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加速する世界

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「加速する世界という」テーマはシンギュラリティを喧伝しているレイ・カーツワイルのお好みのテーマであるが、それを言っているのはカーツワイルだけではない。以前、本コラムで取り上げたテレンス・マッケナという思想家もそれを唱えていた。加速する世界とは、この世界で起きる大きな変化イベントの時間間隔がどんどんと縮まっている、それにともない時間が加速しているように感じられるということだ。

収穫加速の法則とは

カーツワイルは物事の時間的変化は指数関数的だとして収穫加速の法則を提案している。指数関数的変化とは、たとえば売り上げが毎年倍増するとか、年利で1%の複利がつくといった場合だ。倍増の場合は1,2,4,8,16,32というように増える。つまり何倍、何倍と増えていく変化を指数関数的変化という。学校で習った数学でいえば等比数列だ。

指数関数的変化に対比できるのが線形的変化である。グラフで書けば直線の場合だ。この場合は例えば1,2,3,4,5のように増える。学校数学で言えば等差数列である。

指数関数的変化を考える場合、重要なのは、時間の最初の頃は指数関数的変化と線形的変化の区別はつきにくいことだとカーツワイルはいう。しかしあるときから、指数関数的変化は爆発的になる。その曲線がほとんど垂直になるところがシンギュラリティというわけだ。

具体的な指数関数的変化の例としてはムーアの法則がある。インテルの共同創始者であったゴードン・ムーアが1960年代に発見した経験法則で、半導体の集積回路の集積度が1年半程度で倍増する。

収穫加速の法則が成り立つわけ

収穫加速の法則がなりたつ理由はポジティブ・フィードバックの存在である。その逆はネガティブ・フィードバックである。ポジティブ・フィードバックでは結果が原因を増強する。ネガティブ・フィードバックでは逆に結果が原因を抑える。

社会進化がポジティブ・フィードバックであるのは一つの重要な発明・発見が次の発明・発見と結びついて加速するからだ。それにより新発明・発見の期間が短縮するので、イノベーションの速度が加速度的になる。

宇宙的な視野で見ると、宇宙の秩序が指数関数的に成長し、重要な出来事の間隔がどんどん短くなることが分かっている。収穫加速の法則は人間界に止まらず、普遍的な現象だとカーツワイルはいい、さまざまな例を挙げている。

人間界の具体例として以下のようなものの変化がある。 コンピュータの能力 ハードディスクの容量 インターネットの帯域幅 DNAシークエンスのコスト カメラの製造数 銀塩カメラ ->デジカメ->スマホ

カーツワイルの議論に対する批判もある。例えばムーアの法則はもうすぐ終わると批判者は言う。なぜなら半導体の配線の幅が、原子のレベルに近づいているからだ。これ以上の細密化は物理的に不可能だ。

それに対するカーツワイルの反論はこうだ。ムーアの法則の終焉はいつも言われてきたが、いままでそれを突破してきた。たしかに原理的な限界はあるが、半導体を3次元化するとか、全く新しいイノベーションが現れて回避できる。例えば帆船の速度競走は汽船の出現で変わった。プロペラ飛行機の速度競走はジェット機の出現で変わった。新しいイノベーションが起きると、どんでん返しが起きるのだ。

別の批判もある。飛行機や自動車などの性能は現実にはそんなに劇的に向上していないではないか。たとえば米国のB52爆撃機とかジャンボ機は1960年代に現れたが、現在までに大きく変化していないし、いまだに使われている。それにたいする反論はこうだ。確かに機械工業製品はそんなに劇的に性能は向上していない。しかしそれに積まれる電子機器の性能は劇的に向上している。たとえば航空機は機体が同じでも電子機器の性能向上で劇的に性能が向上する。

こんな批判もある。イノベーションは加速どころかむしろ減速している。それにたいする反論はどこを見るかであるという。例えば先に述べた飛行機の速度競走は停滞している。しかしIT技術関係でみる限り、加速的な進歩は続いている。IT技術が世界を変えるのである。

ムーアの法則以外の加速的変化として次のようなものもある。データ量は1年で倍増する(ワトソンの法則)。シンギュラリティに至る原因として、コンピュータの性能の指数関数的進歩のほかにデータ量の指数関数的増加があるという。

収穫加速の法則の宇宙論的意味

私は収穫加速の法則は宇宙に組み込まれた基本的な法則であると思う。その原因は元をたどると、重力の存在に行き着く。宇宙を構成する三要素として物質、エネルギー、情報がある。情報は物質の上に乗るので物質を必要とするが物質自身ではない。

情報生成と伝達にはエネルギーが必要だが、情報はエネルギー自体ではない。地球上の生命の発生のような情報量増加は、元をたどると太陽に行き着く。太陽が輝いているのは、重力と核エネルギーのおかげである。これらが地球上に生命を生み出し、最終的に人間を生み出した。私は、シンギュラリティは宇宙進化の必然的帰結だと思う。この話は始めると長いので、ここらで切り上げよう。

世界観の問題

収穫加速の法則をとなえるカーツワイルの世界観を私は進化的世界観となづける。この宇宙、世界はつねに進化するという考え方だ。たとえば生物を見ても、初期の原始的な生物の誕生から40億年近くが経過して、人間という高度な生命が誕生した。この進化が現状で止まるとは私には思えない。

シンギュラリティを否定する論者の世界観は静的宇宙観である。静的宇宙観は、世界は変わらないとする見方である。それに対抗する考えは進化的世界観だ。世界はより高度な方向に変化するという考えだ。お釈迦さまは諸行無常とおっしゃった。この世界は常に変化するのである。

ただし生物の進化を見ても、地球にはバクテリアのような原始的な生命と人間のような高度に進化した生命が共存している。人類にもいまだに狩猟採集生活を続けている部族もわずかながら残っている。だからシンギュラリティが起きても、全人類が超人類になるわけではないと私は思う。普通の人間と超人類が共存するだろう。ただ普通の人類がバクテリアのように強靭であれば良いが、ライオンのように動物界に君臨した強力な動物も、それより強い人間が現れると絶滅寸前になってしまっている。人間も同じで、超人類が現れると絶滅するかもしれないし、超人類が普通の人類を、ライオンのように安全な人間園に入れて飼育してくれるかもしれない。

まとめ

カーツワイルの収穫加速の法則は近い将来シンギュラリティが起きることを予言している。この法則にはさまざまな傍証があるが、私は宇宙の進化の一つの必然と思う。つまりこの宇宙ではシンギュラリティは必然的な出来事だと思う。

   
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