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ガリレオのピサの斜塔の実験と等価原理

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ピサの斜塔の実験

ニュートンの運動の三法則に関係して、ここで重力のことも見ておきましょう。そのためにガリレオがピサの斜塔で行った(とされる)実験の意味を考えましょう。実はこの話は創作で、実際は球を斜面上を転がしたそうですが、物体を落下させる方が本質をとらえているので、ガリレオが実際にピサの斜塔の実験をしたとして考えましょう。

彼がピサの斜塔の上から重さの異なる二つの金属球を同時に落下させると、同時に地上に落下しました。落下させるものは、空気の抵抗が無視できるような重いもので、羽根のようなものではダメです。

さてこの実験の意味は何でしょうか。当時信じられていた、ギリシャの大哲学者アリストテレスの説では、重いものほど速く落下するされていました。ガリレオは実験でアリストテレスの説を否定したのです。きっちりと制御された条件で実験して、物事を確かめる。これが現代科学の手法です。その意味でピサの斜塔の実験は重要です。近代科学の夜明けです。

重いものも軽いものも同時に落下するという考えは、当時の常識には反しましたが、しかし少し考えてみると当たり前なのですね。今、同じ大きさの金属球を二つ同時にピサの斜塔から落下させたとしましょう。同時に地面に落下しますよね。球を3個にしても同じです。そこで二つの球を糸でつないでみましょう。糸でつながれた方が、重さが倍になったのだから、単独のものより2倍の速さで落下しますか? 当然そんなことはないでしょう。どちらも同じ速さで落下するはずです。それでは二つの球を糸ではなくて、糊でくっつけたとしましょう。やはり同じ速さで落下するでしょう。つまりアリストテレスの考えは間違いで、球の落下速度は重さに関係ないということになります。ガリレオの方が正しいことは、今の思考実験だけで分かりますね。

ピサの斜塔の実験をニュートンの運動の第二法則の観点で考えましょう。第二法則は、質量×加速度は力であるといいます。いっぽう金属球に働く重力は、球の質量×重力加速度です。この二つが等しいとすると、球に働く加速度は重力加速度そのものです。

質量×加速度=質量×重力加速度

故に

加速度=重力加速度

つまりどんな重さの球でも、加速度は同じ重力加速度な訳ですから、速度も同じで、地上に落下する時刻も同じになる訳です。

等価原理

しかし ピサの斜塔の実験はさらにもっと深い意味があります。一般相対性理論の基礎となった等価原理の証明にもなっているのです。等価原理とはなんでしょうか。それは重力質量と慣性質量が等しいということです。どういうことでしょうか。先ほど質量という言葉を使いましたが、第二法則に出てくる質量と、重力を求める時に出てくる質量は、概念的には異なるものです。前者を慣性質量、後者を重力質量と呼びます。

ニュートンの運動の第二法則より、力とは質量と加速度を掛け合わせたものです。ここでいう質量は慣性質量です。慣性質量とは、動かしにくさのことです。式で書くと

力=慣性質量×加速度

地球上にある物体はすべて地球からの引力によって引っ張られます。その引っ張る力のことを重力と呼びます。重力の大きさは重力質量と重力加速度の積です。式に書くと

重力=重力質量×重力加速度

となります。 地球上で物体にかかる重力加速度は約9.8メートル毎秒の2乗と決まっています。

物体に働く「力」は「重力」ですから、先の二つの力を等しいとおきます。

力=慣性質量×加速度=重力質量×重力加速度=重力

さてここで重力質量と慣性質量が等しいとしましょう。(厳密に言えば比例するだけでよい。) すると

加速度=重力加速度

となります。つまり物体が重かろうが軽かろうが、どんな物体にも同じ加速度が働きます。ですから二つの物体は同じ運動をして、落下速度も等しく、落下する時も同時ということになります。

つまりピサの斜塔の実験は重力質量と慣性質量が等しいということ、つまり等価原理の証明にもなっているのです。ニュートンも実験しました。ニュートンは重力質量と慣性質量はいつも厳密に等しいし仮定しました。

ピサの斜塔の実験精度程度では、等価原理がどの程度、精密に成り立つか、よく分かりません。その後、19世紀から20世紀の初頭にハンガリーの物理学者のエトベッシュが非常に精密な実験を行い、重力質量と慣性質量の差はあったとしても、1億分の1程度であることを示しました。この種の実験はそれからもずっと行われていて、最近の結果では100兆分の1程度になっています。さらに近い将来10京分の1にまでなるはずです。

等価原理はアインシュタインの一般相対性原理の基礎です。どういうことでしょうか。いま天体から十分に離れた宇宙空間にロケットが浮いているとします。このロケットが一定の加速度で加速運動しているとします。するとロケットの内部では、慣性質量×加速度のような慣性力、つまり見かけの力が働きます。この慣性力は性質が重力に非常に似ています。力を遮ることが出来ません。どんな質量の物体も同じ加速度を感じます。

そこでもし慣性質量と重力質量が等しいなら、この見かけの力は重力そのものだと考えてもいいでしょう。それがアインシュタインの重力に対する考え方です。あるいは慣性力と重力が同等視できるなら、慣性質量と重力質量は常に等しい訳です。

こうして見ると重力とは非常に単純な概念のようですが、じつは、重力は現代物理学にとってもとても難しい問題です。重力は力のなかでも非常に特殊なものです。ニュートン力学の範囲ではある程度単純ですが、アインシュタインの一般相対性理論になると重力という力はないことになります。真の力、たとえばものを押したりするような力は普通の力で、一般相対性理論のなかでも存在します。しかし重力そのものは存在しません。一般相対性理論では重力は、空間の性質なのです。だから重力を力の代表のように扱うことは危険です。

坂を転がる缶コーヒー

ガリレオが実際に行った実験は、斜面を二つの重さの異なる球を転がして、その速さが同じであったことを確かめたと言われています。しかし、よく考えるとこの実験は僥倖であったと思います。なぜでしょうか。

斜面を転がる缶コーヒーの実験というものがあります。二つの同じ種類の缶コーヒーを用意します。その一つは、先に冷凍庫に入れて、中まですっかり凍らしておきます。もう一つは凍っていない通常の缶コーヒーです。これら二つの缶コーヒーを斜面から同時に転がすと、どちらが先に転がるでしょうか。

実はこの問題は、NPO法人あいんしゅたいんが行っている親子理科実験教室で、講師の立命館大学教授の山下先生が出された問題です。先生がどちらが速く転がりますか?と小学生に質問されました。答えは凍った方が速いか、凍っていない方が速いか、あるいは同じ速さか? 三択です。生徒たちの反応はまちまちでした。ピサの斜塔の実験を考えれば、同じと答えるでしょう。凍った方が缶とコーヒーが一体となって転がるから速い、あるいは凍ってない方は内部の液体の摩擦があるから遅い。いろいろ考えられます。私は凍った方が速いと思いました。

ところが実験してみると、なんと凍っていない方が速かったのです。私は度肝を抜かれました。しかし説明を聞くと、納得しました。その説明はこうです。この問題は力学的エネルギー保存の考えで簡単に説明できます。

まず斜面の上部において静止している二つの缶コーヒーは位置エネルギーだけを持っています。それらが転がり始めると、位置エネルギーを失い、運動エネルギーになります。ところが缶コーヒーは回転しているので、エネルギーの一部を回転エネルギーに与えなくてはなりません。凍っている缶コーヒーは全体が回転しますから、回転エネルギーは大きいです。ところが凍っていない缶コーヒーは、缶だけが回転して、コーヒーはほとんど回転しません。ですから回転エネルギーに行く分は少なく、ほとんどが運動エネルギーだけです。だから凍っていない缶コーヒーの方が速く転がるのです。

私はあまり感動したので、当日の夜、名古屋であった科学カフェのクリスマスパーティーでこの話をしました。答えを言わないで挙手でアンケートをとりました。そうしたら大部分の参加者(市民と著名な科学者たち)は、凍ったものが速く転がると答えました。一部の人は同じ速さと答えました。凍ってない方が速いと答えたのは1名だけでした。知っていたのでしょうね。

この問題はエネルギー保存則で考えると簡単ですが、運動方程式を立てると難しいです。慣性モーメントを考えなくてはなりません。二つの同じ材質で出来た、大きさの異なる球を転がした時にはどうなるでしょうか。問題は慣性モーメントです。二つの球の内部の密度分布が相似であれば、運動方程式から質量を消し去ることが出来て、同じ速さで転がるでしょう。でも違っていたら、違う速さで転がるでしょう。例えば凍った缶コーヒーと、中のコーヒーを抜いた空の缶との比較です。

ガリレオが僥倖だといったのは、球の内部構造が同じだったからです。もっともピサの斜塔から落下させる分には、そんなややこしい問題はありません。だからピサの斜塔実験で説明する方がよいのです。

   
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