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飛行機はなぜ飛ぶかのかまだ分からない??

翼の揚力を巡る誤概念と都市伝説

2013-07-17 松田卓也

要約

ネットで飛行機がなぜ飛ぶのかという疑問についてググるといろんな答えが見つかる。なかには飛行機がなぜ飛ぶかまだ分かっていないというしたり顔の解説もある。とんでもない話だ。そんなことは百年も前から分かっている。ネットには、もっともらしい解説があるが、その多くが間違いである。その問題について解説した国内外の本の70%が 間違っているという調査もある。航空工学の大家の書いた解説書でも間違っているという驚くべき事実もある。

一番よくある間違いは、翼前端で上下に分かれた空気の流れが、後端で「同時」に出会うとする、等時間通過説(同着説)である。

飛行機がなぜ飛ぶかというような基本的なことがなぜ間違うのだろうか。それは結構難しい問題だからである。

飛行機の翼で揚力が発生するのは、翼の上面を流れる空気の速さが下面より速く、従って、ベルヌーイの定理により、上面の気圧が下面より低くなり、翼は上に押し上げられる、あるいは吸い上げられるからである。その意味では簡単である。

ベルヌーイの定理は適用できないという解説もあるがそれは間違いである。ベルヌーイの定理は非圧縮性流体だけで成立するので、それで揚力を説明できないという解説もあるが、それも間違いである。

しかし実はこれだけでは答えにならない。上面でどれくらい速く流れるかが分からないと揚力の大きさが決まらないからだ。つまりベルヌーイの定理を持ち出しただけでは、揚力を説明したことにはならない。

上面の流れが速いことをさして、物理学的には翼回りに流れの循環があるという。翼を回る渦巻きと思えば良い。物理学的には循環の大きさが揚力を決める。問題はなぜ循環が発生するか?循環の大きさはどれくらいかであるか?それに答えなければ、質問に答えたことにはならない。

まずなぜ循環が発生するのか? その鍵は飛行機の滑走時にある。飛行機が走り始めると、翼回りに循環が自動的に発生する。翼の回りに正の循環が出来たとすると、滑走路には負の循環が残る。これを出発渦と呼ぶ。翼周りの正の循環が揚力の起源だとすれば、出発渦はその副産物である。

翼の回りの正の循環(束縛渦)と滑走路の負の循環(出発渦)は、翼の両端から出る翼端渦で繋がっている。翼端渦は見ることができる。翼端渦、出発渦について触れた解説は少ない。

翼を回る循環の大きさは、どのようにして決まるのか? それは翼上面の流れと下面の流れ(流線)が、翼後端の尖ったところでスムーズに繋がると言う条件(クッタ条件)を課すと決めることが出来る。飛行機は滑走を始めると自動的にクッタ条件が満たされるようになる。

なぜクッタ条件が満たされるのか? それは翼後端が尖っているからである。尖った翼後端を回りこむ流れは不安定になり、翼上下面の流線は尖った後端で滑らかに合体するように自動的に調節されるからだ。最初の過渡的な不安定な渦は、後方にはがれて出発渦になる。

翼は上面がふくれた翼型をしているから揚力が生まれると言う解説もある。それも間違いである。別に紙飛行機のような平面翼でも飛ぶ。

翼が流れに対して迎角をとると、空気は翼下面に当たり、流れが下方に方向変更されて、その反作用で揚力が発生するという解説(飛び石説)もあるがそれも間違いである。

翼とは翼断面や迎角をうまく作ることで、翼周りの循環を発生させる装置である。

 

話の発端

ネットで飛行機がなぜ飛ぶかをググったとき「99.9%は仮説 思い込みで判断しないための考え方」竹内薫著、光文社という本の書評にでくわした。そこでは飛行機がなぜ飛ぶかまだ分かっていないと書いてあったという。飛行機の中でそれを読んで背筋が寒くなったという読者のコメントもあった。罪作りな本である。もっとも著者の竹内氏は東大理学部物理学科出身で、アメリカで高エネルギー物理学で博士号を取ったという科学者で、よくあるトンデモ科学者ではない。CFD Simulation

ちなみに私自身について少し説明する。私の専門は宇宙気体力学の数値シミュレーションであるが、私は京都大学工学部航空工学科の助教授として20年近く在籍した。私の学生諸君は、在学中は宇宙物理学の数値シミュレーションを行って多くの業績をあげたのだが、卒業後は航空機や自動車の製造会社で活躍している。彼らは航空機の専門家である。

彼らによれば、翼の揚力の計算が1%も間違えば困るというのだ。航空機周りの空気の流れは、図に示したように、膨大で精緻な数値シミュレーションがなされている。それで翼面上の圧力分布が正確に計算できるから、揚力も正確に計算できるのだ。それほど航空機回りの空気の流れの理論は、いまや精密科学になっているのだ。飛行機がなぜ飛ぶか分からないといった、原始的な段階でもないし、あやふやな話でもない。そんな説は都市伝説にすぎない。

 

翼の揚力理論と循環

飛行機の揚力の理論として、クッタ・ジューコフスキーの定理というものがある。これは20世紀初頭に提案された理論であり、飛行機がなぜ飛ぶかは、100年も前から分かっているのである。その理論では、翼に働く揚力は非粘性、非圧縮、定常の流れの場合

揚力=空気の密度×空気の速度×循環

である。ここで空気の速度とは、翼に乗った系から見れば、翼に吹き付ける空気の速度である。静止系から見れば飛行機の速度そのものである。(この定理はポテンシャル理論と呼ばれるものから導かれる。)

非粘性とは粘性(粘り気、摩擦)が無視できると言うことだ。実際、航空機回りの空気の流れでは、粘性の影響は、その他の力の100万分の1程度である。だから普通は粘性は無視してかまわない(もっとも肝心なところでは、無視できないのだが)。非圧縮とは、流体が押しても縮まないと言うことだ。水などの液体は普通は非圧縮として扱われる。空気の流れも、速さが音速より十分に小さければ、非圧縮としてよい。揚力を考えるには、非圧縮として十分良い近似である。定常とは時間的に変化しないことを言う。

さて問題は循環である。循環とは下の図にあるように、翼を回る流れ(の成分)である。循環の大きさは翼を囲むような閉曲線を描き、それにそう速度の成分を積分したものだ。循環とは翼をまわる、いわば渦のようなものだ。ただし注意すべきことは、空気が実際に翼の回りを回っている訳ではないことだ。ここが誤解しやすい点だ。翼に対して、前から流れてくる空気の流れの速度ベクトルと循環流の速度ベクトルを加えると、翼上面の流速が速くなるのである。つまり翼上面の空気の速さが速いことを、循環があるということで数学的に表現したわけだ。

例えば私とあなたがそれぞれ1000円もっているとしよう。ゲームをして私が負けると100円あなたに渡す。するとあなたは1100円、私は900円になる。あるいはあなたは1000円にプラス100円、私は1000円にマイナス100円である。この例えでは、一様流が1000円、上面の流れの速さが1100円、下面の流れの速さが900円、循環がプラス・マイナス100円に相当する。

 

以下の図は

http://www.kyoto.zaq.ne.jp/morioka/supplement-02.html

から拝借したものである。上の列は回転している円筒に対して揚力が発生するマグヌス効果の説明で、下は翼の回りの流れの説明だ。

円筒と翼を回る流れと循環

図1では一様流中におかれた回転している円筒の回りの流れを解説している。円筒が時計回りに回転しているとすると、粘性を考えた場合、円筒回りの流体は時計方向に引きずられて、図の点線で示されたような循環が発生する。実線は円筒が回転していない場合の流れである。図1-bは図1-aの実線と点線の流れをベクトル的に足し合わせた流れである。この場合、円筒の上の流れは速く流線が混んでいて、圧力が低い。円筒の下はその逆で圧力が高い。だからこの円筒には上向けに揚力が発生する。これをマグヌス効果と呼ぶ。

下の図2は翼の場合だ。この場合は粘性を無視した非粘性の流れで十分である。2-aの実線は元々の流れ、点線は循環である。その二つを加えると図2-bのような流れになる。この場合もやはり、翼上面の流れの速度は速く、従って圧力が低く、下面は速度が遅く圧力は高い。そのために上向きに揚力が発生する。

図2-bで分かるように、翼の上下を流れる流線は翼の後端でスムーズに合体している。これをクッタ条件と呼び、このために揚力が発生する。一番始めに、飛行機が飛べるのは翼の後端が尖っているからであると述べたのは、クッタ条件を満たすということだ。しかしこれだけではまだ完全な説明になっていない。なぜ循環が発生するかを言っていないからだ。

翼端渦と出発渦

ここで循環の大きさを決める話は、先送りとして話を続けよう。さて循環は渦のようなものなので、その中心には渦糸があるとして表現できる。渦糸とは渦の中心を糸のようにつないだものだ。渦糸は翼の中を通っていると考えることができる。竹内氏はこの渦糸の存在が仮説であると主張するのであろう。科学哲学的な議論を別とすれば、渦糸は存在すると言っても良いだろう。それは磁力線の存在が、仮説ではなく実在であると主張するのと同じレベルの話である。解釈の問題だ。竹内氏はそんなことは分かって言っているのだろう。私が強調したいことは、揚力理論は確立していて、今や精密科学の域に達している。揚力の大きさはコンピュータで計算できる。飛行機がなぜ飛ぶか分からないといった、曖昧な話ではない。そんなのは都市伝説だ。

さて非粘性流体の中では、渦糸には端がないという性質がある。渦糸はずっと繋がっていなければならない。 つまり輪ゴムのように閉じていなければならない。 翼の中を通る渦糸は、左右の翼端から出て、後方に流れ、飛行場に残した出発渦で閉じているのである。ここの理解が難しいから、飛行機がなぜ飛ぶかを理解するのが難しいのだ。

翼端から出る渦糸にともなう渦を翼端渦あるいは自由渦とよび、適切な方法で可視化することが出来る。渦糸は仮説的なものというよりは、実際、見えるのである。YouTubeでもNASAによる翼端渦の可視化ビデオがある。これは塔から煙を出して、そのそばを大型機が通過させる。すると煙は翼端渦のせいでぐるぐると回転する。

NASAによる実機を用いた翼端渦の可視化実験

次のビデオはさまざまな航空機が翼端渦を発する様子を可視化したものだ。この翼端渦のせいで、航空機の背後の空気は大きく渦巻いている。その中に入り込んだ小さな航空機が、渦に巻き込まれて墜落することもある。しかし翼端渦を0にすれば、揚力は発生しないことになり、それは困ったことである。

航空機による翼端渦の可視化のさまざま

次のビデオは迎角(むかえかく)と翼端渦の関係を実験的に可視化したものだ。迎角を0にすると揚力は無くなり、その場合は翼端渦もなくなる。迎角を正にして上向きの揚力を得た場合と、負にして下向きの揚力を得た場合では、翼端渦の回り方は反対になる。つまり揚力と翼回りの循環、その循環と翼端渦、これらは不即不離の関係にあるのだ。このビデオでは後で述べる大迎角時の剥離、つまり空気の流れが翼面にそわない現象も示されている。

風洞実験による翼端渦の可視化

翼には両端がある。翼の下面は上面より圧力が高いから、空気は下から上に回り込もうとする。これが翼端渦発生の原因である。その結果、翼の端近くでは、前方からの空気の流れに翼端渦の流れが重なり、結局は迎角を減らし、揚力を下げる現象が働く。これが揚力と抗力(抵抗)の比、揚抗比を減らす働きをする。つまり抵抗が増えると言うことだ。これを避けるには、翼の長さを長くすればよい。しかしむやみに長くすると、強度上の問題がある。そこで翼の端を上に折り曲げることが行われる。これをウイングレットとよぶ。ウイングレットは翼の長さを長くしたことに相当するので、揚抗比をあげて、結果的に13パーセントも抵抗を減らし、燃料費を軽減する。次のビデオはボーイング737のウイングレットである。

ボーイング737のウイングレット

 翼端渦は飛行機だけではなく、自動車にも発生する。車の上面の流れが下面より速いからである。雨の日に前を走る車のあげる水しぶきで見える場合がある。しかし車に揚力が発生しては困ることがある。接地圧が減るからだ。そこで車の後端に翼を付けて、下向きの揚力を発生させることがある。すると車の後から発生する翼端渦を軽減することができる。次のビデオは車の周りの流れの数値流体力学シミュレーションだ。車でもこの程度に空気の流れがコンピュータで計算されている。飛行機でも徹底的に計算されている。

ラリーカーの周りの流れの数値流体シミュレーション

 

ベルヌーイの定理

なぜ循環が発生するかは、まだ先のこととして、循環ありきから話を始める。翼回りの適切な方向の循環があると、翼の上面を流れる空気の速さは下面を流れる速さより速くなる。従ってベルヌーイの定理から翼上面の圧力が下面の圧力より低くなる。従って翼には上向きに揚力が働く。

いろんな解説でベルヌーイの定理で揚力を説明するものもあれば、それは間違いだと主張するものもある。ベルヌーイの定理は非圧縮性流体にのみ成立する法則だと主張する解説もある。もとの定理はそうであるが、圧縮性流体に拡張できる。その拡張形は先の記事の解説を参照のこと。しかし揚力の本質は非圧縮性流体で説明してよい。

ただし、ベルヌーイの定理を持ち出しただけでは、揚力の大きさは計算できない。なぜなら循環の大きさを指定しないと、揚力は計算できないからだ。

そこで問題は循環の大きさがどうして決まるかということである。つまり翼上面の流速はどれくらい速いかということだ。それは後で説明するが、クッタの条件で決まるのである。しかしそれを説明する前に、世にはびこる間違い説を紹介しよう。

間違いその1 等時間通過説

揚力に関する間違った解説のひとつは、私が「等時間通過説」と呼ぶものだ。NASAの用語では “Longer path” or “Equal transit” Theoryという。あるいは「同着説」ともよぶ。それはこんな説明だ。翼とともに運動する系から見ると、空気が前方からやってくる。そして翼に当たる。翼の前端で上下に分かれた空気は、後端に「同時に」到着する。ところが飛行機の翼の断面は上面が下面より膨らんでいて、上面の距離が長いので、上面の空気は速く走らなければならない。

この説が間違いであることは、簡単に分かる。もし等時間通過説が正しいとすれば、飛行機は背面飛行できないことになる。背面飛行とは、裏返りになって飛ぶことである。通常の旅客機などはそんなことはしないが、戦闘機や曲芸機はよくやる。翼の形に関わらず、迎角を適当に取れば、背面飛行は出来るのだ。次のビデオは曲芸チームのブルーインパルスの背面飛行である。

背面飛行

等時間通過説が間違っていることの第二の理由は、紙飛行機である。画用紙などで作った紙飛行機の翼は一枚の紙であるので、上面の長さと下面の長さが等しい。それでも紙飛行機は飛ぶのである。ヨットなどの薄い帆に揚力が働くのも同じことだ。

時々、紙飛行機の翼は上が凸の形状をしているから揚力があると説明しているものもある。間違いである。紙が薄い限り、空気の通過距離は同じだろう。さらにいえば、翼面を上を凸に作らなくても、飛ぶのである。やってみれば分かることだ。薄い紙でも迎角さえ与えれば良いのだ。

等時間通過説が間違っている第三の理由は、論より証拠、風洞実験をしたり、あるいは数値シミュレーションをすると、翼の前端で上下に分かれた空気の流れは、後端で同時に出会わないのだ。上面を流れる空気が先に後端に到着する。つぎのビデオではそのことを実験的に示している。

等時間通過説の誤りを証明する風洞実験

上下の流れが同時に後端に到着するのではなく、流線が図2-bに見るように後端で滑らかに繋がっていることが必要なのだ。これをクッタ条件と言う。これが揚力が発生するポイントなのだ。

間違った等時間通過説が、世の解説書や教科書にはびこっているので、NASAはそのホームページでIncorrect theory #1 “Longer path” or “Equal transit” Theoryとして警告を発している。

後で述べるアメリカのアンダーソン氏は英語の解説書を調べて、その7割が間違っていると言う。石綿良三先生は日本の解説書を調べて、その7割83%で飛行機の揚力の説明が間違っている間違いか不十分であると言われる。その理由として、物理学者が教えるからだと言われた。つまり工学者に比べて物理学者は何も分かっていないと言うのだ。しかし以下に例示するように、物理学か工学かは関係ないと思う。

最近、京都の下鴨神社の古本祭りで興味深い本をゲットした。

飛行機はなぜ飛ぶか・・・空気力学の眼より』 近藤次郎著、講談社ブルーバックスB256、昭和50年1月第1刷発行、昭和52年第7刷発行、という本である。著者の近藤次郎氏は東京帝国大学航空学科の卒業で、後に東大航空学科の教授になった。そのときに書かれた本である。その本の57ページの図2-10「翼に揚力のでる理由」として、次のように書かれている。

『翼の前縁(先端)と後縁を結ぶ流線は翼の上、下2本に分かれる。双生児の兄弟が翼に沿って同時に出発し、同時に到着するためには上の方が速く走らねばならない。』

「飛行機はなぜとぶか」でググってみよう。JAL-航空まめ知識「飛行機はなぜ飛ぶのか? 」、日本原子力開発機構「飛行機はなぜ飛ぶのか?」は間違いである。その他の解説もほとんどが間違いである。正しい解説がほとんど存在しない状況だ。

 

間違い説その2 飛び石説

揚力理論に関する第二の間違った説はNASAによるIncorrect theory #2, “Stepping stone” theoryである。

これを私は飛び石説と訳すことにする。要点は次のようなものだ。翼は流れに対して迎角を取っている。したがって、翼の下面にぶつかった空気は下にはねとばされる。その反作用として、翼には上向きに力が働く。

この説は100%間違いと言うことではなく、スペースシャトルが高空から降りて来て、非常に空気の薄いところを通過するときは、この揚力が生じる。空気分子がお互いにほとんど衝突しないような希薄な場合、ニュートン近似といわれる近似法が使えて、空気分子はいわばボール球のように考えることが出来る。こんな時には飛び石的揚力は生じる。

しかし普通の飛行機はそんな高空を飛んでいる訳ではない。だから飛び石的な揚力で飛ぶ訳ではない。もし飛び石説が正しいとすれば、翼は下面のみが重要で、上面はどうでも良いことになる。しかし実際の旅客機は下面にエンジンを吊るしている。戦闘機などでは翼の下面に爆弾やミサイルを吊るす。翼の下面が重要なら、そこにはよけいなものを置かないできれいにすべきである。しかし実際の飛行機は上面をきれいにするのである。

Eurofighter Typhoonのデモ飛行、翼下面にミサイル、爆弾を装備している

飛行機の翼では、翼の上面を流れる空気が重要である。これが翼面にそわずにはがれる現象を剥離とよび、揚力が失われ、失速して飛行機は墜落する。飛び石説が正しければ、剥離しても問題ないことになる。ちなみに剥離の原因の多くは、低速飛行時における迎角の取り過ぎである。航空機が離発着時に墜落しやすいのはそのためだ。

多くの学者は、等時間通過説が間違いだといわれると、つぎに飛び石説をとる。飛行機の翼は迎角を取って飛ぶことが出来るのだと。そのこと自体は正しいが、迎角を取ったら、なぜ揚力が発生するかで間違えるのである。

私がネットを見たり、あるいは学者と直接議論しても、多くの人は間違いに気づかないだけでなく、断固として間違った説を主張する場合が多い。滑稽である。一生懸命説明して、ようやく分かってもらえる(こともある)。

循環の発生と出発渦

さてそれではいよいよなぜ、翼の回りに循環が発生するのか説明しよう。これも先の解説の続きの図3を拝借しよう。まず飛行機が出発する前には、翼回りにも滑走路にも渦は無い。飛行機が加速し始めると、まず図3-aのような流れが出来る。ここで翼前端(の少し下)で流線が翼にぶつかっている点をよどみ点という。そこでは速度は0である。よどみ点の上下で、流線は翼の上と下に別れる。

 

循環の発生

この別れた流線が再び会うところ(翼の上面)が、S点でこれが後端のよどみ点である。ところがこの流れの場合、翼の後端の尖ったところTでは、速度が非常に速くなり、従って圧力が減る。S点はよどみ点で圧力は高い。このような流れは不安定で、図3-bに示されるように半時計回りの渦ができて、後方にはがれて行く。これが滑走路に残る出発渦である。その出来方に関しては、下に示した数値シミュレーションのビデオを参照のこと。

ここでの議論では粘性は重要な役割を果たさない。粘性の無い流体の場合、始めに全体の渦度がなければいつまでもない(ケルビンの循環定理)。出発渦は図の場合、半時計回りなので、それを打ち消すように翼回りには時計回りの循環が発生するのだ。上下の流線が翼後端の尖ったところで出会うというのがクッタ条件で、それを仮定すると循環の大きさがユニークに決まる。

飛行機の速度が変わったり、背面飛行を始めたりすれば、揚力の大きさが変わる。この場合は、出発渦に相当する渦を作って、空中に放出するのである。

翼の後端が尖っていない場合は、循環が発生しないで揚力が無いか、あるいは流れが不安定で、正負の循環が交互に発生する。揚力ががたがたと不安定になる。後端が尖っていると言っても、剃刀の刃のようである必要はない。曲がりの曲率半径が、典型的な長さに比べて十分小さければ良い。

ここで疑問は翼の前端が尖っていたらどうかということだ。その場合でも揚力は発生する。というのは、翼前端で発生した渦は、翼の上面に張り付いて、境界層を作るのである。このように前端と後端の役割が違うのは、実は熱力学第2法則と関係がある。今までの議論で、粘性は関係ないとしていたが、厳密にはそうではなくて、粘性があるからこそ、前後の非対称性が発生するのである。

実際、超音速機では翼の前端は尖っている。丸いと衝撃波が発生した時、離脱衝撃波になり抵抗が大きいのである。

上記の循環発生の議論は日本の流体力学の2大家ともいうべき巽友正先生の「流体力学」今井功先生の「流体力学」に述べられている。巽友正教授は私が京都大学の学生だったときに講義を受けた。今井功東大教授は私の航空工学でのボスであった桜井健朗教授の先生であった。さすがにお二人は正しい、というよりは私がお二人から学んだのである。

次のビデオは出発渦の生成の数値シミュレーションである。出発渦はいつまでも空港にとどまる訳ではなく、粘性のためにやがては消滅する。しかし大型機が出発した後は、なかなか出発渦や翼端渦が消えないので、しばらく時間を空けてから次の航空機が離陸する必要がある。

Starting vortex

アンダーソンの作用・反作用説

1999年頃にフェルミ素粒子実験所の研究者であるアンダーソンという人が、20数年の研究の結果、今までの揚力の説明は間違いで、新しい説明を発見したと主張した。その主張はHow Airplane Fly: A Physical Description of Liftと題してSport Aviationという雑誌に発表された。

その論文では等時間通過説を徹底的に批判した。そこまではよい。それではなぜ揚力が生じるかというと、翼が空気を下に押し下げて、その反作用で揚力を得るのだと主張した。空気が下に押し下げられる現象をダウンウオッシュとよび、その写真も示された。

アンダーソンの説はその点だけを取れば間違いとは言えない。問題はこのダウンウオッシュがなぜ生じるのかということだ。彼はコアンダー効果を持ち出しているが、それは違う。ここではコアンダー効果とは、翼上面に高速流を吹き付けると、粘性の為に流れが翼面にへばりつく現象を言う。翼の後端を下に向けると、流れが下向きになる。ダウンウオッシュである。しかし、これで揚力を説明するのは間違いだ。飛鳥という実験機ではコアンター効果を利用した高揚力装置を持っていたが、特殊な場合である。

さて揚力はダウンウオッシュによる反作用で生じるといっても、それだけでは揚力の大きさを定量的に予言できないのである。アンダーソンの説明では、揚力の存在自体は説明したつもりでも、翼における揚力分布とかモーメントなどの詳細は予言できない。つまり役に立たないのである。

ロケットの推進力はどのようにして発生するのか?

同じことはロケットやジェット機の推進力の説明にも言える。ロケットになぜ推進力が働くかという質問に対する答えとして、後ろに燃焼ガスを高速で噴き出して、その反作用で進むと普通は説明している。それで納得しているのが普通だろう。しかしその説明は不十分である。

なにが、ロケットのどの部分を、どのように押しているかが分からないからだ。例えば私が乳母車の握り部分を持って押しているとしよう。すると乳母車は反作用で私を後ろに押し返す。しかし私は足を地面につけているので、足で地面を後ろに押す。すると地面は私を反作用で押し返す。この説明は間違ってはいないが、普通はそう言った説明はしないだろう。私が乳母車のどの部分を持って押しているのかという情報がこの説明には無い。私が乳母車の握りを押した場合と、下部を押した場合、あるいは側面を押した場合では、乳母車の運動は異なる可能性がある。作用・反作用の説明では、そういった詳細が入らないのだ。この場合は、私が乳母車の取っ手を押しているから、乳母車は進むという説明が最も適当である。

翼の場合も、ダウンウオッシュによる反作用で揚力が出来ると言う説明は不十分だ。翼回りの圧力分布をきちんと計算すべきで、そうすれば全揚力だけでなく、揚力分布やモーメントも計算できる。作用・反作用の説明では、揚力の存在だけしか言えない。

ロケットの場合、燃焼室で燃焼ガスが高温度で燃えて、燃焼室の壁を押す。ところが燃焼室の後部には穴があいているので、その部分は押されない。結局、圧力を全体に渡って積分すると、前に押す力が後ろに押す力よりも大きく、推進力が発生するのだ。ジェット機の場合も同じことだ。燃焼室内の高温のガスは高圧力となり、燃焼室の壁や、コンプレッサーの羽根を押すのである。だからこの推進力に耐えるように、燃焼室もタービンの羽根も丈夫に作らなければならない。

ともかくアンダーソンも世間の説が間違っていると大上段に振りかぶった割には、自分も間違っているのである。あるネット記事で、アンダーソンの説を持ち上げて、世の大学教授はウソを教えていると批判していた物もあった。しかし10年経った今では、アンダーソンの間違いを認めている。記事を削除していないことが正直で良い。

2013/12/15 追記

上記に石綿良三先生が揚力の誤概念について調べられたと書いた。先生にいただいた論文は、オフィスの引越しのどさくさで紛失してしまったので、今回もう一度いただいた。そこで先生の論文の要点を再度書く。

揚力の間違いに関して、一般書では正しい16.2% 、 十分でない50.0% 、間違っている33.8%であった。物理の教科書では正しい61.0% 、 十分でない22.0%、間違っている17.1%であった。もっとも物理学者の集団であるロゲルギストの中で今井先生が揚力理論について正しい警告をしているが、それが知られていないのが現状だという。「科学書に見られる間違った翼の原理の拡散」石綿、根本、山岸、荻野、日本機械学会講演論文集No. 138-1 (2013)

流体力学一般に関する誤認識については次のような結果であった。正しい17.5% 、 十分でない2.5% 、間違い65.0%、説明なし15.0%。そのような間違いが起こる原因として物理学者が本を書いているからだという。物理学科では現代物理に重点が置かれ、流体力学を専門としている教員はほとんどいない。だから流体力学を正しく理解できないケースが多いからだという。「流体力学に関する間違った科学情報の拡散に関する研究」石綿、日本機械学会2008年度次大会講演論文集No.08-1, Vol.5 (2008)

   
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