論文を読む前の基礎知識
● 臨床論文を読む上で注意すべき4点 PECO
● Population: 調査対象となる集団の特性は? ● Exposure: 曝露因子の測定方法は? ● Comparison: コントロール(比較対象)の設定方法、その特性は? ● Outcom: 疾患の診断方法など 臨床論文を読む時には、まず上記の4項目を理解する必要がある。
● 研究のデザインと統計指標
● 断面研究:ある時点での疾患などの状況を示す。有病数、有病割合、有病オッズ比などを指標とする。 ● ケースコントロール研究:すでに起こった疾患等に対して、コントロールと比較することで、過去にさかのぼって原因との関連を示す。 指標はオッズ比など。 ● コホート研究:ある時点から未来に向かって原因との関連を調べる。リスクや発生率を指標とする。 ● ランダム化臨床試験:治験などでは調査する側がランダムに介入を割り付けることが多い。コントロールの比較可能生が高い。
● 注意すべき言葉
● 比:値同士を割り算したもの 。 ● 割合:100パーセントを超えない指標。例えば、発生数/観察人数。100人観察して130人が病気を発症した、ということは起こらない。 ● 率:時間の概念を含む指標。分母には必ず観察「人年」が来る。例えば、発生数/観察人年。200人を半年間観察した場合、観察人年は100人年。このときは130人が病気を発症するということもあり得る。発生率といったときには、割合だけでなく、一年あたり、という発生スピードの概念も含む。
● 95パーセント信頼区間とは
● 得られた結果は常に、統計的揺らぎを含んでおり、正しい値そのものではない。95パーセント信頼区間とは、正しい値が95パーセントの確率で含まれている区間のこと。その区間の外に正しい値が存在している確率は5パーセント ● 同じものを調べた研究が複数あり、その全てが95パーセント信頼区間として結果を出している場合、そのうちの5パーセントの研究の結果は正しい値を出せていない。20個あれば1つ、100個あれば5つの研究の結果は正しい値から外れている。 ● 仮説検定の結果と対応している。 ● 疫学では多くの場合95パーセント信頼区間でもって、結論を出す。
津田論文の概要 *( )書きは講師や参加者によって提供された情報など
● 論文筆者らは公開されているデータを用いて解析を行なった。データ取得は行なっていない。 ● 論文の内容に対するコメントを受け付けており、6つの疑問とそれに対する執筆者らの答えが存在する。 ● 使用したデータは、福島の健康調査のうち、2011年から2013年にかけて行なわれた先行調査の結果と2014年から始まった本格調査のごく一部(2014年分だけ) ● 明確な線量は論文内には示されておらず、調査地域内の線量区分は2012年に出されたWHOの結果に基づくとしている。地域区分は先行調査が行なわれた地域区分とほぼ同じ(調査自体もWHOの結果に基づいて、線量が高いと考えられる地域から行なわれている。) ● 放射線の影響の大きさを算出するために、2つの方法で調べている。1つは福島県内で線量の違う地域同士での甲状腺癌の有病割合を比較する「内部比較」、もう1つは被ばくの影響が無い場合と比較する「外部比較」である。
● 外部比較では地域癌登録を用いている。(福島の健康調査で甲状腺癌が発見されるまでの過程と地域癌登録でがんとして登録されるまでの過程には大きな違いがあるため、そこに疑問の声を呈する人は多い。地域癌登録では患者自身が異常に気がつくまで発見されないが、健康調査では探しにいっている上、技術向上により検出効率もあがっている。健康調査で同時に取られた青森、長崎、山梨のデータでは4500人中1名で甲状腺癌が発見されているが、数が少ないとして筆者らは使っていないようだ。それに対する反論もある。) ● 外部比較では地域癌登録での甲状腺癌の結果に対し、福島での発生率比は50倍としている。 ● 一方内部比較では、県内のリスク比は中央値が2.4であるものの95パーセント信頼区間は1をまたぎ、有意な差はなかった。また、もっともリスクが高かったのは、近くでも遠くでもない中間の地域であった。
● 一度だけの検査による結果を使用しており、時間経過を見たデータではないので、本来コホート研究ではない。 ● しかし、福島原発事故以前の発生数を0と仮定し、対象者はみな住民票の場所でずっと暮らして来たと仮定し、さらに健康調査で見つかった全ての甲状腺癌は事故後4年間のコホート研究で見つかったものに相当すると仮定する(チェルノブイリの甲状腺癌の結果より、甲状腺癌の潜伏期間を4年と仮定したと思われる)ことで擬似的に発生率を算出している。
● この仮の追跡期間(潜伏期間)である4年間という数字によって発生率は大きく変わる。8年間での追跡であったと仮定すれば、発生率は1/2になるはずである。 ● 上記点については潜伏期間の妥当性についてコメントがついている。筆者らの見解としては発生率比が外部比較では50倍と大きいため、少々潜伏期間がずれようと、1倍よりも大きいことには変わらない、としている。
● 参加者らの意見や議論、様子など
● 線量推定への信頼度が低い。論文内でも色々な論文を線量推定の可能性として引用しているが、結局はどれも決め手にかけるようで、使用していない。WHOの結果に基づくとされる論文内に描かれた地域区分は阪大での測定結果とは異なるように見える。 ● 外部比較の是非
● 臨床データを扱うことを考えれば、がんの発見に至るプロセスが全く違う地域癌登録との比較はおかしい。 ● 疫学家の中でも地域癌登録との比較に違和感を覚えるものも多いが、全国平均のがん罹患率との比較を知りたい人もいるかもしれない。すでに存在するデータを使ってなんとかできる範囲でまとめたと考えれば、どのような手順で結果を出したかについては正直に書かれている。使っている情報や解析にあたって使った仮定が現状を知るために妥当かどうかはまた別の話。 ● 先行調査で福島のデータと全く同じ方法で取得された青森、長崎、山梨のデータを使うべき。1名しか患者がでなくとも、統計的に処理する方法は存在する。
● 発生率を無理矢理出していることについて
● コホート研究を模すために定常状態を仮定して、潜伏期間を設定しているが、その仮定は正しいのか。 ● コホート研究を模すために事故前の甲状腺癌の数を0とする仮定は正しいのか。
● 論文書者は外からの疑問に対し、きちんとレターという形で答えを表明しているし、本人も誰にでもちゃんと答えたいと言っているという話もある。そのあたりは評価できるし、そういうことなら是非呼んで話を聞いてみたい。(論文の書き方を見る限りは、行なった解析を正直に書いているので、むしろ議論の題材を提供するための論文にも見える。)
(文責:廣田)
|