人工知能開発の現状と日本 - NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん

研究所紹介  

   

活動  

   

情報発信  

   

あいんしゅたいんページ  

   

人工知能開発の現状と日本

詳細

松田卓也

今、人工知能(Artificial Intelligence=AI)は第3次ブームである。猫も杓子もAIという時代である。では、なぜこれほどまでにブームになっているのか?そして私たちの国の日本のAI開発を取り巻く環境は一体どのようになっているのか?

AI開発の歴史

 人工知能(AI)という言葉は1956年のダートマス会議でうまれた。ジョン・マッカーシーが人工知能という名前を初めて使った。当初はすぐにも人間レベルの人工知能が実現すると期待されたが、それができないことはすぐに分かり、ブームは終焉した。

第二次のAIブームは1970-80年代にやってきた。日本でも1980年代には第五世代コンピュータプロジェクトが華々しく打ち上げられた。これが第2次ブームである。このときもブームはやがて終焉した。コンピュータの能力が十分でないことと、必要なデータ量が足りなかったからだ。

AIの第3次ブーム 

第3次ブームは2010年代になってやってきた。その理由はディープラーニング(日本語では深層学習)という技術が画像認識で人間に匹敵する、あるいはそれを超える性能を達成したからだ。

ディープラーニングの概念自体はニューラルネットワークとして古くからある。1943年にその概念の基礎が生まれているほど古いのだ。ニューラルネットワークとは人間の脳の神経細胞(ニューロン)の働きを模擬したものである。人工ニューロンを一定の規則で結合したものが人工ニューラルネットワークだ。

1960年代にパーセプトロンという2層のニューラルネットワークが提案され、一定の成果を収めた。しかし2層では解けない問題があることが指摘され、その時点でのニューラルネットのブームは終わった。

しかしそれ以降、多層のニューラルネットワークが開発され、先の困難は回避された。1980年代には福島邦彦により提案された多層の階層化されたネオコグ二トロンが一定の成果を収めた。これがディープラーニングの原型である。それでもコンピュータ能力が足りないため、大きな進展は見込めなかった。

第三次ブームが昔と違うのは、コンピュータ能力の発展と、十分なデータ量の蓄積だ。それとバックプロパゲーションという技法を取り入れたことで、多層のニューラルネットは非常に有効であることがわかった。トロント大学のジェフリー・ヒントンが1980年代から理論開発を続け、それが2000年代になって花開き、2010年代に爆発した。これからもコンピュータはますます性能を上げて、データ量も急激に増えるだろう。つまり今回のブームは終わらないだろう。例え一過性のブームは終わったとしても、人工知能は現実生活の中に着実に入ってくるであろう。そして人類社会に大きな影響を及ぼすだろうと予測される。

今後5-10年で、自動運転自動車の技術が実用的になる。会社では定型的な事務作業が人工知能化される。生活のあらゆる分野に人工知能とロボットが浸透してくる。この傾向は2045年のシンギュラリティまで続くだろう。

日本社会の現状 

日本は少子高齢化で世界の最先端を走っている。従来の経済モデルでは、人間が働いて富を生産する。ということは少子高齢化で労働者の人口に対する割合が減少すると、一人当たりの富の生産が減る、つまり日本国民は平均的に貧しくなっていくということだ。現在の日本は失業率が世界的に見ても低い。それはつまり労働者の割合が少ないからだ。経営者は労働者を奪い合っている。将来的にはさらに、労働者の割合がへることは明らかだ。つまりこのままでは日本の衰退は確実だ。

これを何とかするためには従来のパラダイムを打ちこわす必要がある。生産を抜本的にロボット化、人工知能化する必要がある。つまり生産年齢人口割合という概念を無意味なものにするしか日本の将来はない。ここで生産といっても、工場労働者だけを意味しない。お店の人、看護師さん、先生などのサービス産業もそうだ。労働者の不足を補うために積極的にロボット化、人工知能化しなければならない。それが唯一、日本の衰退を跳ね返す道だと思っている。

AI開発において、世界的に見て、日本は進んでいるのか? 

この点ははっきりしている。日本の人工知能研究は世界的にみてまったく劣っている。よく周回遅れとたとえられている。たとえば人工知能研究の機関ランキングで日本から100位以内に入っているのは東大だけだ。影響力のある論文ランキングで、アジアでは中国が15編、香港、シンガポールは3編、マレーシアは2編、日本は1編だ。中国には15対1で負けているし、マレーシアにも負けている。

世界的に見て最も進んでいるのは米英カナダの英語圏だ。それから中国がそれにつぐ。ヨーロッパ勢も健闘している。ある時、アメリカで世界から100人のAI研究者を招待した会議があった。その時、日本から招待されたのは、一人だけであったという。

論文は英語で書こう 

日本のAI研究が本当にダメなのか、あるいは単に世界的認知度が低いだけなのか? 私は後者の要因もあると思う。その原因は日本のAI研究者が英語で論文を書かない習慣にあると思う。

私は物理学の出身だ。1970年に京都大学理学研究科の物理学第二専攻で、天体核物理学で博士号をとった。当時所属していた天体核物理学研究室の指導教授の林忠四郎先生は、大学院生に向かってこうおっしゃった。「君たちの競争相手は世界の研究者だ、日本の研究者ではない」だから我々にとっては、論文は英語で書くのが当然、デファクト・スタンダードであったのだ。日本語で書いたものなど論文ではない、ただの解説記事かエッセイだ、これが我々の認識であった。

1970年に博士課程を終えた後、おなじ京都大学工学部の航空工学教室で助手に採用していただいた。所属は桜井健郎教授の空気力学研究室である。桜井先生は東大の理学研究科で流体力学を専攻した人だから理学系である。だから論文は英語で書くというのは当然のスタンスであった。ところが航空工学の工学系の先生方は論文を日本語で書くということを知って私は驚いた。このことを知った私は、日本では大家とされている人でも、世界的認知度は低いのではないかと疑うようになった。

研究対象が日本文学とか日本史なら話はわかる。でも工学は日本独特の学問ではない、普遍的な学問だ。だったら研究成果は世界に問うべきだろう。世界を相手に競争すべきだろう。科学研究の世界ランキングで、日本の理学系の研究は比較的上位につけているが、工学系の研究は低位にある。文科系の研究に至っては、日本の研究の世界的認知度はほとんどない。日本の大学の世界ランクングも高くない。その大きな原因は、多くの先生方が研究論文を英語で書かない習慣にあると思う。

人工知能研究は工学的研究に分類される。だから研究論文の多くは日本語で書かれている。英語で論文を書かない限り、例えどんなに優れた研究でも世界では認知されない。そのことは最近だんだん認識されるようになり、日本のAI研究者も世界に撃って出るようになった。しかしなかなか道は遠いのではないか。

日本の科学研究一般の危機的状況 

実は日本の研究が危機的状態にあるのはAI研究だけではない。科学研究一般が危機的状態にある。具体的に言えば、論文の数とか引用数などのランキングにおいて、日本は2000年代初頭以来、着実に減少を続けている。こんな国は他にない。米国がトップだが、中国が急速に伸びている。ヨーロッパ諸国も伸びている。日本だけが唯一減少している。一人負け状態なのだ。

その原因は二つあると私は思う。一つは日本の経済的衰退だ。つまりお金がないので、科学研究に回す資金が減少していくからだ。それはある意味仕方ないことだ。

しかしそれとともに科学行政における政策当局の失敗というのがある。失敗の一つは「選択と集中」政策だ。それ以前は、研究資金はある意味、薄く一様にばらまかれていた。ところが国の予算が少なくなり、財務省は科学研究に当てる予算を削り始めた。そこで文科省などは、研究資金を一様に薄くばらまくのではなくて、有力な研究者を選択して、そこに集中的に研究資金を投下するという方式を始めた。

理屈ではそれは良い政策に見える。しかし結果は惨憺たるものであった。データがそれを明示している。失敗した原因は二つあると思う。そのひとつは、研究者は研究資金獲得のための書類書きに忙殺されて、研究時間がなくなってしまったことだ。大学の研究者の仕事は、研究、教育、事務作業などの雑用と別れる。研究者の意識では、その重要度は1研究、2教育、3雑用だ。しかし現状では1雑用、2教育、3研究になっている。これでは成果が上がるはずはない。

失敗のもう一つの理由は、画期的な発見とか発明といったものは、予想できないということだ。つまり選択できないのである。そのため広く薄くばらまく政策にも意味があるのだ。

世界は米中を軸として回る 

世界的に見て人工知能研究でもっとも進んでいるのは米英カナダである。中国も膨大な投資をして追い上げている。ディープラーニングの論文数で言えば、中国はすでに世界一になっている。中国のAI研究は質的にも、今後10年で世界一になるであろう。指導層はそう宣言している。

中国は19世紀までは世界一の超大国で超先進国であった。ところが産業革命を取り入れなかったために、明治維新で欧米の列強の仲間入りをした日本に日清戦争で敗れて台湾を取られた。その後、満州事変、日中戦争と日本ごとき小国に侵略された。歴史的に見て、日本と中国の関係では中国がつねに先進国で強国であったのだ。それが逆転したのは、ここ百年のことでしかない。中国の指導層はそれを百年国恥と呼んでいる。

中国の指導層は昔の失敗を繰り返さないために必死の努力をしている。科学技術、ハイテク技術に膨大な投資をしている。実際、2010年頃にGDPで日本を追い抜き、今や3倍程度になっている。科学技術でも中国は確実に日本を追い抜いた。日本はとてもかなわない。

日本の指導層もマスメディアも国民もあまりこの認識がない。日本はすでに中国に負けつつある、このことをしっかり認識する必要がある。このままでは日本はジリ貧なのだ。

スーパーコンピュータ開発における日本指導層の無知 

将来の人工知能を支える技術として重要なのはソフトウエアだけではなく、ハードウエアも大事だ。現状では人工知能用ハードウエアも日本は見るべきものが少ない。

しかしたとえばスーパーコンピュータでは十分に中国に対抗できていたのだ。ところが米中に匹敵するスーパーコンピュータを開発してきたPEZY-Computingの齊藤元章さんが地検特捜部に逮捕されるという不幸な事件で、日本が中国や米国に対抗するという夢もついえた。実際、2017年秋のスパコン世界ランキングで4位を占めた暁光は、日本政府の手で撤去されてしまった。日本の指導層は、スパコンで世界に対抗する道を自ら閉ざしたのだ。これに一番喜んだのは中国と米国であろう。

さらに齊藤さんが主導していた人工知能用ハードウエアや画期的な脳型コンピュータの開発計画も風前の灯だ。世界に冠たるハイテク技術、独自技術を自分から潰すような国に未来はない。このまま、日本はゆっくりと衰退していくのか? 指導層もマスメディアも国民もこのことをしっかりと認識する必要がある。

頭脳資本主義の時代

これからの世界は頭脳資本主義である。つまり天才、秀才をどれだけ抱えているか、彼らをいかに有効に働いてもらうかで国の将来がきまる。齊藤さんのような天才を大切にしない国の未来はくらい。

   
© NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん (JEin). All Rights Reserved