2017年11月25日

あいんしゅたいんアピール:「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」についての質問

解説:公開質問状『「追跡!真相ファイル::低線量被ばく 揺れる国際基準」についての質問』について

去る2011年12月28日、NHKで、番組「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」が放映されました。この番組の内容について、別途公開質問状を、提出いたしました。この番組については、私どものなかで、さまざまな意見が出ました。
1年前、2011年3月11日の後、「何か科学者としてしなければ」とたちあげた情報発信グループでは、毎週勉強会を行い、東日本大震災情報発信ページを開設して、さまざまな情報を発信してきました。
既に「あいんしゅたいんアピール:大文字送り火と放射能さわぎー低線量放射線と共存する社会を目指して」を提出しましたが、今回は、マスコミの科学的事実を報道する姿勢を問うものです。
肝心の動画はみることができませんが、参考のために、ネット上で見られる資料をご紹介します。

文字起こししたものは、こちらににあります。また、こちらでは、これからの予定も書かれています。おそらく科学を知らない人の集まりが作ったのでしょうが、公的報道機関としては、あまりにひどい内容でしたので、疑問点をまとめて以下の質問することといたしました。


あいんしゅたいんアピール:「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」についての質問

低線量被爆の影響に関しては、現在科学者を標榜する人の間でも意見が分かれており、マスコミはその報道内容に対して、科学的根拠に基づき検証されたデータを客観的に報じる義務がますます増大しているときです。その意味で、2011年12月28日に放送された「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」は、あまりにも問題が多い内容であると思います。
そこで、報道に責任を持つ方々や諸機関にたいして、そのあるべき姿を求めている市民を代表して、また科学活動の一端を担っているものとして、公開質問状を作成し、提出する次第です。

以下の質問は、本当に科学的事実に基づいているのか、単にフィーリングで述べられているだけなのかを整理し、低線量被曝の実際を科学的に検証することにより、現在国民的課題である低線量放射線の影響の克服を考えたいという思いから発したものです。

1) 「1980年代、ICRPは広島の線量に対するリスクが再評価されたのに、基準値を変えなかった。」として、図を参照して、説明がありました。この図はNHKで書いた図でしょうが、どの元論文から持ってきたものですか?私たちが検証するかぎりICRPの図そのものではありません。
2) スウェーデン一帯でチェルノブイリ事故後、ガン死亡率が34%/年増えた」の根拠になるデータを示してください。
3) 原発の周辺で被曝、脳腫瘍を発症今も苦しんでいるセーラさんに、「科学者には、私達が単なる統計の数値でないことを知ってほしい。私たちは生きています。空気と水をきれいにしてください。たくさんの苦しみを味わいました。誰にも同じ思いをしてほしくありません」という言葉で終わっているが、NHKはきちっとした疫学に基づいて検証された統計をどう位置付けているのでしょうか。一方で、番組の中でセーラさんのお父さんは、データを集めているということですが、せめて、お父さんの結果をお示しください。
4) ICRPの決定が、コスト優先と連動している証拠として、番組では、内容に触れないで、委員の構成が偏っていると主張しています。この決定の経緯を、史実に基づいて説明しないで、単にレッテル貼りで視聴者に偏った印象を与え、世論を導こうとする手法を、NHKは報道倫理基本綱領に照らして、どう考えているのでしょうか
5) 「クレメント氏は私たちに驚くべき事実を語りました」として、実際氏が話している内容とは異なる、日本語訳のテロップがついています。せっかく、米国まで取材に出かけたのですから、クレメント氏との話の正確な内容を公開してください
6) 事情聴取の対象が、何故元ICRP委員(在米)で、日本の現役でなかったのでしょうか。まずは、日本の委員に事実を確かめるべきと考えますが、丹羽太貫委員には取材しなかったのですか?
7) ICRPに寄付している団体の、一覧表をお持ちなら、ぜひとも公開してください。
8) 低線量放射線の影響については、近年、多くの疫学データや放射生物学の最新データが公表されています。今回、その中からあえて低線量被爆の影響を紹介するのに、個人症例3つのセーラさん、原発労働者、サーミ人の例を選んだ理由をお示しください。またこれらの例が客観的・科学的に、低線量被爆の影響であると判断し、NHKが番組に取り入れた根拠となるデータを示して下さい

NHKは公的な性格を持つ報道機関です。そうである以上、情報発信者としての倫理というものがあります。実際、放送倫理基本綱領には、「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない」とあります。真実を確かめ、データに基づいて解説することが、報道者としての義務であると思います。当然、「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」の報道の内容を担保するデータをおもちのことと思います。そのデータを公開していただくよう、要望します。

私どもは、データに基づいて評価をきちんとやっていくべきだと考えています。データをしっかり確認するという作業抜きに、放射線の影響について,非科学的な言動を繰り返すことで、視聴者の不安を煽り、必要以上の恐怖にさらすのはもうやめてください。市民は、本当のことを知りたいと願っています。私たちもそのためにこそ、いろいろと検討を重ねています。こうした努力をしないと、現在の混乱した状況を切り抜けることはできないと思います。

科学者もマスコミも、「真実を知りたい」と願う市民に対して、真摯な気持ちで、正しい認識へと向かうための、「真相」を「科学的データ」に基づいて情報発信することが、今、大変重要になっています。その意味で、マスコミの責任は重大です。フィーリングでなく科学的データ基づき科学的事実をわかりやすい言葉で語ることが今ほど必要な時に、こんな「真相」報道を、NHKが報道することは、とても悲しいことです。ぜひとも、NHKとして、この番組の(あるとしたら)科学的根拠を公表し、疑問を持つ視聴者に対しきちっとお答え下さるよう、対応をお願いします。

以上、2011年12月28日上記の放映番組について、8点の公開質問を提出します。

NPO法人あいんしゅたいん 東日本大震災情報発信グループ代表

理事長 坂東昌子 常務理事 宇野賀津子                        


公開質問状:NHK「追跡!真相ファイル: 低線量被ばく 揺れる国際基準」ご報告 ー NHKからの回答について

上記の質問状に対して、再度のNHKへの質問状(6月4日付)の下記回答(6月29日付)を受け取ってから、かなりの日数が経ってしまいました。

NPO法人あいんしゅたいん
東日本大震災情報発信グループ代表

 理事長  坂東 昌子  殿
 常務理事 宇野 賀津子 殿

拝復
貴法人より6月4日付けでお送りいただいた、追跡真相ファイル「低線量被ばく 揺れる国際基準」に関するご意見について回答いたします。

私どもが5月2日付けで送付いたしました回答は不十分である、というご指摘を頂きましたが、私どもとしては、皆さまのご質問に対して、できる限りのお答えをしたものと考えております。
前回の回答でもお伝えしておりますように、紹介したデータは、いずれも国や州などの公的機関が調べた客観的な数字に基づいたものです。また、制作にあたっては十分に取材を尽くしており、意図的な編集や事実をゆがめる報道はしていないと考えております。
そして、放送のために調査した情報やデータ、さらには取材の経緯の詳細につきましては、放送以外の目的のために公開したり、外部に提供したりすることはできませんので、ご理解をいただきたいと思います。

なお、この回答は、会長の指示のもと、当番組の責任者としてお送りするものです。
この点につきましても重ねて、ご理解をいただきますようお願い申し上げます。

敬具

平成24年6月29日

NHK報道局 社会番組部
チーフ・プロデューサー
  春原 雄策

原文(PDF)はこちら

回答は、予想通りだが担当者からのみで、NHK責任者の考え方や科学的立場に立つ報道のもつ倫理についての姿勢というものをうかがうこともできませんでした。私たちは、この間、「立場の異なる科学者でも、真実を明らかにするという同じ思い」から、一堂に会して議論する場を持つことに力を注ぎ、8月には「原子力:生物学と物理」ならびに、プレコンファレンスを成功させるために全力を傾けてきました。

上記の回答は、その忙しい準備中にきました。回答の内容は、1回目のお返事に比べて進展はなく、あまりにもレベルが低く(きっと、それが狙いなのかもしれません)、その態度には、「ほっておけば、いつか諦めるだろう」という思惑が背後にあることを感じさせました。私たちは、これ以上この問題に時間を割くことは無駄であると判断しました。

 しかし、皆さまからは、「NHKの問題はその後どうなりましたか」というお問い合わせもいただいていることから、一応のご報告をすることで、終わりにしたいと思います。

私たちは、力もお金もない、ただ「科学者の良心」を貫きたいというだけで集まっているささやかな組織です。第2回目で特に強調したように、私たちは、NHKのすべての番組一般を否定しているわけでもなく、やり込めて鬼の首でも取ったように勝ち誇りたいわけでもありません。3月11日以後、混乱状態に巻き込まれ、それに翻弄されて、疑惑と不信感に陥った市民は、精神的にもまいってしまいました。それに乗じて科学的真実に程遠い情報を発信した科学者は、善意から出発したとしても、やはり大きな誤りを犯したと私たちは思っています。

同じように、善意から報道したとしても、真実を語らない報道は大きな過ちを犯したのです。間違ったことを言ってはいけない、と言っているのではありません。誤りをゼロにするということはゼロリスクと同じく、科学的に考えれば、不可能です。しかし、流した情報が誤りだと指摘されたときに、自ら確かめ、真実を突き止めることが大切だといっているのです。私たちは、そういう過程を経て、知識を深めてきたのです。むしろ、間違いを指摘されたことは、あるいは真実を糺されたことは、軌道修正できるいいチャンスだったはずです。私たちが問題提起したのも、情報の中で困惑した沢山の方々をみるにつけ、なぜこのような事態が起こったのか、それを解明し、今後の教訓にしたいと思ったからなのです。

しかし、その気持ちは通じませんでした。というか、残念ながら、NHKはそんなことで考えを変えないという、権力側の意識が見えてしまいました。

でも、これでいい筈はありません。今回は引き下がったというよりは、いずれもっと良心的な方々に呼びかけて、「マスコミと科学」といったシンポジウムを開きたいと思っています。その時に、この思いを引き継ぐことといたします。

あまりにつまらない結果になったので、ほかの仕事を優先して対応が遅れていましたが、一応、報告をしておこうと、このたび、この報告書をまとめました。ただ、心強かったのは、良心的な科学者が集まった8月の「原子力:生物学と物理」ならびに、プレコンファレンスでは、その思いが少しですが通じて、立場は違っても、ともに考えていく土台ができたということです。

この研究会の報告書をどうぞご覧になってください。 素粒子論研究 投稿用原稿 for 基研研究会「原子力:生物学と物理」

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追記:番組をめぐる動きの一部紹介

NHK番組の件で、7月20日付けで、SYNODOS JOURNALというネットサイトに片瀬久美子氏というサイエンスライター(京大大学院理学研究科卒)が、昨年12月28日放映のNHK低線量被ばく問題番組をICRP日本委員8名がBPOへ提訴した内容について詳しく解説しています。片瀬氏は、この番組を制作者の意図が強く反映された結果「ドキュメンタリー番組により事実が歪めれて伝えられた事例」として取り上げています
ICRP国際委員である丹羽大貫氏は、放送倫理番組向上機構に提訴(審議要求)されたと伺っています。6月28日付で放送倫理番組向上機構に提訴(審議要求)していりました。
エネルギー問題に発言する会」(代表幹事である金氏顕氏)も、NHKに対して137名の賛同者署名入りで、BPOに6月28日付けで提訴抗議文を提出している。

当NPOは、経緯について、正確な情報を明らかにすべきという点で同じ考えでした。金氏顕氏によれば、BPO事務局と、次のような電話のやり取りをされたということでした。

<電話のやり取りの一部>

NHK: 「すでに丹羽先生からの申し立てがあり、丹羽先生が委員と意見交換し、BPOとして はICRPの中で何がどう検討されてきたのか、今後どうしようとしているのか、調査の権限がないので却下している。同じ番組であるので同様に審議できないというのが結論です。もしICRP委員が誤訳されたと人権侵害で提訴してこられたら別ですが。」
質問: 「当方のICRP取材部分以外の、スェーデンやアメリカイリノイ州の取材箇所についての虚偽報道についてはどうか?」
NHK: 「自分は事務局であり委員ではないのでお答えできない。」
質問: 「委員は弁護士や作家なので、科学的なことは審議する能力がないのでは?」
NHK: 「(その質問には答えず)どうしてもということでしたら、あとは裁判するしかないですね。」

このやり取りの報告の最後に、金氏顕氏は、次のようにコメントされていました。

「BPOへの提訴も取り上げて頂けなかったということです。巨大組織であるNHK相手に裁判など不可能なので諦めるしかありません。それにしても世の中どのような組織でも必ず天敵がいますが、マスコミだけはいないのは実におかしいです。例えば総理大臣には野党であり、国会議員には選挙民であり、企業は株主や顧客であり、教師には保護者であり、、、、天敵の存在が暴走を抑制してくれます。民間マスコミはそれでもスポンサーと視聴率があります。NHKには天敵は全くいないも同然ですから、あのような番組作っても平気なのですかね。」