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木星のガリレオ衛星とゼウスの愛人達

詳細

ガリレオが発見した木星の衛星はイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと命名されている。この名前は木星(ジュピター、ゼウス)の愛人の名前から取ったものである。ここではそれらの衛星の名前の元となったギリシャ神話の挿話について述べる。現代的な視点で神話を読む限り、ゼウスの行為は恋愛と言うよりは、むしろ強奪、強姦と言うべきものである。しかし歴史的、社会的に見ると、ゼウスの行為は、略奪婚という結婚の一形態と見なすべきであることを主張する。

木星のガリレオ衛星

ガリレオ・ガリレオが望遠鏡を発明して、さまざまな天体を観測したが、そのなかに木星の衛星がある。ガリレオは1610年1月7日に木星の回りに4つの衛星を発見した。大きな木星の周囲を小さな惑星が回っていることを見て、コペルニクスの地動説の裏付けの一つとガリレオは考えた。ほぼ同じ時期にドイツのマリウスという人も木星の4つの衛星を観測した。ガリレオはこれらの名前をI,II,III,IVの番号で呼んだが、マリウスは木星がジュピター(ゼウス)の名前を与えられていることから、ゼウスの愛人の名前を衛星に与えた。内側からイオ、エウロパ、ガニメデ、カリストである(図参照)。それぞれほぼ地球の月と匹敵する大きさである。本稿ではまず、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストおよびその他のゼウスの愛人に関するギリシャ神話について述べる。

木星ジュピター・ゼウス

太陽系最大の惑星、木星は英語ではジュピターと呼ばれるが、ジュピターはギリシャ的な呼び名でゼウスである。ゼウスはギリシャ神話の主神で全能の神である。宇宙、天候とくに雷、社会秩序を守る神である。オリンポス12神を始めとする神々の長である。ゼウスはローマ神話ではユーピテルとよばれ、英語ではジュピターである。ティターン(タイタン)神族のクロノスとレアーの末子である。海の神ポセイドン(ネプチューン)、冥府の神ハーデース(ハデス、プルート)は兄である。さまざまな女神や人間の女性と交わり、多くの子供を残した。

ヘラ

ゼウスの正妻であるヘラについて少し述べておこう。ヘラは正式にはへーラーと呼ぶべきだが、ここでは簡単にヘラですませる。最高神ゼウスの妻であるから、ギリシャ神話における最高位の女神である。クロノスとレアーの娘であり、ゼウスの姉である。ゼウスが浮気であるので、嫉妬深く、ゼウスの浮気を監視し、浮気相手やその子孫に復讐する残酷な面をもっている。毎年カナートスの泉で水浴びして、若返る。

イオ

イオはヘラの巫女であったが、ゼウスが彼女に目をつけて、雲に化けてイオを犯した。妻のヘラに見つかりそうになり、とっさにイオを牝牛に変え、交わっていないと言い張った。ヘラは信用せず、牝牛をもらい受け、全身に目があるアルゴスに見張りをさせた。アルゴスは牝牛を森の中のオリーブにつないだ。困ったゼウスはヘルメスに牝牛を盗み出すように言った。アルゴスは百の目があり、寝ているときもどれかの目が開いているのである。ヘルメスは仕方なく奸計をもちいてアルゴスを殺した。ヘラはアルゴスの死を悼んで、その目をクジャクの羽につけたと言われている。

イオはかわりに牝牛にアブを送った。アブに苦しめられた牝牛は逃げ惑い、イオニア海、ボスポラス海峡を通って最終的にエジプトまで逃げて、そこで人間に戻った。そしてエバポスというゼウスの子供を産んだ。ヘラは手下に命じてエバポスを隠したが、ゼウスはヘラの手下を殺し、イオはビュブロス王に育てられている息子を見つけ、王の王妃になった。エバポスも最終的にはエジプト王になった。絵は雲に化けたゼウスに抱かれるイオでコレッジョの作品である。

エウロパ

エウロパ(エウローペー)はフェニキアのシドンの王の美しい王女であった。彼女に目をつけたゼウスは、今度は自分が白い牡牛に化けて、侍女とピクニックをしていたエウロパに接近した。この牛はとてもきれいで大人しかった。エウロパはもの珍しさに牡牛にさわり、やがて乗ってみた。すると牡牛はゆっくりと起き上がり、海岸まで歩いていった。そこで急に海に飛び込んで泳ぎ始めた。エウロパはびっくりして、牡牛にしがみついた。牡牛は言った。自分はゼウスであり、エウロパをクレタ島まで連れて行き、そこでエウロパをお妃にするつもりだと言った。そしてクレタ島が属する大陸にヨーロッパという名前をつけると約束した。エウロパはクレタ島で美しい宮殿をあてがわれて、ゼウスの妃となり、ゼウスの三人の子供を産んだ。その子供の一人は後にクレタ王になった。ゼウスの牡牛はその後、天空にあがって牡牛座になった。図はゼウスに誘拐されるエウロパで、ティツィアーノの作品である。

ガニメデ

木星の衛星ガニメデの語源はギリシャ神話に登場するトロイの王子ガニュメデスから来ている。ここではその王子をガニメデと呼ぶことにする。ゼウスには男も女も関係ないようで、今度は美少年のガニメデを鷲に化けて誘拐した。そしてオリンポスの給仕に任命した。この仕事は本来はゼウスとヘラの娘へーべーの仕事であったが、彼女がヘラクレスに妻として与えられたので空席になっていたのだ。この仕事のためにガニメデには永遠の若さと不死が与えられた。絵は鷲に化けたゼウスにさらわれるガニメデでコレッジョの作品である。

カリスト

カリストはアルカディア王リュカーオーンの娘であり、ゼウスの娘であるアルテミスに使えていた。アルテミスは処女神であり、男には興味がなかった。カリストも美しい乙女で色恋には興味がなかった。カリストの美しさに目をつけたゼウスは、あろうことか娘のアルテミスに化けて近づき、カリストを犯した。カリストはそれで妊娠してしまった。妊娠がアルテミスにしれることを恐れていたのだが、何ヶ月かたったときに、水浴に誘われ、断り切れずに衣服を脱いだので、妊娠がばれてしまった。怒ったアルテミスはカリストを熊に変えてしまった。ゼウスとの子どもはアルカスという。最終的にはカリストは殺されたが、ゼウスはカリストをおおぐま座に、アルカスをこぐま座にした。絵は『ユピテルとカリスト』でフランソワ・ブーシェの作品である。

レダ

ゼウスの女性遍歴について語ったついでに、もっと有名なケースを紹介しよう。レダはスパルタ王テュンダレオースの王妃であった。その美しさに目をつけたゼウスは、愛と美の女神アフロディティ(ビーナス)に相談した。そこでアフロディティが鷲に化け、ゼウスが白鳥に化けて、鷲に追いかけられるシーンを演じた。そうして白鳥はレダに助けを求めた。レダは白鳥をかくまったら、ゼウスが白鳥の姿のまま、レダを犯した。それでレダは妊娠したのだが、レダはその夜、夫にも抱かれ、こちらの方も子どもを授かった。レダは二つの卵を産むことになる。それぞれの卵から双子が生まれた。ゼウスの子どもはヘレネー(トロイのヘレン)とポリュデウケースで、カストルとクリュタイムネーストラはテュンダレオースの子どもである。レダと白鳥の話は西欧絵画で人気のある主題で、多くの画家に描かれている。この絵は白鳥に犯されるレダで、ミケランジェロの作品である。

ダナエ

ダナエはアルゴス王アクリシオスの美しい娘であった。神託をえると王はダナエの子どもに殺されるという。そこで王はダナエを男に近づけないように青銅の部屋に閉じ込めた。しかしゼウスはダナエの美しさに惹かれて、今度は雨に化けて忍び込み、ダナエと交わった。やがてダナエはペルセウスを生む。王は母子を殺すに忍びず、箱に入れて海に流した。二人は漁師に救われた。その島の王ははダナエに横恋慕して、邪魔なペルセウスを始末するために、メデューサを退治するように言いつけた。メデューサは髪の毛が蛇で、見つめられると石になる。ペルセウスはメデューサを退治して、王を石に変えて、母親を救った。その後、ベルセウスは海の怪獣に生け贄として捧げられているアンドロメダを救うことになる。ダナエの話も西欧絵画の格好の主題で、コレッジオ、ティツィアーノ、レンブラント達により描かれている。この絵はグスタフ・クリムトによるものである。ダナエの両足の間にあるのはゼウスの化けた黄金の雨である。

略奪婚

ゼウスとその愛人についてのギリシャ神話を学生に話すと、呆れられる。 2つの点が現在の学生、特に女子学生には受け入れられない。その一つはゼウスがたくさんの女性を相手にしていることである。ゼウスは男性すら愛人にしているのである。第二のもっと重要な点は、ゼウスと女性の関係が愛情や合意に基づくものではなく、むしろ強姦、レイプに近いことである。

神話というものは、誰か1人の作品ではなく、民族に語り継がれてきた民族発祥の伝説をある時点で誰かが作品化したものであろう。これは古事記や日本書紀に語られる日本の神話でも同じである。同じ話でも、著者が違えば内容は少し異なる。というわけでゼウスに関するギリシャ神話にもいろいろなバージョンがある。

それはともかく、神話というものは何らかの歴史的事実を反映しているものである。そう考えるとゼウスの神話も、当時の地中海世界の歴史的事実を反映しているはずである。つまりゼウスとその愛人との関係は、当時の婚姻関係を反映しているのではないだろうか。そう思って調べると、略奪婚という形式にたどり着く。つまりギリシャ神話は、当時の地中海世界における略奪婚と言う結婚の形式を反映していたのであろう。

第一の問題点、つまり1人の男性がたくさんの女性を妻にするという点に関しては、一夫多妻制であり特に違和感は無いように思われる。イスラム世界では現在でも妻を4人まで持つことが許されている。日本でも源氏物語に見るように、貴族などの有力な男性はたくさんの女性を妻としていた。戦国武将も側室を置いていた。江戸時代に入っても、将軍を筆頭とする有力な武士は側室を持っていた。これは確実に子孫を作るためである。当時の社会にあっては個人よりも家の存続が重要であったからだ。有力な商人も、妻の他に妾を持っていた。

さて合意のない結婚であるが、それを略奪婚という。略奪婚とは男性が女性を、多くの場合は合意なしに略奪し、レイプし、そして妻にする結婚の形式である。結婚の一形式であるから、現在のレイプとは異なり、責任を取り後の面倒を見た。むしろ大切にしたケースもある。略奪婚とはレイプ自体が目的ではなく、妻を獲得する行為である。もっとも場合によっては、あらかじめ女性の合意がある場合があり、それは駆け落ちである。それは今後の議論には含めないことにする。

略奪婚には2種類ある。1人の女性を1人の男性が略奪する場合と、多数の女性を多数の男性が略奪する場合である。まず前者について述べる。

なぜ略奪婚と言う結婚形式が存在するのか。未開な社会においては、女性も重要な労働力である。若い未婚の女性を持つ家族は、女性を手放したがらない。有力な労働力を失うからである。一方その女性を妻にする家族は、有力な労働力を得ることになる。そこで他の家庭から若い女性を妻に迎えるには、それ相応のお金とか財物を提供しなければならない。それもかなりの額である。いわゆる結納金とは逆の形式である。

ところが男性が貧乏でお金を出せないとか、病弱や犯罪者であって嫁のきてがない場合がある。そういう場合に、若い男性が他の家族の若い未婚の女性を略奪するのである。略奪は当人だけではなく、友人や親戚の男性まで加わって行れることが多い。女性を略奪した場合、全員でレイプする。そして女性が妊娠した場合、正式に結婚を申し込むのである。女性の家族も、その女性が略奪された場合、その後の結婚に差し支える。妊娠した場合はなおさらである。いずれにしても結婚を認めざる得ない。

もちろん女性を奪われた家族も、黙ってはいない。さらわれた女性を探すのである。たとえば映画「トロイ」において、兄が略奪された妹を探すシーンがあった。一説によれば、新婚旅行というものは、略奪結婚の名残りであると言う。奪ってきた妻を追求の目から隠すために旅に出るのである。そうして女性が妊娠するまで逃げおおすのである。

調べてみると、現代の世界においても略奪婚はアフリカ、中央アジア、コーカサス地方において存在する。しかもその数が増加しているという報告すらある。キルギスにおいては結婚の60-70%は略奪婚だと言われている。

いかに発展途上国であると言っても、女性を誘拐しレイプするのは国家の法律では犯罪である。しかしながらこういった国では国家の法律が地方まで貫徹しない場合が多い。地方の村では、長老たちが実権を握っており、彼らには略奪婚はそれほど重大な関心事ではない。アフリカにおいても、略奪婚があった場合、警察は略奪者を逮捕するのだが、まともに裁判することもなくすぐに釈放してしまう。こういった国では、略奪を恐れて、若い女性が学校に通う事を家族が嫌うことが問題になっている。また10歳程度の若い少女でも略奪され、妊娠することがあるのも大きな社会的問題になっている。

サビニの女たちの略奪

多数の男性が多数の女性をレイプする現象は戦争につきものである。昔はそれによって妻を獲得した場合がある。有名なケースは「サビニの女たちの略奪 The rape of the Sabine women」である。このテーマは西欧絵画の有名な主題の1つである。話はローマ建国の時にさかのぼる。ローマ建国の英雄レムルスが姦計を使って周辺に住むサビニ族の女を多数略奪し、妻にした事件である。

当時のローマは建国当初であり、若い女性が不足していた。そこでレムルスはローマで祭りを行うと言って、サビニ族の男女をローマに招待した。祭りもたけなわの頃に、ローマの若い男たちが武装して現れ、男は殺し女をレイプしたのである。そしてその女を妻にした。サビニ族の王は怒ってローマに対し宣戦した。なんども激しい戦いが行われたが、決着がつかなかった。

そのうちに奪われた女たちに子供が出来た。そうなると女たちも夫に対する愛着が生じてきた。戦っているのは父と夫である。その状態に困り、女たちは戦争の調停に乗り出した。戦闘の最中に女たちは赤ん坊を連れて中に割って入り、もし戦争を続けたいなら女と子供を殺してからやれと言った。結局それで戦争は中止になり、最終的にはサビニ族もローマに吸収されていった。

   
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