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聖子ちゃんの冒険 その8

詳細

五山送り火の冒険

聖子ちゃんの家

例の五人組が秘密研究所に集まった。松谷先生が口火を切った。

「明日は8月16日で京都恒例の大文字の日だね」
「ああ、大文字焼きですね」と林君。
「君、そんなたい焼きみたいなことを言って。大文字焼きなんて言葉は無いよ、五山の送り火というのだ」と京都に詳しい松谷先生。
「へえ・・、そうなんですか。東京生まれの僕には分からないなあ」
「みなさんは、いつもどこで見るのですか?」と高山先生。
「僕は東大路で大文字を見て、その後すぐに、高野橋に走って妙法の法だけを見るのだ。昔は大学の屋上に上がれたので、全部見ることが出来たのだが。このごろは規制が厳しくて屋上に上がれないので困る」と松谷先生。

「それなら、みなさん、私のマンションの屋上で見ませんか?私のマンションの屋上からは、みんな良く見えるのですよ」と聖子ちゃん。
「なに、君の家のマンションの屋上だって?どこにあるのだい?」
「吉田上阿達町です」
「じゃあ、大学から近いじゃない」
「ええ、だから通うのに便利なのですよ」
「そうか、そんなに近くか。それなら、みんなでよせてもらおうか」
「はい、お母さんに伝えておきます」

というわけで、聖子ちゃんはそのことをお母さんに伝えると、お母さんも大喜びした。お母さんはにぎやかなことが大好きなのだ。お母さんは張り切って、料理の準備をするといった。 当日は全員、6時半に研究所に集合して、7時には聖子ちゃんのお宅に伺い、食事をして、8時からマンションの屋上で五山の送り火を見ることになった。その後はパーティーをしようということになった。

聖子ちゃんのマンションは、大学の西のちょっとごたごたしたところにある。元は友禅の染工場だったところだが、友禅が廃れたので、聖子ちゃんのおじいさんがマンションに改造したのだ。おじいさんは、結構やり手な人で、友禅華やかなりし頃にかなりもうけて、京都のちょっとした有名人であった。ただ自分には学歴と家柄が無いことをいつも引け目に思っていたので、自分の一人娘、つまり聖子ちゃんのお母さんには、学者になりそうな優秀な若者、つまり現在の聖子ちゃんのお父さんを娘婿にしたのだ。お父さんは学生の頃貧乏で、おじいさんの経営するマンションに住んでいた。お父さんは貧乏であったが、実は戦国武将の血を引く、名家の出身なのである。その辺も、おじいさんがお父さんを気に入った点である。頭と血筋を供えたお父さんは娘婿にうってつけであった。

おじいさんはお父さんに対して大学の総長になることを勧めた。お父さんは学問をしたいので、別に総長になりたい訳ではないと言ったが、おじいさんは聞かなかった。お父さんが湯川先生みたいになりたいというと、おじいさんは湯川先生より総長の方が偉いと言いはった。お父さんは始め反発していたが、結果的には現在は工学部長をしていて、次期の総長を狙う立場にある。おじいさんの狙いは的中しそうである。そのおじいさんはずっと昔に亡くなり、おばあさんも数年前に亡くなった。

一同が聖子ちゃんのマンションに到着すると、お母さんが出迎えた。聖子ちゃんの家は、マンションの一階部分を全部使って作られている。おじいさんが裸一貫から叩き上げた金持ちだから、当然成金趣味である。そのため聖子ちゃんの家は、広い上に豪華絢爛である。たとえば、和室の障子の絵は京都の有名な日本画家に描いてもらったものだ。おじいさんは孫娘を溺愛していたので、トイレは女の子の好きそうな、イタリアから輸入したピンクのタイルを使っている。その近くはピンク一色で、少し異様である。聖子ちゃんたち姉妹は、おじいさん、おばあさん、お父さん、お母さんから溺愛されて育ったのだ。

お母さんは夫である森田教授の研究室の准教授である高山先生と助教の林君とは面識があったが、松谷先生とは初めてであった。

「まあ、これは、これは、松谷先生でいらっしゃいますか。日頃、聖子からお噂は伺っております。聖子がいつもお世話になっているそうで、誠にありがとうございます」
「これは、これは、森田先生の奥様でいらっしゃいますか。松谷です。よろしくお願いします。それにしても、さすがに聖子ちゃんのお母さんですね、聖子ちゃんに似て、本当にお美しい」と、ここでも松谷先生は得意のお世辞作戦を展開した。
「まあ、ご冗談を、私なんか、もうおばあちゃんですわ、ほほほほ・・・」
「いえいえ、こんなにお美しいおばあちゃんは、ちょっといませんよ」
「まあ、先生ったら、本当に御冗談がお上手ですこと、ほほほほ・・・」
「いや、私はいつも、本当のこと、つまり真実を言い過ぎるので、皆にいやがられているのですよ」
「まあ、先生ったら、ほほほほ・・・」
「お母さん、それは本当よ。松谷先生は科学者らしく、いつも真実を言われるのですよ。それで私も時々、困っちゃう・・・」と聖子ちゃん。
「聖子、先生はどんなことを言われるのです?」
「私が可愛いとか、魅力的だとか、美しいとか・・・」
「まあ、聖子ったら、ほほほほ・・・」

これで聖子ちゃんのお母さんは、松谷先生に対する心証が絶対的に良くなった。

「奥様、今晩は、今日はよろしくお願いします」と高山先生。
「よろしくお願いします」と林君。
「まあ、まあ、高山さんに林さん。いつも、いつも主人と聖子がお世話になっています、ほほほほ・・・」
「いえいえ、先生にはいつも私たちこそお世話になっています」と、珍しく常識的な挨拶が出来た高山先生。日ごろの松谷先生の薫陶が効いているのであろう。
「皆様、それでは食堂にどうぞ。今日はつたない私の手料理など召し上がってください」
「私は日頃は生協か、カップラーメンですので、奥様の手料理は楽しみです」と、かなり舌が回るようになった高山先生。

いちど自分の部屋に戻って浴衣に着替えた森先生がやってきた。それを見た聖子ちゃんも、自室に戻って浴衣になって戻ってきた。2人ともお雛様みたいに、なかなか似合っていた。

一同はそれから食堂に案内された。そこには珍しく早く帰宅した森田教授もいた。聖子ちゃんの高校生の妹もいたが、恥ずかしそうに、隅に座っていた。さらに森田研の秘書の坂本夏美さん、10数名の大学院生と学生もいた。松谷先生は森田教授よりもかなり年長であり、かつ学会長も務めたことのある人物なので森田教授も普段から丁寧に応対している。

「これは、これは松谷先生、よくいらっしゃいました」と森田教授。
「これは森田先生、今日はご馳走になります」と松谷先生。
「いつも聖子がお世話になっているそうで、ありがとうございます。聖子はまだまだ子供で困ります」
「いや聖子ちゃんは天真爛漫というか、将来きっと大物になりますよ」
「いやそんなことは・ ・ ・」
「いや大物どころか、我々は聖子ちゃんを女神にしようと企んでいるのですよ」と松谷先生。
「女神って、一体何のことです? 」と森田教授。
「話し出すと長いのですが、森先生、高山先生、林くんの協力を得て、超知能を作ろうと私は考えているのです。そしてその超知能を森先生と聖子ちゃんに合体させて、二人をイザナギ、イザナミの命に仕立てて、新しい宇宙を産み出そうと考えているのです」
「話がよくわかりませんが」と当惑する森田教授。
「松谷先生は一足飛びに結論をおっしゃるからよくわからないのです。私の計画ではまずスーパーコンピューターを導入してIBMのワトソンのような、人工知能を作ろうと考えています」と高山先生。
「それならよくわかる」と森田教授。
「それから人がEyeTapとか、グーグルグラスのようなメガネをつけて、知能を強化します。いわゆる補強現実とか補償現実(Augumented Reality=AR)というものです。それを装着した人が何らかの問題に遭遇したとします。例えば、今、面前にいる人の名前が思い出せないとか。そんな場合は、グラスを通った画像を、いちどコンピューターに送ります。そしてデータにある顔写真と照合して名前を同定して、その名前を視野の片隅に表示します。そうすれば、ど忘れも無くなるでしょう。忘れていても、知っているフリが出来るのです。つまり知能強化、いやボケ防止ですよ」

それを聞いてお母さんが急に割り込んできた。

「そうなんですよ、このごろ人の名前が思い出せなくて」
「いや私なんか、ど忘れはひどいものですよ。すぐ眼鏡が無くなる」と松谷先生。
「それは私も同じですよ。人の名前は忘れる、眼鏡はなくなる。ひどいのは学生の名前を忘れることですよ。「君は、ああっ田村君」、『村田ですよ、先生にお世話になって5年になりますよ』なんてね」と森田教授。みんなでど忘れの自慢大会が始まったようだ。
「私なんか、よく眼鏡や鍵、リモコン、ペンが無くなったりするので、きっとこの家に泥棒が入るのではないかと思っているのです」とお母さん。
「でも、お母さん、眼鏡やリモコンやペンだけ盗んだって意味ないじゃないの」と聖子ちゃんは正論を言う。
「それはね、小人さんが身のまわりに出没して、それらのものを隠すのですよ」と松谷先生。
「みなさん、森山良子の「あれあれあれ」という歌を知っていますか」と森先生。
「それはなにですか?」と一同。
「あのテレビにPCが繋がるなら、YouTubeで森山良子の歌を聴いてみましょう」

<森山良子の「あれあれあれ」>

「いやー、正にこのとおりだ」と松谷先生。
「身につまされますわ」と森田夫人。
「面白い歌ですが、人ごとではありませんね」と森田教授。

それから森田教授が促して、まず松谷先生、森先生、聖子ちゃんが自己紹介した。学生のうち上級生はなんどか森田邸に招かれているが、新入生に取っては初めてであった。新入生に取っても、准教授の高山先生と助教の林君は周知であったが、森田教授の愛娘の聖子ちゃん、マッドサイエンティストの松谷先生、ハンサムな超天才の森先生は初めてであった。男の新入生は聖子ちゃんのあまりの可愛さに息をのんだ。しかし聖子ちゃんの恋人が森先生であることを隣に座った先輩から教えられて、無念の涙をのんだものもいたであろう。女子学生たちは森先生のハンサムぶりに好感を抱いた。しかしこれも後に森先生と聖子ちゃんのアツアツぶりを目にして、希望が砕かれるのである。

秘書と院生、学生が次々立って、松谷先生と森先生に自己紹介した。女子学生が1/3ほどいた。松谷先生は秘書の坂本夏美さん以外は覚えきれなかった。秘書の坂本さんは髪をアップにまとめて、浴衣を着た、なかなかの日本風美人であった。松谷先生はタイプだと思った。その他の学生・院生たちの名前はそのうちにおいおいと覚えるだろう。しかし覚えても「あれあれあれ」になるかもしれない。

五山送り火の妄想

「ところで皆さん、お話が弾んでいるようですが、8時から送り火なので、その前に急いで食事をしましょう」と森田夫人の言葉で、一同は話をやめて、食事に取りかかった。やがて、
「あっ、もう8時5分前だわ」と聖子ちゃん。
「急がなくっちゃ、皆さん食事はそのままにして、屋上に上がりましょう」とお母さんに促されて全員は屋上に上がった。

そこはさすがにビルの屋上だけあり、また大文字が近いこともあり、大文字がくっきりと見える場所である。また妙法も見えるはずだった。左大文字、舟形、鳥居も遠いか、位置により建物に隠れるが、なんとか見ることが出来る場所である。やがて8時の数秒前から大文字に火がともり始めた。いつもは徐々に点火されるのであるが、この日は一斉に点火されたようで、ぱっと燃え上がった。暗い夜空に幻想的な大文字の火が浮き上がった。みんなは、おっとどよめいた。幻想的な美しさだった。

聖子ちゃんは森先生の片手にしがみついていた。聖子ちゃんは森先生のお嫁さんになりたいと、大文字の火に向かって祈った。先生が自分に好意を持ってくれていることは明らかなのだが、それをはっきりと言ってくれないのがもどかしかった。「愛している」とか「好き」とか言ってほしかった。「結婚してくれ」と言ってくれれば最高だった。そう言われれば「はい、はい、はい、はい・・・」と10回くらい繰り返すつもりだった。先生お願い・・・、聖子ちゃんに取っては、大文字どころの騒ぎでは無かった。

森先生は、聖子ちゃんがしがみついてきて、乳房をグイグイ押し付けてくるものだから、もう頭がくらくらした。学生のときに満員電車でそんな経験が一度だけあり、そのときも卒倒しそうになったことを思い出した。森先生に取っては、全意識が手の感触に集中していて、大文字どころの騒ぎでは無かった。

二人の様子を見たお母さんは、聖子もだんだんと成長してきたわ、これで自分の計画も成就しそうだわと、ほくそ笑んだ。聖子の話によれば、これも松谷先生の薫陶の賜物らしい。聖子と森先生の結婚式には、松谷先生を特等席に座らせようと、大文字を見ながら、結婚式の段取りを密かに考えて楽しんだ。お母さんに取っても、大文字どころの騒ぎではなかった。

森田教授は愛娘が他の男の腕にしがみついているのを見て、少し複雑な心境になった。森君ではなく、自分の腕にしがみついてきた頃の聖子を思い出していた。聖子に、もう少し子供のままでいてほしかった。 お父さんに取っても、大文字どころの騒ぎではなかった。

高山先生と林君もひそかに森先生と聖子ちゃんの様子を見て、妄想を始めた。高山先生はバーチャル・リアリティの中で、新たに開発した3次元アバターの女性にしがみつかれながら、大文字を見ている妄想をしていた。林君は命を吹き込まれたリアル・ドールの詩織さんにしがみつかれて、大文字を見ている妄想をした。この二人とも妄想の世界の中でうっとりしていたので、大文字どころではなかった。

松谷先生は大文字の火を見ながら、あの大文字山の地下にトンネルを掘って、そこを秘密基地にして、世界征服をする妄想を始めた。スーパーコンピュータをトンネルに入れるとして、どこから穴を掘るか、電力をどう取るかという問題に熱中していた。要するにだれも真剣に大文字の送り火を鑑賞しているものはいなかったのである。

「妙法!!」やがて妙法に点火されたことに誰かが気がついて叫んだ。みんなははっと我に返って、妙法がよく見える位置に移動した。そうして妙法を眺めながら、全員はまた妄想の世界に入り込んだ。

カラオケ大会

やがて8時半になり、大文字も妙法も消えた。人々は我に帰った。お母さんが言った。

「みなさん、部屋に戻りましょう。食事を終えましょう」

みんなは部屋に戻り、今度はゆっくりと食事をして、ビールを飲んだ。

やがて聖子ちゃんが言った。

「みなさん、食事も終わったことですし、カラオケをしませんか。母はカラオケが好きで、よく歌うのですよ」
「まあ、聖子ったら、私、みんなの前で歌うのなんて、恥ずかしいわ、あんた歌いなさいよ。あの例の得意の歌を」
「聖子ちゃんの得意の歌って、何です?」と松谷先生。
「それは、当然、『せんせい』ですよ。森昌子の」とお母さん。
「聖子ちゃん、それをぜひ聞きたいね」と松谷先生。
「それじゃあ、恥ずかしいけど歌います」と聖子ちゃんはマイクを持って立ち上がった。

松谷先生が、いきなり立ち上がって、司会のまねごとを始めた。

「 幼い私が 胸焦し 慕い続けた 人の名は せんせい せんせい それはせんせーい です。それでは、森田聖子が歌います」

みんなは拍手した。聖子ちゃんはお父さんが操作したカラオケの伴奏をバックに歌い始めた。

みんなは「昌子っ」のかわりに「聖子っ」という間の手を入れた。聖子ちゃんは森先生を前に、先生の顔を見ながら、手をふりふり歌い、最後には思いがあふれて、ついウルウルしてしまった。歌が終わって、みんなはやんやの喝采をした。森先生はひとしきり大きく拍手をした。聖子ちゃんは、感極まってこぼした涙をふいた。

「森田聖子が歌いました。次は・・・」と松谷先生。
「お母さん得意の「越冬つばめ」を歌ってよ」と聖子ちゃん。
「ええ、それでは・・・」とお母さん。

実は、お母さんは歌いたくて仕方がなかったのだ。聖子ちゃんと松谷先生に促されて、いそいそとマイクを握った。また松谷先生が司会をした。

「ヒュルリー、ヒュルリララー、円弘志作曲、森昌子の「越冬ツバメ」、それでは森田昌子が歌います。どうぞ」

こんどはみんな「昌子っ」のかけ声をかけた。歌っているお母さんは中年になった森昌子に似ていた。若い学生はともかく、松谷先生はお母さんがきれいだと思った。

「こんどは森先生が歌ってください」と聖子ちゃん。森先生はもじもじしていたが、ついに意を決して立ち上がった。
「それでは布施明のシクラメンのかほりを歌います」
「その歌はお父さんの十八番じゃないですか」と聖子ちゃんとお母さんが叫んだ。
「いや、ははは」と照れる森田教授。
「じゃあ、二人でデュエットされたらどうですか」と松谷先生。
「ウム、そうだな、歌うか、森君、君が一番と二番を歌ってくれ、その後は僕だ。最後は合唱しよう」
「はい、分かりました」と森先生。
「真綿色した シクラメンほど 清しいものはない。出会いのときの君のようです。それでは森度自尊と森田先生、聖子ちゃんへの渾身の愛を込めて歌います」と松谷先生。

布施明に似てハンサムな森先生の歌は、なかなか大したものであった。森田先生も森先生ほどの声は出ないが、しみじみとした歌い方で好感が持てた。歌はみんなの心に染み入った。森先生は聖子ちゃんの顔を見ながら、絶唱した。聖子ちゃんは、森先生とお父さんの愛を感じて、またウルウルしてしまった。

全員、やんやの拍手であった。

「次は君が歌いなさいよ」と森田教授は秘書の坂本夏美さんを促した。坂本さんは、もじもじしていたが、やはり意を決して立ち上がった。
「奥様に張り合うつもりはありませんけれど、私も越冬ツバメを歌わせていただきます。奥様ほどには上手ではありませんが」
「絵に描いたような 幸せなんて 爪の先ほども 望んでません。それでは 坂本夏美が歌います。越冬ツバメ」と松谷先生。坂本さんは切々と歌いだした。

実は坂本さんは森先生に以前出会って、一目惚れをしたのだ。ボスの森田教授から聖子ちゃんと森先生のなれそめを聞いていたし、さきほどの屋上での二人の熱々ぶりをかいま見て、かなわぬ恋だとは分かっているが、それでも森先生に対する思慕を止めることが出来ないのだ。坂本さんは森先生の目をじっと見つめながら、越冬ツバメを切々と歌った。森先生はよくわからないが、坂本さんの迫力にどぎまぎした。みんなも坂本さんの今夜の壮絶な美しさに息をのんだ。

歌い終わった後で、男子学生は盛大に拍手したが、女子学生は坂本さんの歌の情感の込め方に何か異常なものを察して、パラパラとしか拍手しなかった。聖子ちゃんだけは、意味も分からずただただ拍手した。森田教授を始めとする男性陣も、もともとニブいので何も察しなかったので大いに拍手した。

しかしお母さんは女の直感で悟った。危ない、この人は森先生に恋している。聖子ちゃんは、坂本さんの大人の色香に対抗することは出来ないから、ただただ若さで勝負するしか無い。聖子に対して、森先生と会うときは、そんなフリフリの服ではなく、もっとスケスケの服を着なさい、胸元の大きく開いた服を着なさいという普段からの忠告を、もっと真剣にするつもりである。

五山送り火鑑賞会は、 このようにいろんな人の、いろんな思いが交錯して、終わったのだ。

続く

   
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