サイフォンを巡る誤概念・・・大気圧説も鎖モデルも間違い
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- 2013年12月06日(金曜)20:55に公開
- 作者: 松田卓也
要約
サイフォンは高い場所から低い場所へ、一度高いところを越えて水をくみ出す装置である。その現象に関する説明として、大気圧によるという大気圧説が世間に流布しているがその説は間違いであるという。
大気圧説の代替案として鎖モデルが提案されているが、それは間違いである。鎖モデルでは、水分子は分子間力であたかも鎖のようにつながり、その鎖の重力で水は汲みだされるとする。水分子をひきつけあう力がもしあるとすれば、流体力学的にはそれは張力でなければならない。流体力学の常識として、サイフォン内の流れのような普通の流体の運動はナビエ・ストークスの方程式で記述される。その方程式では、流体運動を駆動する力は、1) 外力、2) 圧力勾配力、3) 粘性力であり、張力は存在しない。張力は表面張力として、毛管現象のような特殊な場合にのみ働く。つまり鎖モデルは流体力学の常識と相容れない。
本解説ではサイフォン現象を普通の流体力学、つまり重力、圧力、粘性の概念で解説して、サイフォンを駆動する力は圧力差であることを述べる。しかし流体モデルに基づくある解析の誤りを指摘する。その誤りの原因を考察する事で、サイフォンの本質が分かる。本稿の最後にサイフォンの流体力学モデルの数学的基礎を示す。
張力は負の圧力と考えられる。したがって鎖モデルは物理学的なモデルとしては間違いなのだが、圧力差を張力差に置き換えることで、サイフォンの流体力学モデルと鎖モデルは、数学的には相似性があることを示す。
(2013/12/22 追記 サイフォンの理論を私の頭で構築した記録である。基本的には正しい認識に到達したと思う。後で振り返ると、水理工学の分野では常識であることがわかった。たとえば東北大学の土木工学におけるサイフォンに関する試験問題がある。これなどベルヌーイの公式で一発だ。実用上は計算できなければ、どんな屁理屈も役に立たない。一部の本、論文、ブログなどに見られる部外者の議論は、基礎的な知識に欠けているので、専門家の目から見れば、全くの見当はずれである。つまり誤概念である。)
始めに
サイフォンと聞くとサイフォンコーヒーを思い出すかもしれないが、ここで問題にしているのは、U字管のような管を、高いところに置いたビーカーに入れると、水はU字管の中を一度上り、そして外に出る現象・装置を意味している。図1にサイフォンの模式図を示す。図の左上と右下に水を満たしたビーカーをおく。その間を管でつなぐと、水が上部のビーカーから下部のビーカーまで管を通って途切れることなく流れる。
もっとも下部のビーカーの存在は本質的ではない。図2に示すように、下部にビーカーがなくてもサイフォンは働くがそれについては後で述べる。
このサイフォン現象の説明として、大気圧の作用によるものだという間違った説(それを大気圧説とよぶことにする)が350年も流布していたと宮地は指摘している1)。宮地の著書によると、金山がいろいろ実験を行い、大気圧説を否定したという2)。
2010年にオーストラリアの物理学者ヒューズがサイフォンに関する説明について、世界の事典を調べて、そのほとんどが間違った大気説に基づいて記述していると指摘した3)。以下にそのニュース記事を引用する。
『オーストラリア・クイーンズランド大学の物理学者スティーブン・ヒューズ(Stephen Hughs)氏は「インターネット上も含めて手当たり次第にいろいろな辞書をあたったが、サイホンの原理を正しく説明している辞書はひとつもなかった。サイホンは多くの場合U字またはV字型をした管で、日常生活では魚の水槽の水の交換や、ガソリンをタンクから別のタンクへ移し変えるときなど、ある容器から別の容器に液体を移す際に使われる。サイホンの管内を液体が移動するのは「大気圧」の力によるものだとさまざまな辞書で説明されているが、ヒューズ氏によると正しくは「重力」によるものだ。』
その指摘に基づきオックスフォード英語辞典は、サイフォンの項目を訂正する予定だという。
そもそも大気圧説とは何だろう。上部の液面Aと下部の液面Bに働く大気圧はほとんど同じである。だからこの二つの圧力差で流れを起こすことは出来ない。さらに言えば、大気圧はわずかながら下部のB点の方が高いのだから、大気圧の差によるなら流れは逆になるはずだ。つまりサイフォン現象を大気圧の作用で説明できないのは自明に思える。それがなぜ350年も訂正されなかったかは謎ではあるが。
サイフォンの鎖モデルも間違いである
さきに述べた金山は大気圧説の代わりに「鎖モデル」を提案している。鎖モデルとは、サイフォン内の水を一連のちぎれない鎖あるいは糸のようなものだと考える。図3で右の長い部分の鎖は、左の短い部分の鎖より重いので落下して、左の部分の鎖がそれにつられて引き上げられるというモデルである。先に引用したヒューズのオリジナル論文を見ると、彼も鎖モデルを採用している4)。
水が鎖や糸、あるいはボールチェインのようにつながったものなら、それも良いだろう。実際、私はボールチェインで実験してみたらうまく働いた。しかし水は鎖とは違う。引っ張るとちぎれるのである。しかし前掲書によれば、水分子の凝集力は大きいので水がちぎれないと主張している。それは流体力学の常識と相容れない。
サイフォンの流体力学
それではサイフォンの中の流れを計算してみよう。Navier-Stokes方程式は偏微分方程式であるが、ここでは簡単化して説明する。Navier-Stokes方程式を言葉で書くと次のようになる。
速度の時間微分+非線形項=圧力勾配力+外力(重力)+粘性力
ここで流れは定常と仮定すると、左辺第1項はなくなる。サイフォンの動かし始めは時間変動もあるが、すぐに定常流になるので、これは良い近似だろう。
次にサイフォン内の流れにおいては非線形項を無視する。それは本問題のように、流れの大部分が直線であるときは良い近似だ。非線形項を無視できるなら、サイフォン流の問題は線形問題になる。その場合、方程式は次のようになる
圧力勾配力+重力+粘性力=0
図4には図2をさらに簡単にしたものを示す(2013/12/22追記 管の形は曲がっていてもよいことが示せる)。図1における、サイフォンの水平に走る部分CDは問題にとって本質的でない。そこで図4では水平部のない場合、つまりC=Dの場合を考える。図でAは上部のフラスコの水面であり、そこが管の入り口とする。Bは下のフラスコの水面だ。ACの長さをH1、BCをH2、ABをH=H2-H1とする。
この流れは本質的に1次元流れであるので、管を図5に示すように引き延ばす。そしてこの一直線の管の内部の流れを考える。管に沿った長さをsとする。左端はs=0である。C点はs=H1、B点はs=H1+H2である。
流体力学の基礎方程式を勉強したことのあるものなら、サイフォンの鎖モデルがおかしいことは即座に理解できるだろう。普通の流体の運動を記述する方程式はNavier-Stokesの方程式である。ここで普通のと書いたのは、非ニュートン流体や毛管現象の流れなどではないケースだ。サイフォンは管の口径が大きくても問題ないので、サイフォン内の水流は普通の流れとして問題ない。
Navier-Stokes方程式を一言で言うなら、流れを駆動する原動力は1) 外力、2) 圧力勾配力、3) 粘性力、である。張力は入っていない。このことと、サイフォン内の流れは普通の流れであるということから、サイフォンの流れを駆動しているのは、重力、圧力勾配力、粘性力である。これ以外にあり得ない。張力は存在しないのだから、鎖モデルは成立しない。「証明終わり」である。
流体力学モデルによるある解析
「あらきけいすけの雑記帳」と題するブログの2010/6/11の記事「理系学部の学部生のためのサイフォンの原理」では、サイフォンの問題を分析し、ヒューズを批判している5)。著者はNavier-Stokes方程式に基づいて議論すべきだとして、次の仮定の下にNavier-Stokes方程式を解いている(もっとも実際には解を与えていない)。
- 大気圧、流体の密度は一定。
- サイフォンの両端の水位は変化しない。
- サイフォンの両端の管口の圧力は周辺の流体の静水圧に等しい。
- 流れは一定。
- 流れは管軸方向を向いているので、非線形項の大きさは他の項に比べて小さい。
以下の解析で示すのだが、仮定3が正しくない。しかしここでは一応、その仮定の下に議論を進める。解くべき方程式は先にも述べたように
圧力勾配力+重力+粘性力=0
となる。まず仮定5のために問題は線形になり、解の重ね合わせの原理が成り立つ。
そこでまず粘性を無視して、かつ流れがないとして方程式を解くと圧力分布は静水圧平衡のものになる。圧力勾配力と重力が釣り合うからだ。鉛直座標をyとして、高さを管の最下端、つまり下のビーカーの水面から測ると、水の密度をρ、重力加速度をgとすると
圧力=-ρgy+Const.
となる。ここでConst.は適当な定数である。つまり圧力は高さの線形関数である。著者は管をビーカーの水面下に突っ込んでいるが、これは本質的なことではないので、我々の解析では、管は水面に接しているとしよう(2013/12/22 追記 管を水面下においても結論は変わらないが、ここでは理解を簡単にするためにそうする)。つまり著者のパラメターでD1=D2=0とおく。こうすると式がいくぶん簡単になる。彼のHDは我々のHである。
式で書くより図で示した方がわかりやすいだろう。図6は管に沿った圧力分布である。横軸はs、縦軸は圧力である。左端のA点において管内の流体の圧力をPAとする。ただしこれは、仮定3に従って大気圧Patmに等しいとする(これは間違いなのだが)。A点からC点まで管内を上昇すると圧力は低下して、C点でPCになる。さらにsが増加すると、今度は下降するので圧力は増加して、最終的にB点でPB’になる。これは大気圧に等しくなく次のようになる。
PB’=Patm+ρgH
図に示した黒い折れ線は、以上の考察から導かれる管内の圧力分布だ。問題はこうして導かれたB点での圧力PB’が大気圧Patmに等しくないことである。(2013/12/22 追記 管の終端部を栓で塞いで、流れを起こさなければ、このような圧力分布が実現する。栓を開くと、この圧力差のために流れが生じる。これがサイフォンの流れの原因ということもできる。)
著者の議論では、B点での圧力はPB=Patmにならなければならない。つまり圧力分布は図の赤線で示した様なものにならなければならないという。黒線と赤線の差を管内の粘性が担うというのである。
この考えは正しくない。なぜなら粘性摩擦が0の極限、つまり非粘性の極限を考えると、流速が無限大になるからである。非粘性の極限を取るとは、たとえば粘性係数の小さい流体を使うとか、管の口径を大きくする、管を短くすることにより得られる。そのときに流速がいくらでも大きくなるとしたら、永久機関を作ることが出来るので、間違いである。具体的な流速の計算は巻末の付録1を参照のこと。
この問題は電流と電圧のオームの法則に似ている。オームの法則は
電流=電圧/抵抗
である。抵抗が小さい極限では、電線内の電圧はいくらでも小さくならねばならない。そうでないと電流が無限大になるからだ。抵抗が0の極限とは超伝導状態である。その場合、電線内部の電場は0である。
私が電流のエネルギーは電線の外を流れるという議論をしたときに、電線内の電圧が小さいことを、ある物理学者に説明したが、彼は納得しなかった。だって抵抗があるじゃありませんかと。そうしたら抵抗があることが、電流の本質なのですか? 抵抗がないと電流が流れないのですか?
サイフォンの問題も摩擦があることが本質ではない。摩擦がなくてもサイフォン現象は存在する。だとしたら、摩擦のない極限で物事を考えるのが、より本質的であろう。その場合、サイフォン内の圧力分布は静水圧平衡のものになる。それでいかにサイフォンを駆動するかが問題なのだ。
正しい(と私が思う)考え
問題を簡単にするために、サイフォンの最下端が大気中に解放されている場合、つまり図2のケースを考える(2013/12/22 これも本質的ではないが、理解促進のためにそう仮定する)。この場合、B点における圧力は大気圧Patmであると仮定して問題はない。すると管内で静水圧平衡を仮定すると、管内の圧力分布は図7の黒線のようになる。この場合A点における圧力は大気圧にならず、それより低い値
PA=Patm-ρgH
になる。(2013/12/22 管の入り口を栓で塞げば、この圧力分布は実現する。つぎに栓を開くと、その圧力差で水が管の中に吸い込まれる。これがサイフォンの駆動力と説明することも出来る。)
そこで管口Aにおける圧力は大気圧より低いという事実をそのまま受け入れるのである。すると周囲の水の圧力は大気圧に近いであろうから、管口付近で有限の圧力差が生じる。その圧力差のために、周りの水が管口に吸い込まれるのである。ビーカー内のその付近の流れを解析するには、もはや非線形項を無視するわけにはいかない。
サイフォンを流れる水流の流速を求めるには、水面付近を出発して管口に吸い込まれるような流線を考えて、そこでベルヌーイの定理を適用する。水面付近では流速は0で、圧力は大気圧であることを考慮すると
0+ρgH+Patm=ρv^2/2+ρgH+PA
故に
PA=Patm-ρv^2/2
それが先に求めた値と等しいから
PA=Patm-ρv^2/2= Patm-ρgH
つまり
v^2=2gH
となり、トリチェリの定理で得られる流速と等しくなる。(2013/12/22 この速度は自由落下速度である。)実際の流速は管壁の摩擦のため、先の速度より少し遅くなるであろう(ケースにもよるが、摩擦が大きく効く場合は、速度は少しではなく、大きく減少する。)しかし摩擦による圧力損失のために、実際の圧力分布は図7の赤線のようになるであろう。具体的な流速を計算するには(層流の場合)2次方程式を解けばよい。(乱流の場合は、むしろ簡単。)その結果は、ここでは示さないが、先の速度よりは遅くなる事が分かる。
鎖モデルとの類似性
流体力学モデルの非粘性極限ではベルヌーイの定理で、サイフォンの問題を定式化することが出来た。その式を再び書くと
運動エネルギー+位置エネルギー+圧力=一定
である。鎖モデルの場合も、同様なエネルギー保存則が成立して
運動エネルギー+位置エネルギー-張力=一定
となる。つまり流体モデルの圧力の項が、負の張力に対応するのである。
鎖の最下端を位置エネルギーの基準に取る。鎖の最下端Bで位置エネルギーも張力も0であるとすると、上の一定値は運動エネルギーのみである。A点では、運動エネルギー、位置エネルギー、張力すべてが存在するので
運動エネルギー+mgH-TA=運動エネルギー+0-0
運動エネルギーは一定なので打ち消し合い、結局
TA=mgH
また上部で鎖が静止している状態とA点で運動を始めた状態を比較すると
0+mgH+0=運動エネルギー+mgH-TA
つまり
TA=運動エネルギー
故に
運動エネルギー=mv^2/2=mgH
ゆえに
v^2=2gH
となり、サイフォンの場合と同じ結論を得る。張力分布を描くと図8のようになるであろう。
流体力学モデルと異なることは、張力は原理的にはその大きさに限界はない。つまりTCはいくらでも大きくできるので、鎖をいくらでも高く持ち上げることは出来る。しかしサイフォンの場合、圧力は正でなければならないので、PC=0になるところが、水を持ち上げられる最大の高さである。
文献
1) 「サイフォンの科学史 350年の間違いの歴史と認識」宮地祐司、仮説社、2012
2) 「理科実験の盲点研究」金山廣吉、東洋館出版社、2000
3) 「誤った「サイホン」の定義、世界の辞書に1世紀 豪の物理学者が指摘」2010
5) 「理系学部の学部生のためのサイフォンの原理」あらきけいすけの雑記帳、荒木圭典(2010)
付録1
具体的に流速を計算してみよう。s座標で考える。s<H1の部分では、重力は負の方向を向き、圧力勾配力は正の方向を向いている。s>H1の部分では、重力は正の方向、圧力勾配力は負の方向を向いている。管内の流れは一定であるので、粘性力も一定である。
ρを流体の密度、Vを粘性力とすると、Navier-Stokesの式は次のように書ける。
(Patm-PC)/H1-ρg+V=-(Patm-PC)/H2+ρg+V=0
これをVについて解くと
V=ρg(H1-H2)/(H1+H2)
となる。この式には大気圧は入っていないことに注意しよう。その意味で大気圧説は正しくない。H1<H2であるから、粘性力は負になるが、粘性力は抵抗だから流れの方向と逆を向く。
具体的な流速を求めるには、粘性項の部分を解く必要がある。管が円筒だとして、流れがポアズイユ流だとしよう。(つまり層流を仮定する。) 流れの速度分布は放物線になる。管の半径をr0、速度分布の頂点での速度をU0とすると、速度分布は次のようになる。
U=U0[1-(r/r0)^2]
粘性力は次の式で与えられる。
V=μΔU
ここでμは粘性係数である。最大流速U0は次のようになる。
U0=(r0^2g/4ν)(H2-H1)/(H2+H1)
ただしここでνは動粘性係数である。この式から管内の流速は管の半径の2乗に比例して、動粘性係数に反比例する。従って動粘性係数の小さい極限で、流速はいくらでも大きくなる。
具体的な数値として、水を考えると水の動粘性係数は10-6の程度である。半径を1cmとして、H2=1m, H1=0.1mとすると、100m/sの程度となり、大きすぎる。(2013/12/22 この例は極端すぎる。後で示すケースでは、差はもっと小さい。)
2013/12/13 追記
本稿内で批判したあらきけいすけ氏がご立腹のようであるが、当然であろう。ここまではっきりと間違いといわれては立つ瀬がない。私は物事をはっきりと言い過ぎるので、敵を作りやすいことは重々承知している。「サイフォンの科学史」の著者の宮地氏も批判されては面白くないであろう。(ただし、宮地氏は私信でまちがいを潔く認めているので、立派である。) ただし、我々は科学的議論、批判を人格的批判とごっちゃにする傾向があるが、それは避けたいものである。科学の議論は科学の範囲内でやりたいものだ。
さてあらきさんとの相違点はベルヌーイの定理がサイフォンの問題に適用できるかと言う点だと思う。サイフォンでは摩擦、粘性があるので厳密な意味では成立しないだろう。べルヌーイの式は基本的には力学的エネルギー保存則であり、摩擦があると熱エネルギーに転化するからである。実は私は当初はあらきさんと全く同じ考えをしていた。そしてこのブログを書こうとした。
(2013/12/22 工学の本を読むと、ベルヌーイの式が成り立つのは当然のこととして、議論されている。粘性摩擦、管の入口損失などを考慮した式もベルヌーイの式と呼ばれている。このあたり、物理学者は何も知らないと工学者に批判されるゆえんであろう。)
ところが私の研究仲間が、管内のながれをポアズイユ流と仮定してきれいな式を求めた(もっともこの仮定はレイノルズ数が大きい場合は問題だが)。そこで私は自分の間違いに気がついた。彼は工学的には摩擦があっても、ベルヌーイの式は拡張した意味で適用できると言う。実際、あらきさんのホームページのコメントに「通りすがりの水理業界人」というひとのコメントがあり、その人もベルヌーイの式は使えるとしている。強調したいが、私は当初、あらきさんと全く同じ考え方を辿ったのだ。それを指摘により、考えを改めたのである。(2013/12/17 通りすがりの水理業界人さんからの引用削除。あらきさんのホームページ参照の事。)
私はこの通りすがりの水理業界人さんに同意する。要点はサイフォンの問題にベルヌーイの定理が使えるか、全く使えないかという点であると思う。私も仲間も通りすがりの水理業界人さんも、使えると言うのに対して、あらきさんは使えないと言う、と私はこの論争をまとめる。世間的には、流体の教科書ではサイフォンの問題はベルヌーイの定理で説明されている。あらきさんはその意味では、世間に反抗していると思う。(もっとも世間が正しいと言う保障もないし、科学は多数決で決まる訳ではない事は同意するが。)
ポイントをまとめるとこういう事になる。まず私は粘性を無視した理想的な状況で考える。粘性を入れると、粘性が小さい限り、非粘性の結果に対する小修正という結果が得られるはずだ。だって、あらきさんも言うように、この問題は管内の流れに関しては線形だからだ。実際のありそうなパラメターでは、水の場合、粘性の効果はあまり大きくない。(2013/12/18 追記 これは正しくない。粘性の効果はかなり大きい)
非粘性の場合、流れがあってもサイフォン管の中では本来のベルヌーイの定理は成立する。すると水理業界人さんのいうように
ρgz + p = (定数)
が成立する。これはナビエ・ストークス方程式を解いても出てくる。すると流出口の圧力を大気圧とする限り、流入口の管内に入ったところでの圧力は
大気圧-ρgH
とならざるを得ない。ところが流入口の管外の圧力が大気圧に近いことは当然予想できる。そこで流入口付近に大きな圧力差が生じて、流れが誘起されて、管に流れ込むというのが私のピクチャーである。気体力学で言う一種の希薄波である。希薄波だから衝撃波のように不連続ではなく、厚みを持つ。流線は周りから管口に集中するように流れる。等圧面は非粘性の場合、流線に垂直であるので、同心球に似ているが、管口の端は特異点になるので、等圧面は集中する。
あらきさんは自分のピクチャーで式を解いて、サイフォンの水流の流速を求めて、典型的なケースで計算例を出してほしい。この論争の決着をつけるには、実験してみるのが良いだろう。ビーカー内の流れが私の予想するようになるかよりも、流速を測定してほしい。私は流速は基本的には自由落下速度になる(という世間の教科書)の説をとる。あらきさんの計算ではどうなるか。私の理解にもとづくあらきモデルの計算では、非常に速い速度になり、実験とあわない。(2013/12/18 追記 私は計算したし、ある流体力学の専門家は実験した。それで分かったことは、現実的なパラメターのケースでは、あらきモデルは非常に速い速度をあたえるわけではない。しかし私が正しいと思う結果とは異なる。)
2013/12/15 追記
本日、研究会を行って、あらきさんの私に対する反論をみんなで読んだ。粘性が小さい場合には、非粘性の極限から少しずれると言う私の記述は正確を欠くというあらきさんの指摘は正しいという結論になった。粘性が小さいとはレイノルズ数が大きい事で、乱流状態になりうるからだ。
しかし私の取り組んで来た回転流体力学では、エックマン数(レイノルズ数の逆数)で展開するのが常套手段だ。非粘性解(層流)に対して、粘性を入れるとエックマン境界層が出来る。その結果、大きな構造の1次流は変化しないのだが、2次流が誘起されて、これがある役割を果たす。ただし粘性が小さいからと言って、乱流状態になる事はない。もしそうなれば、イランはウラン濃縮など出来ない。(関係ないので削除)
さてサイフォンに戻ると、どうだろうか。私のカンでは非粘性とした教科書的理論とそれほど違わないのではないかと思う。レイノルズ数はどのくらいになるだろうか。
Re=UL/ν
である。U=2m/s、L(管の半径)=0.01m, ν=10^(-6)とするとRe=20000 40000となる。微妙な数字だ。
一番の争点は上にも書いたように、流入口の入り口直後で水面の高さの所の(静)圧が大気圧か、そうでないかと言う点だと私は思う。私の考えは、動圧まで入れた総圧が大気圧に等しいというものだ。
上にも述べたように私の考えとあらきさんの考えでは、管を出たところの流速がどう違うかということだ。私は上で述べたように流出口を水に入れずに、空気中に出した場合、そこでの水の静圧は大気圧だと思う。そして粘性を無視した場合、ベルヌーイの定理が成立するので、流速は自由落下速度sqrt(2gH)になると思う。実際は摩擦があるので、これより少し遅い速度になると思う。実際にポアズイユ流を仮定して計算した式ではそうなる。
話を拡散させない為に、土俵を限定しよう。つまりサイフォンの形状を指定しよう。実験しやすいようにH1=0.1m, H2=0.3m, H=H2-H1=0.2mとしよう。このH=0.2mはあらきさんが例として使っている値だ。このときg=10m/s^2とすると
U0=sqrt(2gH)=sqrt(2*10*0.2)=2m/s
となる。粘性もあるので、多分これよりは遅いと思う。
つぎにあらきさんの理論と私が理解するものでは、付録に述べたように
U0=(r0^2g/4ν)(H2-H1)/(H2+H1)
である。水の動粘性係数をMKS単位で10^(-6)としよう。そして管の半径を0.01mとする。すると
U0=(0.01^2*10/(4*10^(-6))*(0.3-0.1)/(0.3+0.1)=(10^3)/4*0.5~100m/s
となる。これと私の評価である2m/sの差は大きい。管の半径を0.3mmとすれば、10m/sていどになるが、それでも2m/sよりは大きい。差をはっきりさせる意味で半径は1cmとしよう。
(2013/12/16 追記)
管の半径を0.01m、典型的な流速を2m/s、水の粘性係数を10^(-6)とすると、レイノルズ数は40,000になるので、層流領域ではなく、乱流になる。したがって、ポアズイユ流近似はよくないかもしれない。しかし結果のオーダーは変わらないと思う。
あらきさんはこのケースに関して、あらき理論に基づいて計算して流速を提示してほしい。あらきさんはブログの始めの方で、2m/sの値を出しておられるが、それは実は、sqrt(2gH)から求めたものだ。これとあらき理論の整合性がどうなるのかというのが、問題なのだ。
読者の皆さんで興味ある方は実験をされたらいいだろう。流速を測定するのは難しいので、流量を測定して、断面積で割って平均流速を出すとよい。
私はサイフォンの問題の鎖モデルと流体力学モデルに関して、ある流体力学の専門家に意見を伺った。その方は次のような意見を寄せられた。
- サイフォンの原理では分子間力の影響はない。
- 周りから圧力がかかっている液体は分断しない。真空(あるいは飽和蒸気圧以下)になると分断される。
- サイフォンの原理は通常の流体力学モデル(ナビエ・ストークスの式)で説明できる。
- サイフォンの原理は非粘性流体(粘性を無視)でも成立する。したがって、限りなく粘性の小さな流体ではベルヌーイの定理で近似できる。
- 実際の管内の水流では粘性の影響は無視できるほど小さい訳ではなく、流速を算出するには粘性も考慮に入れるべき。特に、細くて長いパイプを使うときほど粘性の影響は大きい。
- 管の入口部分は動圧分(運動エネルギーを圧力に換算した値)だけ同じ深さの周囲の液体(静止)よりも圧力が下がる。
- 管の入口と出口では、それぞれの管の方向はどちらを向いていても(鉛直上方、下方、斜めでも)同じ流速になる。
私はこの専門家の意見に全面的に賛成である。1-3は鎖モデルは不適切だと言う事だ。4-7は流体モデルに関するポイントである。特に重要なのは6である。ここが私とあらきさんの意見が異なる点だと、私は思う。4も違うかもしれない。この点に関するあらきさんの意見はよくわからない。
2013年12月16日追記
サイフォンの原理に関してネットで流体力学的なくわしい解説を探してもあまり見つからない。自明なこととされているのであろう。見つかるものはベルヌーイの定理に基づいた簡単なものばかりである。例えば英語のWikipediaのSiphonの項目である。(ちなみに一般的に日本のWikipediaはあまり信用しない方がよい。)そこには鎖モデルに対する批判が書いてある。そのほかPhysics, Chapter 9: HydrodynamicsとかChapter 2 Hydrodynamics, Irrotational Flow and Fluxなどが見つかった。,
さて非粘性の場合、本来の意味でのベルヌーイの定理が成立する。いま上のビーカーの水面から始まって、サイフォンの管の入り口Aを通り、頂点のCを通り、排出口Bに至る流線を考える。その流線に対してベルヌーイの定理を適用する。
ベルヌーイの定理は、水の密度をρ、流速をv、管の下端から測った高さをz、圧力をPとすると
運動エネルギー+位置エネルギー+圧力=ρv^2/2+ρgz+P=一定
となる。これを各点で適用すると
上の水面: 0+ρgH+Patm
A点: ρv^2/2+ρgH+(Patm-ρv^2/2)
C点: ρv^2/2+ρg(H+H1)+(Patm-ρv^2/2-ρgH1)
B点: ρv^2/2+0+Patm
ここでρv^2/2=ρgH つまりv=sqrt(2gH)
結局、サイフォンとは位置エネルギーを運動エネルギーに変換する装置である。
粘性がある場合は、熱エネルギーの損失まで含めた一般化されたベルヌーイの定理を考えることが出来る。この場合
運動エネルギー+位置エネルギー+圧力+摩擦で失われた熱エネルギー=一定
と書けるだろう。
AC間における粘性摩擦による圧力損失をΔP1、CB間におけるそれをΔP2とする。上のビーカー内では粘性摩擦は無いとすると
0+ρgH+Patm+0= ρv'^2/2+ρgH+(Patm-ρv'^2/2)+0= ρv'^2/2+ρg(H+H1)+(Patm-ρv'^2/2-ρgH1-ΔP1)+ΔP1
=ρv'^2/2+0+Patm+(ΔP1+ΔP2)
ただし
ρv'^2/2=ρgH-(ΔP1+ΔP2)
長い等式の最後の項は、次のようにも書けることに注意
ρv'^2/2+0+(Patm-ρv'^2/2-ρgH1+ρgH2-ΔP1-ΔP2)+(ΔP1+ΔP2)=ρv'^2/2+0+(Patm-ρv'^2/2+ρgH-ΔP1-ΔP2)+(ΔP1+ΔP2)=
ρv'^2/2+0+Patm+(ΔP1+ΔP2)
ここでΔP1とΔP2は、様々な状況によって異なるだろう。しかしサイフォンを流れ出る水の流速は自由落下速度より、遅くなることは確かである。
簡単な解き方としては、まず非粘性の解を求めて、それで摩擦による圧力損失を計算して、速度を修正して・・・という逐次近似法が簡単であろう。
圧力損失に関して、レイノルズ数が40000だとすると、プラントル領域で、私の計算ではダーシーの法則に於ける摩擦係数は0.005になる。摩擦はそれなりの大きさを持つようだ。もっとも管口から流入した流れが十分に乱流的になるには、助走区間が必要で、長さ0.4mは半径0.01mの40倍しかなく、不十分かもしれない。要するに良く分からない。ただ言える事は、自由落下速度2m/sより大きくなる事はない。
2013/12/17 追記
あらきさんと私たちの差はベルヌーイの定理が使えるかどうかだと書いたが、それはそうなのだが、論理展開をはっきりさせたい。まず最下端を開放とする。そうしても問題の本質は変わらない。あらきさんのブログから式を拝借して、その論理展開を追う。問題は次の方程式を解くことである。
0 = - ∇p/ρ + g + ν△u
方程式は線形なので重ね合わせの原理がきく。圧力を二つの部分に分ける。まず重力と圧力を釣り合わせる。
0 = - ∇pstat/ρ + g
で pstat を解き、pstat からのズレを
0 = - ∇pflow/ρ + ν△u
で解く。ここで得られた pstat と pflow の和が流体にかかる圧力である。解く時の境界条件は、あらきさんの条件3を、私の設定で書くと
p(inlet) = patm , p(outlet) = patm
上流から解くと
pstat(outlet) = patm + ρ g HD
これは仮定した境界条件を満たさない。それをもう一つの圧力で満たす。つまり
0 = - ∇pflow/ρ + ν△u
を境界条件
pflow(inlet) = 0, pflow(outlet) = - ρ g HD
で解く。
流れが長さ方向に対して一定であるとするとuは場所の関数でないので ν△uは一定である。
従って∇pflow/ρも一定である。密度を一定とすると、圧力は長さ座標(私はそれをsとする)の線形関数になる。それは簡単に解けて
pflow =-ρ g (HD /L) s
ただしLは管の全長である。私の記号ではHD /L=(H2-H1)/(H2+H1)
ν△uの部分は粘性項をあらわし、レイノルズ数によって実効的な粘性はいろいろであり、簡単には言えない。しかしオーダー的に言えば
ν△u~νu/r0^2
ここでr0は管の半径である。すると速度の大きさの程度は
u~(r0^2g/ν)HD /L
となる。私の導いた式と基本的に同じである。ここで非粘性の極限を取れば、速度は発散する。もっとも実際は非粘性の極限では乱流になって、乱流粘性が働くだろう。だから具体的なケースで、流速を計算してほしいのである。
2013/12/18 追記 分かった
この問題に関して、さる流体力学の専門家にお伺いを立てていると書いたが、昨日、その結果をいただいた。理論計算と実験をまとめた手書きの論文である。早い、さすがに専門家だ。勉強会の一同、感動した。金曜に御願いして、火曜には実験まで終えて、論文を書いているのだ。先生は流体力学についての誤認識の専門家であり、このサイフォンの原理を巡る誤認識に興味を持たれたのであろう。先生の許可があればお名前を明かすが、当面はさる専門家ということにしておこう。
さて結果は私の予想通りの所と意外なところがあった。予想通りのところは、サイフォンの原理に関してと、計算方法である。予想外のところは、レイノルズ数が大きい乱流領域の場合、粘性摩擦の効果が大きく、流速は非粘性の場合の速度、つまり自由落下速度の1/2-1/3にもなる、ということである。
計算法は私が12/16追記で書いた通りだ。もっとも先生はベルヌーイの定理からではなく、ナビエ・ストークス方程式から直接導かれたのだが、同じ事だ。ポイントは粘性による圧力損失を乱流の場合も含めてきちっと式を与えてくださった事だ。私がそこに書いたΔP1+ΔP2はまとめて、管における圧力損失ΔPとかける。それは
層流領域(レイノルズ数<2000)
ΔP=32νL/d^2v=Cv
ここでLは管の長さ、dは管の直径である。したがって流速は
v^2/2+Cv-gH=0
をとけばよい。ここでCは定数だ。答えは
v=sqrt(2gH+C^2)-C
となる。粘性が無視できる極限、つまりC=0ではv=sqrt(2gH)になる。あらき理論と私が理解するものでは方程式でv^2/2がないので
v=gH/C
となり、C=0の極限で発散する。
乱流領域(レイノルズ数>4000)
ΔP=(λL/d+ζ)(ρv^2/2)
ここでλは管摩擦係数、ζは摩擦以外の損失である。簡単のためにζ=0とすると方程式は
v^2/2(1+λL/d)-gH=0
これを解くと
v=sqrt(2gH/(1+λL/d))
となる。λはレイノルズ数が100,000以下の場合
λ=0.3165Re^(-0.25)
である。λ=0の極限ではv=sqrt(2gH)となる。あらき理論と私が思うものでは、分母の1がない。例えば私が与えた例では
L=0.4m, d=0.02m,
Re=40000では
λ=0.02
となる。H=0.2mとして速度は非粘性では
v=1.97m/s
乱流粘性では
v=1.67m/s
あらき理論では
v=3.13m/s
となり、自由落下速度をこえる。もし自由落下速度を超えるとエネルギー保存則を破るので、永久機関が作られる。というのは、自由落下速度分のエネルギーをかりに100%回収できたとすれば、それで水をもとの容器に戻す事が出来て、さらに余分のエネルギーを得られるからである。
ただし上の導出はλをRe=40000で出しているので、あくまでも第一近似である。本当は逐次近似をする必要があるが、それほど変わらないだろう。
先生が実験された例は次のようなものだ。
例1 d=0.0145m、L=1.00m、H=0.500m、水温12.5℃、ν=1.22x10-6m2/s
例2 d=0.0155m、L=1.769m、H=0.500m、水温12.5℃、ν=1.22x10-6m2/s
例3 d=0.0038m、L=0.689m、H=0.500m、水温12.5℃、ν=1.22x10-6m2/s
入口損失を考慮して計算値を修正した値も与える。
日本機械学会編「技術資料 管路・ダクトの流体抵抗」、日本機械学会、p53から入口損失係数ζ=0.56という値を使う(乱流時)。詳しくいうと、管入口の形状やレイノルズ数によって変化するが、それは無視する。
(例1)非粘性:3.1m/s、乱流時:1.9m/s、乱流時(入口損失考慮):1.7m/s、実験:1.5m/s
(例2)非粘性:3.1m/s、乱流時:1.6m/s、乱流時(入口損失考慮):1.5m/s、実験:1.2m/s
(例3)非粘性:3.1m/s、乱流時:1.1m/s、乱流時(入口損失考慮):1.0m/s、実験:1.0m/s
実験との誤差は入口損失を考慮しないと20~30%あったものが、考慮すると10数%くらいに収まる。内径dの測定誤差(この影響は大きい)などを考えればこの程度の差ならOKかと思う
。
あらき理論の問題点は流入口圧力が周りの静水圧と同じとしている点だ。本当は動圧を引いたものを採用しなければならない。考えると、この問題はサイフォンに限らない。トリチェリの流れとして知られている場合もである。容器の底に穴をあけて放水口にする。その放水口からの水の流速を考える。放水口を位置エネルギーの基点とすると、ベルヌーイの式を水面と流入口と、さらに外に適用して
0+ρgH+Patm=1/2ρv^2+0+(patm+ρgH-1/2ρv^2)=1/2ρv^2+0+Patm
大気圧Patmは消去でき
v=sqrt(2gH)
となる。普通は第1項と第3項の比較を行う。等式の第2項の圧力の項で、動圧を差し引かないと、エネルギー保存則が成り立たない。
これで私の中では一連の論争は終焉した。非常に勉強になった。鎖モデルは物理的にナンセンスであるが、それをまじめに唱えるプロの物理学者もいることを知って驚いた。これは明らかな誤認識なので、先生の格好のテーマになるであろう。流体力学モデルに関しては、私ははじめはあらきモデルを信用した。しかしその間違いを仲間に指摘されて修正した。非粘性の極限では流速は自由落下速度と等しくなることを知った。世間の教科書はここで止まっている。しかし専門家の指摘で、粘性摩擦が意外に大きいことを知った。もっとも経験的にはそのことは知っているはずなのだが。
2013/12/19 追記
昨日で終わりにするつもりだったが、ベルヌーイの定理に関して分かったことがあるので書く。ベルヌーイの定理は厳密な意味では、力学的エネルギーの保存則だから、非粘性の場合にしかなりたたない。先生はベルヌーイの定理は、管口の圧力を計算するときだけに使って、あとはナビエ・ストークスの方程式で議論している。
ベルヌーイの法則とは流体の運動方程式の積分であり、定常、非圧縮、非粘性、力がポテンシャルから導かれるという条件の場合は運動方程式を積分できてベルヌーイの定理を得る。粘性があると、一般的にその部分は積分できない。だから粘性流体ではベルヌーイの定理は成り立たないと言われる。
ところが定常な一様な管の中の流れの場合、粘性摩擦による圧力損失は場所によらず一定なので、粘性項はある圧力の勾配(grad)として書く事が出来る。だから、積分することができる。それを私は拡張したベルヌーイの式とよんだ。これを管内流れの業界ではふつうにベルヌーイの公式と呼んでいる。ただし管内流れの業界では、エネルギーではなく水頭という概念で書いているが同じ事だ。摩擦に関しては Flow in pipe-diameter, velocity, Reynolds number, Bernoulli equation, friction factorを参照のこと。上の文献には摩擦係数について詳しく書かれている。
それで「通りすがりの水理業界人」さんのいう、ベルヌーイの定理がサイフォンで成り立つという意味が分かった。ナビエ・ストークスを使おうが、ベルヌーイの公式を使おうが、同じことなのだ。
2013/12/21 追記
サイフォンの流体力学理論
ここでサイフォンの流体力学についてまとめる。流体は非圧縮性の粘性流体である。水の密度をρとする。管の太さは一定で断面は直径dの円形である。流体の圧力をP、管内の平均流速をvとする。サイフォンの下端の流出口は大気中に開放であるとする。こうすることで、流出口における圧力が大気圧Patmに等しいと仮定できるので、問題が簡単になる。流入口はビーカーの水面下にあっても全く問題はないが、説明を簡単にする為に水面きりきりのところにあるとする。管の形は別に直線でなくてもかまわない。
今、時間が十分に経った定常状態を考える。管内の流れを考えると、非線形項は無視する事が出来る。その時の管内の流体運動を記述する方程式は、一般的にはナビエ・ストークスの方程式であるが 、層流状態ではこれでよいが、乱流状態の時は、粘性項は実験的・経験的な公式に置き換える。その公式をダーシー・ワイスバッハの公式と言う。管を1次元的に考えて、管口からの距離をsとする。流体を駆動する力は圧力勾配力、重力、粘性力である。管の単位長さ当たりの流体に働く力の関係を書くとつぎのようになる。
dP/ds=-ρgsinθ-V (1)
左辺は圧力勾配力、右辺第1項は重力の管にそった成分である。ここで角度θは管と水平線のなす角度である。右辺第2項は粘性摩擦力であるが、この具体的な形は層流の場合と乱流の場合で異なる。ただし、管内の流れを場所によらずに一様と仮定すると、摩擦力も場所によらずに一定である。(入口近くでは、これは正しくなく、入口損失が発生する。) 上の式を管口s=0から内部のsまで積分すると、sinθds=dyであることに注意して(yは鉛直のデカルト座標)
P-PA=-ρg(y-yA)-Vs (2)
ここでPAは流入口の圧力であるが、それは水面から発して、流入口に至る流線にそってベルヌーイの定理を適用すると
0+Patm+ρgyA=ρv^2/2+PA+ρgyA
から
PA=Patm -ρv^2/2 (3)
(3)を(2)に代入すると
P(s)=Patm-ρv^2/2-ρg(y-yA)-Vs (4)
あるいは書き直して
ρv^2/2+ρgy+P+Vs=Patm+ρgyA =一定 (5)
これは拡張されたベルヌーイの定理である。あるいは水理業界では拡張されたを省略して単にベルヌーイの定理という。
流出口をy=0とすると、そこでの圧力は大気圧であることに注意して
ρv^2/2+0+Patm+VL=Patm+ρgyA (6)
ここでLは管の長さである。従ってyA=Hと書けば
ρv^2/2=ρgH-VL (7)
粘性摩擦を無視できればV=0であるから
v=sqrt(2gH) (8)
となり、自由落下速度になる。
(3)の条件を用いないと(7)の左辺が0になり、重力と粘性力を釣り合わせる事になり、粘性が0の極限では釣り合わす事が出来ない。
レイノルズ数が2300以下の場合は層流、4000以上の場合は乱流になる。乱流状態の場合、摩擦は経験的に次のように書く事が出来る。これをダーシー・ワイスバッハの公式と言う。(本来の公式はこれに管長Lをかけたものである。)
V=λ/d(ρv^2/2) (9)
ここでλは管内摩擦係数とよばれ、レイノルズ数によりさまざまな公式が提案されている。例えば3000<Re<10^5では次のブラジウスの公式が成り立つ。
λ=0.3164Re^(-0.25) (10)
(9)を(7)に代入すると
ρv^2/2(1+λL/d)=ρgH (11)
従って
v=sqrt(2gH/(1+λL/d)) (12)
λ=0の極限で流速は自由落下速度になる。
(3)の条件を用いないと、(12)の右辺の分母の1がないので、粘性0の極限で発散する。
層流の場合は2次方程式をとくことになる。方程式は次のようになる
ρv^2/2=ρgH-32(μL/d^2)v (13)
ここでμ=ρνは粘性係数である。書き直すと
v^2+64(νL/d^2)v-2gH=0 (14)
32(νL/d^2)=Cとおくと方程式は
v^2+2Cv-2gH=0 (15)
となり、解は
v=sqrt(2gH+C^2)-C (16)
粘性係数0の極限で、流速は自由落下速度になる。
私の結論とまとめ
1) 流入口の圧力は(3)で表されるように、大気圧より動圧を差し引いたものに等しい。そうしないと、粘性が0の極限で速度が発散する。その理由はエネルギー保存則を破る為である。
2) サイフォンの管内の流れには、摩擦も含んだ意味での拡張したベルヌーイの公式(5)が成立する。
3) サイフォンを駆動する力は圧力差であるが、そのもとは重力である。
4) 流速は非粘性の場合は自由落下速度である。粘性摩擦があると、これより小さくなる。小さくなり方は、摩擦の効き方によって異なる。水の場合、管が短い、直径が大きい場合は、摩擦の効果は小さくなる。
4) 非粘性の極限では、圧力は静水圧平衡のものになる。つまり流れを駆動する圧力差は0である。このことは矛盾でない。粘性がないのに圧力差だけあると、速度は発散する。電流でのオームの法則でも電流=電圧/抵抗であるので、抵抗が0の極限では、電圧は0であることに似ている。
5) 粘性摩擦が無視できる場合、圧力は流れがあっても、静水圧平衡になる。
2013/12/24 追記
下のビーカーに放流する場合
水理工学ではベルヌーイの公式はエネルギーの形ではなく、ヘッド(水頭, Head)という概念で表される。ベルヌーイの方程式をエネルギーで書くと
ρv^2/2+ρgz+P+ΔP=一定
ΔPはさまざまな原因による圧力損失である。この式をρgで割って
v^2/(2g)+z+P/(ρg)+Δh=一定
のように書く。Δhを損失ヘッドという。なぜヘッドで表すかと言うと、水道の配管など計算するときに分かりやすいからだ。例えば水道のもともとの配管に、あるヘッドの水圧があって、損失がないとして、自分の家の高さがヘッド以下でないと、水道水は来ない。本当は、水が流れていて、さまざまな摩擦やその他の原因でヘッドが低下する。水道の蛇口から水が出るかどうかは、自分の家の水道の蛇口の直後のヘッドを計算すれば分かる。
圧力損失、あるいはヘッド損失の原因は様々あるが、我々の問題で重要なのは、入口損失、摩擦損失、出口損失である。それらは次のように表される。
入口損失=fe(ρv^2/2)
摩擦損失=(fL/d)(ρv^2/2)
出口損失=ρv^2/2
ここでfeは入口損失係数で、パイプの入口の形状による。
fは摩擦損失係数で、レイノルズ数により、さまざまな公式が提案されている。
出口損失はサイフォンで言えば、下のビーカーに水が放流されるとき、最終的には水は静止するので、持っている運動エネルギーが全て失われる事をさす。空中に放出される場合は、これは0である。
ところで今までの議論では全て、空中に放出されるとして、流速を計算して来た。しかし、下のビーカーに放出される場合は、どうなるのであろうか。実は、速度は同じである。出口損失の有無にかかわらず、速度は同じなのだ。そのことをベルヌーイの公式を使って説明しよう。
今まではサイフォンのいろんな部位でベルヌーイの公式を使って来た。しかしここでは、上のビーカーの水面と最終点のみを考える。最終点とは、空中に放出なら、放出直後である。下のビーカーに放出するなら、静止した水の水面である。
空中に放出の場合:
始めの水面では運動エネルギーは0、位置エネルギーはρgH、圧力は大気圧Patmである。
最終状態では運動エネルギーはρv^2/2、位置エネルギーは0、圧力はPatm、損失は入口損失と摩擦損失である。故に
ρgH+Patm=ρv^2/2+Patm+ΔP
故に
v^2/2=gH-ΔP/ρ
ここで
ΔP=(fe+fL/d)ρv^2/2
故に
(1+fe+fL/d)v^2/2=gH
v=sqrt(2gH/(1+fe+fL/d))
さて水中に放流される場合は、最後の状態は運動エネルギー、位置エネルギーは0、圧力は大気圧である。損失としては入口、摩擦、出口を全て考えると、結局上と同じ式になる。なぜなら
ρgH+Patm=0+Patm+ΔP'
ここで
ΔP'=(1+fe+fL/d)ρv^2/2
結局、速度は同じ形になる。
ベルヌーイの公式は強力である。
水理工学の試験問題
せっかく苦労して一から導いたのに、水理工学では常識なのだ。東北大学の土木工学の平成21年度の試験問題にサイフォンの問題があった。ベルヌーイ式を知らなければ解けない。サイフォン問題でベルヌーイが使えないと言っている段階で落第なのだ。これが水理業界人の言っていたことだ。だから物理学者は何も分かっていないと、業界人に言われるのだ。この問題のサイフォンは太い!! 土木工学だからだ。この試験問題は私にはとても参考になった。動水勾配線など初めて聞いたが、なるほどと思った。工学上はヘッド(水頭)で考える理由も分かった。出口損失という言葉を知った。この存在は、私が上で主張して来たものなのだが、言葉とその意味を知った。放出口が開放でなくても、同じ結果になる理由が分かった。出口損失の段をa水面に持ってこないと、点が半分なのだ。あらきさんの議論ではそもそも出口損失がないのである。
2013/12/24 追記
ニュートンビーズの問題を考えている。その時に、今の考え方が非常に役立つ事が分かった。ニュートンビーズでは入口損失が重要で、摩擦損失は無視できる。ニュートンビーズの場合、ベルヌーイの公式に相当するものは、鎖の質量線密度をmとすると
mv^2/2+mgz-T+損失=一定
である。ここでTは張力であり、圧力と反対の符号を持つ。つまり張力は負の圧力と同等である。サイフォンの場合のように損失を考える。入口損失は運動エネルギーに比例するとして、その比例定数をfeとおく。摩擦損失は鎖と空気の摩擦だが、これは無視してよい。出口損失は鎖が地面に落下して、全運動エネルギーmv^2/2を失う事に対応する。従って、
損失=(1+fe)mv^2/2
ビーズが上の容器に静止している時と、地面に落下直前、直後に関してエネルギー保存則を書くと
0+mgH-0+0=mv^2/2+0+0+femv^2/2=0+0+0+(1+fe)mv^2/2
従って
v=sqrt(2gH/(1+fe))
となる。実験と式を比較することにより
fe=0.60
を得た。この速度の式と実験結果はよく一致する。
サイフォンの研究をして、水理工学の知識を得たことが、一見関係ない分野の解明に役立った。しかし考えると、サイフォンとニュートンビーズは数学的に非常に密接な関係にあることが分かった。