設立 - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん

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<設立宣言>

真理の探究は人間の本質的な欲求であると同時に、文明社会発展の礎でもある。科学の対象となる領域は広大であり、その可能性は無限である。それにも関わらず現代社会においては研究者が活躍できる場が限られているという現状がある。

このような状況にあって、個々の研究者が知識を深めると同時に視野を広げ、様々なキャリアパスに進出していくこと、また異なる分野の研究者が交流し、異種のテーマの結び付けによって新たな価値を生み出していくことが求められている。これらはすなわち科学の地平を切り拓いていく営みでもある。この理念のもとに、基礎科学研究・応用科学研究・科学普及等の活動を通し、大学院在学中の若手から退職後の知的人材まで、幅広い立場の研究者が活躍の場を広げることを目的として本研究所を設立する。

 


 

<設立経緯>

このたび、NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいんは、附置機関として基礎科学研究所を開所することになりました。
当法人は、知的人材を活用するための仕組みを実現し、それを社会に広めていくという方針を掲げています。そして、この方針に従って、この研究所を基礎科学研究所として立ち上げることとしました。

NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいんは、知的人材を活用するための仕組みを実現し、それを社会に広めていくという方針を掲げていますが、これを実現するための一手段として、このたび、当法人附置機関として基礎科学研究所を開所することになりました。

19世紀から20世紀にかけて、それまで、神学・医学・法学、それに付随するものとして哲学と学芸がおかれていた大学で、学芸の中に自然科学系の学問が置かれるようになり、さらに独立した数学・理学などの学部が設置されるようになりました。
20世紀にはいると、近代国家にとって、国策として、科学技術の興隆は必要不可欠となり、大学にも科学技術教育が徐々に浸透しました。

日本は、明治時代を境にして近代国家の形成に向けて西欧諸国に追いつけ追い越せという政策をとり、教育の普及に力を注ぎました。このとき、福沢諭吉が「究理学」の大切さを説きました。
窮理学とは、今でいう物理学の事ですが、実際には数理系を包括する学問分野であると考えていいと思います。これが、その後の日本の科学技術の発展を促したように思われます。
科学の基礎研究は国が責任を持つ(投資する)という考え方が定着したのは明治以後です。こうして、日本に、大学が創設され、当時でいえば大量の大学生が生まれました。

ところが、この頃、大学卒業生の社会的受け皿はなく、「そんな高学歴はうちではいらない」と雇い主はいい、「大学は出たけれど」と巷でささやかれたのものです。高学歴がいつも歓迎されたわけではないのです。なかんずく、女性の場合はこれを後追いして、男子大学生が就職の条件として普通のこととなったのちの時代でさえ、「女には学歴はいらない」といわれたものです。
社会が進歩し、高等教育を受ける人が増加したのは決して悪いことではないはずなのに、需要と供給の時差がいつも表れます。

企業は学歴が高いのは使いにくい、世間知らずだなど、どこかで聞いたような話がでてくるのは世の常です。時代を先取りした政策の結果生み出された大量の高学歴人材を社会が受け入れる需要とマッチしない状況は、どうも今に始まったわけではなさそうです。
そして、今、大学院卒の博士にも同じ状況が起こっています。

もちろん、高度な専門性を有する人材が、大学等の研究機関以外にも多様な方面に職を得てその能力を活用できていない現実には、企業側だけでなく、大学側の研究や教育に対する考え方とのミスマッチもあります。
この溝を埋め、知的人材が、より社会に活用できるための仕組みを考え提言していくのは、当法人の目標です。

若者が、身分養成機関を経て科学者や技術者になる制度ができ、また、科学の探究が職業として成立する時代になりました。これを、バナールは、『「天才の科学」から「凡人の科学」への転換が起きた』といいます。
しかし、もっと異なったいい方をすれば、「沢山の知恵を集めて科学の体系に組み込む」時代になったともいえるのではないでしょうか。

湯川秀樹博士が立ち上げられた基礎物理学研究所の精神をさらに広げて、基礎科学としたのには、理由があります。
湯川博士は、基礎物理学研究所を設立するにあたって、狭い物理学に限らず、より広い自然現象を解明する場として位置づけられました。初期の基礎物理学研究所では、生物実験まで行うことを許容していたのです。

個別科学の劇的な発展によって、科学の対象は目に見えるものから、さらに見えないナノ、いやピコ、フェムト・アトの世界までも見ることができるようになりました。逆に、宇宙の果てや宇宙の始まりまで、科学の対象として探求する時代になっています。
そればかりではありません。私たちは、この1年、親子理科実験教室を開催し、子供たちの素朴な質問に接する中で、私たち科学者が気がつかなかった様々な日常生活の中にある不思議を探究する面白さまで体感することができました。

時代は移り、個別基礎物理学のメッカとして果たした基礎物理学研究所の役割は偉大なものがありますが、職業科学者は個別テーマの追求に専念し、テーマごとに別の研究機関が動き出すと、その役割も変わってきたことも事実です。
現在は、科学の対象もテーマも、社会現象や日常のさまざまな現象に潜む、まだ解明されていないさまざまな現象、はては環境問題やエネルギー問題といった個別のテーマを乗り越え、さらに広がって、科学の対象として進めている時代になりました。
そこで、私たちは、基礎科学研究所の研究対象をさらに広く見据える為に、基礎科学研究所としました。もちろん、湯川博士の思いを形にした基礎物理学研究所には、足元にも及びませんが、その理想とするところは、湯川博士と思いを同じにしていると思います。

私たちが、「知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん」として、このような基礎科学研究所を立ち上げた主な理由は2つあります。

第1は、知的人材を活かすシステムとして、将来科学研究費等を申請できる団体としての資格を獲得することを目標にして実績を作っていくことです。
今、巷にあふれている知的人材、即ち科学者にとって、生活の糧としての、つまり職業としての地位がないことが、そのまま研究継続を阻害する例が多数見られることです。それは「所属」と「研究資金獲得の機会」が失われるということです。
今、若い研究者は、ポスドクといういわば非正規雇用の形態で研究を続けています。なかには、テニュアトラック制度は若手支援を得て恵まれた若手もいますが、大多数は、いわば、派遣研究者(いみじくもある方がこういう言い方をされました)という不安定な身分です。
この非常勤講師の実態調査によると、大学の授業の7割とか8割をこういう方々が支えているというデータさえあります。大学の非常勤講師で働きながら仕事を続けている方々は、来年どうなるかわからない、いつ仕事がなくなるか分からない契約で働いています。

これまで、このような、派遣研究者や非常勤研究者といったたくさんの非正規雇用の状態にある若手研究者が、せっかく採用された研究資金を、所属がないために、泣く泣く辞退したポスドク、所属がなくなったために大学教員にお願いして継続の労をとってもらい、自分の名前では運用者になれなないといった事態などを見てきました。
そもそも受け入れ機関がなければ科研費の申請ができません。所属がなくても、研究者番号はあるのですが、所属機関を通じて出す申請書はなかなか壁が厚いのです。
さらに、近頃では、定年退官後、まだまだ好奇心も研究意欲もあるのに所属がなくなり、論文や仕事をする意欲をそがれている方々をたくさん発見します。わざわざそのために、もう一度大学院の受講生になったり、研究員として研究費を払って、機関に属す方々も沢山います。
最近では、名誉教授にも科研費申請の労をとってくれる大学も増えてはきましたが、それでも、定年を控えて科研費申請をするのに、定年後までの期間で出すことができない大学は数多くあると思います。
実は、NPOを運営するようになって、初めて知ったことですが、JST等の文科省以外の助成金申請ができます。しかし、これも、いわゆる科研費にあたるものとは性格を異にしていて、個人の研究やかなり基礎研究に偏ったものは、それほど機会がありません。

科学研究費の申請ができる場を提供し、研究に熱意のある研究者が、その身分ゆえに研究活動を続ける手段を持てない状況では、せっかくの知的人材が活用されないままになってしまいます。それは、若い研究者も、年配の研究者も同様に不幸なことです。
この基礎科学研究所は、こうした知的人材を活用するための1つの支えになりたいと考えています。

第2は、研究の議論ができる場の提供です。このためには「場所」が必要です。
研究活動を続ける、科学の探求心を満足するためには、そしてそれを遂行可能な形にするためには、何よりも大切なのは研究を語り合う仲間との議論が大切です。議論する中で、テーマが広がり、深まっていくのです。その場がいるということです。
よほどの天才は別として、そのような研究場所を作ることなしには、研究の発展は途切れいつか興味を失っていきます。
さらに、現在、職業科学者、現役科学者たちはとても忙しいのです。そういう人が研究を続けていく推進エネルギーは、多くの仲間がいて、常にアンテナを張り、新しい知見を取得し、探究心を持ち続けることができるからです。もちろん、そこから、研究を成就し成果を上げる為の仕組みも必要です。
単なる趣味で行う研究はいつでもやめられるので、成功率は低くなるのは事実です。情報を交換し、どこまでわかったか交流しあい、そして次の目標を定める仲間がいること、そういうところから、次の新たな研究の芽が生まれてくるのです。
個別科学の目前の研究に集中する時間の確保だけでも大変な現役の科学者たちが、さらに広い視野を持ち、未来の科学について思いをはせるのは、今はなかなかできなくなってきました。定年になって初めて、わが研究を振り返る研究者も結構見聞きしてきました。
好奇心のあふれた人びとが集う場、次の科学がこうあってほしいと願う方々が直接語れる場、それはいわば、ルネッサンス期に発展したサロンに似ているかもしれません。ただ、単なるサロンではなく、新しい領域にも手を伸ばせる研究の場、実践の場、若手とシニア研究者が、市民とともに作る21世紀型の科学を創造する場にしたいと願っています。

基礎科学研究所を実際に活動を開始するのは、研究所の住所が公的なところに移る条件が整い、やるべき内容が具体的になり、研究所のセミナーや行事が具体的になってからです。
現在、どういう形の研究活動をどういうテーマで行うか、いろいろ案が出ています。今までの既成の研究システムとは違った、我々の目的にふさわしい具体的活動とスタイルを作っていきたいと 構想を練っているところです。
 みなさんの活発なご意見とご提案を期待しています。

   
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