその一部である黒質という部分の病気だ。

黒質はドーパミンという神経伝達物質を分泌する。先に「セロトニンと幸福」という話をした。セロトニンもドーパミンも神経伝達物質だ。セロトニンは幸せホルモンと呼ばれると述べたが、ドーパミンは喜びホルモンとも呼ばれている。快感を感じたときに分泌されるからだ。しかしドーパミンの役割はそれだけではない。運動に関わっているのだ。

パーキンソン病では黒質が何らかの理由でやられてドーパミン不足になる。ドーパミンは大脳基底核という部分に作用して、運動を始める切っ掛けを作る。だからドーパミンが不足すると運動が始めにくくなる。ドーパミン不足がパーキンソン病の様々な症状の原因だ。

だからパーキンソン病の患者にはドーパミンを与えれば良い。しかしドーパミンを薬として飲むとか注射しても、脳には行かない。というのは、これも以前にお話した脳血液関門というのがあり、ドーパミンは血液から脳に取り込まれないのだ。そこでドーパミンの前駆物質であるL-ドーパというものを取る。セロトニンの場合は、前駆物質であるトリプトファンとか5-HTPを取ったのと同じことだ。

しかしL-ドーパを飲むのは対症療法であり、パーキンソン病を治すわけではない。また脳の深部にある大脳基底核に電極を埋めこむという手術もある。これを入れると、手の震えがピタッと収まる。しかし、これも対症療法でしかない。

パーキンソン病は脳の病気なのだが、最近、その原因は腸にあるのではないかという仮説が脚光を浴びている。実は昔からパーキンソン病の患者には便秘が多く、腸と何らかの関係があるのではないかと疑われていたのだが、最近、ネズミの実験でそれが証明された。

パーキンソン病を起こすらしいタンパク質があるのだが、それをネズミの腸に入れると、数カ月後にそのネズミはパーキンソン病になったのだ。しかし腸に入れたものがどうして脳に移動するのか。その経路が分かったのが画期的な発見だ。それは脳と腸を結ぶ迷走神経を通じてなのだ。迷走神経は自律神経のうちの副交感神経の一部だ。ネズミを2つの群れに分けて、どちらも腸に問題のタンパク質を注入するが、一方のネズミの迷走神経を切っておくと、パーキンソン病にかからないのだ。つまり何らかの原因で腸に発生したパーキンソン病の原因物質が迷走神経を伝わって脳幹に行き、そこで黒質を壊すということなのだろう。

腸ではたぶん何らかの腸内細菌が関係しているのだろう。詳しいことはまだわからない。今の段階で言えることは、パーキンソン病を防ぐには腸の健康に留意すべきということだ。

まとめるとパーキンソン病は手の震えやヨチヨチ歩きの症状を示す脳の病気で、年寄がかかりやすい。パーキンソン病になると、認知症になりやすく、また歩行困難で寝たきりになりやすい。現状ではパーキンソン病の原因は不明で対症療法しかない。しかし近年、パーキンソン病の原因は腸にあることが分かってきた。まだ治療法は確立していないが、近い将来に判明することが期待される。我々ができることといえば、腸の健康に留意する、とくに便秘にならないことだ。 

   
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