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聖子ちゃんの冒険 その3

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橋野姫子の丑の刻参り

「僕の話の主人公の女性は橋野姫子という」と森先生が始めた。
「それも安易な命名だね。橋姫のことだろう」と高山先生が混ぜ返す。

「ハハハ、姫子は大阪にある会社の OL だ。大学を卒業して、その会社に入社してすでに13年経っているので現在は35歳だ。職場ではお局様と呼ばれている。容貌は普通の女性だ」
「なるほど、それでは男性の方は?」と高山先生。
「主人公の男性は森山君という。非常にハンサムで、かつ筋肉ムキムキの男だ。姫子より7歳も年下だ。筋肉ムキムキだけあってナルシストだ。しかし仕事は大してできるわけでは無い。頼りない男だ」
「なんか林君を思わすなあ」と高山先生。
「僕は仕事はできますよ。ハンサムというのは否定しませんがね。ナルシストとは失礼な」と林君。
「もうその年齢差を聞いてだけで、悲劇が想像されますね」と聖子ちゃん。

「まあそういうことになるね。この2人はもう5年も恋愛関係にある。森山君が入社してきたとき、姫子が指導係に選ばれたのだ。森山君は最初から頼りなかった。姫子は丁寧に指導している間に、2人は仲良くなった。森山君は女にモテるタイプだが、姫子は控え目なタイプだ。2人の関係は森山君が積極的に誘った。しかしその後、姫子は森山君に深く入れ込んだ。姫子は森山君が年下で頼りないにもかかわらず、森山君を立てて、彼に尽くしたのだ」
「これでますます二人の関係が見えてきました」と聖子ちゃん。
「彼らは週に1度の割合でデートをしている。姫子は歳が歳だけに、もうそろそろ結婚して欲しいと思っている。出産年齢の上限が近づいているからだ。しかしなかなか女の方から結婚してくれとは言い出しにくい。ある夜のことだ」

「どうしたのです。怖いなあ」と聖子ちゃん。
「デートの別れ際に彼は言った」と森先生。
「なんて言ったのです、怖いなあ」と聖子ちゃん。
「姫子、俺たちも、もうつきあって5年だ。お互いに十分に楽しんだ。もう、そろそろにしようと思う」

姫子は森山君が何を言っているのか分らなかった。そこで言った。

「なあに、もう一度言って頂戴」
「オレたちは、そろそろ別れようというんだ。お前も、もっと歳相応の別のやつを見つけて結婚すればよい。俺はもっと若い女と結婚する」

姫子はようやく彼のいうことが理解できた。しかしそれは言葉が分かったというだけで、なぜそのような言葉が発せられるのか理解できなかった。しかし彼女はいつもの通り、彼に従順に言った。

「ええそうね」
「おおそうか、分かってくれたか、それじゃさようなら。元気でな」

それだけ言うと、彼はさっさと帰っていった。姫子はフラフラっとさまよい歩いた。しばらく歩く内に、どういうわけか歩けなくなり、歩道にしゃがみ込んでしまった。どうしてマンションまでたどり着けたかよく覚えていなかった。ようやく自分の部屋に戻り、気が付いたときに悟った。私は振られたのだ。あれほど彼には尽くしてきたのに。激しく涙が出てきた。姫子は泣いて、泣いて、泣き続けた。

次の日は土曜日だった。姫子は昼まで寝ていた。どうしても起きる気力が湧かなかったのだ。昼過ぎになり姫子は起き出して、昼食兼朝食を食べると、よろよろと外に出た。中之島公園に行き、考え事をしようと思ったのだ。ベンチに座っていると、彼女の前をマラソン人が行き過ぎて行った。彼女は思った。恋人よ、どうかあの別れ話が冗談だよと笑って欲しい。そうだ、きっとこれは彼のたちの悪い冗談なんだ。来週になればきっと彼は、「ハハハ、姫子、本気にしたのか、冗談だよ」と言ってくれるであろう。そう思い込むことにした。それ以外に考えようがないからだ。

次の週に会社に行くと彼は平然とした顔をしていた。もっとも2人は会社ではお互いの関係を隠していたので、姫子も努めて平然とした顔をした。しかし姫子は心配で心配で堪らなかった。週末の金曜日にまた彼はデートに誘ってくれるかしら。彼らのデートはいつも彼からの一方的なメールか電話で行われた。彼女の方から誘うことはなかった。彼女が控え目だからだ。しかしどれほど待っても彼からの誘いは来なかった。

そしてようやく姫子は彼から振られたのだと言う現実を悟った。彼女は会社では健気に振る舞ったが、マンションに帰ると泣き暮らした。姫子はげっそりとやせた。その時、部長から声をかけられた。この部長は、姫子の能力を買っていたのである。姫子もこの部長は気に入っていた。

「橋野君、このところ君の顔色が良くないね。何か悩み事があるのかね。何なら僕に話してくれないかね」
「イエ部長、何でもありませんわ」
「何でもないことは無いだろう。もちろん人に言えない悩みはあるものだ。言いたくなければ言わなくてもいい。どうだ、今晩飯をおごるが、つき合わんか?」

結局、姫子は部長について行った。そして居酒屋でごちそうになった。もっとも悩みについては、とても話すわけにはいかなかった。姫子にもプライドがあるのである。

翌日、女子トイレに入っていると、外で OL 達の話し声が聞こえた。

「あのお局さんが森山君に振られたって話、知ってる?」
「なになに、そんな話知らないわ。あなたどうして知っているの?」
「あの入社したての派手な顔の女の子がいるじゃない。メグミとか言ったわね。彼女が友達にしゃべって、それが私の耳に入ってきたのよ。森山君がメグミと恋人になったそうよ。森山君はお局さんと長い間つき合っていたらしいよ。でもそろそろ嫌気がさしている頃に、あの派手な女が入ってきたので、乗り換えたらしいよ」
「私、お局さんは怖いけれども、メグミって女は嫌いだわ。何さ、ちょっと美人なことを鼻にかけて。そして自分が森山君にもてたことを吹聴するなんて、最低ね。森山君も酷い人だわ。お局さんも気の毒に」
「お局さんも、森山君のような下らないナルシストの男とつき合わないで、もっとさっさと別のまともな男と結婚しておればよかったのに。私たちも早くいい男を見つけて、結婚しなくちゃ」
「それはそうだけど、その良い男というのがいないからね」
「それはそうね。いい男がいたとしたら結婚しているし、結婚していない男は、大したことないし」
「その通りよ。結婚している良い男と付き合うしかないかな」
「不倫?それはそれで、大変じゃない。あなたもひょっとして課長と不倫しているんじゃない?」
「どうしてそんなこと言うの?」
「あなたの課長を見る目つきよ。いつもうっとりしているじゃない」

OL 達がトイレから出てしまうと、姫子はようやく外に出ることができた。それにしても理由が分かった。森山君は私を捨てて若い女に走ったのだ。あれほど私が尽くしてきたのに。私は森山君の奥さんになることをこれほど願っていたのに。姫子はマンションに帰って、また泣きに泣いた。どうしてくれよう。何とか仇を取りたい。そればかり考えた。

ネットを調べると、丑の刻参りというものがあり、それで相手を呪い殺せるようだ。貴船神社がその場所らしい。姫子は貴船神社に行ってみることにした。大阪から京都まで京阪電車で行き、そこで叡電に乗り換えて、鞍馬線の最後から二つ目の駅が貴船口である。そこからバスに乗り、貴船神社に着く。バス停から貴船神社までは歩いて5分ぐらいである。そこから中宮を経由して20分ほど歩いて奥宮に着く。何か神秘的で効き目がありそうに思われた。神社の案内板にも丑の刻参りの事が触れてあった。周りの木を調べてみると、明らかに五寸釘を打ったと思われる穴が沢山見付かった。実際人々はここで丑の刻参りをしているのだ。

その日は下見だけであった。姫子はネットを調べると丑の刻参りセットというものが売られていることを知った。それには藁人形、金槌、五寸釘、ろうそくなどがセットになって入っていた。藁人形を張り付ける杉の板も入っていたが、家の中ですると効き目がないように思われた。

貴船神社に夜に行くには車しかない。姫子は車を持っていないので、日中に電車とバスで行って、夜までどこかで過ごして、深夜一時に奥宮に行くしか方法がないように思われた。そのためには登山の用意をして、食料品と懐中電灯、その他のものも持っていく必要があるように思われた。

姫子は森山君の写真を持っていた。2人で写したなつかしい記念の写真だ。それを切断して森山君の写真を藁人形の中に入れた。また姫子は森山君の毛を持っていた。その時は森山君が愛しくて、何でも森山君のものを持っていたかったのだ。それも藁人形の中に入れた。メグミの写真は密かに携帯で撮った。もう一つ藁人形を用意して、その中にメグミの写真を入れた。

姫子は次の週末にそれらの装備を持って貴船神社に夕方になって出かけた。懐中電灯も忘れずに持って行った。守り刀として、登山ナイフも用意した。貴船神社について、お参りした後、鞍馬に行く山道を上っていった。鞍馬神社にお参りした後、人に見られない山中で夜まで過ごした。夜の12時になり、山道を下って、貴船神社の奥宮に行った。

そこで用意した藁人形二つを神木にはりつけた。そして鉄輪を逆さまにして、そこにロウソクの火をともした。鉄輪をかぶり左手に五寸釘を持ち、右手に金槌を持って、「森山君、死ね、メグミ、死ね」と叫びながら、その釘を二つの藁人形に交互にうちつけた。姫子は一心不乱にその行為に没頭した。

「死ね、死ね」と姫子は一心に叫び続けた。

その時、背後に人の気配がした。振り返ると、3人の若い男が姫子の行為を見ていた。そのうちの1人が言った「お疲れ様」。姫子は丑の刻参りが人に見付かると、呪いが自分に跳ね帰ってくると聞いていた。そのための呪い返しの護符は、セットの中に入っていた。しかし丑の刻参りを見た人間を殺さねばならないということも書いてあった。姫子は愕然となり、そして思わず叫んだ。

「見たなー、殺してやる」

姫子は五寸釘をその男たちに投げつけた。その男たちは慌てて逃げ出した。姫子は必死になって追いかけた。金槌を投げつけた。その金槌は最後に逃げている男の後頭部に当たった。その男はバッタリと倒れた。あな、うれしと思い、襲いかかろうとした姫子自身が木の根につまずいてバッタリと倒れてしまった。先に逃げていた2人の男が戻ってきて、倒れた男を抱えて逃げ始めた。姫子は逃してはならじと起き上がり、登山ナイフを片手に必死になって追いかけた。男たちは止めてあった自動車に飛び乗って逃げた。姫子はその自動車の後を走って追いかけたが追いつくことはできなかった。姫子は道路にヘナヘナと座りこんでしまった。

見られたからには、今日の丑の刻参りは失敗であった。姫子は元の場所にとって返し、装備を身につけて、夜が明けるまでそこで待った。そうして、歩いて貴船口に戻り、そこから電車に乗り大阪に帰った。

考えてみると、貴船神社の丑の刻参りは有名である。だからそこで丑の刻参りをする人も多いであろう。それを見物しようというバカな人間たちもいるのだ。ここはやはりもっと静かな人に知られない神社で行うしかない。

姫子がネットを調べていると、あるブログに東山山中の秘密神社「九十四露神社(ことしろじんじゃ)」というのがあった。写真を見るとほとんど廃墟であった。しかもその場所が、とても簡単にはたどり着けないような山中にあった。ここだと姫子は思った。

次の週末に、姫子はその場所を訪れてみた。途中の道は倒木が何本も倒れていて、歩くのが大変であった。さらにブログの記事を参考にして、鳥居の跡とおぼしき場所から山中に入り、道なき道を通ってようやくその神社にたどり着いた。そこには社務所があったが、その屋根には倒木が倒れかかり、社務所の内部は荒れ果てていた。それでも雨露はしのげそうだった。ものを隠しておくことはできる。そこからさらに少し歩くと本殿の廃墟があった。ここは丑の刻参りをするには最適な場所に思われた。ここでは人に見付かる恐れはないであろう。しかしここで丑の刻参りをするのは大変なことだ。

姫子は慎重に計画を練った。そもそも丑の刻参りは1日ではだめで、7日間連続して行わなければならないという。そのためにはここに寝泊まりするか、或いは通うかだが、大阪から通うのはほとんど不可能である。それなら京都に宿をとってそこから通うという方法もありうる。しかし真夜中にその神社跡にいるのならば、ホテルに滞在する意味がない。

そこで7日分の食料とテント、寝具などを用意して、野宿することを考えた。あの社務所に寝る気にはなれなかった。床が水浸しだったからだ。本殿で寝るのは、なんか不敬な気がした。だからテントを買ったのだ。野宿のためにはかなりの装備を運び込まなければならない。それだけ考えると姫子は装備の調達に走った。

姫子は7日分の食料品を調達して、さらに水もペットボトルで何個も用意した。もっとも水はその気になれば、近くの小川から取ってくることも可能である。小さなテント、寝袋のほかに燃料と調理器具も用意した。姫子は休日ごとに何日かに分けてそれらの物品を山に運びこんだ。それらは社務所の中に隠しておいた。こうして姫子の秘密基地ができあがった。

ようやく丑の刻参りの時が来た。姫子は1週間の休暇を取った。彼女はこれまで休暇も取らずに一心に働いてきたので休暇がたまっていたのだ。彼女は暗くなる前に東山山中に入って、九十四露神社跡にたどり着いた。そうしてそこにテントを設営した。ご飯を炊いて、コーヒーも沸かして、夕食を取った。何かキャンピングの感じがして少し楽しかった。最初の夜は時間になるまで、持ってきたラジオを聞いて時間を過ごした。

夜になると、風が吹いて木々が不気味な音を立てた。何か恐ろしげな妖怪が徘徊しているような気がして怖かった。しかしよく考えてみれば、そんな妖怪などいるわけはない。それよりは、丑の刻参りをしようとする自分が一番恐ろしい存在であることに気がついて、少し笑った。そして気が休まった。妖怪よりは人間の方が怖いのである。私は伝説の橋姫になってやる。そして森山君とメグミを呪い殺してやると心に固く誓った。

夜の1時になって、懐中電灯の光を頼りに本殿に行き、本殿の壁に二つの藁人形を貼り付けた。それに金槌で五寸釘を打ち込んだ。今回は邪魔をするものは誰もいない。「死ね、死ね」と叫びながら、一心に2人の不幸を願った。姫子は2時間にわたってこの行為に没入した。

3時になってようやくその行為をやめ、テントに戻り寝ることにした。姫子は興奮のあまり寝付けなかった。テントの中で寝袋に入りまんじりともせずに過ごした。昔の森山君との楽しい思い出ばかりが思い出されて、また涙にくれた。森山君、私のもとに戻ってきて頂戴。姫子は適わない願いを考え続けた。姫子の脳裏には、森山君に対する憎しみと、愛情が交互に訪れた。明け方になって姫子はようやく眠りについた。

昼の12時過ぎに起きだして、また燃料を燃やしてご飯を作りコーヒーを沸かし、朝食謙昼食をとった。少し気分が晴れてきた。時間を潰すために、東山の山中を歩き回った。道をたどると、大文字の火床にたどり着いた。そこから山を降りると銀閣寺にたどりついた。姫子は銀閣寺と哲学の径を散策した。夜になる前に九十四露神社に戻った。

その夜は夕食を食べた後、1時まで仮眠をすることにした。iPhone4Sの人工知能Siriに言って、目覚ましを1時に設定した。1時になって目覚ましに起こされて、姫子はまた本殿に行って、そこに打つけられた藁人形に、一心不乱に五寸釘を打ちこんだ。

「死ね、死ね、森山君、死ね、メグミ、死ね」

しかし憎い森山君を森山と呼び捨てにできずに、君づけするのは、姫子の悲しい女心であった。ひょっとしたら、森山君は戻ってきてくれるかもしれない。しかしそれはありそうになかった。2時間にわたって、姫子は作業に没入した。その後はすっきりして、よく眠ることができた。

次の日にも、姫子は山を降りて京都見物をした。その途中で京都駅に行き、そこのホテルにある温泉に入って、身体を綺麗にした。またさらに翌日は、鞍馬温泉に行き、そこの露天風呂に入ってみたりもした。次の日は東山山中にある北白川天然ラジウム温泉にも行ってみた。ちょっとした、観光旅行であった。丑の刻参りの最中にこんな事をしていいのかとも思ったが、してはならないとはどの本にも書いてなかった。

このようにして姫子は7日間、九十四露神社に野宿しながら、丑の刻参りに励んだ。後半は結構、この行為が楽しくなってきた。クギや食料品が足りなくなると、百円ショップで補給した。

ようやく最終日がやってきた。姫子はその日も誠心誠意、あの憎い2人に対する呪いを込めてクギを打ち込んだ。わら人形はクギだらけになった。最後に心臓部分にクギを打ちこみ、仕上げとして縄で人形の首を絞めた。

「森山君、死ね、メグミ、死ね!!」

3時になって晴れ晴れとした気持ちで眠りにつくことができた。次の日の朝早く、姫子は装備を持って山を降りた。その日は一日、マンションで静養した。

その次の日に会社に行くと、また例の部長が話し掛けてきた。

「このところ君の顔を見なかったから、心配していたのだ。どうしたんだね。今日は少し晴れやかな顔をしているようだね。心配事が解決したのかな。どうだい、また僕と夕飯を食べないかね。おごるよ」

姫子は晴れ晴れとした気持ちであったので、部長の誘いを喜んで受けた。その夜2人で居酒屋に行ってお酒を飲んだ。姫子にとって久しぶりのお酒であった。姫子は酔ってしまった。部長の質問に対して、心が晴れた姫子は、自分が森山君と交際していたこと、そして最近、森山君に新しい恋人ができて振られたこと、それを怨んで、自分は丑の刻参りをしたこと、その結果気分がすっきりしたことなどを話した。酔っていたからである。

ところが部長はその話を専務にしてしまった。専務は部下にその話をした。そのため、姫子の丑の刻参りの噂は社内に広まってしまった。しばらくして姫子がトイレに入っていると、また外で OL 達の噂ばなしが聞こえてきた。

「ねえねえ、お局さんが森山君とメグミを呪って丑の刻参りをしたって知っている?」
「ええ知っているわ。社内中の噂よ。メグミが怖がって退社したって知っている?」
「知らなかったわ。そうなの。良い気味だわ。あのメグミって女、気に入らなかったからね」
「森山君も病気になって長期病欠だそうよ」
「それは知らなかったわ」
「あの森山君はムキムキだけど、体も精神も結構弱いらしいよ。すぐに病気になるらしいわ。ボディビルをしすぎて、免疫力が低下しているようよ。さらに筋肉増強剤のステロイドホルモンを飲んでいるんだって。だから余計に免疫力が低いのよ。その時にお局様が森山君を呪って丑の刻参りをしたっていう噂が流れたでしょ。それに怯えて、森山君、病気になったそうよ」

それを聞いて姫子は心がさらに晴れる気分がした。丑の刻参りが本当に効くとは思っていなかった。ただしそうでもしない限り、自分の気がすまなかったのだ。こうして丑の刻参りを終えた今、自分の気持ちはすっきりした。これだけでも効果はあったといえるだろう。さらにメグミが退社し、森山君が病気になったとすれば、さらに大きな効果があったわけだ。彼らの不幸は丑の刻参りの直接の効果というよりは、部長が噂を広めたために、森山君とメグミが心理的なストレスを受けたために違いない。その意味では、不用意に秘密を漏らした部長に感謝しなければならない。姫子はその夜は居酒屋で部長と大きく盛り上がった。

「という話だ」と森先生。

一同はあっけにとられて、しばらくは誰も何も言わなかった。

「それにしても僕の発見した九十四露神社が舞台とはね」と松谷先生。
「今度みんなで、貴船神社に行きませんか。その後、九十四露神社に行くのはどうです」と高山先生。
「それはいいですね」と一同は賛同した。

続く

   
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