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超知能への道 その13 バリスの審判

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事件はまた宴会の時に起きた。私のある仮想の一年も終わりに近い時であった。ゼウスが宴会を催した。今回は12神以外にも多くの神が招かれた。しかし例外として不和の女神エリスだけは招待されなかった。宴もたけなわの頃、そのエリスが手にリンゴを持ってつかつかと宴会場に入ってきた。ゼウスが咎めるとエリスは言った。

「私は招待されていませんが、でもこのリンゴを一番美しい女神に差し上げるために来ました」

エリスはそれだけ言うと、テーブルにリンゴを置いて立ち去った。皆が唖然としているとビーナスが立ち上がって言った。

「一番美しい女神だったら、私のことね。そのリンゴは私がいただくわ」と言ってリンゴの方に近づいた。

ところがここでアテナがすっくと立って

「一番美しい女神といえば私のことよねえ、お父さん」と言って、ゼウスの方を見た。

ところが驚いたことに、ゼウスの横に座っていたヘラもスックと立って言った。

「私は女神の中の女神です。そのリンゴは私のものです」

三人は、リンゴは私のものだと言いはって言い争いになった。決着がつかないとみると、三人はゼウスの方を見て言った。

「ゼウス様、この中で誰が一番美しいか決めてください」

ゼウスは困り果てた。ビーナスは美の女神だから一番美しいとしても問題はない。しかしアテナは娘で、ヘラは妻なのだ。誰に決めても他の二人から恨まれるのである。ゼウスは私の方を見て言った。

「そうだ、ここは神ではなく、人間の立場から森君に決めてもらおう」と言って、難を逃れた。

神々はそうだそうだとつぶやいた。三人もそれに同意した。

「森君、明日までに三人のうちで誰が最も美しいか決めてくれ」とゼウス。

パリスの審判

私は困り果ててしまった。ヘラはそれほど近づきではないから良いが、ビーナスもアテナも近すぎて、どちらとも決められない。美しさでいえば、どちらも壮絶的に美しいので、後は個人の趣味の問題だ。宴会の後で私はどうしたものかと思案していると、ビーナスが近づいてきた。

「森君、私を選んでちょうだいね。今までもあなたに私を上げようとしたけれど、いつも邪魔が入ったわね。仕方ないから、もし私を選んでくれたら、人間の中で最も美しい女をあなたにあげるわ」

ところがその後でアテナが近づいて来て囁いた。

「森君、当然私よね。もし私を選んでくれたら、今後のどんな戦いにも勝利させてあげるわ」

ところがその後、なんとヘラも近づいてきて私の耳に囁いた。

「森さん、私を選んでくれたら、あなたに世界を支配させてあげるわ」

私は困ってしまった。しかし三人の美しさで決めるより、彼らの提供する賄賂で決めるのが良いかもしれない。世界で最も美しい女か、戦いの勝利か、世界の支配者か。戦いについて言えば、私が武術を学んだのは、もしものことであって、実際に戦うことはないだろう。世界支配と言っても、この計画自体が、神々と一体になっての世界支配計画だから、私だけで世界を支配しても仕方がない。美しい女ということでは、ビーナスとあと一歩というところになって、いつも邪魔が入った。今後もそうかもしれない。もう女神は諦めて、人間の女で手を打つか。そう心に決めて、翌日の宴会の時に、ビーナスにリンゴを手渡した。ビーナスは勝ち誇ったように、リンゴを差し上げた。私はなんか今後、不吉なことが起きるのではないかと、密かにおののいた。

仮想の一年が終わり、現実の世界に戻った時に、今度は夏目教授が自宅でパーティーをすると言って研究室員を全員招待した。夏目教授の家は北白川の住宅街にある豪邸だ。そこで私たちを迎えてくれたのは教授の奥さんであった。名前を夏目昌子というそうだ。教授は確か50代のはずだが、奥さんは30代であった。しかしどう見ても20代にしか見えない上に、驚くべき美人であった。夏目教授は美人の奥さんをみんなに見せたくて、自宅に招待したのであろう。私も教授夫人の美しさには瞠目した。

夏目雅子

宴会もたけなわの頃、私の視覚の片隅に天井付近を飛ぶキューピットの姿が目に入った。しかし、私以外の人の目には、キューピットは見えないはずだ。私の脳の視覚野に直接信号が送られているのである。たまたま奥さんが私の話を聞くために、私を見た時に、キューピットは弓に黄金の矢をつがえて、奥さんの心臓めがけて射た。仮想の矢が奥さんの心臓を射抜いた瞬間、奥さんは「うっ」とうめき、私を見る目が潤んだ。奥さんはその後、ぐったりとなった。あっ、キューピッドがやりやがった。ビーナスが約束した、人間で一番美しい女というのは、なんと夏目教授夫人であったのだ。しかし矢を射るのは象徴的な行為で、実際にビーナスがやったことは、ファブレットを教授夫人の鼻腔から体内に浸透させて、脳内にドーパミンをドバッと出させたのだ。教授夫人は私を見ているときに、いってしまったのだ。それを恋と勘違いしたのであろう。

それから夏目教授夫人の私への猛攻が始まった。まず下宿にいる私に電話がかかってきた。教授のことで相談があるので、京都ホテルオークラのロビーで会いたいという。会ってみると、食事をしようと誘われた。食事をしながら、教授についての相談って何ですかと聞くと、夫人はびっくりしたように私を見て、何もないわ、あなたに会いたかっただけよとサラリと言った。また次の日にも電話がかかってきて、今度はロイヤルホテルのロビーで会いたいという。その次の日は、今度はリッツ・カールトンホテルだ。私は、教授夫人は嫌いではない。それどころか眼前で美しい瞳が私を見て潤んでいるのを見るのは正直とても嬉しい。だんだんと彼女が好きになってきた。しかし教授夫人は人妻である。とても手を出すわけにはいかない。教授夫人に手を出して、それが知られようものなら、ただ事では済まない。ビーナスの場合も人妻だが、ビーナスには貞節という単語はないようで、問題は無い。しかし、それでも失敗続きだ。

ある夕方、山県有朋の旧宅であったという、二条のがんこ亭というレストランで食事した後、夫人は鴨川を散歩しようと私の手を引いて、河川敷を歩き始めた。私たちは川を上流に歩いて行った。なんか恋人のような感じで嬉しかった。荒神橋を過ぎたあたりで二人はベンチに座った。ここは、日中は病院の職員や患者で賑わうが、今は誰もいない。ベンチに座ると夫人は私にしなだれかかってきた。私はおずおずと夫人の肩を抱いた。夫人は私の方に顔を向けると、私に唇を近づけてきた。これでとうとう私も・・・。

その時突然、後ろで大きな声がした。

「お前らはここで何をしとる」と夏目教授の怒声が聞こえた。

夏目教授の後ろには、例の助教が立っていた。あっ、この助教が私の後をつけて、私と教授夫人の逢引を発見して、教授に告げ口したに違いない。夏目教授が私のことをとても気に入っていたので、この助教は任期が終わった後は再任されないで、私に助教の地位を奪われると思ったのだろう。私は一瞬に事情を悟った。

「森、お前はクビだ、もう大学に来なくて良い。出て行け、出て行け、出て行け」教授は狂ったように叫び続けた。

私がビーナスとアテナに事情を話すと、アテナは大笑いをしながら言った。

「森君がビーナスを選ぶからこんなことになったのよ。前もそうだったじゃない」

前というのは、何千年も昔の話だ。やはり宴会でエリスがリンゴを投げこみ、ビーナスとアテナ、ヘラの争いになった。この時に判定者に選ばれたのはトロイの王子のパリスであった。パリスもビーナスを選んだ。ビーナスが選んでパリスに与えた、最も美しい人間の女性とはスパルタ王メネラオスの奥さんのヘレンであった。パリスはヘレンをトロイに連れ帰った。妻を奪われたスパルタ王は怒り狂って、兄のミュケーナイ王アガメムノンに相談した。アガメムノンはオデッセイたちギリシャの諸王を率いてトロイを攻めた。戦いは10年に及び決着がつかなかったが、オデッセイの機略でトロイの木馬を使ってトロイ軍を打ち破り、ここにトロイは滅亡した。

ところで絶世の美女であるトロイのヘレンだが、彼女はゼウスが白鳥に化けてスパルタ王テュンダレオスの奥さんのレダを誘惑して産ませた子供である。ヘレンの双子の姉妹はアガメムノンの奥さんになっている。つまりトロイ戦争の遠因はゼウスの浮気にあるのだ。ゼウスの浮気はこれに止まらない。フェニキアの王女エウロペには牛に化けて近づいた。アルゴス王の娘ダナエには雨になって忍び込んだ。またアルゴス王の娘イオには雲に化けて近づいた。ゼウスの浮気相手は女ばかりとは限らない。美しい少年のガニメデもゼウスの愛人になっている。もっともゼウスの妻のヘラの嫉妬も半端じゃなかったけれども。今見るゼウスはアーキテクトの格好をして、人格者に見えるのだが、本当のところ内実はわからない。女たらしなのだ。

ビーナス、アテナ、ヘラの前回の争いはギリシャとトロイの大戦争という悲劇を引き起こしたのだけれども、今回は私が夏目研究室から追放されるという個人的悲劇で幕を閉じた。よかったのか悪かったのか。でもアテナは、私も十分に勉強したのだし、準備も整ったから、いよいよ世界征服に乗り出そうという。そのためには、どうせ夏目研究室にいて、チマチマした論文を書いて教授を喜ばせるよりは、もっとデカいことをするのだという。教授も私を放逐したら、業績が出なくなるのに、バカなおっさんだ。でも教授夫人はどうなったかなあ。

実は「恋人いない歴=年齢」の私の悲しい歴史はあっけなく幕を閉じた。暁の女神アウロラの夫にされたのだ。それも無理やりだ。ある時オリンポス山を歩いていると、何人かのニンフに取り囲まれた。ご主人の女神アウロラが私に用があるという。ニンフに連れられて女神アウロラのもとに行った。そうするとアウロラは言った。

「あなたはビーナスがちょっかいを出しているという人間の男ね。ビーナスの代わりに私に手を出しなさい。あなたの妻になってあげるわ」と言いながら、実際は自分から私に手を出して、私を男にしてしまった。もちろん嫌ではなかった。いやなどころか、美しい女神を妻にして、長年の「恋人いない歴=年齢」におさらばしたのだ。世界中の男の中で女神を妻にしたものなどいないだろう。私は世界に向かって叫びたいくらいだった。でも何も言えないけれど。

ニンフに後で聞いてみると、アウロラはダイアナの姉だという。昔マーズと恋をしたらしい。それでビーナスの嫉妬をかい、人間の男との恋に縛られて生きる呪いをかけられてしまったのだ。だからそれ以降、アウロラは人間の男を愛人にしていた。

結局アウロラは私の子供を産んだ。私をビーナスから奪ったのは、アウロラのビーナスに対する復讐だろう。でも私にとっては別に構わない。神と人間の間の子供をデミゴッドと言う。半神である。夫が神で妻が人間の場合は、半神は人間界に生きる。逆の場合は、子供の半神は天上界に生きるのだ。というわけで私の子供も天上界で生きている。現実の世界には私の妻も子供もいない。妻と子供に会いたくなれば、オリンポス山にいけばいいだけだ。

Aurora

続く

   
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