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ニューラリンクとシンギュラリティ

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私は京都に住んでいる。7月17日は京都にとって特別な日である。八坂神社のお祭りである祇園祭の一つのクライマックスの日である。その日に山鉾巡行が行われる。四条通り界隈の町々がそれぞれ山鉾とか山車(だし)を作っている。それが市内を巡行するのが山鉾巡行である。前日は宵山といい、山鉾や山車が展示されていて、たくさんの観光客がそれを見にくる。7月16日の宵山と17日の山鉾巡行が祇園祭のピークである。私は2019年7月17日に四条通りに設けられた特設の見物席に座って山鉾巡行を見ていた。そのとき知人からメール連絡があり、イーロン・マスクのニューラリンク社の発表が間もなくあり、それがライブストリームで流されるという。

私はさすがに山鉾巡行中にそれを見ることはできなかったが、終わってからその一部を見て、これは歴史的な事件であると直感した。そして翌日に、私の主催する秘密研究所で研究所員とそれを全部見た。2時間に及ぶ長いプレゼンテーションであった。初めにイーロン・マスクが簡単な紹介をして、そのあと5名の社員による専門的な話が続いた。それはまさに歴史的、画期的なプレゼンであった。

そもそもイーロン・マスクが日本時間の2019年7月17日に、この発表を行ったのは一つの狙いがある。それは月に始めて着陸したアポロ11号宇宙船が、ケープカナベラル基地から打ち上げられたのが1969年7月16日である。ちなみに米国と日本では時差の関係で1日のズレがある。つまりその50年後に発表したのだ。アポロ11号は7月20日に月面着陸した。そのとき着陸船の船長のアームストロングが言った名言がある。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である。」イーロン・マスクはまさにこれが言いたかったのだ。つまりニューラリンク社の当日の発表は、たしかにまだ小さな成功話に過ぎないが、これが人類社会の大きな変革へ導く第一歩であると言いたいのだ。私もそれに同感である。私はまさにシンギュラリティが始まったのだと思った。もっとも今後どうなるかは、だれも正確には予言できない。しかし歴史的嗅覚を持っているとそうなのだ。

イーロン・マスクは現代の天才である。彼はペイ・パル社を起業し大成功を収めた。しかし彼の業績はそれだけではない。電気自動車のテスラ・モーターを率いて、自動車産業に革命を起こしている。またスペースX社を起業して、民間で宇宙計画を推進して、人類の火星移住を計画している。そして今回のニューラリンク社の発表だ。それについてはおいおい話す。

私は世界を変革するのは天才であると思っている。現代の天才には、イーロン・マスクの他にはアップル社を起業したスティーブ・ジョブスがいる。2007年に初代のiPhoneが発表されたが、当時、私はその意義を過小評価していた。所詮、電話だろうと。しかしこれは私の間違いであった。実際、日本のメディアも過小評価していた。

iPhoneは革命である。その後のiPhoneとその類似品をまとめてスマートフォン、つまりスマホというが、スマホは現代人の生活を一変したのである。地下鉄に乗ると向かいに座った人のほとんどがスマホをいじっている。つまりスマホは世界中の人間の行動を変えたのだ。これをたった一人の人間、スティーブ・ジョブスが成し遂げたのだ。一人の人間は非力である。しかし天才的人間は偉大な力を発揮する。iPhoneの意義を過小評価した私は、私は今回のニューラリンクの発表は正しく評価したい。

さてニューラリンク社とはイーロン・マスクが2016年に起業したベンチャーである。その目的は侵襲型の脳・コンピュータ・インターフェイスを開発することである。脳・コンピュータ・インターフェイスとは脳とコンピュータを接続する装置である。

侵襲型とは頭蓋骨に穴を開けるタイプである。いっぽう、非侵襲型は頭蓋骨に穴を開けないタイプである。非侵襲型の方がはるかに簡単で人々に受け入れられやすい。しかし非侵襲型のインターフェイスで得られる情報量は圧倒的に少ない。

非侵襲型の代表的なものとして脳波を読み取る装置がすでに市販されている。これを使って頭に思い浮かべるだけで、コンピュータのカーソルを動かすことができる。しかしこれでコンピュータにタイプ入力するのは極めて効率が悪い。やり取りする情報量が少ない、つまり帯域幅が小さいからである。

侵襲型は頭蓋骨に穴を開けるという手術を必要とするのでたいそうだが、やりとりできる情報量が圧倒的に大きい。ニューラリンク社が発表したのはニューラルレースというものだ。それは直径が髪の毛の1/4ほどの細い電線だ。まず頭蓋骨を直径1センチメートル程度の円形の穴を開ける。そして大脳新皮質を露出させる。そこに先のニューラルレースを打ち込む。これが難しい。というのは、新皮質内には無数の微細な血管が走っている。それを傷つけないようにニューラルレースを打ち込まねばならない。人は息をしているので、それらの血管が微妙に動くのだ。この困難を回避するために、彼らは手術ロボットを開発した。そして1024本ものニューラルレースを打ち込む。たとえて見れば、このロボットは衣服を縫うミシンのようなものだ。

それらのニューラルレースは神経細胞であるニューロンの側に打ち込まれる。ニューラルレースはニューロンの電位を測定する。ニューロンは他の多数のニューロンと軸索で結びついている。あるニューロンの軸索の先にはシナプスがあり、それが他のニューロンの樹状突起にあるシナプスと結合している。ニューロンは他のニューロンからの電気信号を受け取り、それが一定の大きさを超えると軸索を通してパルス状の電気信号を発する。これをニューロンが発火するという。ニューラルレースは、ニューロンの電位を測定して、それが発火したら記録する。ニューロンの連続的な電位から、離散的な発火パルスに変換するのは、頭蓋骨の下に埋め込まれたN1チップだ。彼らはそのチップも開発した。

ニューラリンク社はその装置をはじめはネズミで実験した。そしてさらに猿でも実験した。来年には人間で実験する計画を立てている。その場合、頭のてっぺんの少し後ろよりの体性感覚野に3、その少し前の運動野にひとつの穴を開ける計画である。そうして集まった情報は耳の後ろに置かれた装置まで電線で伝えられる。耳の後ろの装置は、集まった情報をブルートゥースの電波でiPhoneに送る。

iPhoneには専用のアプリが搭載されていて、人間がキーボードを打ちたいと念じると、iPhoneに文字が入力される。当面は手がないとか、手を動かせない身体障害者用の装置を開発するとしている。一分間に40語が目標だ。

しかし将来的には、N1チップを視覚野に埋め込めば、写真や動画を取り込んで、眼前に表示することもできるのではないか。まさに攻殻機動隊の世界だ。攻殻機動隊は2029年に創設されるという。あと10年でそこまで行くか?

まとめるとイーロン・マスクのニューラリンク社は日本時間の2019年7月17日に、彼らの開発したニューラルレースを発表した。もっとも脳に電極を差し込むというアイデアは新しいものではない。この発表が画期的なのは、それを実用化に結びつけたことである。将来的には脳とコンピュータを密結合させることにより、人間の知能増強が図れる。まさに人類はシンギュラリティに一歩近づいたのだ。

 

後記 ニューラリンク社は2020年8月29日に第二回の記者会見をリモートで行い、チップを豚の脳に埋め込むことに成功したと発表した。

Neuralink: Elon Musk's entire brain chip presentation in 14 minutes (supercut)

 

   
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