研究所紹介  

   

活動  

   

情報発信  

   

あいんしゅたいんページ  

   

人間原理と数学原理・・・宇宙はなぜこれほどうまくできているのか?

詳細

本稿ではこの宇宙が非常にうまくできている事、またその理由は、人間が存在するからだと言う人間原理を紹介する。またこの宇宙を作ったのは、別の世界の宇宙人であると言う、ガリスの数学原理を紹介する。

人間原理

かつて哲学者ライプニッツは、この世界は考えられる限り最善の世界であると考えた。その理由は、神がこの世界を作ったのだから、最善のものしか作りようがないからであるという。一方ショーペンハウエルはこの世界は可能な限り最悪の世界であると考えた。しかし、もしそれが正しいとすれば、そもそも神はショーペンハウエルを存在させておくはずはないと、私は思う。

このような哲学的議論は、考える人の立場でどうとでもなり、根拠や証拠はない。ところがこの種の哲学的議論が、現代宇宙論で人間原理として再び議論されている。人間原理によれば宇宙が現在のような姿をしているのは、人間が存在するからだという。例えば自然定数を考えると、それが現在の値よりもわずかに違っておれば、地球ができなかったり、炭素原子ができなかったりして、人間のような知的生命体が生まれないと考える。知的生命体が存在しない宇宙は、観測されないので、存在しないのと同然である。

議論を始める前にまず次の宇宙物理学的事実を踏まえておこう。我々の地球は今から46億年前にできた。つまり宇宙ができて約90億年後である。地球は原始太陽系星雲の中にあるチリから作られた。チリを形成する主要な元素はケイ素である。また地球を形成する主要な元素は鉄、酸素、ケイ素、マグネシウム、ニッケルなどである。人間を形成する主要な元素は、水に含まれる水素を別とすれば酸素、炭素などである。

宇宙物理学では水素とヘリウム以外の元素を重元素と呼ぶ。ビックバン宇宙論によれば宇宙の初期にできた元素は水素とヘリウムである。それ以外の重元素は、後に星の中の核融合反応で、あるいは星の超新星爆発の際に作られた。宇宙の始めに生まれた初代星には水素とヘリウムしか存在しないので、重元素がなく、したがって惑星は作ることができない。太陽程度の質量の星の寿命は100億年程度である。

人間原理的考えが初めて提唱されたのは、アメリカの宇宙論学者ディッケ(Robert Dicke)によってである(1961)。ディッケは現在の宇宙の年齢が100億年程度であるのは偶然ではないという(最新の知見によれば、現在の宇宙の年齢は137億年である)。現在の宇宙は若すぎもせず、かといって年寄りすぎもしない黄金期であると言う。それが必然だというのがディッケの主張である。もし現在の宇宙の年齢の現在の1/10以下の時代であれば、重元素が十分に生成されていない。したがって惑星や生命は存在しなかったはずだ。一方現在の年齢の十倍以上の時代であれば、星はほとんど死に絶えているであろうから、知的生命は存在しない。知的生命体が存在するの宇宙の黄金期である。
ディッケはさらに宇宙の平均密度が、臨界密度に極めて近い事は偶然ではないと言う。このことは最近のWMAPの観測により、非常に良い精度で確かめられている。もし宇宙の平均密度が臨界密度よりずっと大きければ、宇宙は膨張してすぐに収縮に転じて、ビッグクランチに至る。そのような世界では、宇宙年齢が短いので、生命を作っている時間がない。一方宇宙の平均密度が、臨界密度よりずっと小さければ、宇宙は急速に膨張して、星や銀河など重力で束縛された天体はできないであろう。すると惑星も形成されず、生命も形成されない。

最近の研究によれば、宇宙は現在加速膨張している。その理由として宇宙定数の存在が考えられている。ところが宇宙定数の値は、素粒子物理学が考える自然な値よりも120桁も小さいのである。これも偶然ではなく、そうでなければ宇宙は急速にインフレーションを起こしてしまう。そんな宇宙では星を作ることができない。当然、惑星を作ることもできないので、生命が存在しない。だから自然な宇宙定数を持つ宇宙は観測されないのだ。

その他、物理定数の値は、生命の形成に極めて好都合な値をとっていることが分かっている。たとえば強い相互作用の大きさが現在の値よりも少し強ければ、中性子同士がくっついた重中性子とか陽子同士がくっついた重陽子が形成されて、宇宙初期において水素は全てヘリウムに変わってしまう。すると水ができないので、我々のような生命ができない。

さらに考えを進めていくと、空間が3次元である理由も説明できる。もし空間が2次元であれば、あまりに簡単すぎるので生命のような複雑な存在は作れない。しかし空間が4次元以上であれば、どんな複雑な構造も作れるように思われる。ところが空間が4次元だと仮定して、シュレーディンガー方程式を解いてみると、水素の束縛状態が存在しない。つまり原子が作れないのだ。その理由はクーロンの法則による電荷間の力が、距離の2乗ではなく3乗に反比例するので、距離とともに急速に弱まるからだ。

人間原理という言葉を意識的に使ったのは、ブランドン・カーター(Brandon Carter)である(1973)。彼はコペルニクス生誕500周年記念シンポジウムでこの考えを提案した。コペルニクスは、地球が宇宙の中心ではないという地動説を唱えた。このコペルニクスの原理をさらに拡張して、人間はこの宇宙の中で、いかなる特権的地位にもいないという考えが提案された。これを「平凡性原理」と呼ぶことにする。カーターはこの考えに、異を唱えたことになる。確かに地球は宇宙の中心にいるわけではないし、銀河も宇宙の中心にあるわけではない。しかしながら、それでも人間は少しは特権的な地位にいるというのが人間原理の考えである。

カーターは人間原理を弱い人間原理と強い人間原理に分類した。カーターの言う弱い人間原理は、ディッケが言うように、人間が宇宙の中で、特定の時間と空間にいるのは必然であると言う考えである。強い人間原理はさらに進んで、上に述べたように自然定数が特定の値を取るのは、観測者としての人間がいるからだとする考えである。

Barlow とTiplerは1986年に有名な「 The Anthropic Cosmological Principle: 人間的宇宙原理」という本を書いた。この中でバーローたちは人間原理に都合の良いさまざまな例を紹介している。ただここで少し混乱が生じたのが、弱い人間原理と強い人間原理の定義を、カーターのものとは少し違えたことだ。彼らは強い人間原理では、この宇宙では必ず知的生命体が生じると主張したのだ。この考え方はキリスト教が主張する創造説とかインテリジェントデザイン説につながっていく可能性がある。

ガリスの数学原理

アメリカは世界の中でも非常に特殊な国でキリスト教原理主義の力が強い。だからダーウィンの進化論が間違いだとか、学校で教えるべきではないと主張する宗教勢力が一定の力を持っている。もっともまともな科学者で、その立場を支持する者はいない。そこで彼らは宗教色を弱める為に、この世界を作ったのは、キリスト教の神であるとは言わずに、非常に知性の高い何者かだと主張し始めた。これをインテリジェントデザイン説と呼ぶ。

しかし最近、宗教色を帯びない、インテリジェントデザイン説を唱える学者が現れた。オーストラリア出身のヒューゴ・デ・ガリス(Hugo de Garis)という人工知能研究者である(1947- )。彼の議論は「神は数学者か?」というものだ。私にとっては非常に興味深いのでここで紹介したい。

彼はアングロサクソンの人間であるから、キリスト教の教育を受けて育った。しかし科学者になってから、キリスト教に疑問を抱くようになり、現在ではキリスト教の神を全く認めない。もしキリスト教の神が存在するなら、どうして二十世紀に何億もの人が、戦争などで殺されたのだと言う。宗教の神は未開人の信じるクズのようなものだという。

彼は神が人間を作ったのではなく、人間が神を発明したのだという。世界中にはキリスト教やイスラム教などの一神教の神だけではなく、何十万もの神が存在する。人間が神を発明した理由は、神を信じることにより、心の平安が得られるなどのメリットが得られるからであろう。

ガリスは1990年代に、遺伝的アルゴリズムを使って、三次元のセルオートマトンを使ったニューラルネットワークが、自動的に進化して行く様子を研究した。彼はこの手法で人工頭脳を作ると、それは勝手に進化して、どんどん賢くなって行き、最終的には、人間の知能を遥かに凌駕するようになると主張する。彼は1994年から2000年まで京阪奈にある国際電気通信基礎技術研究所で研究をしていた。そこで彼は「ロボ子猫プロジェクト」に従事した。その後、中国に渡り大学教授になり、中国で初めての人工頭脳を作った。現在では定年退職をしており、中国に住んでいる。そして盛んに出版活動、講演活動を行っている。

ガリスの議論は以下のようなものだ。人工知能がドンドン賢くなっていき、 21世紀の後半のある時点で、その知能が人間の知能の1兆倍の1兆倍にも達するという。そのような知能は人間から比べればまるで神のような存在である。ガリスはそれを人工知性(Artilect)と名付ける。その人工知性から見れば、人間の存在意義は無く、消滅させても構わないはずだ。
そう考えると、人工知能をこのまま、進歩させていくと人類が破滅する危険性がある。その時になり人類は宇宙主義者と地球主義者の二派に分かれるという。宇宙主義者は、たとえ人類が滅んでも人工知性を作るのが人間の使命であると主張する。一方、地球主義者はどんなことがあっても、人類の滅亡だけは防がねばならないと主張する。そこでこの二派の議論が白熱して最終的には大戦争になるというのだ。そして、数十億人が殺されるとガリスは言う(The Artilect War: Cosmists Vs. Terrans: A Bitter Controversy Concerning Whether Humanity Should Build Godlike Massively Intelligent Machines)。

人工知能の発達を抑えられない理由がある。近い未来の有力産業として家庭ロボットがある。家庭ロボットの知能がドンドン上がって、人間の知能に接近してきた時に、人間は脅威を感じ始めるであろう。そこで家庭ロボットの知能は一定の線以下に限るという法律を作ることができるだろうか。家庭ロボット産業は巨大産業になっているので、事は簡単ではないであろう。

さらに人工知能の発展を抑えることができない政治的な理由がある。米中の対立である。中国は現在破竹の勢いで発展しており、米国は長期低落傾向にある。多分、2020年代に中国は米国を追い越すであろう。それを防ぐために米国は人工知能とロボット兵器の研究を促進する。対抗上中国も同様の研究をせざるを得ない。国家の安全保障がかかっている以上、国民の99%が反対しても、政府は研究を止めないであろうとガリスは主張する。

ガリスの主張に対して、人工知能学者には賛否両論がある。私が興味があるのはIs God an Allen Mathematician?という、ガリスの最新のインタビューである。そのような神のような機械、人工知性ができたら、その神はどうするであろうか。彼はあらゆるものをコンピューターに改造し始めるであろう。地球全体、小惑星、太陽系、銀河系、最終的には宇宙全体をコンピューターにしてしまうかもしれない。

神はさらに進んで全く新しい宇宙を創造するかもしれない。宇宙のインフレーション理論が言うように、原理的には実験室でインフレーションを発生させて、新しい宇宙を作ることができる。その人工の神は、まさに造物主になるのである。そうだとするとこの宇宙も、さらに別の宇宙の宇宙人が作った人工知性が作ったのかもしれない。つまりインテリジェントデザイン説の言うデザイナーは、どこか他所の宇宙の人工知性のことであるかもしれない。

この神は新しく作る宇宙は、数学原理に従って作るであろう。そして神は新しく作った宇宙の中で再び人工知性が生まれるように、宇宙をうまく作るであろう。つまり神は数学者である。この世界がなぜ上手くできているか?それは前世の宇宙人がいるからだ。これがガリスの言う「数学原理」である。

   
© NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん (JEin). All Rights Reserved