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量子コンピュータ

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量子コンピュータというと、摩訶不思議な恐るべき能力をもったすごいコンピュータのように想像されている。たとえば映画「トランセンデンス」でウィル博士がマインドアップロードされたのは、量子コンピュータであった。しかし量子コンピュータは本当にそんなにすごいのだろうか?

古典コンピュータと量子コンピュータ

普通のコンピュータを古典コンピュータとよび、量子コンピュータと区別する。コンピュータは数字を0と1の組で表現する。0か1の状態をビットという。コンピュータはビットを使って二進法で計算する。古典コンピュータはビットを表現するのにトランジスタに電荷が溜まっているかどうかできめる。溜まっていたら1、溜まっていなかったら0である。古典コンピュータでは一度に1回の計算しかできない。

量子コンピュータでは情報を0と1の重ね合わせで表現する。それは0と1の間の0.4とかではなく、0が4割、1が6割といった重ね合わせ状態である。これを量子ビット、あるいはQビットという。

この量子重ね合わせの概念の奇妙さとしてよくシュレディンガーの猫の話がもちだされる。箱の中に猫を閉じ込めて、そこに毒ガスが入った試験管がある。また核崩壊する放射性物質も同封されていて、それが崩壊すると毒ガスの試験管の蓋が開き猫は死ぬ。崩壊しないと猫は死なない。核崩壊現象は確率的現象だから、猫が死ぬかどうかも確率的である。さらに猫は観測しない限り、生きた状態と死んだ状態の量子的重ね合わせであるという。箱を開けて猫の生死を確認した時に、猫の生死の量子的重ね合わせは、どちらかに瞬時に遷移する。それを波束の収束という。たしかにこの例は奇妙なのだが、量子力学は正しく、それを使って現代の科学技術は成り立っているのである。

量子コンピュータでは一度にたくさんの計算ができる。というのも古典コンピュータではビットは0か1なのだが、量子コンピュータは例えてみれば無限の平行世界があり、そこに無数の古典コンピュータがあるようなものだと言う。だから計算速度が半端無く速いと言うわけだ。

それだけ聞くとすごいように聞こえるが、しかしことはそれほど単純では無い。量子コンピュータを作るのが極めて難しいのだ。量子ビットを実現するのに様々な手法があり、開発者ごとに異なっている。まだ主流の方法は決まっていない。量子重ね合わせ状態を作り出し、維持するのが難しいのだ。温度を極低温に維持する必要がある。10量子ビットの壁ということが言われてきた。量子コンピュータでは10量子ビットを超えるのが困難だと言う話だ。しかし最近、これは超えられつつある。IBMは16量子ビット、インテルは49量子ビット。グーグルは72量子ビットを実現したと言う。

このビット数は古典コンピュータのビット数に比べたら圧倒的に少ないように見えるが、実はそうでは無い。50量子ビットを超えると古典コンピュータを超えるという。しかしどっこい、誤り訂正符号の必要性のため50量子ビットでは十分ではなく、1万から1億の量子ビットが必要だとされている。つまり量子コンピュータはできたらすごいが、まだ実現は先の話ということだ。

汎用コンピュータと専用コンピュータ

汎用コンピューとはなんでも計算できるコンピュータのことだ。現状の古典コンピュータはそれである。それに対して専用コンピュータとは特定の計算しかできないが、特定の計算は非常に速いようなコンピュータだ。例として日本で開発されたグレープ(GRAPE)という天体物理学におけるN体問題とよばれる問題だけに特化したコンピュータがある。これは当初はすごく速かったのだが、汎用コンピュータが発達して高速化したので、今では優位性は無くなってしまった。つまり専用コンピュータは、結局は汎用コンピュータに負けるのである。たとえば80年代には専用の日本語ワープロというのがあったが、現在では存在しない。ふつうの汎用コンピュータであるパソコンで十分だからだ。

量子コンピュータは原理的には汎用コンピュータだが、実際上は専用コンピュータである。アルゴリズムが制限されるからである。例えば暗号解読が得意だとされるがそれ専用のコンピュータであるともいえる。量子コンピュータの最大の問題は、物理的な作成の困難さだけでなく、汎用性をもつソフトの開発にある。

量子コンピュータの2つのタイプ

いままで量子コンピュータといってきたが、実は量子コンピュータには基本的には2種類のタイプがある。1)正統派の量子コンピュータでゲート型とよばれるもの。2)異端派の量子コンピュータで量子焼き鈍し法をもちいるタイプである。実は最初に商用化された量子コンピュータは異端派のタイプなのだ。カナダのD-wave社のものが最初である。量子コンピュータというと、解説では正統派のものがよく説明される。しかし現在実用化されているのはD-waveのタイプである。

量子焼きなまし法

それでは量子焼きなまし法とはどんなものか? 説明は難しいが、組合せ最適化問題をとく一つの手法である。量子焼きなまし法といっても量子コンピュータ専用の手法では無い。むしろ古典コンピュータで計算する手法として開発されたのだ。そのアルゴリズムをハード的に実現したのがD-Wave型量子コンピュータである。量子焼きなまし法の原理は日本では東工大の西森教授たちが提案したが、米国では別の人が提案した。

デジタルコンピュータとアナログコンピュータ

現状の古典コンピュータはデジタルコンピュータである。デシダルコンピュータに対する別の概念にアナログコンピュータがある。デジタルコンピュータの例はそろばん、アナログコンピュータの例は計算尺である。計算尺といっても若い人は知らないだろうが、目盛りを刻んだ棒を相互に滑らして、目盛りを読んで計算する機械である。乗算と除算のみできて、加算と引き算はできない。

古典コンピュータと正統派量子コンピュータはデジタルコンピュータであるが、D-Wave型量子コンピュータは組み合わせ最適化問題に特化した専用のアナログコンピュータなのである。

D-Wave型量子コンピュータ

これはカナダの企業が開発したものだ。この開発物語は興味ふかいが別のところで述べたので詳細は割愛する。ジョルディ・ローズという人が世間の常識に挑戦して開発したものだ。そのシステムを量子コンピュータと名付けたものだから、正統派量子コンピュータ研究者から激しい攻撃を受けた。そんなまがい物を量子コンピュータと呼ぶなというわけだ。しかし名前はともかく、役にたつかどうかが問題だ。実際、最初にロッキード・マーティン社が戦闘機開発のために購入した。ついでグーグルも導入して研究者に公開した。それで一度に認知されて主流に躍り出た。現在では量子焼きなまし法は認知され、後で述べるようにそれを解く様々なコンピュータが提案されている。

D-wave型量子コンピュータは2007年に28Qビット、2011年に128Qビット、2013年に512Qビット、2015年に1152Qビット、2017年に2048Qビットと順調に発展している。

その他の方式による量子焼きなまし法計算専用コンピュータとして日立、富士通、NIIのものなどいろいろ提案されている。

まとめ

量子コンピュータは正統派と量子焼きなまし法型がある。正統派は実用化にはまだまだ先が遠い。量子焼きなまし法型はすでに一部が商用化されている。組合せ最適化問題に特化した専用のアナログコンピュータであるので、汎用でもデジタルでもない。コンピュータの歴史は、一時的には専用コンピュータが勝つが、最終的には汎用機にその座を譲る歴史の繰り返しである。その意味で現状の古典コンピュータの王座はなかなか揺るがないと私は思う。つまり量子コンピュータと聞くと、なんかすごいコンピュータに聞こえるが、役割は限定的であると私は思っている。

   
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