超知能への道 その31 理神道神社をつくる
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- 2015年7月27日(月曜)21:30に公開
- 作者: 森法外
「理神道を布教するには、その拠点となる神社が必要でしょう?」とゼウスは聞いた。
「その通りです。そのために日本中に沢山の神社を作ります」と事代主命は応じた。
具体的なプランの議論になった。まずは日本中に布教活動の拠点として神社を設立する。従来の神道の神社には、伊勢神宮や出雲大社、明治神宮といった大きな神社の他に、鎮守の社のような小さな神社もたくさんある。理神道のために大都会に大きな神社を作る用地を獲得するのは難しい。我々はすでに単冠市の朱雀大路一条下がるに1ブロックを占有する巨大な単冠大社という神社を作った。そこは理神道の中心地であり、本部を置く。巫女や神主候補者はここに泊まり込みで修行するのだ。また月に1回大きな祭りを開催して、信者の参詣を勧める。祭りに参加するために信者は聖地巡礼に来る。その信者のために、単冠大社の敷地中に巨大な宿泊施設を用意した。
聖地巡礼の便宜を図るために、国際空港である羽田、中部、関空、それに千歳から天寧空港へ新日本航空の定期便を開設した。成田は忙しすぎて枠がとれなかった。釧路港からは定期航路も開設した。ちなみに択捉島に渡航するビザに関して政府は前回のことで懲りているから、簡単にビザなし渡航を認めるという。とは言え、択捉島にお参りすることは旅費の関係で簡単では無い。
そこで日本国じゅうに理神道の神社をたくさん作ることにした。まず県庁所在地などの拠点都市には、かなり大きな建物を作ったり借りたりして神社にする。神社といっても外観は普通の建物である。ただ表のところに鳥居のマークがあるだけだ。つまり教団の事務所のようなものだ。その他に小さな神社をたくさん作ることにした。
その神社は意表を突いたものである。日本にたくさんある空き家を利用するのだ。日本の一戸建ての家のうち1割以上は空き家であると言う。信者に空き家を提供してもらう。買う必要はなく借りるのだ。人々も単に空き家を持っていると固定資産税を取られるだけだから、理神道に貸すことにあまり異議はないであろう。むしろメリットがある。理神道はそこをリノベーションして神社にするのだ。小さな神社があちこちにたくさんあるので信者はお参りするのが簡単である。
玄関のところに鳥居を置くことによって神社であることを示す。内部にはいくつかのブースを設けて、信者はその中で事代主命のホログラム像と対話するのである。その事代主命端末は単冠市にある事代主命システムにネットでつながっている。さらに空き家を利用して、理神道の信者の憩いの場、託児所、保育所、学童の塾、老人の介護所を作った。若い信者夫婦や老人の便宜を図るためである。一種のコミュニティセンターである。事代主命の目的は日本国民全体をひとつの大家族にすることだ。
事代主命と対話するためには、信者は必ずしも神社に来なくてもよい。理神道が貸し出すヘッドマウントディスプレイをかぶれば、事代主命と対話できる。しかしそれだけでは、信者は人間とのコミュニケーションを忘れてしまう。それではいけないので、普段はディスプレイを使っても、時々は神社に来るように促されるのだ。そこでは信者と巫女、神主、信者同士の交流があるからだ。
始めに理神道の信者になったのは、難病患者を始めとする病人であった。それから年寄りである。つぎに貧乏な人たちだ。あとで述べるようなテレビコマーシャルと新聞広告を打つと若い信者も集まり始めた。知識人や権力者が最後になった。知識人は屁理屈が多いから、事代主命に自分を預けることができないのである。権力者は権力をうしなうのがいやなのである。
信者の中から気のきいた若い男女を選び、巫女と神主として雇うことにした。神社の数が多いから、巫女や神主の数はかなりなものになる。失業対策になるのである。彼らを順次単冠大社に送り込み、半年間集中特訓を行った。なんせe-ラーニングであるから修行が早いのである。お寺に長年こもって修行するといったことは必要ない。合宿修行以後も常に事代主命の研修を受けなければならない。修行は主として巫女や神主の教養をアップするために行われた。修行は神社にいても行うことができる。事代主命から直接教えを受けるのだ。
続く