サロン・ド・科学の探索 第26回 - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん

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サロン・ド・科学の探索 第26回

日 時:2016年12月18日(日) 14:00~17:00

場 所:NPO法人あいんしゅたいん事務所(京都市左京区吉田本町 5-14)

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テーマ:エンジニアの履歴書~電子産業の光と影

トーク:郷矢浩之氏(メーカー勤務)

  小さい頃から工作が好きで、小遣いを貯めては真空管やトランジスタを買いに行く変な子どもでした。79年神戸大学電子工学科卒、同年三洋電機入社。オーディオ、ビデオ、通信機器(デジタル/アナログ)、ディスプレイ等の開発・設計に約30年携わりました。その後、住友系メーカーに転職して現在に至ります。
 
話 題:

郷矢氏は、日本が「Japan as No.1」と世界中に響き渡った1970年後半から90年代に三洋電機で活躍された技術者です。 日本の自動車産業がトップに躍り出たのは、70年代に始まった廃棄ガス規制の為、米国でマスキー法が成立する過程での技術革新だったと聞いています。そして「ものづくりの国」日本は、半導体デバイスなどでも世界をうならせたのでした。 日本がその高い技術力に支えられていた時代、当時の日本の技術者の誇りも高かったにちがいありません。この時代から次の発展を生み出せなかったのはどうしてなのか、ずっと気になっていました。 以下は郷矢氏のメッセージです。

戦後、半導体デバイスをはじめエレクトロニクス技術を米国から学んだ日本の電子産業は、技術者・研究者の努力によって大きく発展し、集積回路やその応用製品の開発では米国をも凌駕するかに見えました。しかし、その後の貿易摩擦や円高などの政治・経済上の問題、及び韓台中の猛追もあって次第に凋落していきます。一方、米国は個性的な若者達の自由な活躍とベンチャーの台頭により、マイクロプロセッサ、ソフトウェア、ネットワークの先端分野で再び輝きを取り戻します。このような時代の波の中、技術者として過ごした私の経験と電子産業の歴史を振り返り、どこに問題があったのかを皆さんと議論したいと思います。また、これから技術者を目指す方のご参考になればとも考えます。

定 員:12名程度

申 込:「サロン・ド・科学の探索」総合ページをご覧の上、参加申込フォームよりお申込みください
    ● 申込方法が分からない場合は、直接下記連絡先へお電話ください
      TEL: 075-762-1522(平日10時~17時)
    ● サロン参加経験者の方は、下記を明記の上、直接メールいただいても結構です。
       ● 氏名
       ● 希望参加回
     メール送付先:secretariat[at]jein.jp ※ [at]を@に変更してください

備 考:クッキーとお茶代として500円をいただきます。ご協力お願いします。

   
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