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聖子ちゃんの冒険 その5

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祇園祭の冒険

宵宵山の冒険

いつものように秘密研究所に高山先生、林君、松谷先生がとぐろを巻いているところに、森先生がやってきた。やがて聖子ちゃんも授業を終えて現れた。

「森先生、みなさん、こんにちは」と聖子ちゃん。
「やあ、聖子ちゃん、いいところに来たね。今日は祇園祭りの宵宵山だ。みんなで行こうと話し合っていたところだ。君も行くかね」と松谷先生。
「はい、森先生も行かれるなら、私喜んでご一緒させていただきます」
「君も、現金だね」
「へへへへ・・・」
「それじゃあ、早速出かけよう」

一同はタクシー二台に分乗して、四条河原町の角で落ち合う事にした。行ってみると、すごい人出であった。松谷先生が言った。

「これはすごい人出だなあ。はぐれてしまう恐れがある。もしはぐれたら、四条烏丸の南西の角の地下鉄の乗り場のあたりで落ち合うことにしよう。聖子ちゃんは森先生と手をつないで、離さないように」

森先生も聖子ちゃんも真っ赤になったが、これがよいチャンスだとばかりに、二人は手をつないだ。二人ともドキドキした。松谷先生は人の恋路を邪魔する奴なんかではなく、キューピットだわと聖子ちゃんは思った。

西に歩くに従って、警官がさかんに「立ち止まらないでください」と叫んでいた。

皆は、まだ歩けるものだから、

「そんなに叫ぶほどでもないじゃない、お巡りさんもご苦労さんなことだね」

と言い合った。

しかし長刀鉾に近づくと、冗談でなしに、ほとんど前に進めなくなってしまった。長刀鉾の上ではお囃子がなっている。観光客はそれをカメラに捉えようと立ち止まるものだから、渋滞がひどくなるのである。ほとんど歩けない。一同は離れないようにと、それだけを考えていた。

<長刀鉾>

ところが聖子ちゃんが携帯で長刀鉾の写真を撮ろうとして森先生の手を一瞬離した。聖子ちゃんが長刀鉾に注目している間に、森先生たちは群衆に押されて行ってしまった。あっと聖子ちゃんが気がついたときには、森先生も他の男性も見えなくなってしまった。聖子ちゃんは焦ったが、もはやどうしようもない。聖子ちゃんは半泣きになって、見失った森先生と他の男性たちを探し求めたが、人ごみに隠れて森先生も他の人々も見つけられなかった。

こうなっては、写真を撮っているバヤイではない。なんとかして落ち合う予定の場所にたどり着くしか無い。聖子ちゃんは必死に人ごみをかいくぐって、四条烏丸の交差点をわたった。そこに4人の男性を見つけたときは、安心のあまり、聖子ちゃんは泣き出した。周りの人々はその光景を眺めて、指を指した。美少女に泣かれた森先生はどぎまぎしたが、これで二人の間がぐっと接近したことは確かであった。

松谷先生が言った。

「いまの事件で、もう我々も心理的に疲れはてたね。今日はこのままかえろうか」

一同もうなずいて、地下鉄に乗り、烏丸今出川で地下鉄を降りて、その後はタクシーに乗って大学まで帰った。そして地下の秘密研究室にたどり着いた一同はほっとした。

「いやー、すごい人出でしたね」と高山先生。
「聖子ちゃんが、森先生の手を離したのが、最大の失敗だよ」と松谷先生。
「あたし、あたし・・・」と、また思い出してウルウルする聖子ちゃん。
「ごめんごめん、君を責めるつもりは無いよ。でもこれからの長い人生、君は森先生を絶対離しちゃダメだよ」と松谷先生。

松谷先生はいいこと言ってくれる、この先生はきっと私たちのキューピットだと聖子ちゃんは確信した。

「四条河原町から行ったのは失敗でしたね。長刀鉾しか見ていない」と森先生。
「ネットによると、鉾や山は大通りから裏に入った通りにたくさんあるのですね」と林君。
「どうだい、明日は三條烏丸から、直接に鉾のある通りに入ってみないかね」と松谷先生。
「ええっ、また行くのですか!!」と高山先生。

森先生と手をつなげたのがうれしかったので、聖子ちゃんはまた行きたいと言った。

「はい、私、行きます。森先生もいくでしょ?」と聖子ちゃん。
「うん」と森先生。
「ははは、でも今度こそ、森先生から離れちゃだめだよ」と松谷先生。聖子ちゃんも森先生も赤くなった。
「じゃあ、僕も行く」と高山先生。
「おともします」と林君。 

宵山

というわけで次の7月16日の夕方に、5人組は再び秘密研究所に集まった。今回はタクシーに分乗して、烏丸御池で落ち合うことにした。烏丸通は人であふれてはいるが、四条通ほどのことは無く、十分に歩くことは出来た。烏丸通の両側には夜店が出ていた。

松谷先生が提案した。

「烏丸通を少し南に行き、みずほ銀行のところで右、つまり西に曲がって、三条通に入ろう。その通りをしばらく西に行くと、室町通になる」
「いいですけれど、なぜそこに行きたいのですか?」と森先生。
「もちろんその辺りに、いろんな鉾や山があるからだ。しかし別の目的は、森見登美彦の最近の小説『宵山万華鏡』で、幼い小学生の姉妹が通うバレエ学校がそのあたりにあるので、そこを見たいと言う訳だ」と松谷先生。
「本当にあるのですか?」と聖子ちゃん。
「いや、そういう設定だけだと思うがね。でもその辺りは今まで行ったことが無いので、行ってみたいのだよ」
「私も三条通は河原町と烏丸の間は歩きましたが、それより西に行ったことはありません」と聖子ちゃん。
「河原町と烏丸の間の三条通も、なかなか由緒があっていいところですね」とは森先生。
「ところで宵山万華鏡では、手をつないだ幼い姉妹が、なんかの拍子に手を離してしまい、大変なことになると言う話だ。だから聖子ちゃんは決して森先生の手を離さないように」と松谷先生。
「はい、こんどは決して離しません」と聖子ちゃんは決意表明をした。

一同は人混みを縫って烏丸通を南に下がり、みずほ銀行のところを右折して三条通に入った。三条通りは狭く、たくさんの人々が歩いていた。今回も森先生と聖子ちゃんは手をつないだけれども、前日の四条通ほどの混雑ではないので、バラバラになる懸念は無く、手をつなぐ必要も無いのだが、この際とばかり、聖子ちゃんは森先生の手をしっかりと握りしめた。あまり強く握ったものだから、すぐに手は汗でべとべとになった。そこで聖子ちゃんはこの際とばかり、森先生と手を組んだ。聖子ちゃんは両手で、森先生の片手にしがみつき、森先生にぶら下がるようにして歩いた。今度は絶対離さないと聖子ちゃんは思ったのだ。聖子ちゃんにしがみつかれた森先生は少しどぎまぎしたが、周りを見ても、結構若いカップルが多く、特に違和感はなかったので、そのままにして歩いた。ぴったりとくっついてくる聖子ちゃんの体温を感じながら、森先生は少し興奮した。二人の前後を他の三人が囲んで歩いた。室町通に来たところで、一同は左折して南に向かった。ここで曲がると、バレエ学校のあるはずの建物には行かないと思うのだが、室町通にはいろんな山があるし、人々がたくさん歩いているので、自然とその道を歩いたのだ。本当はさらに西の新町通りにもいろんな山はあるのだが。室町通りを下がるとまず役行者山があり、つぎに黒主山、鯉山がある。人々は写真を取り合ったりしていた。ある程度南に行ったところで、警官がここからは一方通行で南行きは禁止と言うから、西に回り新町通りにも行ってみた。このあたりは京都の古い民家、いわゆる町家が多く、所々の民家では屏風などの家宝を飾り立てていた。

南観音山では浴衣を着たかわいい女の子たちが、わらべ歌を歌っていた。

「厄除けのお守りは、これより出ます。明日は出ません。今晩限り。ご信心の御方様は、受けてお帰りなさいましょ。ろうそく、一丁、献じられましょう。ろうそく、一丁、どうですか~」

「かわいいですね・・・」とビデオを撮りながら高山先生。
「私にもあんなときがあったなあ・・・」と聖子ちゃん。
「君は昔も今も可愛いよ」と、またも調子の良い松谷先生。実は松谷先生は、聖子ちゃんの子供のときは知らないのだ。
「そうですよ・・・、聖子ちゃんは昔から可愛かった・・・」と力を込める森先生。
「へへへへ・・・」と聖子ちゃん。

一同はそのあと、四条通を通り越してさらに南下した。夜店が出ていない最南端の太子山の周りは、観光客の姿も比較的少なかった。現金なものである。そこでも子供たちがわらべ歌を歌っていた。女の子が前列、男の子は後列に座っていた。

一同は、とても全部の鉾や山を見ることは出来ないと諦めて、四条通から烏丸通に行き、それを北上して、また三条通についた。そこで今度は三条通を東に向かい、途中の喫茶店に入った。全員、もはやぐったりしていた。そこでコーヒーを飲み、しばらく休養して、それからさらに京阪三条駅まで歩き、京阪電車で出町柳に戻った。そこから歩いて秘密研究所に帰り着いたときは、全員ぐったりしていた。

しかし聖子ちゃんは森先生にぶら下がりながら歩いて、幸せだった。こんなに身体の距離が近づいたことは子供のときを除けば、久しくなかった。精神はオクテだが、身体は成熟した大人の女性である聖子ちゃんに、ずっとしがみつかれて歩いて、森先生もとても興奮した。だからクタクタであった。

技術的特異点

一同はお茶を飲み、しばらくは宵宵山と宵山のことを回想しあった。そのうちに皆は気力が回復してきた。松谷先生は話し始めた。

「ところで君たちは技術的特異点って、知ってるかい?」
「ええ」と、森先生と高山先生。
「それは何ですか?」と聖子ちゃん。
「アメリカのカーツワイルという未来学者で人工知能学者が主張している考えだ。未来には人工知能が進歩して、2045年には「技術的特異点」というものに到達して、コンピュータは全人類の知能よりも賢くなるというのだ」と松谷先生。
「そんなことが、あり得るのですか?」と聖子ちゃん。
「僕は十分にあり得ると思うね」と高山先生。

「カーツワイルは、その時点を技術的特異点と呼び、その先の人類の歴史は、全く予言できないとしているのだ」
「なんで、特異点というのですか?」
「一般相対性理論の時空の特異点の概念を借りたのだよ」と松谷先生。
「一般相対性理論の特異点は知っています。本で読みました。ブラックホールの中心や、宇宙のビッグバンのときに、密度が無限大の特異点というものができて、そこでは一般相対性理論そのものが破綻するのですよね」
「そうだ、技術的特異点はその概念を借りただけで、本当は何の関係もないのだ」

「ところで、コンピュータが全人類より賢くなるとしたら、人類はどうなるのですか?」
「人類はコンピュータに支配されるかもしれないね」と高山先生。
「私、ターミネーターという映画で見ました。スカイネットというコンピュータが、人類を支配するのです」と聖子ちゃん。
「僕も見たよ。でも人間が機械の支配下に入るのは願い下げだね」と森先生。
「カーツワイルは、そんな事は考えていない。彼は人類が遺伝子工学やナノテクノロジーの進歩で不死になると言っている」と松谷先生。
「それは非常に楽観的な見方ですね」と高山先生。

「カーツワイルは、人間は人工知能の技術を利用して知能を強化し、超知性を持つ超人類に進化すると主張している」と松谷先生。
「それはいいですね」と聖子ちゃん。
「僕は人工知能の技術が進歩すれば、人間の知能を強化できると思うよ。知能増強という概念だよ」と高山先生。
「うん、僕は人工知能を自分の体に埋め込んでサイボーグになりたいと、いつも思っているのだよ」と松谷先生。
「どうしてです?」と聖子ちゃん。
「僕は自分の知能を人類の知能の一兆倍にもしたいのだよ。まあ、言って見れば、自分が神のような存在になりたいのだ」
「神ですか!! なんと大それた事を」と聖子ちゃん。

 

「僕は、最近はオーストラリア人の人工知能学者で、現在は中国にいるヒューゴ・デ・ガリスの思想に凝っているのだ」と松谷先生。
「どんな思想ですか?」と聖子ちゃん。
「うん、デ・ガリスは、人類は21世紀後半には、人類の知能の一兆倍の一兆倍の知能を持つ、非常に知的な、神のような人工知能、つまり人工知性が作られると考えているのだ」
「ひえっ、今度は一兆倍の一兆倍ですか!!」
「その数字は、アボガドロ数を思い出すなあ」と高山先生。
「うん、それと無関係ではない」
「そんな神のような人工知能を作ったら、人類は支配されるか、滅ぼされるのではないですか?」と聖子ちゃん。
「デ・ガリスは、そのような人工知性を作るべきとする人類の一派を宇宙主義者、そのような人工知性は人類を滅ぼす恐れがあるから作るべきでないとする一派を地球主義者と呼んでいるのだ。彼らが21世紀後半に一大戦争をして、数十億人が死ぬと予言しているのだ」
「怖いですねえ。でも宇宙主義者なんていないでしょう」と聖子ちゃん。
「そうでもないのだ。デ・ガリスが講演した後で、アンケートをとると、半々らしいよ」と松谷先生。
「そんなこと!! 私、滅ぼされるのはいやです」
「僕はたとえ人類が滅んでも、それが宇宙の進歩だとしたら、それでもいいです」と林君が初めて、口を開いた。
「僕も、それでもいい」と高山先生。
「僕も」と森先生。
「皆さん方、何ですか!! 皆さんは人類の敵ですか」と聖子ちゃん。

「ところで、そのデ・ガリスは最近は、その神のような存在は、この宇宙の外に、別の新しい宇宙を作り出すことが出来ると主張しているのだ」と松谷先生。
「別の宇宙を作る!! なんと造物主ではないですか。人類が神を作るのですか。壮大な思想ですね。とても考えられない」と聖子ちゃん。
「キリスト教では、神がこの世界を作り、人類を作ったとしている。しかしデ・ガリスは人類が神を作り、その神が宇宙を作るのだと言っている」
「なんと!!」と感嘆する一同。
「僕は、森先生、高山先生、林君に、この神のような機械を作って欲しいのですよ。君たちの天才をもってすれば不可能じゃないと思うがね」と松谷先生。

彼らは松谷先生のマッドな思想に感動して、やろうやろうと言い合った。

松谷先生はその神のような機械に、森先生と聖子ちゃんの意識が結合して、イザナギ、イザナミの命となって、二人で協力して宇宙を産み出すのはどうかと提案した。宇宙産み神話を作ろうと言うのである。これには皆は大いに盛り上がった。聖子ちゃんは

「私、森先生のお力で、私たちの宇宙を産みます」と決意を表明した。

森先生は少し赤くなった。聖子ちゃんは続けた。

「そのときは、先生の方から声をかけてくださいね。私から誘うと、ヒルコ宇宙ができて流れてしまいますから」

こうしてこの5人組の壮大な宇宙産み計画が始まったのである。

続く

   
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