2024年04月20日

 

2016年度第3回定期勉強会報告

1.概 要
 
日  時:2016年8月17日(水) 14:00~17:00
話題提供:田中司朗(京都大学)
     川上博人(元JNES)
     牧英夫(元日立製作所)
話  題:疫学の基礎
     低線量域の発がんリスクの統計的有意性について - 年齢依存性の取扱いの重要性 -
テキスト:放射線と免疫・ストレス・がん(医療科学社)第6章
当日資料:田中氏資料
     川上氏資料  

2.話題者略歴

田中司朗

2003年3月、東京大学医学部健康科学看護学科卒業。 2008年3月、東京大学大学院医学系研究科健康科学看護学専攻にて保健学博士を取得。 京都大学医学部付属病院探索医療センター検証部にて特任助教、京都大学大学院医学研究科社会健康医学専攻薬剤疫学分野での特定講師などを経て、2015年4月より、同分野にて准教授。臨床試験、疫学研究における統計関連業務が専門。

川上博人

1969年3月、東京大学原子力工学科修士課程終了。
東芝原子力事業部に入社し高速増殖炉「もんじゅ」の研究開発、設計、建設に30年間従事。のち、電力システム社において、経営変革業務に従事し、東芝を退社。
退社後、原子力発電技術機構の理事として軽水炉の主要機器の実証試験を担当。
2003年には財団法人の統廃合により独立行政法人原子力安全基盤機構(JNES)に移籍し、特任参事として放射性廃棄物の規制研究部門立ち上げに従事。2011年には福島現地対策本部等にてサイト外の汚染状況調査等を実施。2012年3月、JNESを退社。

牧英夫

九州大学工学部機械工学科卒業。
東京大学にて工学博士取得。
日立製作所に入社。技師長を経て退職。
専門分野は核燃料工学、原子炉工学、技術者倫理。日本原子力学会フェロー、日本機械学会名誉員。

3.話題概要

放射線疫学の統計学的論(田中氏)

疫学研究において、原因(例えば放射線被ばく)と結果(例えばがんの発生)の関係を、第三の因子がゆがめる現象を交絡と呼んでいる。がん疫学研究においては、交絡因子として年齢、性別、喫煙などの生活習慣、既往歴などが重要である。これらのデータを収集し、回帰モデルなどの適切な統計手法を用いてその影響を排除しなければ、過剰相対リスクなどの推定値に偏りが生じる。本演題では、交絡という現象はどのようなものか、回帰モデルによる交絡調整の考え方や関数関係のモデリングについて解説を行う。

低線量域の発がんリスクの統計的有意性についてー年齢依存性の取扱いの重要性(川上氏)

低線量域の発がんリスクについては、これまで多くのコホート研究や疫学調査の成果 が報告されているが、未だ明確な合意形成に至っていない。これまでの海外と国内のコホート研究の調査対象者を合計すると、約50万人、観察人年は約1,100万人年に達す るが、低線量域の過剰相対リスクについて、国内外で正反対の結論が出されている。これは何故なのか?疫学的な困難さもさることながら、発がんリスクの年齢依存性の取扱いに関する統計的な手法自体に起因する問題があるのではないかと思い、この点に関する調査検討を行った。 この調査結果の概要について話題提供し、低線量域の発がんリスクの不確かさのプ ークスルー技術について、皆さんと意見交換する。

議論したいこと(牧氏)

川上博人氏が行った解析結果「低線量域の発がんリスクの統計的有意性について―年齢依存性の取り扱いの重要性―」は、放射線が人体に与える影響を理解するうえで重要と考える。この度、NPO法人あいんしゅたいんの皆様方と科学的に公平な視点から議論ができる機会を得たため、参加させていただく。
原子力の平和利用は人類社会の持続可能性維持のために必要だと考えるが、それを推進のためには社会の理解と合意が不可欠である。その意味でJST事業「市民と科学者を結ぶ放射線コミュミケ―ションのネットワーク基盤構築」は重要かつ画期的である。その内容や方法について勉強させていただき、議論できれば幸いである。

4.議事録

疫学の基礎(田中氏)

● 疫学は人間集団を対象とした社会医学。健康政策の科学的根拠の提示、医薬品の評価が目的。
● 調査目的に応じて対象集団、比較対象となるコントロールを設定して疾病のリスクを知る。
● 疾病の存在の指標:有病率、発生の指標:リスク、発生率(人年法)、生存曲線。比較する際は比や差で。
● 調査方法:コホート研究(現在から対象を観察、前向きの調査)、ケースコントロール研究(現在から過去にさかのぼって調査)、断面研究(ある時点での調査)、ランダム化臨床試験(薬の治験などで実施。調査対象者の性質をそろえられるなど利点がある。実験に近い。)
● ケースコントロール研究:オッズ比などで調べる。例えば、被ばくとある疾病に関連があるかを調べたい場合には、オッズとは被ばくにあった人と被ばくにあわなかった人の比(被ばく者/非被ばく者)。これを疾病になった人の集団(ケース)と、なってない人の集団(コントロール)とで更に比較したものが、オッズ比。疾病と被ばくに関連があった場合、疾病になった人の集団の方が、オッズが高く、オッズ比も大きくなるはずである。通常、コントロールはケースの1~5倍の人数が確保される。チェルノブイリ事故由来のベラルーシとロシアの甲状腺がんの研究はこの方法。
● 回帰モデル:オッズ比やリスク差、リスク比などの疾病の指標が、調べたい要因の強弱によって(被ばくとの関連なら、被ばく量によって)どのように変化するかを示すモデル。疾病のメカニズムまで突き止めることは難しいため、比較的簡単な数式で関係をモデル化する。一次関数、二次関数、他にも、何かしらの変換をすると一次関数になるような関数などを用いる。放射線関係の研究では防護で使用されるLNTモデルの存在により、一次関数がよく使われるという経緯がある。
● 性別、治療期間、病気の進行具合などを0と1の変数の組み合わせとすることもある。例えばBMIでやせ、普通、肥満と分類する時には、やせ=(0,0)、普通(1,0)、肥満=(0,1)といったし、0か1しか取らない変数2つの組み合わせと考えて解析することもある。このような変数をダミー変数と呼ぶ。
● 常に交絡の問題がつきまとう(関連を調べたい要因とそれ以外の要因が見分けがつかない)。例えば、がんなど年齢につよく依存する疾病であれば、年齢ごとに分けて解析したり、年齢の影響を取り除くような解析をしなければ、年齢以外の要因による影響を見極めることができない。

低線量域の発がんの統計的有位性について(川上氏)

● 低線量域の発がんリスクを知る手がかりとして、広島、長崎の被ばく者のデータ以外にも、放射線業務従事者のデータが存在する。欧米ではINWORKS,日本では放影協などの結果がある。
● 公式見解として、INWORKSではがん(種類は問わず全てのがんを対象とする)のリスクが上昇する(1+0.48×(浴びた放射線量[Gy])倍)としているが、日本の放影協ではリスク上昇は見られないとしている。→違いはどこから来ているのか?

● 両者で使っている解析ソフトは同じAMFITというもの。INWORKSの方が、放射線以外の要因について変数が多い。もちろん、INWORKSの対象者は欧米人男女、日本のものは日本人男性という集団の違いはある。

● 川上氏らによる検証内容1

● 検証したいこと:解析方法は正しいか?放射線の影響と年齢の影響をきちんと見分けることは可能なのか?(がんという疾患には年齢の影響が大きいため、低線量の影響を見るためには、年齢の影響をきちんと見分けられることが重要)。
● 検証内容1:解析ソフト内で解析に用いられている数式の妥当性を検証した。まず、INWORKSで調べられている人たちと似たような年齢構成の集団を仮定し、仮に年齢だけでがんの死亡率が決まる場合の仮想データを作った。これを解析ソフトAMFITで解析し、年齢による影響と被ばくによる影響がどれぐらいあるという結果が出るのかを確認した。
● 結果1:AMFITはあくまでも被ばくと年齢には関係がないとして解析するため、年齢と被ばく線量との間に関係性がある場合には死亡率に影響しているのがどちらなのかは分けることができない。被ばく線量と年齢の相関を小さくした場合(被ばく線量の一部には年齢と関係をもたせた場合)もAMIFTではやはり見分けることができない。
● 検証内容2:広島、長崎の被爆データを使って、年齢区分を一部細かくして再度解析を行なった。また、高線量域と低線量域(125mGy以下)を分けての解析も行なってみた。
● 結果2:0Gyから高線量域まで全て含めた場合、解析時の年齢区分を変えてみても公式の結果と違いは無かった。一方、低線量域のみの場合、年齢区分がこれまでの解析と同じであっても、今回行なった詳細な区分であっても、統計的に有位な値を出すことはできなかった上に、両者では中心値はずれている。→解析に用いている関数が現実を反映しきっていない部分があるのではないか。(そのせいで、高線量域を含む場合と低線量域だけの場合とで結果が違うのではないか)

● 検証した上での主張

● 低線量域での影響を知るためには、INWORKSや放影協などの解析結果だけでなく、その元となった解析用データ、年齢と累積被ばく量の関係や、その他のがんの影響となり得る指数との関係がわかる状態でデータを開示をしてほしい。
● 開示されたデータをもとに、”累積被ばく線量”の意味や、年齢区分などを反映できるよう、一から数式を立てる必要があるのではないか。そのためにはデータの共有と国際的な協力が必要。

● 注意点

● 累積被ばく線量と一口に言っても、放射線作業従事者と原爆被ばく者では意味が違う。(長期にわたって少しずつ浴びたか、比較的短時間で浴びたか)

講師、参加者より寄せられた感想

● 川上氏の論文の参考文献2.に示されている放影協の報告書は、原子力規制委員会からの委託事業の成果であり、各種委員会で審議されオーソライズされて作成され、公開されたものであることが分かります。研究会で議論となった「低線量における年齢依存性」の解明のために必要なオリジナルデータの開示は、データの性格上、簡単ではないように思われます。
● 上記報告書を出発点として、「低線量における年齢依存性」の研究を次の段階の研究事業として提案するのはどうでしょうか。まず、放影協へそのような説明の機会ができることが重要だと思います。まずは放影協との共同研究提案という形で・・・。上記報告書に記載されている「放射線疫学調査 評価委員会」のメンバーの何方かに仲介をお願いするのも効果的ではないでしょうか。放影協が興味を示した場合、提案側では当然このテーマに真剣に取り組む方が必要です。川上さんはベストを尽くされると思いますが、若手研究者の参加が必要です。
● 研究のターゲットは日本のデータに基ずく「低線量における年齢効果」を織り込んだアルゴリズムの提案だと思いますが、国際的な場での発表が重要です。これを踏まえて次の段階でINWORKS解析メンバーと議論したいものです。INWORKSのオリジナルデータの開示、「0.48/Gy」への挑戦に繋がることを願っています。

(文責:廣田)

 

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